ラウドネスメータとは
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ラウドネスメータってなんだ?
みなさんはTVを見ていて「急に音が大きくなった」と感じたことはありませんか?
そこでTVの音量を下げてみたら今度は音が小さくて台詞が聞こえなくなってイライラされたこともありませんか?
この音量差問題を解決するのに役に立つと期待されているのが「ラウドネスメータ」です。 TV放送のデジタル化と共に、放送における音量差が問題になってきました。一時は放送局に寄せられるクレームの多くが「コマーシャルがうるさい」であったほどです。この問題には2つの理由があります。
1つ目の理由は「音量測定方法の限界」です。 2つ目の理由は「放送インフラの変化」です。音量測定方法の限界が番組間の音量差に繋がり、音量差問題の根本的な原因となっています。放送インフラの変化は、この問題がなぜ放送のデジタル化と共に湧き上がってきたか、という時期的な理由にすぎません。
さらに掘り下げて、現在の音量測定方法とその限界について説明します。
放送用番組(ニュースやドラマなどの一般番組やコマーシャル、番宣など)の音量はVUメータというメータで管理されています。
VUメータは300ミリ秒の時定数を持った電圧計で、人の声(数百Hzの周波数帯)に対し感覚的な音量変化を可視化でき、放送などの業務用用途から民生用アンプまで、「音量」を示すメータとして広く使われています。
しかしVUメータはあくまで電圧計のため、必ずしも人間の感じる音量と一致しません。人の声の帯域に対して低い数十Hzの信号に対しては実際の聞こえよりVUは大きく振れ、2kHz以上の中高域では実際の聞こえよりVUは小さく振れる、といったようにVUメータの表示と感覚的な音量が乖離することが知られています。
そのため、VUメータで音量を合わせて番組を制作しても、見ている人が感じる音量が揃わない場合もあるのです。
言い換えると、現在番組制作に使われているメータが音量測定に最適ではなく、実際の音量と乖離してしまうケースがあり、番組間の音量差に繋がっています。
音量計としてVUメータが使われているという状況はアナログ放送の時代から変わっていません。ではなぜデジタル放送になったら視聴者が番組間の音量差に気付くようになったのでしょうか?
アナログ放送では音声と映像を同じ搬送波(キャリア)に周波数変調して送信していました。仕切りのない一本のパイプで音声と映像を送っていたと考えて下さい。パイプの中には仕切りがないので、音声と映像が混じらないよう配慮しなければなりません。そこで音声に対して行われていた処理が圧縮です。音声が映像送信用領域に干渉しないよう、音声信号の電気レベルがある値を越えないようコンプレッサという装置で抑制されていたのです。
コンプレッサはある幅の変化を圧縮(関数でいう”傾き”を緩く)します。例えば100から200への変化を100から140への変化に(100の幅を40の幅へ)圧縮する設定では、150の信号を入力すると出力信号レベルは120になります。つまりコンプレッサでの処理前125 vs 200において75の差だったものが、コンプレッサでの処理後は110 vs 140と30の差に圧縮され、その差が判りにくくなるのです。
したがって番組に多少の音量差があっても、送出時にコンプレッサで圧縮されることにより、視聴者はその音量差に気が付かなかったのです。
これがデジタル放送になると音声と映像が仕切りで区切られるようになりました。これにより音声と映像の干渉を気にする必要が無くなり、放送システムとしては前述の圧縮処理が不要になりました。そして番組が“送出段で加工”されることなく、創られた番組が「そのまま」視聴者のもとに届けられるようになったのです。
視聴者はTV放送のデジタル化で高画質化、高音質化という恩恵を受けたのですが、番組間の音量差に悩まされることにもなっていったのです。
言い方を変えると、アナログ放送時代は制作で使える音声レベルと放送で使える音声レベルが一致していなかった、と言えます。その関係を図示したものが以下の図です。
ではデジタル放送でもコンプレッサを追加すれば?とお考えになる方もいらっしゃると思います。しかし放送時にコンプレッサをかけるということは制作者が創った番組、CMを加工することになってしまうのです。デジタル放送によりせっかく高音質で(=作り手の意図を忠実に)送信できるようになったのに、演出意図にないコンプレッサをかけて制作者の思いを変えてしまっては本末転倒です。制作者の意図を最大限に生かして音量感を揃えるには、番組制作時に音量感をそろえて制作して放送時にはその音量感を変更しない手法が有効です。
ラウドネスは国際問題
この音量差問題は日本に限ったことではありません。アメリカでもヨーロッパでも同様の問題が起こっています。そこで国連の専門機関であるITU-Rという団体で人が聞いた感覚に近い音量を測定する「ラウドネスメータ」の検討が行われました。
「ラウドネス」は音量、うるささなどを意味する一般的な言葉で、ラウドネスメータという計器も30年以上前から存在していて、さまざまなメーカーから発売されていました。 ITU-RがBS.1770という勧告書でラウドネスの測定方法を規定してからは「ラウドネスメータ」という言葉が ”ITU-R勧告に準じたメータ” として使われるようになりました。 ITU-R BS.1770-2に準じたラウドネスメータの特徴は以下の2点です。
・人が聞いた音量に近い測定アルゴリズムを持つ
・ある期間の測定値が1つの値(平均値)で表示される
人は同じ電圧であっても周波数(音の高さ)によって感じる音量が変化します。この特性を等ラウドネス曲線と呼び、 ISO226:2003として国際標準規格化されています。一般には電圧レベルを監視しながら音を聞く機会が無いのでイメージしづらいかもしれませんが、大太鼓のような低い音やジェット機の効果音のような極端に高い音は同じ電圧レベルの人の声と比較して小さく聞こえます。
ラウドネスメータにはこの特徴が加味されているため、電圧計であるVUメータと比較してより人間の聞いた感覚に近い値を表示できます。さらにゲーティングと呼ばれる無音部分や相対的に音声レベルの低い部分を除去する機構が組み入れられていたり、測定値がチャンネル数に関わらず1つで表示される(既存のオーディオ用メータはチャンネルごとにレベルを表示します)工夫も凝らされています。人は基本的にチャンネル毎に音量を感じているわけではないので、モノラルなのかステレオなのかサラウンドなのかというチャンネル数に関わらず測定値が1つで表示されるのは全体の音量を表現するのに向いています。
ある期間の測定値が1つの値(平均値)で表示されることは2つの効果があります。 1つは測定結果の再現性向上、もう1つは番組制作時のダイナミックレンジ拡大です。番組では音声信号の電気レベルは刻一刻と変化するため、VUメータの指示値も刻一刻と変化します。つまりメータの読み手は、刻一刻と変化する針の位置から値を読み取るのです。一般的なメータのように時間変化が無いか非常に少なく、指示値が止まる(いわゆる静特性的な)読み方ができないのです。常に揺れ動く針から値を読み取るとなると、往々にして読み取る人によって読み取り値(=測定値)が異なってしまいます。これは測定値の再現性が低いと言い換えることができます。したがってVUメータで出荷検査、受入れ検査を厳密に行うのは難しいのです。
ところがある期間の測定値を平均値として1つの値(数値)で表示するメータであれば、人の読み取り誤差は発生しません。-24.2は誰が読んでも-24.2です。当然、同じ素材の同じ期間を測定すれば同じ結果が得られますので測定自体にも再現性があります。今までのVUメータでは人の読み取り誤差を見込んだ出荷検査、受入れ検査を行わなければならず、時にはA局では受入OKだったのにB局ではNGになって返品されるというケースすらあり得たのです。
ラウドネスメータであれば1つの値(平均値)で測定値が表示されるので、出荷検査と受入れ検査での再現性が見込め、より信頼できて混乱の少ない運用が可能になるのです。
VUメータでの管理は最大値管理のため、音声レベルを常に許容最大値にしておくことで音量を大きくすることができます。逆に言えば、他の番組に埋もれず目立たせるために音量を大きくしようと思うと、常に許容最大レベルで音を鳴り続けさせることになります。従って演出として静かな場面を作りたくとも、常に最大音量で制作されたコンテンツと比較した音量低下を避けるためには大きな音を出さなくてはなりません。
ラウドネスメータでの管理は平均値管理のため、同じ平均値であっても緩急をつけることができます。これは、より豊かな演出の後押しになると期待されています。
良し悪しは別として、この考え方の違いは車の運転に例えることができます。
VUメータは今の最高速度規制と同じです。60km/hの道を走行する場合は、常に60km/hで走って信号はできるだけ急発進、急停止することで早く目的地に到着できます。多くの場合、少しでも早く到着したいと思うでしょうし、他の車に抜かれるのが不愉快と思う人もいるでしょうから、なるべく60km/hをキープして信号などでは急停止、急発進という運転になりがちです。ラウドネスメータは平均速度の規制なので、目的地に到着するまでに必要な時間は同じです。少しでも早く、という概念はありません。従って信号やカーブ手前で減速したり、空いている見通しの良いストレートで60km/hを超えるスピードで運転することができます。
大げさかもしれませんが、ラウドネスには番組制作の演出まで変えてしまうほどのインパクトがあるのです。
放送の音量はどう変わる?
今までVUメータで行われていた音声レベル管理が、ラウドネスメータを併用して管理されるよう変化します。これにより人の感じる音の大きさに近い値で番組の音量を揃えることができ、レベルジャンプを感じない放送が実現できると見込まれています。このラウドネスメータでの音量管理は民放、 NHKとも実施するため、同じチャンネルの番組CM間レベルジャンプだけでなく、チャンネルを切り替えた際のザッピングレベルジャンプの緩和にも効果を発揮するものと考えられています。
アメリカでは昨年からラウドネスメータによる放送番組の音量管理が始まりました。ヨーロッパでも同様の運用が始まる見込みです。日本では2012年10月から2013年4月にかけてラウドネスメータに基づく音量管理が開始されます。
日本での動向をお知りになられたい方は以下の文献、ページをご覧ください。
TR-B32
デジタルテレビ放送番組におけるラウドネス運用規定(ARIB技術資料)
T032
テレビ放送における音声レベル運用基準(民放連技術規準)
民放連
ラウドネス関連のページ http://www.nab.or.jp/loudness/NHK
ラウドネスによる音声レベル管理の導入 http://www.nhk.or.jp/pr/marukaji/pdf_ver/321.pdf
(H24年4月13日付報道発表)
ラウドネスメータはパーフェクトなメータではありません。条件によっては人の感じる音の大きさと解析値が乖離することも報告されています。更に人が感じる「聞きやすさ」は音量の平均値だけに依存しているわけでありません。他にも瞬間的な音の大きさ(ピークレベル)や音の大小(ダイナミックレンジ)などが関係しているため、ラウドネスメータで平均値を揃えたからと言って100%聞きやすい放送になるとは限りません。特に音の大小(ダイナミックレンジ)は聞きやすさに大きく影響します。音の大小の幅が広いほど豊かな演出が可能になりますが、あまりにその幅が広すぎると「台詞は聞こえないのに爆発音がびっくりするほど大きい」原因になってしまいます。このレンジの適正値は、静かな映画館で聞くのか騒々しいキッチンで聞くのかという「視聴環境」に大きく依存するため、番組制作だけで対処することが難しく、これからの課題となるかもしれません。
それでもラウドネスメータが実際に人間が聞いて感じた音量を確認する手段として画期的であるのは確かです。来年の今頃、テレビの放送が聞きやすくなったと感じたら「ラウドネス」を思い出してあげてください。