日本企業におけるDX実現に向けたステップ、その基盤となるテクノロジーのトレンド
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日本初の専業型インターネット・データセンターとして2000年に設立。2002年に現在のブロードバンドタワーという名称となり、日本のインターネットインフラを支えてきた同社。その代表を務める傍ら、一般社団法人デジタル田園都市国家構想応援団代表理事、SBI大学院大学学長など、経験と知見を活かして数多くの公職活動も行っている藤原洋氏。
今回は、DXの第一人者として最前線で活躍する藤原氏に、日本企業におけるDX戦略の進め方、その基盤となるテクノロジーの展望、DX時代におけるサイバーセキュリティの在り方、さらに今後の展望を語っていただきました。
【インタビュアー】
櫻井俊郎
(株式会社東陽テクニカ セキュリティ&ラボカンパニー カンパニープレジデント)
未来志向のDX推進について
IoTやAIの進展とともに進行中の第4次産業革命について、著書『全産業「デジタル化」時代の日本創生戦略』の中で、「まさにデジタルトランスフォーメーション革命であり、日本創生の大チャンス」であると書かれています。そのインパクトについてお話しいただけますか?
まず、お伝えしないといけないのが「平成の失われた30年」です。日本経済の低迷を象徴する事象であり、DX推進を考えるうえで、なぜ低迷したのかを理解する必要があります。その根本的な3つの原因が「デジタル化の遅れ」「食料自給率の低下」「首都圏一極集中」です。「平成の失われた30年はバブル崩壊だ」と言う人もいますが、私はそうは思いません。特にデジタル化の遅れと、日本にデジタル企業が出現しなかったことが大きな問題だと感じています。
デジタル化の遅れで、もっとも打撃を受けたのが第3次産業です。この30年間で、労働人口の比率は第1次産業から第3次産業にシフトしました。この産業構造の変化の中、日本の就業者一人あたりの労働生産性は、OECD(経済協力開発機構)加盟国のうち、1990年の16位から、現在は28位まで落ちたのです。この原因は、サービス産業がデジタル化に乗り遅れたことにあります。
では、日本の経済を支える製造業における労働生産性はどのように変化したのでしょうか?
製造業の労働生産性を見ると、OECD加盟国のうち、2000年まで日本は1位です。しかし、2005年に9位、2019年にはとうとう18位まで下がっています。
デジタル産業を象徴する半導体産業が日本から姿を消したことも大きな要因だと考えられます。1993年にはトップ10に7社も日本の企業が入っていましたが、2021年には0になりました。韓国が2社入っていますが、大半がアメリカの企業です。これは、日米貿易摩擦の結果、半導体産業が日本からアメリカに移ったということです。
「平成の失われた30年」を取り戻すため、日本はどうすればよいのでしょうか?
デジタル化と切っても切り離せない半導体産業。かつて日本の半導体を牽引したのは、総合電機メーカーでした。それが今ではIT系の企業に変わっていますが、日本はそこが少々弱い。そしてITや半導体といった業界では、圧倒的な経営スピードが求められます。
しかし、日本の企業はITの大きな流れを捉えられず、ITで重要な半導体ビジネスを理解できなかった。これが「平成の失われた30年」の実態です。
それを踏まえて、令和の日本が取り組むべきはDX。サービス業や農業を含む、全産業のデジタル化がミッションになります。また、製造業においては、もう一度、半導体産業を創生することが課題です。ここに「日本創生の大チャンス」があります。
半導体産業において、日本企業にはどのようなチャンスがありますか?
チップを作るという意味での半導体産業について、日本は苦戦しています。しかし、半導体を作る製造装置に目を向けると、売上トップ15の中に日本の企業が7社もランクインしていますし、シリコンウエハも日本の強さが目立ちます。こういった材料分野でも日本の企業に強みがあり、頑張ってもらいたいです。
そのほか、次世代シリコンウエハについて、代替素材として窒化ガリウム(GaN)とシリコンカーバイド(SiC)があり、開発競争が激化しています。この分野においても青色発光ダイオードの発明でノーベル賞に輝いた、名古屋大学の天野教授を中心とする大学連合と、私の会社や電機メーカーさんと共に、総務省の資金支援を得て、産学連携でBeyond 5G(6G)に向けてGaNデバイス技術の研究に着手しています。
私自身も東北大学を中心に半導体の研究開発拠点を集約するために活動しています。DXの推進、そのために必要な半導体産業を活性化するには、どこかに集約拠点が必要です。そこで仙台市を中心にシリコンバレーのようなR&D拠点をつくる構想があります。投資家を集め、半導体業界を盛り上げ、新しいデジタルの流れをつくる。これが「日本創生の大チャンス」という本当の意味です。
DX人材の育成について
SBI大学院大学の学長をされ、DXの講義も受け持たれています。DX人材の育成について教えてください。
まず、政府が進める「デジタル田園都市国家構想」についてご紹介します。これは、“新しい資本主義”実現に向けた、成長戦略のもっとも重要な柱になります。「デジタル基盤の整備」「デジタル人材の育成・確保」「地方の課題を解決するためのデジタル実装」「誰一人取り残されないための取組」という4つの骨子から成り立っています。
DX人材育成は、具体的に、地域で活躍するデジタル推進人材を2022年度末までに年間25万人、2024年度末までに年間45万人育成できる体制を段階的に構築し、2026年度までに230万人確保するというのが目標になります。
また、人材育成と言っても、通常の学校教育ではなく、主として社会人に向けたリカレント教育が中心になります。今までアナログ人材だった人をデジタル人材に変えるため、自治体と協力しながら進めています。一般社団法人デジタル田園都市国家構想応援団では、そのために教育素材の提供や、講師のアレンジをしていきます。私は代表理事として、自治体のデジタル推進人材確保を支援する活動を行っています。また、SBI大学院大学では、経営者向けの「DXの本質」という講義を受け持っています。
欧米ではユーザー側にデジタル人材が多いのに対して、日本では圧倒的にベンダー側が多いですよね。若い方はデジタルネイティブが多く、やり出せばスムーズだと思いますし、デジタルとビジネス、経営のわかる人材を増やしていきたいですね。
おっしゃるとおりで、この講義もユーザー側にデジタル人材を増やすことが目的です。日本では75%がベンダー側、25%がユーザー側という状況。アメリカではまったく逆で、日本もその構造を作らないとだめです。ユーザー側のリテラシーが上がれば、デジタル化やDXも進み、中間搾取などもなくなります。
DX時代におけるサイバーセキュリティの重要性
DX推進基盤となるテクノロジートレンドとして、「5G/Beyond 5Gへの進化」「AI/ML(機械学習)技術の浸透」「サイバーセキュリティ危機の増大」「データ技術の進化」「ハイブリッドクラウド&エッジコンピューティング」という5つを挙げられていますが、DXにおいてサイバーセキュリティの重要性が一段と増すはずです。そのあたりについて、藤原様はどのようにお考えですか?
我々も常にサイバー攻撃を受けているものとして、防御はとても大切です。特に近年は、攻撃対象が産業システム、例えばデータセンターや発電所といった社会インフラに及んでおり、攻撃方法の高度化や特定組織を狙った標的型攻撃も多発しています。
攻撃の目的も多様化し、国家によるサイバー攻撃、金銭目的の犯罪者による攻撃、ハクティビスト(政治的な意思表示や政治目的の実現のためにハッキングを手段として利用する行為もしくはそのような行動)による主義主張なども耳にします。
コロナ禍になり、テレワークという働き方も増え、よりサイバーセキュリティの重要性が高まったと思いますが、いかがですか?
そうですね。新型コロナウイルス感染症の影響で、テレワークの利用が一気に進みました。より時間や場所を有効活用できることとなり、企業にとって新しいビジネスの創出や労働形態の改革などをもたらします。また、多様化する個々人のライフスタイルに応じた柔軟かつバランスの取れた働き方の実現に寄与することが期待できます。
一方でテレワークの普及によって、情報通信ネットワークの脆弱性によるサイバー攻撃の被害や情報漏洩などが多発しています。うっかり被害も多いのかなと思います。
DX化、またテレワークが進む今、サイバーセキュリティに求められることを教えてください。
「ゼロトラスト」という言葉に集約できると思います。従来のサイバーセキュリティは、社内などの特定の領域を完全に遮断するファイアウォールが主流でした。外部からの攻撃を遮断すれば、会社を守れたわけです。しかし、クラウドコンピューティング時代は、コンピューターリソースが分散し、特定の社内システムを防御するだけでは不完全です。そこで新セキュリティモデルとなるが「ゼロトラストネットワーク」です。「すべてを信頼しない」ということがセキュリティの前提条件になります。
その仕組みを簡単に説明すると、まずアクセス認証です。外部からのアクセスに対して毎回セキュリティレベルをチェックし、問題ないデバイスのみにアクセスを許可します。また、ネットワークの分割も重要です。データの種類や用途によってネットワークを分割し、各ネットワークの境界にセキュリティ対策を施します。さらに、テレワークが広がり、個人のPCやスマートフォンで外部からオフィスネットワークにつながるわけですから、エンドポイントの対策も重要になります。
クラウドコンピューティングやDX時代、さらにウィズコロナの現代にとって、ゼロトラストネットワークは必要ですね。コロナのおかげというと語弊があるかもしれませんが、それによってテレワークが普及したのも事実ですからね。
そうですね。コロナは、日本のデジタル化にとっては追い風だったと思います。コロナ禍にならなければ、今も変わらず出社し、会社で仕事をするというのが当たり前だったはずです。弊社でもコロナ禍になり、現在は85%がテレワークです。そういった状況もあり、サイバーセキュリティの重要性をより認識し、ゼロトラストネットワークの構築に力を入れています。また、日本社会全体にとってDX推進のタイミングになったことは間違いないでしょう。
需要者主導のDX推進の実現
「デジタル技術を手段としてデジタル変革するためには、技術を提供する提供者(ベンダー)主導ではなく、技術の恩恵をかぶる需要者(ユーザー)主導に変わっていく必要がある」と藤原様は言われています。需要者主導に変わるためには、何が大切とお考えでしょうか?
需要者主導のDXを実践するには、以下の3つが大切です。
① DX実践の3つのフェーズを理解する
② デジタルアジリティを理解する
③ DX推進組織を組成する
まず①の「DX実践の3つのフェーズを理解する」ですが、DX推進は、「デジタル効率化」「デジタル統合」を経て、「デジタルトランスフォーメーション」のフェーズに移ります。具体的に、まずは部分的にデジタル技術を適用し、業務効率化や運用コスト最適化を図る。次に、デジタル技術適用で個別最適化した領域を統合し、既存ビジネスの“高度化”と“統合”を実践する。ここまできて、新しいビジネスモデルへの転換と、それを実現するために組織構造の抜本的改革を行うのです。
②の「デジタルアジリティ」について教えてください。
デジタルアジリティとは、対デジタル・ディスラプター戦略を理解することです。我々の業界には、GAFAやNetflix、テスラなど、業界を超えて価値があるところに参入する企業がいます。それらがディスラプター(破壊的企業)であり、そういった企業が登場したとき、いかようにも対応できる準備をしておくことが必要です。
デジタルアジリティとは、そういったデジタル・ディスラプターに対応するために企業が持つべき組織の能力のことです。柔軟性や変更容易性ですね。そこにはデジタル化やDXが非常に重要な意味を持ちます。
③「DX推進組織を組成する」とは具体的にどういったことでしょうか?
DXは、全社横断組織なくして実現しません。ここが一番重要です。あとは人材です。ITエンジニア、UX(ユーザーエクスペリエンス)設計者、AI技術者/データサイエンティストが必要なのはよくわかると思います。ここに加えて、アーキテクト(DXによるビジネスとDX技術全体を把握した設計者)、ビジネスデザイナー(DXのためのビジネスモデル設計者)、ビジネスプロデューサー(DXによるビジネスを実現する責任者)が求められます。
製造業のDX推進には、ボトムアップとトップダウンの融合が重要だと思います。そこで必要なのが、ビジネスデザイナーやビジネスプロデューサーです。日本企業の場合、ITエンジニアなどの技術者のみで満足してしまうケースが多いように感じますが、それではDX推進組織は完成しません。DX推進に成功する企業の共通点は、社長が全面的に協力していることです。縦割りになった部門やシステムに横串を指すには、社長が陣頭指揮を執ることが大切になると思います。
ブロードバンドタワーの取り組みについて
ブロードバンドタワー様は「DataセンターカンパニーからDXセンターカンパニーへ」というビジネスモデル転換を進めていると聞いております。これはどのような取り組みでしょうか?
現在は、東京と大阪の都心部でデータセンターを稼働させる「コロケーション」というスタイルをとっています。コロケーションとは、ネットワークへの常時接続環境のもと、サーバーや回線接続装置などを共同の場所に設置することです。そこでユーザーから預かったサーバーを保守管理するサービスを「コロケーションサービス」「ハウジングサービス」と呼びます。
今後はデータセンターの大規模化と、地方分散化を進めていきます。そしてハイブリッドクラウド+オンプレミス+SaaS利用環境を提供できるデータセンターを「DXセンター」と呼びます。
現在、東京23区内で4拠点、大阪で1拠点のデータセンターを稼働しています。これを大規模化+地方分散します。具体的には、現在1,000ラック規模(4万台のサーバーが稼働)のものを5,000ラック規模に拡大します。この巨大なDXセンターを「ハイパースケールDC」と呼びます。
また、同時に政令指定都市にDXセンターを置く「リージョナルDC」、ラウンドトリップタイム1~5msの「エッジDC」も設置。今後の5G、さらに6Gに向け、ラウンドトリップタイムに応じたDC事業を展開していく戦略を掲げています。
DX推進に必要なセンサー技術
最後に、センサー技術はIoTエッジの高度化/高機能化という点でも、DXにおいて大変重要と考えております。東陽テクニカが得意とする“はかる”技術(センサー)への期待などありましたらお聞かせください。
たくさんありますよ。今回は4つの点でセンサー技術に期待しています。1つは、「サイバーフィジカルシステム(CPS)を実現するためのフィジカル・センター情報の生成」です。フィジカル空間(現実世界)とサイバー空間が一致するためには、センサー技術が必須です。
そして2つ目が「スマート工場」の実現です。従来の工場は、低賃金労働者や匠の技術を持った職人がいないと成り立たない人間依存型です。対するスマート工場は、AIとIoTの出番です。そこでは、センサーがデータを自動収集し、AI技術を用いてデータを効率的に分析し、生産工程の高度な自動化が期待されます。
3つ目は「スマートコネクテッド・プロダクト」の実現です。従来のプロダクト(工業製品)は提供されるだけの一方向で、環境問題も含めると限界に来ていると感じます。利用者満足度がわからず、利用されなくなれば不要のごみ資源です。プロダクト製造革新のため、スマートコネクテッド・プロダクトは本当にやってほしい。それはセンサー技術があれば可能です。
最後の4つ目が「スマートシティ/スーパーシティ」の実現です。私は仙台市のスーパーシティ構想のアーキテクトを拝命しています。スマートシティは、ご存じのとおり、街中にセンサーを張り巡らせて、監視するものです。さらにスーパーシティは、AIや自動運転などの最先端技術を用いたもので、それぞれが有機的につながるものです。スマートシティ/スーパーシティは、日本の国策になっており、これもセンサー技術が重要となります。
DXには、センサー技術が欠かせないものです。そこで今後も協力していただければ幸いです。