東陽テクニカとEMCの軌跡 ―EMC規格の起源と計測機器の移り変わり
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はじめに
昨今、自動運転車、ドローンなど、Society 5.01)の実現に向けた先進技術の活用や普及に向けた取り組みが本格的に進められており、日常生活においてますます多くの先進的な電子機器が使用されるようになってきました。これらのデバイスが互いに干渉せず、正しく動作するように設計されること(EMC=電磁両立性)は、現代の技術主導型の社会において不可欠です。
電子機器の発展とともにEMCの重要性が急速に増しています。EMCは近年整備されたように思われるかもしれませんが、実はその歴史は意外に古く、重要性は100年以上前から認識されていました。本記事では、EMCの起源から現代までの軌跡をたどるとともに、東陽テクニカとEMCの関わりについてご紹介いたします。
1)内閣府が2016年に提唱した、日本が目指すべき未来社会の姿のこと。サイバー空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。
EMCの起源と発展
ここでは特にEMC規格に関する歴史を概観していきます。まずは言葉の定義ですが、EMCは“Electromagnetic Compatibility”の頭文字で、電磁両立性と訳され、日本産業規格(JIS)では「許容できないような電磁妨害をいかなるものに対しても与えず、かつ、その電磁環境において満足に機能するための装置又はシステムの能力」を意味します。
EMCはEMI(エミッション)とEMS(イミュニティ)に分けられます。エミッションは「ある発生源から電磁エネルギーが放出する現象」と定義されますが、本稿では、電子機器から放出される電磁エネルギーを抑える能力、として使用します。
イミュニティは「電磁妨害が存在する環境で、機器、装置又はシステムが性能低下せずに動作することができる能力」のことで、電子機器がこの二つの能力を実現させることでEMCが成立します。
EMCは20世紀初めに「無線局同士の干渉を防ぐ」という目的で規制が始まったとされます。その後、ラジオ放送が普及しますが、放送を受信するラジオの周りにある電子機器が作動したり、近くを自動車が走行したりすると、それらが発する電磁ノイズがラジオに影響を与え、ラジオから音声が聞こえなくなるという現象が起こっていました。その現象を防ぎ、公共放送を守る目的でEMC規格が登場しました。
少し前までは、エミッション測定は被試験体から10m距離を置いて測定することを基準としていました。この10mという距離は、隣家の放送機器への干渉を防ぐことを目的として定められたということです。
このように、無線障害が顕著になり、公共放送を守る必要性が高まってきた背景があり、世界で統一した規格を制定するため、1934年に国際無線障害特別委員会(CISPR)が設立されました。隣国と国境を接する国々では電磁ノイズはその境を超えて影響を与えるため、国ごとではなく国際的な規格が必要です。また、一国だけ厳しい規制を設けて他国からの製品を排除するといったことを防ぎ、国際貿易を促進するという目的もありました。CISPRは当初独立した組織でしたが、その後、国際電気標準会議(IEC)の専門委員会(Technical Committee)の一つになりました。
EMCの標準化が始まった直後は、前述のような経緯もあり、一部の製品を除いて、電子機器が放出するノイズ(エミッション)を規制する規格が主流でした。もし製品が電磁ノイズに曝され、誤動作しても、その製品の品質の問題という考え方があったためです。
しかし、EMCの目的が互いの電子機器の共存という認識になって以降、1980年代にイミュニティ性能についても規格化されるようになりました。エミッション側の対策にも限界があり、個々の製品が耐性を持たないと共存が難しくなることから、当然の流れとして両方が規制されることになりました。
EMC規制の流れと東陽テクニカEMCマイクロウェーブ計測部の関わり
東陽テクニカEMCマイクロウェーブ計測部の前身となる部門では、主に高周波計測機器およびアンテナ計測システムの輸入販売をしていました。海外の先端的な高周波計測機器を提供するなかで、1975 年にEMIレシーバー(指定した周波数の信号電力を規定の検波器で測定するエミッション測定用受信機)の取り扱いを開始しました。これをきっかけにEMC分野に関わり始めます。
EMC分野により深く関与し始めたのは、1980年頃からです。デジタル機器同士の干渉が問題視され、米国連邦通信委員会(FCC)によるデジタル機器に関する規格の発行、その後、日本では情報処理装置等電波障害自主規制協議会(現在のVCCI協会)の設立、欧州のEMC指令の発行など、本格的なEMC規制に向けた動きが活発化した時代でした。
当時、エミッション測定では、スペクトラムアナライザー(測定した信号の電力を周波数別に表示・解析する測定器、以下スペアナ)+QPアダプターを使用する方法と、EMIレシーバーを使用する方法、主に二つの選択肢がありました。
スペアナ+QPアダプターは、スキャンスピードが速く瞬時に測定周波数範囲全体のスペクトラムが確認できますが、最終結果を得るためには難しい調整が必要で、正しい結果を得るためにはある程度の経験が必要でした。
一方、EMIレシーバーを使用した測定はスペアナでの測定に比べて非常に時間がかかりましたが、単一周波数にチューニングして評価するのが得意な測定器のため、オートレンジ機能(自動的に最適なレベルレンジに設定する機能)が優秀で、誰が操作しても少し待つだけで正しい結果を表示してくれました。
当初、当社はこの二つの測定手法のうち、簡単に正確な値が出るEMIレシーバーを提案することが多くありましたが、幾度かの顧客訪問後に老舗のEMC試験所ではすでに最適解を持っていることに気がつきました。それは、スペアナとEMIレシーバーの両方を使う方法です。スペアナで全体のノイズを把握し、最終結果を得るときにEMIレシーバーに切り替えて測定されていました。当時はどちらも高価な測定器でしたが、これは正確な結果を得るのに非常に効率的な方法でした。
そこで私たちは、スペアナとEMIレシーバーを組み合わせて、この二つの機器を高周波スイッチで切り替えながら、試験に必要な他の設備(被試験体を回転させるターンテーブル、アンテナを上下させるアンテナマストなど)も制御して自動測定する“ターンキーソリューション”としてのエミッション自動測定システムを構築し、販売を始めました。
これはスペアナ、EMIレシーバーの双方とも最新のハイエンド機を採用した最先端のシステムでした。この自動測定システムが誕生したのが1989年のことです。このとき、東陽テクニカは、海外メーカーの製品単品ではなく、独自のシステムを販売する“システムハウス”としてのビジネスをスタートしたのです。
当時はEMIの自動測定なんて不可能だ(正しい値が出るわけがない)という意見もありましたが、普段から高周波計測に慣れ親しんだ(言い換えれば、苦労した)経験を活かし、自動測定中に手動操作を介在させてカバーする機能、変動するノイズを見分ける機能、最終結果が出るまでの経緯などを表示する機能など、自動測定でありながら試験エンジニアの目線に立った、細かい機能を備えたシステムを提案し、多くのユーザーに受け入れられました。
筆者の知る限り、当時は計測器メーカーの個々の測定機向けソフトウェアしかなく、異なるメーカーの測定器を組み合わせて制御できるソフトウェアを備えたEMI自動測定システムは日本で唯一のものでした。
34年経った今、EMIレシーバーと言えばスペアナとEMIレシーバーの機能が一体になったものが主流となっています。自動測定ソフトウェアもその時代の第一世代から数えて、最新のEMI計測評価ソフトウェア「EPX」、「ES10」シリーズは第五世代です。東陽テクニカではこの34年の間、常にお客様の声を反映させるべく、専任のソフトウェアエンジニアを絶やすことなく配置し、改善を続けてきました。特に「EPX」の自動測定は、従来とは一線を画す機能を備え、エミッション測定に革新的な測定手法をもたらしました。
筆者は2013年頃よりEMCの国際規格を策定、メンテナンスを行うIECの専門委員会に日本からのエキスパートメンバーとして参加しています。日ごろEMCシステムを構築する上で、規格の解釈に悩み、正しい情報を得るのに苦労した経験が多くあり、この機会は規格に合ったシステムを構築することに非常に役に立っています。
規格は多くの人によって利用されるものなので、本来解釈の余地があってはいけない、という思いを持っており、規格作りの際には、審議している人しかわからない情報をなるべくなくし、「読めば誰でもわかる」規格を作ろうと日夜努力しています。
筆者の中村哲也が2020年IEC活動推進会議(IEC-APC)議長賞受賞を記念して行ったインタビュー動画と記事はこちら。
https://www.toyo.co.jp/emc/news/detail/id=33048
おわりに
このように東陽テクニカEMCマイクロウェーブ計測部は、EMCの軌跡と共に、常にお客様に寄り添い、時には測定器メーカーとの懸け橋となりながらEMC試験の効率化に貢献してきました。
現在ではEMC試験市場は成熟していると言われていますが、昨今の技術進歩に伴い、過密状態で通信信号が飛び交う環境や、狭い範囲で多くの電子機器が使用される環境など、今後我々が今まで経験したことのないような未来が予測されます。さらに、星を眺めているだけだった人類が月を歩くまでに技術が進歩している一方で、EMCの世界では、電磁波が見える眼鏡一つ開発されておらず、対策も試行錯誤することがまだまだ多いのが現状です。今後もこの業界に新しい進化をもたらし、貢献し続けていきたいと考えています。