エネルギーデバイスの評価技術と今後の展望

株式会社東陽テクニカ理化学計測部 吹田 尚久

本記事の内容は、発行日現在の情報です。
製品名や組織名など最新情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

ログイン・新規会員登録して
PDFダウンロード
目次
  1. はじめに
  2. リチウムイオン電池の評価技術
  3. その他のエネルギーデバイスの開発動向
  4. エネルギーデバイス評価の今後の展望

はじめに

現在、街を走っている電気自動車(EV)にエネルギー源として搭載されているのは、ご存知の通りリチウムイオン電池(LIB)です。約10 年前から徐々に市場に登場し始めたEVが世界の年間販売台数100万台を突破、毎年数十%の増加率で普及しているのは、LIBの大容量化、軽量化、低コスト化への技術発展があったからに他なりません。今後ますます普及していくと予想されるEVのエネルギーデバイスにはどのような性能が必要とされるのでしょうか。また、LIB 以外のエネルギーデバイスにはどんなものがあるのでしょうか。エネルギーデバイスの変化に伴い、今後要求されると思われる評価技術について考察します。

リチウムイオン電池の評価技術

LIBの基本的な充放電サイクル特性や寿命評価、自己放電特性の評価において、近年のテクノロジーの進化とともに新手法が提案され製品がリリースされています。ここでは当社で取り扱っているNovonix Battery Testing Services社(以下Novonix社)製精密充放電評価システム「UHPCシリーズ」とKeysight Technologies社(以下Keysight社)製自己放電評価システム「BT2191A/BT2152A」の非常に独創的な評価技術を紹介します。

バッテリーの性能と寿命を“はかる”

Novonix社製「UHPCシリーズ」(図1)は、バッテリー研究で世界的に著名なカナダ・ダルハウジー大学のJeff Dahn教授が提唱した手法を製品化したものです。高精度クーロンメトリー(HPC:High Precision Coulometry)の測定を行い、クーロン効率(CE:Coulombic Efficiency)を評価します。Dahn研究室で博士号を取得したChris Burns氏がスピンアウト、2013年にNovonix社を設立し、製品化しました。クーロン効率とは、充電・放電のサイクルを行った時のそれぞれの電流を電荷量として積算、放電電荷QDと充電電荷QCの比を取ったものです。従来の充放電試験は数百~数千回、場合によっては数十万回以上の充放電サイクルによりバッテリーの性能を評価しますが、「UHPCシリーズ」は初期の十数サイクル程度のクーロン効率の変化量より、バッテリー性能の優劣評価、さらには寿命評価を行うことが可能となります。

図1:精密充放電評価システム「UHPCシリーズ」

電解液の添加剤が異なる複数の電池で性能を評価・比較する場合、従来の手法では200サイクルを超えないと性能差異が分かりませんが、クーロン効率で確認すると最初の数サイクルでどの電池の性能が良いか評価することができます(図2)。つまり、添加剤の種類や割合を変えて、どの組成で一番性能が良くなるか、長寿命になるかを十数サイクル程度で判断、素早くスクリーニングすることが可能です(図3)。図 3の縦軸はクーロン非効率 CIE(Coulombic Inefficiency = 1-CE)ですので、棒グラフが低いほど性能が良いことを示しています。

図2:「UHPCシリーズ」と従来の充放電装置との性能差

図3:添加材を変えた場合の電池の性能差

電池メーカーや化学メーカーは、電池に使用する電解質や電極などの材料のさまざまな組み合わせで多くのサンプルを作り、最も高い性能を実現する成分配合を見つけるべく、長時間の試験を行います。従来の充放電装置に代えて「UHPCシリーズ」を使用すると非常に短時間で評価を行うことができるため、電池の高性能化へ向けた開発促進に寄与できると考えます。

自己放電を“はかる”

電池は、使用しなくても内部で少しずつ化学反応が起こっているため、時間経過とともに蓄えられた電気量が減少します。これを自己放電と呼び、その特性は電池の品質にとって重要な指標です。

一般的に1ヶ月の自己放電率はLIBで1~10%、ニッケル水素電池では10~30%と言われています。メーカーは製品出荷時にバッテリーの開回路電圧(OCV)を測定し、その減少の度合いから出荷の可否を判断していますが、その測定には1週間、場合によっては1ヶ月以上と長い時間がかかります。EV用途としてLIBを大量に製造・出荷する必要がある現状において、この時間の短縮は重要な課題となっています。

Keysight社よりリリースされた自己 放 電 評 価システム「BT2191A/BT2152A(」図4)はこの問題を解決する手法を装備しています。それは、高精度に定電位印加することで自己放電電流を直接測定するという手法です。それにより試験時間を数時間~数日に短縮することができます。18650規格(直径18mm、長さ65.0mm)の円筒型リチウムイオン電池のサンプル2本の実測例を図5に示します。測定開始から約1.5時間後のデータを見比べると、電圧は数μV程度しか変動していませんが、電流は大きな変化が見られます。自己放電電流が左は9.08μAなのに対し、右は150μAを超える大きな数値となっています。基準をどこに置くかにもよりますが、左のサンプルは良品、右のサンプルは不良と判断できます。もちろん判断基準はサンプルや条件などで異なりますが、この手法により従来に比べ評価時間を飛躍的に短縮できることが分かります。

本装置で自己放電電流を迅速に評価することで、出荷検査をスピーディーに行えるだけでなく自己放電特性の向上につなげることが期待できます。

図4:自己放電評価システム「BT2191A」(左) 「BT2152A」(右)

図5:18650セルの自己放電電流:約1.5時間後、左は9.08μA、右は150μA

その他のエネルギーデバイスの開発動向

LIBをはじめとするバッテリーには、大容量化をはじめ、高速応答性や寿命という観点でまだまだ課題があります。それに対し、キャパシタという選択肢があります。キャパシタとは、二つの導体の間に絶縁体(誘電体)を挟み、そこに外部から電気を与えることで内部に電荷を蓄えるものです(図6)。蓄電器とも呼ばれています。キャパシタは、エネルギー密度は低いものの、応答性に優れ、寿命も長いという特長があります。エネルギーデバイスとしてのキャパシタは電気二重層キャパシタ(EDLC)が一般的です。 EDLCは、バッテリー同様、二つの電極と電解液から構成されており、電極間に電圧を印加すると電極(固体)と電解液の界面にプラスとマイナスの電荷が配列されます。これが電気二重層という領域です。この層が正極、負極それぞれに形成されてキャパシタとなります。

図6:キャパシタ イメージ図

さらに最近ではLIBの特長を兼ね備えたリチウムイオンキャパシタ(LIC)と呼ばれるものも登場し、研究が活発に行われています。LICはLIBと同様に負極に炭素材料を使用し、EDLCより電圧が高く、高エネルギー密度を実現しています。正極はLIBと違って金属酸化物ではないため、高温時の熱分解が生じず温度特性に優れています。しかしLIBに比べるとエネルギー密度はまだまだ低く、今後の課題となっています。これらのエネルギーデバイスの特徴は表1の通りです。

表1:LIB/EDLC/LICの比較

他方、電解コンデンサや積層セラミックコンデンサというデバイスもあります。これらは主に携帯通信用電子機器の部品に使用されます。出力密度は高いのですがエネルギー密度が低いため、現状ではエネルギーデバイスとして使用されていません。今後の高誘電材料の開発や表面積を増加させる工夫により大容量化することで、エネルギーデバイスへの応用も期待されています。

このように、キャパシタやコンデンサは種類により特徴がさまざまですが、それらの開発においては、LIB同様、充放電サイクル寿命特性、自己放電特性は重要な評価項目であり、前述の精密充放電評価システムや自己放電評価システムがキャパシタ開発においても有効なツールであると考えられます。

エネルギーデバイス評価の今後の展望

LIBやキャパシタといったエネルギーデバイスの開発およびその評価技術は年々進化を遂げています。国家プロジェクトにおいても、中性子線によりリチウムイオンの充放電中の挙動をその場(in-situ)で評価する技術が確立されています。前述の、より高精度な測定に向けた評価機器の開発が行われている一方、材料・デバイスの開発現場では過渡応答や現象のin-situ計測への比重が高くなっています。また製造技術分野においては、自動車の実際の挙動をシミュレーションした、高速かつ複雑な充放電パターンを使用することが多くなっています。そして測定後、過去の膨大なデータをもとに機械学習によっていち早く新材料を発見・開発する手法も重要になってきています。東陽テクニカは、世界最先端の評価技術の探索を継続し、必要に応じて自社開発を行うことでニーズに応えるソリューションを提供できるよう努力してまいります。

筆者紹介

株式会社東陽テクニカ 理化学計測部 部長

吹田 尚久

1998年入社。大阪支店で物理および電気化学営業に従事、茨城営業所(当時)を経て2015年より理化学計測部にて国内および中国市場を開拓中。