暗闇を照らす「音」
~水中音響計測技術で見る水中の世界~

近年、電波や光を使った技術は高度に発達し、多くの優れた技術が様々な分野で利用されています。画像や映像に関しては、人間の視覚を遥かに超える精度や感度で対象物を映す技術も多く存在しています。しかし水中では電波や光はすぐに減衰してしまうため、空気中と同様の技術が必ずしも使用できません。レオナルド・ダ・ヴィンチは今から500年以上も前に水中では空気中よりも音がずっと遠くまで伝わることを実証していたようですが、水中では電波や光よりも音が最も効率良く伝播することから、現在でも水中の計測技術に関しては主に音波が利用されています。この「水中音響計測技術」はソーナーのように軍事用として開発が進められ、民間用にも転用されています。最近では人間の目で確認できない夜間や濁った水の中でも音波を使って対象物を明瞭に映し出すことができる技術が開発されています。当社海洋計測部ではこれら最新の水中音響計測技術を利用した製品を多数取扱っており、ここではそれら製品によって肉眼では見る事ができない水中の世界を映像化した事例をご紹介します。

水中音響計測技術の進歩

水中音響計測技術は約100年前のタイタニック号の悲劇が契機となって発展しました。水中に放射した音波が対象物で反射して戻ってくるまでの時間を計測する事により距離を測る技術は20世紀の前半に開発され、ソーナー技術の進歩とともに主に測深技術に応用されてきました。測深装置に関しては、当初「シングルビーム」と呼ばれる単一ビームの送受信で水深を計測していましたが、1980年台に次世代の技術として扇状に音響ビームを形成して放射し、海底から戻ってくる音をある角度毎に受信する事により一度に数十度の幅で水深を計測する事ができる「マルチビーム測深機」が開発されました。以降、マルチビームの技術を使った様々な製品が開発され、現在ではマルチビーム測深機が測量の世界で最も重要なツールとして世界中で活躍しています。また、その成果は専用のソフトウエアによって3次元的に表現する事が可能となり、地形を上方から俯瞰した図は、陸上でいう鳥瞰図に倣って「鯨瞰図」と呼ばれています。


図2: SeaBat8125 及びSeaBat8101マルチビーム測深機で得られた水深データを北海道洞爺湖周辺の地形図に合成。
陸上地形と湖底地形がシームレスにつながっている。紫色の部分は水深約90m


図3: 信濃川下流の航空写真にSeaBat8125で計測した川床のデータを合成。

図4: 沖縄県の石西礁湖のサンゴ礁をSeaBat8125マルチビーム測深機で調査した成果


図5: SeaBat7125で計測されたスコットランドのスカパ・フローに沈むHMS Royal Oak。転覆した船体と周囲に飛散した構造物が明瞭に確認できる。拡大図は右舷中央部付近の損傷。( RESON社HPより)


拡大図は右舷中央部付近の損傷。

マルチビームソーナーの進歩

マルチビーム音響測深装置は近年、新たな技術が開発され、音響ビーム幅は細くなり、ビーム数も増えて飛躍的に高分解能なデータが得られるようになりました。上の画像は第2次世界大戦でドイツのUボートの襲撃を受けて沈没した英国海軍の戦艦Royal Oakの周辺をマルチビーム測深装置(RESON 社製SeaBat7125)で調査し、取得データを可視化ソフトウエアで処理したものです。マルチビーム測深機が高分解能化したことにより、測量以外に利用する試みも行われるようになっています。航空写真や衛星写真が様々な用途で使用されているのと同様に、サンゴや藻の分布状態等をモニターする目的など、高分解能化したことで別の分野にも応用が期待されます。

水中音響カメラ

マルチビームの技術を応用した最新の技術として、音響で画像を映し出す「水中音響カメラ」が開発されました。
米国のSoundMetrics社が軍事目的で開発したDIDSON(Dual frequency IDentification SONar)という装置は1.8MHzと1.1MHzの2周波の超音波を使用し、複数枚の音響レンズを用いて形成した0.3°×14°の音響ビームを96本照射する事により、対象物を映像化する事ができます。
最大で数十mまでの範囲、最小で数mmの対象物を映し出し、水中警備やレスキュー、生物・資源調査、構造物の調査等、様々な用途に使用されています。光ではなく音を使用しているため、夜間や濁水中などの視界ゼロの環境でも対象物を映像として捉えることができます。一昔前のモノクロ写真のようですが、タイヤが海底に転がっている様子が鮮明に映し出されています。ここでは静止画しかご紹介できませんが、1秒間に最大21フレームで記録することができるため、ちょうど光学式の監視カメラ画像のようにリアルタイムな動きを観察・記録する事ができます。最近、DIDSONをさらに高解像度化したARISという製品がリリースされ、3.0MHzと1.8MHzの2 周波、128本のビームによりさらに高解像度の画像が得られるようになっています。


図6 DIDSONで映し出された画像の例。右は生簀を泳ぐマグロの画像。

東日本大震災直後の支援

当社では東日本大震災の際、機材とともに技術者を現地に派遣し、行方不明者捜索の支援や海底の瓦礫調査、漁業被害調査等、水中音響計測機器を活用した支援活動を積極的に行って参りました。下の図はその際に岩手県山田湾で取得した海底地形図です。


図7: 震災直後の岩手県山田湾の海底。大型の瓦礫(赤く示した部分)が点在し、カキ養殖筏の係留アンカーが引き波によって流された際に海底を引掻いたと思われる痕跡(湾口(右上)に向かう方向)が多数発見された。

最後に

今回は画像に関連する事象のご紹介でしたが、当社ではこの他にもAUV(Autonomous Underwater Vehicle)やROV(Remotely Operated Vehicle)を始め、様々な海洋計測機器を取扱っています。今後も様々なアプリケーションに最適なソリューションを提供し、国内の調査・研究の一翼を担って参ります。

データ及び資料提供ご協力者

図7
東京大学生産技術研究所 海中工学国際研究センター
教授 浅田 昭 様
図7
水産総合研究センター 水産工学研究所
水産情報工学グループ長 澤田 浩一 様
図4
独立行政法人海洋研究開発機構
海洋・極限環境生物圏領域
技術研究主任 古島 靖夫 様
図2
東亜建設工業株式会社 土木本部
機電部 部長 増田 稔 様