時刻同期に高精度が求められる理由
~5Gモバイル通信、産業用ロボット、フィンテック(金融)、宇宙&防衛への応用、東陽テクニカが考える時刻同期への警鐘と提案~

株式会社東陽テクニカ 情報通信システムソリューション部 亀岡 駿平

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目次
  1. 「絶対時間」と「時刻の同期」
  2. 「時刻」を「同期」させることで成り立つ私たちの社会
  3. 時刻同期に関する規制
  4. 欧州での金融規制「MiFIDⅡ」の施行と時刻同期に関する記述
  5. 正確な時刻を得るための最も一般的な方法「GNSS」
  6. GNSS信号の脆弱性を解消するタイムサーバソリューション
  7. 光セシウムが時刻同期管理に革命を起こす

「絶対時間」と「時刻の同期」

私たちが使用している「時間」には、絶対時間と相対時間が存在し、利用シーンに応じて使い分けられています。絶対時間の基準とは何でしょうか。日本の時間は兵庫県明石市付近にある日本標準時子午線(東経135度)を基準として定めています。しかし、地球は自転していますので、厳密には場所によって正確な絶対時間は異なってくるのです。そのため地球は一つですが、地球が持つ時刻は複数存在します。自身が「今」立っている場所の時刻はいつも変化しています。つまり、正確な時刻を得るためには、正確な場所を得る必要が出てくるのです。正確な時刻を得ている複数のモノの状態を、「同期が取れている」という言い方をします。時刻の同期の重要性をいくつか例を交えて説明していきましょう。

「時刻」を「同期」させることで成り立つ私たちの社会

普段は気にしていない「時刻の同期」。しかし、私たちは日々の生活の中で、同期された時刻を目安に行動をしています。もし、私たちが目にしている時刻が他の時刻とズレていた場合、どのようなことが起こるでしょうか。

身近な例では、毎朝違う時間にご飯が炊き上がったり、終業時間が過ぎて残業になっていたり、と少し困ったことが起こるはずです。

社会インフラにおいてもさまざまなシーンで、利用されているシステムの安定した運用・安全管理・品質の担保を維持するために、「時刻同期」の精度が求められているのです。

1) 通信システムに求められる時刻同期

現在、モバイル通信は4G(LTE)から5Gへの移行が検討されています。その5G網を構築する上で、コアとなるシステムでは、0.00000004秒の遅延までしか許されていません。5Gではこうした同期精度の運用を保持しなければ、たびたび通信障害が発生し、普段の生活はもちろん非常時にも大きな影響を及ぼすことになります。

2) 有事の際の防衛システムに求められる時刻同期

もし、他国が日本に向けてミサイルを発射した場合、安全な場所で撃ち落とすための時刻を瞬時に計算しなくてはいけません。これらの計算を実行する迎撃システムには、常に正確な精度の高い時刻が同期されている必要があります。私たちの安全を保障する上で重要なシステムですが、昨今ではこのシステムに対し、時刻の改ざんや時刻同期をズラすことで、無力化させるサイバー攻撃が注目されています。

3) 金融取引に求められる時刻同期

株や仮想通貨などの売買では、取引成立の証明として、正確な時刻履歴が必要となります。現在ではコンピュータを駆使したHFT(高頻度取引)が話題になっていますが、従来の時刻単位では取引処理ができない、AI(人工知能)が持つ演算処理能力に対応した時刻精度が求められます。

時刻同期に関する規制

Fintech(以下、フィンテック)とは金融を意味する「ファイナンス(Finance)」と技術を意味する「テクノロジー(Technology)」を組み合わせた造語で、ICT(情報通信技術)を利用した新しい金融サービスのことをいいます。フィンテックは、これまで金融サービスを支えてきた既存の金融機関のみならず、金融と無縁であったITベンチャー企業などさまざまな異業種が参入し、提携や買収を繰り返しながら急速に拡大しています。ところが、新規参入企業が「信用」に基づいて新しい顧客を獲得することはとても難しく、運用品質や信頼性がまちまちであったため、多くのトラブルが発生しました。そこで、欧州や米国では、システム構築の品質に基準を設けました。MiFIDⅡやFINRAといった金融規制や金融業規制機構がそれに当たります。日本には現在、このような金融規制はありません。

欧州での金融規制「MiFIDⅡ」の施行と時刻同期に関する記述

欧州連合(EU)が投資家保護や市場活性化を狙い導入した新たな金融規制「第2次金融商品市場指令=MiFID Ⅱ」が、2018年1月に施行されました。 MiFIDⅡが制定された背景は個人情報保護の観点からとも、証券会社が提供する匿名性の高い取引(ダークプール)の規制を行うことで市場透明性の向上を図るためともいわれています。新規参入企業は、MiFIDⅡを厳守することで、顧客からの「信用」を得ることを期待しています。MiFIDⅡの中にはPTSサービス(私設取引サービス)やダークプールを制限する規定もあります。そのため伝統的な既存の金融機関と新規参入企業のどちらにとっても、メリット・デメリットのある規制です。

MiFIDⅡの時刻同期に関する規定は非常に厳しく、従来使用されていた時刻情報を配信する通信プロトコルNTPによるミリ秒単位の時刻同期では不十分であり、少なくともマイクロ秒の精度が求められます。また、可能な限りリアルタイムに近い、取引の価格、数量および時刻の履歴情報の保存ならびに公開が義務付けられています。さらに、これらの金融システムに接続されている全ての機器類とUTC協定世界時との遅延差分を把握する必要があります。これらは、他の業界でも類を見ないシステムの時刻管理の規制であり、多くのネットワークエンジニアが順守するためにはどのような機器構成を選択し、設計・構築するべきか頭を悩ませています。

正確な時刻を得るための最も一般的な方法「GNSS」

GNSS(Global Navigation Satellite System / 全球測位衛星システム)とは、GPS、GLONASS、Galileo、準天頂衛星(QZSS)などの衛星測位システムの総称です。GNSSは24時間365日切断されてはいけないミッションクリティカルなネットワークに最適といわれてきたため、時刻情報が必要な環境で広く使用されてきました。しかし、GNSSには大きな脆弱性があることが分かってきました。以下にその脆弱性について説明します。

・GNSS衛星は地球上のあらゆる場所を広くカバーするために、地球から約20,000km離れた位置に設置されている。そのためGNSSの信号が地球に届くころには、微弱な電波となってしまい、ジャミングに弱いという性質を持っている。
・GNSS信号はカーナビに代表されるように民間サービスでも無償で簡単に利用することができる。そのため暗号化されておらず、DoS攻撃の一種であるスプーフィング(なりすまし攻撃、時間情報の改ざん)を容易に仕掛けられてしまう。
・GNSSの信号強度は微弱なため、屋上に専用の受信アンテナを設置する必要があり、設置場所の確保や工事、それらに伴う費用が掛かる。また、雷などの外的要因の影響を受け、信号が受信できなくなるリスクを有する。
・民間が利用できるGNSS衛星は限られていて、さらに地球の周りをかなり離れた位置で回っているため、専用アンテナが衛星を捕捉できない時間帯が存在する。

GNSSの脆弱性をついた攻撃は年々増えているにもかかわらず、いまだ対策が講じられていません。そこで、当社が提案するGNSS運用における脆弱性対策について紹介します。

GNSS信号の脆弱性を解消するタイムサーバソリューション

Spectracom社は、防衛・放送・金融・テレコムといった異なる業界それぞれに特化した強力な時刻同期ソリューションを全世界に提供しているメーカーです。同社の製品はマイクロ秒の時刻同期を実現、MiFIDⅡに適合した時刻情報の管理を長期に実施でき、監査に対応したレポートも出力可能です。また、GNSS信号の脆弱性であるジャミングやスプーフィングといった攻撃信号を検知し、不正信号の受信を防ぐことができます(図1)。

図1:GNSS信号脆弱性対策「Broad Shield」
スプーフィング信号やジャミング信号を検知し、防御

また、GNSS信号に代わる新たなソリューションとして、STL(Satellite Time Location)配信サービスも提供しています。Spectracom社の親会社である仏Orolia社が米Satelles社と提携し、66機のイリジウム衛星を打ち上げ、その衛星からの信号を受信する新サービスです。

このサービスは、従来指摘されていたGNSS信号の運用面、セキュリティ面、コスト面の弱点を解消する、非常に優れたソリューションとして注目を集めています。以下にその優位点を述べます。

・STL衛星はGNSS衛星より地球の近くを周回しているため、従来のGNSSに比べて1,000倍の信号強度がある。そのため、屋内でも受信可能であり、屋上に専用アンテナを立てる必要がない。屋内で受信可能なため外的要因の影響を受ける可能性も低い。
・信号強度が高くジャミングも貫通するため、電波干渉の影響を受けにくい。
・暗号化されているため、スプーフィングの影響を受けない。
・本サービスを使用するタイムサーバの設置場所の緯度・経度を登録するため、その住所に常に信号を配信。 GNSS信号と比べて信号が途切れるリスクを軽減できる。

図2:STL配信サービス

図3:GPS/STL信号時刻同期NTP/PTPサーバ「SecureSync」

光セシウムが時刻同期管理に革命を起こす

もしGNSS信号を受信できなかった場合、タイムサーバは自分が持つ水晶やルビジウムで自走し時間を刻むことになります。その時の精度は水晶の場合、1日で1ミリ秒以上ズレてしまいます。現にサイバー攻撃や自然現象、人的要因により、受信できないケースは多々発生しています。そこで、革新的な時刻運用のバックアップを行うソリューションがあります。当社は、正確な時刻発振を自走で常に出力することができるセシウムを搭載した発振器を提供します。技術革新により、光レーザーによるセシウム発振が搭載された、より時刻発振精度の高い光励起セシウム発振器「OSA3300(」図4)を2018年9月にリリースする予定です。

図4:ADVA Optical Networking社
光励起セシウム発振器「OSA3300」

本製品は従来、ルビジウムなどのオシレータを搭載した機器類の校正に使用されてきましたが、システム運用に使用することによって、GNSS信号が途切れても本製品から精度の高い時刻発振が供給されるため、時刻同期を保持し続けるシステムを運用することが可能になります。

5Gサービスやプラント制御システムなど、高精度な時刻同期が途切れてはいけないシステム運用をお考えの方には、魅力ある画期的なものではないでしょうか。

私たちの豊かな未来を創り革新的なサービスを支えるためには、安全な状態で、正確な時刻の同期を維持する安定したシステムは必要不可欠、と我々は考えています。

筆者紹介

株式会社東陽テクニカ 情報通信システムソリューション部

亀岡 駿平

2008年入社。時刻同期製品の他に周波数測定装置、ネットワーク負荷試験器など、ネットワーク関連測定機器の営業を担当。