「電動車両シミュレーション基盤」の開発に向けたJARIの取り組みとは
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政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げています。そしてこれを達成するために経済産業省は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に総額2兆円の基金を造成し「グリーンイノベーション基金事業」を立ち上げました。この事業のプロジェクトの一つに「電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」があります。
このプロジェクトのテーマの一つが「電動車両シミュレーション基盤」で、その研究開発を担当しているのが中立的な研究機関である一般財団法人 日本自動車研究所(JARI:Japan Automobile Research Institute)です。JARIはAD/ADAS1)のHiLS2)試験向けに東陽テクニカ製「ドライビング&モーションテストシステム(DMTS)」を採用しました。そこで「電動車両シミュレーション基盤」の研究に関して、そのミッションや目標などについて、JARIの髙山晋一氏にお話をお聞きしました。
【インタビュアー】
久保 夕貴
(株式会社東陽テクニカ 機械計測部 次長)
1)ADは自動運転(Autonomous Driving)の略で、自動運転技術を指す。ADASはAdvanced Driver Assistance Systems(先進運転支援システム)の略で、運転支援技術を指す。
2)HiLSは、Hardware-in-the-Loop Simulation(ハードウェア・イン・ザ・ループ・シミュレーション)の略で、車両や機械の制御システムをテストするためのシミュレーション技術のこと。車両の制御システムを実際のハードウェアと接続して、シミュレーション環境下で動作させテストする。
公平中立な研究機関であるJARIが取り組む自動車技術の未来像とは?
JARIはどのような機関なのか、研究内容やミッションについて教えていただけますか?
JARIは、自動車に関する技術の協調領域における調査・研究・技術開発および試験・評価を行う研究機関です。
1961年設立の財団法人自動車高速試験場がその前身で、1969年に中立的、公益的な活動を行う自動車の総合的な研究機関として改組しました。2003年には、財団法人日本電動車両協会および財団法人自動車走行電子技術協会と統合し、2012年に一般財団法人へ移行しました。
JARIは中立・公益な研究機関として活動している組織です。主に国や自動車メーカーや自動車部品サプライヤーなどからお話があり、さまざまな調査や研究を行っていますが、第三者評価機関のような側面もあります。
自動車メーカーやサプライヤーなどからは、検討事項があるときに中立的な立場で見解を出してほしいという依頼をいただくこともあります。
髙山様の所属する自動走行研究部 自動走行MBDグループの研究内容や役割について教えてください。
自動走行研究部は、文字通り自動走行や自動運転の研究を行う部署です。自動運転に必要な研究を、実車を使って実験、検証なども行っています。
ただ、最近は“モデル”3)を使ったクルマの研究開発をするというのが一つの大きな流れになっています。自動走行MBDのMBDとは、日本語で言うとモデルベース開発で、モデルを使って、どのようにクルマの開発を効率化するかということに主眼を置いた研究を行っています。
3)モデルとは、現実世界で試作部品を作るのではなくコンピューター上でパーツや実車などを再現するために機能や性能、特性などを数学的に表現したもの。モデルを作ることでコンピューター上でのシミュレーションが実行でき、車両の挙動や性能を予測することが可能となる。結果、部品試作やテストにかかる時間やコストを大幅に削減することができる。
髙山様はそこで具体的にどういうことを担当されているのですか。
現在、NEDOに創設されたグリーンイノベーション基金プロジェクトの「電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」のテーマの一つ「電動車両シミュレーション基盤」の研究開発のとりまとめを担当しています。
グリーンイノベーション基金やJARIの研究開発は自動車業界にどのような影響を与えるのか
グリーンイノベーション基金プロジェクトの概要について教えてください。
CO2削減をはじめとして環境負荷の低減や持続可能な社会の実現のために、NEDOが民間企業や大学などの研究機関の野心的な取り組みに対して研究開発・実証から社会実装までの継続的な支援を行うのがグリーンイノベーション基金事業です。
再生可能エネルギーや省エネルギー、蓄電池、燃料電池や水素エネルギー技術など、環境に配慮した分野の革新的な技術やサービスの開発を支援しているのですが、その中の一つに自動運転があり、その研究開発において私たちJARIが「電動車両シミュレーション基盤」に対応しているという形になります。
CO2削減はクルマだけの問題ではなくエネルギーマネジメント全体を含めて考えていかなくてはなりません。
そこで日本としてはこれからどう対応していくべきなのか、必要な研究開発のために支援していこうと設立されたのがグリーンイノベーション基金事業ということと理解をしております。
JARIが行っている「電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」プロジェクトでは、どのような研究開発がなされていますか。ミッションや目標を教えてください。
我々に求められていることは、中立的な研究機関であるJARIとして車両のモデルを作る、作り方を構築することです。
従来の自動車開発では、試作機を作ってテストし、それを評価して改良を重ねていくという手法が用いられてきましたが、JARIはその手法を、モデルを使うことで効率化することを目指し、研究開発を行っています。
車両のモデル(ベンチマーク車両、共有モデル)の作り方を確立し、車両モデルを作成して、自動車メーカーやサプライヤーに提供する。そして、彼らが車両や部品の開発を進める際にそのモデルを使用するという位置づけです。このような取り組みが、現在の我々のミッションです。
開発中の車両モデルについてですが、クルマ単位ではなく、部品単位でモデルを構成しています。タイヤやサスペンション、ステアリング、ブレーキ、そして自動運転に必要なセンサーなど、各部品をモデル化することによって、部品のサプライヤーは自社が開発した部品をモデルと入れ替えることでシミュレーション上でのテストを行うことが可能になります。
シミュレーション上でさまざまなテストを行い、性能の優劣を判断することができるため、開発にかかるコストや時間を大幅に削減することができ何度も試作を繰り返す必要もありません。これは自動車メーカーやサプライヤーにとっても大きなメリットがあるものでしょう。
「電動車両シミュレーション基盤」の研究開発の具体的な内容、目標を教えてください。
具体的な目標は前述のとおり部品単位でクルマのモデルの作り方を確立するということです。ただそれができれば終わりということではなく、精度検証も繰り返し行います。
今、目標としているのは実車とシミュレーションの精度を90%以上に保つということです。それだけの精度を持ったモデル部品で構成されたクルマのモデルを作るというのが目標です。
モデルにそれくらいの精度がなければ自動運転車など今後のクルマの開発には役に立たないでしょう。モデルの精度は高ければ高いほど良い。シミュレーションの精度もより高くなる。
そして部品を変えたことでそのクルマの性能は上がるのかそれとも悪くなるのかが正確にシミュレーションでわかるわけです。
そのプロジェクトですが、具体的にどのような段階でしょう。今後の予定や見通しなどを、教えていただけますか。
プロジェクトはまだ2年目で走り出したばかりです。市販車のモデルを作る上で、まず計測が必要ですので計測器の調達を進めている段階です。そして計測とモデルの作成を同時並行で進めています。
2028年までにはクルマのモデルを4台作る予定ですが、現在は1台目に取り掛かっており2024年を目途に自動車メーカーやサプライヤーに提供するというスケジュールになっています。
この1台目のモデルが完成すれば2台目3台目のモデル開発にはその経験が生かせるので開発スパンも短くなっていくはずです。
このプロジェクトで期待されていること貢献していきたいことは何でしょうか。
期待されているのは中立公平な立場で車両のモデルを作り、自動車メーカーやサプライヤーにそのモデルを展開して、開発の効率化を図ること。自動車産業を下支えするということでしょう。
日本の自動車産業の困り事に対してすべて対応する。それが、JARIが自動車産業に貢献できることですし、またそれがJARIに期待されていることなのだと思います。
モデルを使った車両開発ですが、実は日本でもすでに行われています。日本のすべての自動車メーカーやサプライヤーがそうではないでしょうが、独自にモデルを開発し、MBDを行っています。
それならわざわざJARIが新たにモデルを開発せずともすでにあるモデルを使えばいいのではないか、という考え方もありますが、自動車メーカーや複数のサプライヤーが共通で利用できるものはありません。
共通で利用可能なモデルはやはり中立な立場のJARIの目線で作ることで、自動車メーカーもサプライヤーも自動車業界全体がある程度、信用した上で使える、使ってもらえる、そんな形になると思います。
モデルやMBDなどに関しては日本よりも欧州のほうが明らかに進んでいます。昨今、欧州車の開発スパンが短くなっている理由はMBDを行っているからです。日本の自動車産業が今後グローバル市場で戦っていくためにはMBDを積極的に導入して、全体の底上げをしていかないといけないのです。
モデルベース開発でも実車を使った計測の重要性は決して変わらない
我々が作ったモデルは、ゆくゆくは販売ルートに乗せるつもりです。「グリーンイノベーション基金事業の基本方針」においても研究開発の成果を着実に社会実装へつなげるよう求められています。もちろんNEDOの基金を使った研究開発なのですべてを事業化してJARIの利益にするということはありません。
そもそも「JARIが新たにクルマのモデルを作りました、皆さん使ってください」と販売をしても、いきなりそれを買ってくれる自動車メーカーやサプライヤーはいないと思います。
まずはできたモデルを自動車メーカーやサプライヤーに配り、使ってもらったうえでどこが良いのか何が悪いのか、改良すべきことは何なのかをフィードバックしていただきます。そして、その修正を繰り返して作り込みを重ねてモデルのレベルを上げていくということになるでしょう。
そしてJARIが作ったモデルがどこまでのレベルなのか理解されて、開発に使えるのか評価してもらい「これなら我が社の製品開発に使える」となったらそこでようやく買ってもらうことになるのでしょう。今の段階ではそのようなイメージを持っています。
今回「電動車両シミュレーション基盤」開発のためのAD/ADASのHiLS試験向けとして東陽テクニカの「DMTS」を採用していただきました。これはどのような目的で使用されますか。具体的にどのような点で貢献できるでしょうか。
モデル開発でのセンサーの作り込みに関して「DMTS」を使い、さまざまな計測を行っていく計画です。現在の市販車には、ほぼすべてのADAS用のセンサーが搭載されています。ミリ波レーダーやカメラなどですね。そういったセンサーをターゲットにして「DMTS」でHiLSテストを行い、モデル開発を進めていく計画です。「DMTS」の納入はまだ先なので、現在は東陽テクニカと一緒に装置の調整をしながら「DMTS」機器の作り込みをしている段階です。
東陽テクニカへの期待をお願いします。
東陽テクニカは数多くの計測ソリューションをお持ちです。自動運転や電動車などこれからのクルマの開発にはさまざまな計測が欠かせません。もちろん前述のモデルの研究開発でもそうです。
東陽テクニカにはこれからの自動車開発をターゲットにしながら、さまざまなソリューションを展開していただきたいと思っています。
MBDとなれば自動車開発に実車の計測が必要なくなるのでは、と考える方もいるかもしれません。もちろん実車や部品を試作して、計測や評価をする機会というのは減ることになるのでしょう。
しかし、自動車の開発というものはモデルだけですべて完結するわけではありません。モデルだけで開発されたクルマというものを皆さんは果たして買ってくれるでしょうか。
私自身はモデルやシミュレーションを完全には信用していません。きちんと実機、実車を計測し、さらにテストしてそれでそのクルマが良いのか悪いのか判断をしたい。
おそらく世の中の多くの方もそうだと思います。いくら開発された新型車がシミュレーションの中で合格し素晴らしい車であるとなっても、最後の最後はやっぱりリアルな世界での計測やテストは残るのではないでしょうか。
人がクルマの開発を始めてから長い間、試作機を作りそれを計測機で測定して評価をするということを繰り返してきました。そこには長い歴史があります。対してシミュレーションによるクルマの開発はせいぜい20年ぐらいの歴史でしょう。
クルマの開発において、実機を使った計測ソリューションは今後も間違いなく求められていくはずです。だからこそ東陽テクニカにはこれからも優れたソリューションの開発に頑張っていただきたいと思っています。
最後に、自動運転の実現に対してJARIはどのように貢献されていくのでしょうか。
自動運転に関しては、JARIとしてさまざまな部分で貢献できるよう準備を進めています。ただ、自動運転に関してはあまりにも解決すべき課題が多すぎて、何をどうやっていくべきなのかというのは非常に難しい問題です。今は目の前の課題に一つ一つ対応している状態です。
まずは世の中の自動運転における協調領域を決めなければいけないでしょう。自動運転はクルマの枠を超えて移動に関わるさまざまな領域に影響を及ぼすものです。
もはや企業単独での開発や実施、対応が難しい協調領域があるのです。その部分で我々JARIは力を尽くしていきたい。
また、自動運転車の開発は自動車メーカー独自の試験設備だけでは対応しきれない部分も非常に多いものです。我々はそういった課題にも対応していきます。そして、自動運転に関する開かれた評価拠点Jtown4)をベースに研究拠点として活動、貢献していきたいと考えています。
4)自動運転評価拠点 Jtownは、産官学連携による自動運転技術の協調領域の課題解決と将来の評価法整備に取り組むことを目的として、 経済産業省の平成28年度「自動走行システム評価拠点整備事業」による補助を受けて建設した施設です。