世界が注目―中国のインテリジェント・コネクテッドカー開発における通信品質評価の最前線
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自動運転レベルが進む中、信頼性の高い先進運転支援システム(ADAS)/自動運転(AD)実現のため、車両の無線(V2X)通信性能をOTA(Over-The-Air試験=無線通信環境での性能を評価する試験)にて計測する重要性が高まっています。中国では、これらの評価を車両販売に必要な認証試験とする動きがあり、各国家試験機関においてこれらの新技術に対応した新しい計測システムの導入が検討されています。
中国の代表的な三つの自動車関連団体(China SAE1)、CAAM2)、およびCAICV3))により2019年3月に設立され、中国内外のOEM、車載機器メーカーや通信業界が株主となって運営されている中国の国家研究機関China Intelligent and Connected Vehicles (Beijing) Research Institute Co., Ltd. (CICV)は、業界に先立ち完成車OTA試験設備の導入を計画する中で、東陽テクニカの販売するコネクテッドカー向け無線通信性能計測システムを自社のテストセンターに導入することを決定しました。
そのCICVのプラットフォーム事業部シニアマネージャー、方 達龍(Fang Dalong)氏に、中国におけるADASやADの開発状況やOTA試験設備の導入決定に至った経緯、またCICVの役割などについてお話を伺いました。
【インタビュアー】
今泉 良通
(株式会社東陽テクニカ 執行役員EMCマイクロウェーブ計測部 統括部長)
1) China Society of Automotive Engineers
2) China Association of Automobile Manufacturers
3) China Industry Innovation Alliance for the Intelligent and Connected Vehicles
中国の自動運転開発の今
今回は、インタビューの機会をいただきありがとうございます。中国における自動運転やOTA測定の状況をお聞かせください。
インテリジェンスとコネクティビティの同時開発により、車両、道路、クラウド、ネットワーク、地図を統合した中国独自のソリューションが構築されています。インフラやコネクテッドカーに政府のリソースが大量に投入されており、今後は自動車を購入するユーザーにとってインテリジェンス(知能化)とコネクティビティ(ネットワーク化)が重要な検討事項になります。
完成車OTA試験は中国では始まったばかりで、ほとんどの試験機関はまだ傍観しています。そんな中、中国の先端研究機関である中国汽车工程研究院股份有限公司(CAERI)と国汽(北京)智能网联汽车研究院有限公司(CICV)の2社は、他社に先駆けてテストセンターの建設に投資を開始しました。
世界一の自動車販売台数を誇る中国。2030年に新車販売台数に占める自動運転車(レベル4-5)の割合を10%に引き上げる目標を掲げ、2021年初めには、自動運転のスタートアップ企業AutoXが完全無人の自動運転車によるタクシーサービスを深圳で一般向けにスタートしました。今後の中国の自動運転の方針や方向性を教えていただけますか。
中国の産業政策措置により、コネクテッドカーは製造業の変革とさらなる向上の画期的なポイントになります。国は情報通信の管理を強化しつつあり、コネクテッドカーは情報システム構築の重要な担い手となります。また、人工知能の開発も重視しており、コネクテッドカーは人工知能の重要な応用分野となっています。今後構築されるスマートハイウェイと新世代の交通制御ネットワークでは、コネクテッドカーがスマートトランスポーテーションの要となるため、国と地方自治体は、テスト・デモンストレーション基地を積極的に構築し、コネクテッドカーの試験を進めています。
民間のメーカーだけでなく、中国当局も積極的に技術開発やインフラ整備を支援する中、CICVのような国から認証された機関の役割はどのようなものなのでしょうか。
CICVは主に業界のリーダーとして、業界全体の計画、トップレベルの設計、リソースの確保、業界の発展を主導する責任を負っています。主なポイントは以下の通りです。
1.産業の発展に応じた、国家開発戦略とガイドラインの策定および産業開発技術と政策指導。
2.基礎研究・先端技術研究の推進。一例として、コネクテッドカー情報の物理プラットフォームの2.0版を2021年に発表。
3.業界横断的なニーズに着目し、コンピューティング・インフラストラクチャー・プラットフォーム、クラウド制御インフラストラクチャー・プラットフォーム、高精度基本地図プラットフォーム、情報セキュリティ・プラットフォーム、インテリジェント・コックピット・プラットフォームなど、重要な基礎技術研究の実施。
4.産・学・官の架け橋となり、産業資源の収集、成果の転換、産業応用の促進、また産業人材の育成。
自動運転実現に欠かせない通信品質評価
--世界に先駆け、国家試験所レベルでの評価を開始---
言うまでもなく、自動運転ではV2Xなどの車両通信品質の担保が非常に重要です。中国での自動運転における通信品質評価への取り組みの現状、また今後の課題を教えていただけますか。
現在は端末試験が中心です。統合後の完成車試験の要件が確定しておらず、本格的には通信品質評価は実施されていません。完成車試験は主に屋外での試験のため、再現性が低く、効率が悪く、限られたシーンでしか試験できないという課題があります。完成車レベルのネットワーク通信試験の国内規格はまだ完成していませんが、市場の需要は急速に高まっており、業界のリーダーによる規格制定の推進が急務となっています。
このたび貴社にて、中国の国家レベルでの研究機関では初めて、大規模な車両向けの通信評価装置を導入することになりました。導入の目的や理由、導入に至る背景などを教えていただけますでしょうか。
将来のIoV(Internet of Vehicle)の開発と応用をサポートするという明確なビジネスニーズがある中、CICVは国のコネクテッドカーのイノベーションセンターとして、自動車の知能化とネットワーク化に重点を置き、大規模なテストラボの建設を計画しています。OTAテストラボは重要なラボの一つとして位置づけられています。将来を見据えると、IoVは自動車産業の必然的な方向性ではありますが、政府側では、まだIoVの試験と規制のための効果的な手段が整っていない状態です。完成車のOTAテストラボは将来の規制や許可の基準づくりというニーズを満たすことができます。
今回導入する計測システムは携帯端末および基地局向けの試験方法として3GPP4)に認可されたRadiated Two-Stage(RTS)法を利用しています。この装置を導入することになった技術的な理由を教えてください。
まず、RTS法もマルチプローブ法(MPAC)も3GPPの国際標準規格であり、TS 37.544に含まれています。モバイル端末のMIMO5)計測は、すべてファーフィールド試験を基本としています。例えば、MPACはファーフィールドでの条件付けが必要です。MPACは複数のプローブからの波を重ね合わせてクワイエットゾーン(QZ)を実現する方法であるため、車両全体をカバーできる大きなQZを作ることは現実的ではありません。
一方、標準的なRTS法は、アンテナパターン計測とスループットレート計測の二つのステップに基づいています。アンテナパターン計測では、ファーフィールド条件に基づいて、ファーフィールドのアンテナパターン情報を取得する必要があります。しかし、完成車のMIMO計測には以下二つの課題があります。
1.車には複数のアンテナが搭載されていますが、それぞれ異なる位置に配置されていること。
2.計測がニアフィールドとなること。
4) Third Generation Partnership Project。各国の標準化団体によって第3世代携帯電話(3G)普及のために1998年12月に作られた国際的なプロジェクト。それ以降の移動通信システムに関連する仕様の検討、策定を行っている。
5) Multiple Input Multiple Output。複数のアンテナを同時に用いてデータ送受信をする無線通信技術。
本計測システムを導入するきっかけとなったプロジェクトでは、RTS法を用いて以下のフローでファーフィールドMIMO計測を実現します。
(1)ベクトルネットワークアナライザを介してDUT(被測定物)であるアンテナとテストアンテナを接続する一方、完成車をDUTとして放射アンテナパターン情報(振幅と位相を含む)を計測します。
(2)ニアフィールドからファーフィールドへの変換アルゴリズムと、前のステップで取得したDUTのアンテナパターン情報を利用してニアフィールドからファーフィールドに換算し、DUTのファーフィールド放射アンテナパターン情報を計算します。ここでのニアフィールド/ファーフィールド変換アルゴリズムは、球面波のニアフィールド/ファーフィールド変換アルゴリズムを使用します。
(3)ベクトルネットワークアナライザをDUTであるアンテナから切り離し、DUTを通信状態に切り替えます。
(4)計算されたDUTのファーフィールド放射アンテナパターン情報をチャネルシミュレータにインポートし、DUTのチャネルモデルを使用して計算し、マルチチャネルスループット計測信号を生成します。
(5)空間伝搬行列の逆行列を解き、空間伝搬に対するOTA、1対1の対応を確立し、スループット率を計測します。
今後の自動運転技術開発の中で重要な評価項目はどのようなものがありますか。計測システムへの期待などあれば教えてください。
インテリジェンスとコネクティビティの技術に関して、中国はすでにコネクテッドカーの参入許可ガイドラインを発表しました。近いうちにコネクテッドカーの参入許可要件と試験規則が発表されます。試験項目はシミュレーションテスト、ラボテスト、路上テストおよび情報セキュリティテストなどを含み、さらに、オンラインアップグレードに対して明確な要件を公表しました。今後、車両インターネット接続の要件がさらに明確になると思います。今回導入を決定した無線通信性能計測システムは、現在の市場ニーズをカバーしつつ、未来の業界発展トレンドも考慮した上でアップデートしていくことで、将来の市場ニーズにも対応できると期待しています。
海外自動車メーカーとも協力
---トヨタ、GM、VWも出資----
米国のTeslaや中国のNIO、Lixiangなど新興自動車メーカーでは、自動運転レベル2(部分的な運転支援)の搭載率が100%であり、OTAアップグレードでレベル2を実現しているケースもあります。そして2020年、中国でレベル2を搭載した車両販売台数が最も多かったのはトヨタで88万5,000台とのことでした。(出典:株式会社グローバルインフォメーション「中国のレベル2 (L2) 自動運転車市場の分析 (2020年)」)
貴社へはトヨタやGM、VWなど多くの海外自動車メーカーやBOSCHなどの大手自動車部品メーカーも出資しています。それらの株主へ今後期待することがあればぜひ教えてください。
トヨタ、GM、VWはいずれも中国で大きなシェアを占めており、市場での評判も非常に高く、影響力が大きいです。これらの株主は、今後自動車のインテリジェント化とネットワーク化が進むと確信し、CICVを通じて中国の将来の政策指針に追随できると期待しています。CICVは、これらの企業と手を組んで、インテリジェント・コネクテッドカー(スマートカー)の開発と急速な応用を促進し、規格や規制、業界のエコロジーにおいて協力していきたいと考えています。
貴重なお話をありがとうございました。東陽テクニカも、自動運転の技術向上に寄与し、新しい未来に貢献してまいります。今後も貴社のご活躍をお祈りいたします。
CICVについて
国汽(北京)智能网联汽车研究院有限公司 (China Intelligent and Connected Vehicles (Beijing) Research Institute Co., Ltd. (CICV))は中国の代表的な3つの自動車関連団体(China SAE、CAAM、およびCAICV)により2019年3月に発足しました。国内外のOEM、車載機器メーカーや通信業界が株主となり運営されています。2019年3月30日には、中国の工業情報化部(Ministry of Industry and Information Technology:MIIT)によりNational Innovation Center of Intelligent and Connected Vehiclesとして承認され、中国のICV(Intelligent Connected Vehicle)業界をけん引し、中国ICVとその関連業界を世界のバリューチェーンにおける地位向上などを目指し、世界競争力の強化と世界クラスの研究開発プラットフォームを構築することを目的としています。