日本における燃料電池の普及促進を支える
FC-Cubicの取り組みと役割

技術研究組合FC-Cubic 専務理事 小島 康一氏

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目次
  1. 技術研究組合FC-Cubic
  2. FC-Cubicに求められる役割とは
  3. 水素のエネルギーを効率よく電気に変換できるデバイス、燃料電池。そのメリットと今後の課題とは
  4. おわりに

日本における燃料電池の普及促進を支える FC-Cubicの取り組みと役割

山梨県の水素研究開発拠点、米倉山次世代エネルギーシステム研究開発ビレッジ「Nesrad(ネスラド)」内に拠点を構える技術研究組合FC-Cubic。水素を燃料として発電する「燃料電池」の普及促進に向け、産業界の燃料電池システム開発を支える共通基盤的な研究の推進を目的として事業を行っています。

FC-Cubicとはどういった組織でどのような役割があるのか、その取り組みから燃料電池の未来まで、専務理事の小島 康一氏に伺いました。

FC-Cubic ロゴ

技術研究組合FC-Cubic

小島 康一氏 写真

FC-Cubicは「技術研究組合(CIP:Collaborative Innovation Partnership)」とのことですが、技術研究組合とはどういう組織なのでしょうか

技術研究組合とは、対象の産業技術テーマに対し、協調領域の試験研究を組合員が協同して行うことを目的として設立される相互扶助組織(非営利共益法人)です。成果が出たら解散または会社化することが前提となります。

どの技術分野においても、製品開発は各企業が競争して進める「競争領域」となります。一方、製品開発の手前の評価解析や原理解明は、各社共通の課題、すなわち「協調領域」となります。その「協調領域」における課題解決を技術研究組合において共同で行うことで研究開発が促進されるというメリットがあります。

FC-Cubic設立の経緯を教えてください

2005年に産業技術総合研究所の期限付き組織「固体高分子形燃料電池先端基盤研究センター」として出発しました。当時、燃料電池の実用化に向けて、性能をさらに上げること、そして価格を下げることが課題でした。この課題解決のため、燃料電池の基礎に着目し、原理の解明をしながら実用化に向けて何が必要かを洗い出すことから始めることとなり、FC-Cubicの前身となる組織が誕生したのです。

この組織として5年間の期間を満了し、燃料電池の協調領域で共同研究を進めることに価値があると認められたため、2010年に技術研究組合FC-Cubicが発足し、今日まで続いています。2023年には研究開発の拠点を山梨県米倉山に移しました。現在、59の企業、独立行政法人、大学が組合員として参画しています1) 。東陽テクニカ様にも2024年4月に加入いただきました。

1) 2024年6月1日時点

FC-Cubic研究拠点

米倉山次世代エネルギーシステム研究開発ビレッジ(Nesrad)内のFC-Cubic研究拠点
(FC-Cubic提供)

FC-Cubicに求められる役割とは

小島 康一氏 写真

FC-Cubicのミッションについて教えてください

燃料電池の原理解明、評価解析技術の研究を行い、日本の燃料電池の研究開発促進に貢献することが主なミッションです。例えば、大学や企業の研究者が燃料電池の素材を新たに開発した際には、FC-Cubicが燃料電池の性能を客観的に評価し、改善すべき点や性能向上の理由などを解明して研究者にフィードバックしたりします。

2020年には、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する事業「PEFC評価解析プラットフォーム」の受託研究機関となりました。

このプラットフォームには、MI(マテリアル・インフォマティクス:過去のデータからより良い性能を予測できる手法)、高度解析、シミュレーションのツール、電気化学データなど、燃料電池に関して日本が保有する最先端の技術情報が集積されています。研究者が素材を提供し、燃料電池研究開発のハブ機能としてのプラットフォームを活用してより効率的に研究者にフィードバックを行うことで、開発を加速させて産業界に貢献することを目指しています。

我々の組織ができる前は、燃料電池の中で起きている現象の解明や、その性能の評価は各企業で行っていました。一般企業で評価を行うとなると、取得した技術データは企業秘密となり、外部に公開はしませんので、他社データとの比較をすることができません。

一方、我々はNEDOの依頼に基づいて事業を行っていますので、基本的に技術データをオープンにしています。また、先ほど述べた評価のプラットフォームを活用してさまざまな研究結果に基づくシミュレーションを見ながら研究の予測ができますし、他社との相対評価も可能となります。研究者と一緒に結果を確認しながら原因や改善点を議論できます。

全ての研究開発を一つの企業で完結するのは負担が大きいので、NEDO事業の枠の中で我々が評価解析に取り組めるのは、国全体の知識を上げるのにも役立つと考えています。そして、知見を広く公開するという点でも、FC-Cubicがあることで研究開発は加速すると思います。

2023年から2024年にかけて「燃料電池普及拡大に向けた人材育成講座」を開講されましたが、この企画の意図は何でしょうか

2050年のカーボンニュートラルに向けて水素社会への移行が行われつつあります。燃料電池のみならず、水素社会の実現に向けて基礎から応用までの知見を次世代の技術者・研究者に伝承することを意図して、講座を組み立てました。燃料電池に直接関係がない組織からの申し込みも多数あり、全12講演で延べ4,000人以上に聴講いただきました。皆様の関心は高く、ありがたいことに評判は上々でしたね。

実施後のアンケートでは、燃料電池の実証や、各種解析の詳細について解説してほしいといった要望もありました。次回はこれらの要望を取り入れ、もう一段踏み込んだ講座にしたいと考えています。FC-Cubicには研究者や技術者が揃っていますので、今後、彼らの研究成果を講座の中に取り入れて公表することでも、産業界に貢献ができると思います。

また、次世代を担う子どもたちに燃料電池の可能性や素晴らしさを伝えることを大切にしています。山梨県下の高校生が視察に来ることがありますので、その時には私からも、燃料電池などのお話をしています。地域貢献もFC-Cubicの重要な柱で、高校生は10年後の研究開発を担う人材ですので、水素について知ってもらい、燃料電池に興味を持ってほしいという願いがあります。高校からお声がかかれば率先して伺うようにしています。

水素のエネルギーを効率よく電気に変換できるデバイス、燃料電池。そのメリットと今後の課題とは

小島 康一氏 写真

ここからは、燃料電池についてお聞きしていきます。まず、燃料電池の燃料となる水素について、日本で注目されるようになったきっかけは何でしょうか

通商産業省時代の1993年に、WE-NET(World Energy Network:水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術)が立ち上がったことに端を発します。WE-NETは水素をエネルギー源として使用するための技術開発を行うプロジェクトで、輸入に頼らないエネルギーを作るという発想でスタートしました。

昨今は、気候変動対策として二酸化炭素源を減らす取り組みが進められ、燃焼時に二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーとして水素が注目されています。カーボンニュートラルの実現に向けて、あらゆる手段が必要ですが、いま確立できている技術で考えると水素が有力な手段の一つと言えるのではないかと思います。

では、燃料電池とは何でしょうか。そのメリットも教えてください

水素分子(H2)が酸素分子(O2)と結合して水分子(H2O)が作られる時に、エネルギーが放出されます。この水素が持っているエネルギー、これをギブズ自由エネルギーと言いますが、これを電気エネルギーに変えることができるデバイスが燃料電池です。

水素のエネルギーを電気エネルギーに変換する方法は二つあり、一つは水素エンジンやガスタービンなどで燃焼させる方法、そしてもう一つが燃料電池を用いる方法です。水素を燃焼させる方法では、発生する熱エネルギーのうち30%程度しか電気エネルギーに変換して利用することができません。より効率よく変換するためには、ガスタービンを大型化して温度を上げる必要があります。一方、燃料電池で発電する場合は、より小型なデバイスで、効率よく電気エネルギーに変換することが可能で、そこが一番のメリットです。

例えば、家庭用の小型燃料電池は、効率的に電気として使うことに加え、発電時に発生する熱を利用して温水を作り使用することにより、投入したエネルギーの80%以上を使い切ることができます。エネルギーは、ロスを減らして効率的に使っていくことが大切ですが、その点で燃料電池は圧倒的に効率の良いデバイスと言えます。

日本政府は「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」政策目標を掲げています。燃料電池はどのような位置づけと言えるでしょうか

二酸化炭素を出さない電源の一つが燃料電池で、カーボンニュートラルを実現するエネルギーミックスの選択肢の一つになると思います。

発電では原子力発電や再生可能エネルギーなど二酸化炭素を出さない大出力の方法がありますし、エネルギーの輸送という観点では送電線を使い電気エネルギーを輸送した方が水素ガスを輸送するよりも合理的と言われています。一方で、水素から電気を作るには燃料電池が優れており、家庭や自動車などで使用する電気の発電機にもなります。また、エネルギーの保存という点では電気よりも水素の方が優れています。

燃料電池が持つ利点を生かして適材適所で使われるよう、デバイスとして確立しておくことが必要になると思います。

また、FC-Cubicは、これまで培ってきた燃料電池の評価解析の技術を活かし、組合員の支援を行うという貢献も求められていますので、近年では水電解の研究・開発にも取り組むことになりました。

水電解とは、酸素から電気を作る際の逆の化学反応、つまり水に電圧をかけることで水素と酸素に分解され、水素を製造する技術です。電気化学反応に着目すると、燃料電池で発電することと水電解は研究の方向性は同じで、共通項が多いです。2023年に大幅に改定された水素基本戦略でも、水電解が重要な位置づけとされています。

燃料電池が普及するための課題は何でしょうか

まず、水素貯蔵技術の課題があります。水素は軽いのは良い点ですが、エネルギー密度が低い上、液化が難しいため、圧縮して気体のまま燃料タンクに充填されます。その分液体のガソリンなどに比べて燃料タンクが大きくなってしまうのです。また、燃料電池を長期使用するためには耐久性を上げる必要がありますし、高効率化のためには性能を向上させる必要もあります。さらには、コストダウンも必要で、普及へ向けた課題はまだまだたくさんあります。

「計測」という観点で燃料電池の発展に必要なことは何でしょうか

最近は情報技術の進歩が顕著です。近い将来にはMIとシミュレーションを組み込むことで、これまで行った実験・検証データをシステマティックに解析できるようになり、よりスピーディーに効率よく開発が行われるようになると思っています。

つまり、これまで取得してきた実験データをビッグデータとして蓄積し、このデータをAIで解析することで、実験を行う前に結果をシミュレーションし、研究の方向性を予測することができる、研究開発を支える非常に強力なツールになります。燃料電池の分野でも、このようなデータ活用が可能となる構造を構築する取り組みが進められています。

このような先端技術を研究開発に取り込み、データをヒントにして新しい発想を生み出していくことは、日本の科学技術を発展させる上で必要不可欠だと感じています。

おわりに

小島 康一氏 写真

水素社会が実現した時に私たちの生活はどう変わるとお考えですか

我々の常識が変わるのだと思います。これまで使用してきた石油や天然ガスが水素に代わるだけで、我々の日常生活は大きく変わることはないでしょう。例えば、炎や電気の原料が何かは目に見えないですよね。これらが水素から作られているんだ、と皆が認識できるようになるとき、それが水素社会の始まりだと思います。

最後に一言お願いします

燃料電池はこれまで多くの技術者が関わってきた日本が誇れる技術です。水素社会への移行に伴い、今後需要は高まっていくと考えていますし、研究開発はまだまだ続きます。次世代の技術者たちに、燃料電池の可能性や素晴らしさを知ってもらい、ぜひとも日本を元気にしてもらいたいと願っています。

FC-Cubicは、燃料電池の性能向上やコスト低減に必要な知見や技術を集積しているという点で、今後も継続して燃料電池の普及に向けて貢献していけると考えています。

プロフィール

小島 康一氏 写真

技術研究組合FC-Cubic 専務理事

小島 康一氏

1981年に名古屋大学大学院結晶材料工学専攻を修了し、トヨタ自動車株式会社に入社。燃料電池の開発に従事し、燃料電池車「MIRAI」のユニット開発責任者を務めたほか、CO2フリー水素のプロジェクトに携わる。2021年の東京オリンピックの水素燃料を使用する聖火台プロジェクトでは責任者を務めた。2022年4月より現職。

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