広帯域信号を用いたイミュニティ近接試験法の開発
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広帯域信号を用いたイミュニティ近接試験とは、携帯電話をはじめさまざまな用途で使用されている広帯域信号を妨害波として、実電波環境に近い試験を行うものです。スマートフォンなどを車に持ち込んだ場合、車載電子システムに接近する可能性があり、妨害信号としては小さくても近傍界では電界強度も強く、システムへの影響が懸念されます。そうした状況を模擬した試験方法と言えます。
はじめに
近年の電波環境は、通信の高速化に伴いOFDM(直交周波数分割多重)などの広帯域信号が主流となっています。一方、自動車や車載機器に対するイミュニティ試験規格ISO 11451-3やISO 11452-9では、AM(振幅変調)やPM(パルス変調)を含む狭帯域信号が妨害波として規定されており、周波数特性の観点で実情に即していません。筆者らは、 AWGN(加法性白色ガウス雑音)を用いて任意の帯域幅を持つ広帯域信号を模擬し、これをイミュニティ近接試験の妨害波に適用することを考案しました。本誌では、この試験法の有効性を示すため試験法開発時に実施した二つの実験結果を紹介します。一つはAWGNの妥当性検証のためOFDMとAWGNの周波数特性を比較した結果、もう一つは、従来の狭帯域妨害波と新規の広帯域妨害波が実機に対してどのようなイミュニティ特性をもたらすのかを比較した結果です。
広帯域信号を用いたイミュニティ近接試験機
試験法開発のために考案した試験機は、信号発生器で狭帯域または広帯域信号を生成し、パワーアンプによって増幅、広帯域スリーブアンテナから妨害波を照射する構成です。パワーアンプの出力端では、方向性結合器により進行波と反射波が分離され、パワーメータおよびスペクトラムアナライザによって電力および周波数特性が観測されます。信号発生器は、AWGNまたはOFDMを任意の帯域幅で生成することが可能な装置を使用、OFDMは携帯電話の通信規格であるLTE方式を採用しました。広帯域信号の帯域幅は、LTE規格の最大値である20MHzを上限に、10MHz、5MHzと3水準設定し、妨害波の帯域幅によるイミュニティ試験結果への影響を検証できるようにしました。
AWGNとOFDMの周波数特性の比較結果
AWGNは擬似ランダムパルスによって生成され、携帯電話や無線LANなどの広帯域通信における帯域内干渉試験のノイズ信号として一般的に用いられています。しかし、イミュニティ近接試験の妨害波としてAWGNが適用された例はないため、AWGNと実際の電波環境で用いられるOFDMの周波数特性を比較することで、OFDMを代表とする広帯域信号の妨害波としてAWGNが妥当であるか検証しました。AWGNおよびOFDMの中心周波数を845MHz、帯域幅を20MHzとしたときに、その20MHz幅の帯域内電力が-15dBmとなるように出力します。図1がAWGN、図2がOFDMのスペクトラムです。
観測したスペクトラムアナライザのRBW(帯域幅分解能)をそれぞれ10kHz、100kHz、1MHzと可変した場合の振幅(波高値)の変化量を見ると、両者とも理論通り10dBずつ変化していることから、AWGNとOFDMは同等のスペクトラムが出力されていることがわかります。また、帯域幅を10MHzおよび5MHzとした場合も同様の結果を示したことから、AWGNはOFDMと同等の周波数特性を有しており、広帯域妨害波としてAWGNを用いることが妥当であることが確認できました。
近接イミュニティ試験における妨害波の帯域幅の比較結果
試験対象(EUT)として、車載機器であるナビゲーションシステムのヘッドユニットを使用しました(図3)。
試験の基本的な設定方法はISO 11452-9に従い、狭帯域妨害波はCW(連続波)およびPMを、広帯域妨害波は AWGNおよびOFDMを使用しました。広帯域妨害波の帯域幅は、再び20MHz、 10MHz、5MHzとしました。OFDMは、 FDD(周波数分割多重)方式に加えTDD(時分割多重)方式でも出力しました。実機試験において、妨害波を照射するアンテナはワイヤーハーネスを含めたEUTの表面を掃引し、誤動作(画面の乱れや、音響雑音など)の有無を直接確認しました。なお、アンテナとEUTとの距離は5cmで一定としました。EUTのイミュニティ特性を把握するため、徐々にアンテナ入力電力を増加させていき、誤動作が発生したときの正味電力[W](進行波電力[W]-反射電力[W])およびそのときの印加周波数(中心周波数)を観測しました。印加周波数(中心周波数)が845MHzのときの試験結果を図4に示します。縦軸はEUTの誤動作が発生したときの正味電力[W]であり、横軸は各妨害波の帯域幅[MHz]です。
この結果より、広帯域妨害波(AWGNまたはOFDM)は、狭帯域妨害波(CWまたはPM)に比べ、低出力で誤動作を検出していることがわかりました。これは、EUTの誤動作を起こしやすい周波数(弱点周波数)が単一周波数ではなく広帯域に拡がっていることに起因すると考えられます。すなわち、EUTの弱点周波数が多岐にわたる場合、広帯域妨害波の方が検出力の高い試験法となる可能性を示しています。
一方、広帯域妨害波に関して、AWGNとOFDM(LTE FDD/LTE TDD)によるイミュニティ特性の差は±3dB以内で傾向が一致していることを確認しました。このことからも、AWGNは、OFDMなどの実変調信号を模擬した広帯域妨害波として妥当であることが確認できました。
おわりに
市場の電波環境と合致した試験法を導入するため、AWGNを用いた広帯域妨害波によるイミュニティ近接試験法を開発しました。以下に要旨をまとめます。
・AWGNはOFDMと周波数特性が合致しているだけでなく、実機によるイミュニティ特性の比較でも、±3dB以内で傾向が一致したため、広帯域妨害波として妥当であることを示しました。
・EUTの弱点周波数が多岐にわたる場合、広帯域妨害波の方が狭帯域妨害波に比べ検出力の高い試験法となる可能性があることを示しました。
今後は、広帯域妨害波がイミュニティ特性にどのような影響を与えるのか詳細な解析を進めるため、さまざまなEUTにおいて同様の検証を深めていきたいと考えています。さらに、本試験法をISOへ改定案として提案し、この分野での試験法開発を牽引していきたいと考えています。