黄金眠るジパングの海
― ニューフロンティアとしての深海底 ―
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黄金の魅力
黄金に対してロマンを抱くのは、現代人ばかりではありません。ツタンカーメン王の黄金マスクや中南米奥地の黄金郷(エル・ドラ-ド)伝説など、人類史上に黄金が登場して以来、人々は魅了し続けられています。中南米奥地に鉱山が発見される以前の13世紀末には、極東に位置するジパング(日本)が、黄金の満ち溢れた島国として、マルコポーロの東方見聞録で西ヨーロッパに紹介されました。コロンブスなどの西ヨーロッパの野心家達は、香辛料、金、絹を求めて外洋域に経済活動を広げ、大航海時代の幕が開きます。
大航海時代、黄金の国ジパングを目指したスペイン帝国は、中南米の金・銀を見つけ出しました。持ち帰った金や銀を使って、スペイン帝国は、文字通り黄金時代を築いたのです。同時代、日本でも多くの鉱山が開山し、世界の銀取扱量の1/3に達する銀の一大輸出国に成長し、名実ともに黄金の国ジパングとなったのです。
金は、化学的に安定な金属で、永遠の輝きを放ち続ける事から、古くからグローバル貨幣としての役割を担ってきました。また、金は融点も低く、展延性に富むので加工しやすく、宝飾品や医療器具に活用されます。最近では、低電気抵抗で耐腐食性という性質を生かした集積回路やターミナル素子、そして蒸着膜としてのコーティング材料など近代工業には欠かせない材料金属です。用途の広い金は、その希少性故、価値が高く保たれています。金の地殻内平均濃度は、約4ppb。約1gの金を大地から集めようと思ったら、250tの岩石を処理し、分離・濃縮する必要があります。地球内部のマグマ活動や熱水活動は、地質学的時間スケールを使って様々な元素を分離・濃縮してくれます。このような自然の作用で濃縮した金を、人類はこれまで50mプール約3.5杯分(約17万t)を採掘したと言われています。
火山と地震の国だからこそ夢が詰まっている
日本のような、片方のプレートがもう一方のプレートの下に押し込まれる「沈み込み帯」は、火山噴火と地震が度々起こります。沈み込んだプレートからは、流体が搾り出され、その上部を覆う岩石に付け加わります。この流体によってマントル内の有用金属元素は上方へと移動します。さらに、流体の追加が続くと融点が低下してマグマが発生します。このように沈み込み帯は、流体による有用金属の高濃度化や度重なるマグマ生産に伴った元素濃縮過程が長期間継続する特異な場を提供します。
新生代以降、沈み込み帯地域であった環太平洋のチリ・ペルー・メキシコ・北米西海岸・日本・フィリピン・ニューギニア・ニュージーランドは、“ゴールドラッシュ”、 “黄金の国”、“エル・ドラード”など金鉱床と無縁ではありません。2014年における世界の年間金総産出量は約2,800tで、ベスト5は、中国(450t)、オーストラリア(270t)、ロシア(245t)、米国(211t)、カナダ(160t)の順になります。一見すると、沈み込み帯と無縁のように思えますが、中国、オーストラリア、ロシアも過去において沈み込み帯であった所が、大部分の金を生産しています。
かつての黄金の国ジパングは、2012年のデータでは年間7t強を産出し、国別ランキングは38位ですが、九州の菱刈鉱山ただ1箇所で賄っている事が驚きです。世界的に金の大鉱床と呼ばれる鉱山は、100t以上産出した場合を指します。菱刈鉱山はこれまで200t以上の金を産出している事から、紛れも無く大金鉱床なのです。因みに、金はここ数年値上がりをして約5,000円/gですから、200tなら計算上1兆円を超します。
国内産金量ベスト10には、九州の5鉱山(菱刈鉱山、串木野鉱山、鯛生鉱山、山ヶ野鉱山、大口鉱山)が含まれます。これらの鉱山と共に、規模の小さな金鉱山を九州の地図に示すと、何れの鉱山も巨大カルデラ火山の縁に存在する事が分かります(図1)。日本国内の他の主要金山も巨大カルデラ火山と密接な因果関係を示し、“巨大カルデラ”が探鉱のキーワードとなります。
深海底は、ニューフロンティア
沈み込み帯で発生する火山活動は、何も海面上に限った話ではありません。鉱床を伴うような巨大カルデラ火山は、海底にも存在します。しかし、海水は効率よく電磁波を吸収してしまうため、海面下の現象を観察する事ができません。そのため、私が海底火山の研究を始めた頃は、詳細な海底地形図すら存在していなかったため、トカラ列島の海底火山に関する情報は皆無でした。もしも、深海底に潜む巨大カルデラ火山を探し出せれば、第二の菱刈鉱山を海底に発見できるかも知れません。そのためにも海底の詳細な地形図が必要です。海域における測量や様々な計測は音波が活用されています。水中で生活するクジラやイルカが、獲物を捕捉したり、仲間とコミュニケーションをしたりする上で音波を利用している事を考えれば、海洋観測が音波信号を主体としている事は極めて自然な流れです。
2000年以降、トカラ列島においても、マルチビーム測深機によるデータが取得され始め、海底地形が明らかとなってきました。海底地形データから海底火山の位置を推定し、ドレッジ(金属製のバケツのような観測機材で海底に存在する物質を引き剥がし採取すること)で火山である事を確認する調査を続けていたら、九州南部からトカラ列島の海底に連続する火山群の存在が浮き彫りになりました。しかも、姶良カルデラに匹敵する規模の海底カルデラが、約100km間隔で並んでいたのです。もしかすると、これらの海底カルデラの周囲にも、巨大金鉱床が眠っているかもしれません。
探鉱対象を陸域に限定した場合、広さは日本の国土である約38万km2になりますが、海洋底が探鉱候補として視野に入り始めると、対象面積は国土の約12倍に相当する447万km2(日本の排他的経済水域の総面積)に跳ね上がります。しかも日本の海底は、沈み込み帯に属する部分も多く、海底火山活動に伴った鉱床形成が期待されます。
音波を使って宝の地図を作り出せ!
しかし、海底火山に万遍なく鉱床が存在する筈もなく、鉱石の分布域は限定されます。地殻浅部(深さ数km)に到達したマグマは、マグマ溜りを構築します。マグマに溶け込んでいた流体は、減圧や温度低下によってマグマ溜りから分離しマグマ水となり、有用金属をマグマ溜り上部に掻き集めます。
マグマ溜り周辺で有用金属が濃縮し易いところは4箇所あります:①マグマ溜りの外側の地下1km周辺(Au-Ag浅熱水性鉱脈鉱床:低硫化型鉱床)、②火口直下の深さ1km未満(Cu-(Au)浅熱水性鉱脈鉱床:高硫化型鉱床)、③マグマ溜り直上(深さ2~6km)に濃縮された残液が地下数kmで固化する所(斑岩銅鉱床:Cu-(Au,Mo))、④マグマ溜りの熱によって地殻内に高温の熱水循環が構築され(図2)、地殻内から熱水中に溶出した有用金属が海水などによって急冷固化(図3)し、沈殿する海底面(火山性塊状硫化物鉱床:Cu, Zn, Pb>Au,Ag )。
低硫化型鉱床には、菱刈鉱山をはじめとする九州の金山が含まれます。斑岩銅鉱床には、銅や金を現在稼鉱している世界の大鉱床が含まれます。火山性塊状硫化物鉱床は、海底熱水鉱床探査のメインターゲットで、東北地方で70年代まで盛んに採鉱されていた黒鉱と同じタイプの鉱床です。
海底熱水鉱床は、海底熱水噴出の痕跡を糸口に探鉱が進められています。以前は、ドレッジ調査、CTD(電気伝導度、温度、深度)による化学調査、物理探査の後、候補地を絞り込んで有人あるいは無人の潜水調査船で確認するという方法が取られました。この方法は、費用も時間も膨大に必要です。しかし、近年では海底や海中の様子を船上にいながら観測できるまでに海洋計測技術は進歩しました。
図4は、2014年にトカラ列島小宝島周辺海域で、マルチビーム測深機SeaBeam 3020を使って海底の熱水活動を調査した時の例です。船舶による測量後すぐに精密な立体地形を描き出す事ができます(図4中)。さらに、数百m下の海底熱水活動に伴った、直径数mm程度の泡の連続的な湧き出し(図4右)を、船上からリアルタイムで観測できるのです。この方法を使うと、従来の観測方法に比べ単位時間当たりの探査面積が1,000倍以上に改善されます。海底における精密音響計測は、有望海域の発見を加速してくれることでしょう。
射程距離に入り始めた黄金採掘
1870年作のSF小説「海底2万マイル」の中で、ネモ船長は「大洋深部には、亜鉛、鉄、銀そして金などの資源が存在し、簡単に採掘できるのだよ。」と言っています。米国の潜水調査船が高温の熱水を噴出しているチムニーを発見したのが1977年の事ですから、ジュール・ベルヌは100年以上前にその光景を予見した事になります。 21世紀に入って、電子技術やロボット工学が発展し、海底資源の商業採掘が現実味を帯び始めました。
1994年に締結された国連海洋法条約は、公海における深海底およびその地下を「人類共有の財産」と位置付け、それらに存在する海底鉱物資源の管理は国際海底機構(ISA)で行う事となりました。2014年の段階で、ISAは19の海底地域に対して15年間のリース契約をフランス、韓国、日本、中国、イギリス、ベルギーなどを含む様々な国と締結しています。海底資源開発に向けた調査は、着実に進んでいます。現在、海底資源の商業採掘が最も有力視されているのは、カナダのノーチラス・ミネラル社とパプアニューギニア政府とで共同開発が進められている、ソルワラ1鉱区の銅-金プロジェクトです。ソルワラ1鉱区は、ビスマルク海東縁部の水深1,600mの海底に存在する海底熱水鉱床で、銅品位が8.1%に達する事から採算性が有望視されています。また、採掘コストを十分カバーできる埋蔵量が試算されています。ノーチラス・ミネラル社とパプアニューギニア政府の間における、利益配分や深海底環境保全問題等で、当初計画されていた商業採掘開始時期がのびのびになってはいるものの、最近のノーチラス・ミネラル社の報告では2018年の商業採掘開始が謳われています。国内でも、沖縄海域の海底熱水鉱床において、共同企業体による採鉱システムの洋上試験が2012年の11月に実施され、関連団体が発行するパンフレットには2018年をめどに海底熱水鉱床の商業化を目指すと書かれています。 1992年の環境と開発に関するリオ・デジャネイロ宣言以降、『予防原則』という概念がEUを中心に世界中に浸透し、地球環境問題は国家を越えて人類の関心事となりました。そのため、海底資源開発に伴う環境破壊の影響評価は、年々その重要性を増しています。海底環境評価を可能にする海洋計測技術の開発は、海底資源開発と同様に重要視される事は確実です。