情報通信技術と自動車の融合

株式会社東陽テクニカ 情報通信システムソリューション部 小澤 大輔

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目次
  1. ITによる自動車利用の変革
  2. 自動車における通信技術:外部との通信
  3. 自動車における通信技術:内部の通信
  4. サイバーセキュリティ
  5. 自動車通信のための試験技術

ITによる自動車利用の変革

先日アメリカでライドシェアサービスを利用しました。数年前に登場したサービスですが、なるほど、非常に便利なもので、急速に普及したことが頷けます。スマートフォン(スマホ)上のアプリに自分の行きたい場所を入力すると、近くを走っているライドシェアの車がやって来て、目的地まで連れて行ってくれます。事前に金額も分かるため、メーターを見ながらヒヤヒヤすることもありません。以前アメリカでショッピングセンターに行った際、帰りにタクシー待ち行列がすごい長さになっていたことを思い出しました。当時このサービスがあれば行列に並ぶ必要がなかった、というより、そもそも行列が存在しなかったかもしれません。ライドシェアで特筆すべきは、車を運転しているのが専門の運転手ではなく、一般の人であるということです。ライドシェアサービスのドライバーとして登録した一般人が、自分の車と空き時間を利用して(中にはこれに専念している人もいるようですが)お金を稼ぐ、というものです。スマホ上でこのシステムを実現している技術的な背景もさることながら、一般の人がサービスの提供に参加するという仕組みを考えたことが見事だと思います。日本においては、どこまで規制緩和が進むかがライドシェア普及の鍵ですが、一ユーザーとしては、利便性の高いサービスが移動手段の選択肢に加わることは歓迎します。

ライドシェアサービスは、インターネットやスマホという技術があるからこそ実現できました。ITの出現によって人々の生活は大きく変わりましたが、自動車の利用方法もまた、影響を受けたものの一つとなりました。

自動車における通信技術:外部との通信

ライドシェアは、運転手とユーザーが持つスマホを利用してサービスが実現されています。現在、自動車には、移動体と通信システムを組み合わせてリアルタイムに情報サービスを提供するテレマティクスという技術が実装されていますが、今後この技術がさらに発展し、スマホと同様の機能が自動車本体に搭載されて、新たなサービスが利用できるようになるでしょう。また、「コネクテッドカー」という言葉に代表されるように、自動車が外部と通信を行うことで多彩な機能が実現されるようになってきました。この技術は「V2X」という言葉でも表されます。V2Xとは、Vehicle to Everythingを意味します。V2V(Vehicle to Vehicle)は車車間通信、V2I (Vehicle to Infrastructure)は路車間通信、V2P(Vehicle to Pedestrian)はスマホを持った歩行者との通信です。車がお互いの位置を教え合うことによって衝突を回避したり渋滞を緩和したり、安全性や利便性を高める技術として、今後の普及が期待されています。

V2Xは、無線をベースにした通信で実現されます。使用される通信の方式はまだ決まっていませんが、最有力候補はDSRC(Dedicated Short Range Communications:狭域通信)で、ETCなどにも採用されています。一方で、急速に注目を集め出したのがLTE V2Xです。C-V2X(Cellular V2X)とも呼ばれています。文字通り携帯端末網を利用したV2Xで、数年後に商用化されるであろう5Gの普及と共に実現されるという見方もあります。日本においても、携帯電話会社と自動車会社、そして部品会社が共同でV2Xの実証実験を実施していて、 V2Xの実現に向けた取り組みが進んでいます。DSRCとLTEのどちらの技術が覇権を握るのか、注目されるところです。

V2Xは自動運転のベースとなる技術でもあります。自動運転の実現にあたっては、周囲の情報を取得するために、レーダーやライダー(LiDAR)などのリモートセンシング技術や、カメラによる画像解析技術が用いられます。しかしこれらの技術は万能ではなく、障害物に隠れた物体などは認識できません。そこで、V2Xによって、センサーや映像では認識することのできない対象とも通信を行い、取得した情報を自動車の制御に活用します。

無線通信は目に見えませんが、携帯電話で話をしながら人々が歩いているのと同様に、自動車同士が通信しながら走行する社会がすぐそこまで来ています。

図:V2Xイメージ 自動車と自動車、または自動車と信号機や道路標識などのインフラ間で通信を行い、衝突や渋滞を回避する

自動車における通信技術:内部の通信

今度は自動車内部の通信に着目します。自動車内部にはCAN(Controller Area Network)というネットワークが実装され、制御信号がやり取りされています。このCANに代えて自動車内のネットワークにイーサネットを活用しようという動きが始まっています。

なぜ、イーサネットが自動車に実装されようとしているのでしょうか?イーサネットは情報通信の分野で広く使われている技術で、大容量のデータの送受信に適しています。この広帯域通信という特徴を自動車の通信にも適用しようというものです。

今後、自動車においても内部を流れるデータ量の増大が見込まれています。例えば、ミラーの代わりにビデオカメラを用いる車両が増えてくると考えられていて、容量の大きな映像データを遅延なくリアルタイムに送るためには、広帯域のネットワークが必要となります。また、自動運転のために実装される多数のセンサーから送られてくる大量のデータについても高速な処理が必要です。このように大容量のデータを送受信するための手段として、情報通信の分野で技術が確立されたイーサネットを採用しようとしているのが現在の方向性です。さすがに自動車内部の通信に100Gbit/sの通信速度は(少なくとも今のところは)必要なく、100Mbit/sまたは1Gbit/sのネットワークが実装されようとしています(車載イーサネットの規格としては、これ以外の通信速度として10Mbit/sやMulti-Gigも検討されています)。

さらに、自動車の車内配線に用いられているワイヤーハーネスは自動車の重量のある程度の割合を占めていますが、イーサネットを採用するとケーブルの軽量化に寄与し、燃費の改善に貢献する、という別のメリットもあります。

では、今後、自動車内部のネットワークは全てイーサネットに置き換わるのでしょうか。一般的には、CANとイーサネットが共存していくという考えが有力です。自動車の制御に関連する信号の通信には従来のCANが引き続き用いられ、イーサネットは映像信号などの送受信に利用されるというものです。一方で、将来は完全にイーサネット化される、と考える人もいます。既に、国内においてもイーサネットを搭載した自動車の販売が始まっていて、自動車内部の通信の仕組みも大きく変化していくと思われます。

サイバーセキュリティ

かつて、自動車におけるセキュリティといえば、鍵の管理の話が中心でした。IT業界の方は、セキュリティの話で「鍵」と聞くと「暗号鍵」を想像すると思いますが、ここではクルマの鍵を指しています。すなわち、いかにクルマの盗難を防ぐか、といったことが課題でした。ところがこの数年「サイバーセキュリティ」が重要になってきています。海外のセキュリティ研究者によって自動車のハッキングが発表されてから、自動車のサイバーセキュリティ対策は自動車会社にとって最も重要な検討事項の一つとなりました。

自動車が外部と通信を行う手段が増えるに伴い、それらの脆弱性を突いたサイバー攻撃の危険性も増大します。特に、無線通信の種類が増えることは、遠隔からの攻撃のリスクが高まることを意味しています。自動車へのサイバー攻撃は被害が人命に及ぶ危険性をはらんでいるため、その重要性は非常に大きなものです。

自動車へのサイバー攻撃というと、遠隔操作によって自動車の制御を司る部分を乗っ取ることをイメージしがちです。実際にそうした事例も報告されていて、確かに自動車を制御することができれば、車を盗むことはもちろん、テロ攻撃に利用するなど、甚大な被害を与えることもできます。しかし、一般的には、自動車の制御が乗っ取られる可能性は低いと考えられています。無線を搭載した機器、例えばカーナビやインフォテインメントシステムは自動車の制御系ネットワークとは接続されていない、というのがその根拠で、仮にカーナビがハッキングされても、制御系の機器にまでは被害が及ばないといわれています。ならばそれほど心配しなくてよいのでしょうか?ことはそれほど単純ではありません。走行中に音楽を最大のボリュームで流し止められなくすることで、事故を誘発できます。テロが目的であれば、カーナビを乗っ取るだけでも十分で、制御系への影響だけを考慮すればよいというものではありません。さらに、V2Xは外部との通信を自動車の制御に結びつける仕組みを実現しようとしているわけですから、今後は情報系と制御系ネットワークが密に連携するようになってきます。自動車の制御を乗っ取られるリスクが非常に高くなります。

そもそもなぜサイバー攻撃が成立するかというと、対象の機器に脆弱性があるためです。脆弱性というのは、つまるところプログラム上のバグです。バグのない完璧な製品を上市すればよいわけですが、もちろん現実的には不可能です。新しい機能が実装されるということは、ユーザーの利便性を高めるわけですが、プログラムの複雑さが増大するのに伴ってバグの存在する確率も増加し、セキュリティ侵害のリスクが高まります。と言っても、通信もしないし新機能も入れない、というわけにはいきません。最近は自動車もスマホと同様、FOTA(Firmware On-The-Air)の仕組みが用意されるようになってきています。これにより、ファームウェアを随時更新することができるので、脆弱性があるプログラムを書き換えることができるようになります。が、このFOTA自体がサイバー攻撃の入口となり得ます。もはや禅問答のような状況であり頭の痛いところですが、とにかくサイバーセキュリティ対策は、永遠のテーマとして今後も対応が求められることでしょう。

自動車通信のための試験技術

自動運転に関するニュースが毎日のように報道され、世界中で注目されるテーマとなっていますが、その実現には通信技術が欠かせません。新たな機能やサービスの実現のため、従来IT業界で行われてきた試験が自動車業界で行われています。その一例を以下に挙げます。

相互接続性試験

異なるベンダーの機器であっても、お互いにデータを送受信できる必要があります。機器同士が正しく通信できるかを確認する試験。

負荷試験

大勢の人が一斉に携帯電話で通話するのと同様、数多くの車がお互いに通信している状況でも、システムが正常に動作するかを確認する必要があります。

セキュリティ試験

セキュリティ侵害につながる脆弱性の有無を調べます。

自動車業界ならではの試験もあります。例えばノイズ耐性を測るEMC(電磁両立性)試験。自動車内部は、データセンターと違い多くのノイズ発生源があるため、イーサネット上を流れる信号がノイズから受ける影響を調べる、といった検証も必要です。

「通信」もまたエンジンや車体と同様、自動車における重要な“パーツ”となっています。当社が情報通信の分野でこれまで培ってきた測定技術や知見を自動車の分野へも適用し、自動運転の実現に貢献することを目指しています。

それほど遠くない将来、ライドシェアの自動車も自動運転車になっているでしょう。現在とは大きく異なるスマートモビリティ社会の実現が個人的には楽しみです。

筆者紹介

株式会社東陽テクニカ 情報通信システムソリューション部 課長

小澤 大輔

セキュリティ試験ツールの販売を経て、現在は自動車通信試験機器のセールスを担当。最近愛車をぶつけ、自動運転の早期実現を心から望んでいる。