進化するEMC測定ソリューション
リコーのEMC試験が目指す
新たなアプローチ

株式会社リコー サプライチェーン機能統括部 品質統括センター
製品安全技術室 試験所運営グループ
エキスパート 飯田 修次氏

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目次
  1. 厳しい基準で安全な製品を生み出すリコーのEMC評価
  2. 「PXE」と「EPX」導入により変化したEMC試験業務
  3. EMC対策をフロントローディング型に変える「EMINT」

進化するEMC測定ソリューション リコーのEMC試験が目指す新たなアプローチ

近年ますます多くの電子機器が使用される現代社会において、その機器を安全・安心に利用するために、電子機器のものづくりでは高いEMC(電磁環境両立性)性能を担保することが重要です。東陽テクニカは、このような挑戦を、世界最先端のEMC試験ソリューションを提供することで長年支えてきました。

現在、EMC業界で最も注目を集める最新の測定手法と言えば、2018年に誕生した進化版タイムドメインスキャンです。株式会社リコーでは、この機能を搭載した最新EMIレシーバー「PXE」(キーサイト・テクノロジー社製)とエミッション計測評価ソフトウェア「EPX」(東陽テクニカ製)を早期に採用し、社内のEMC試験業務に活用しています。

今回は、株式会社リコー サプライチェーン機能統括部 品質統括センター 製品安全技術室 試験所運営グループ エキスパートの飯田 修次氏に、新しい測定手法を用いた最新ソリューションの活用方法や導入効果、今後の展望などについてお聞きしました。

厳しい基準で安全な製品を生み出すリコーのEMC評価

飯田 修次氏 写真

飯田様の所属部署の役割を教えてください

サプライチェーン機能統括部では、新しい製品の設計や試作、量産前の各段階において、製品の電磁波に関する評価を行っています。評価の対象は、家庭用のプリンター、オフィスで使うようなコピー機やプロジェクター、インタラクティブホワイトボード、さらにはトラック荷台にペイントをする際に使用する産業用印刷装置、超大型、商用・産業用プリンター、社会インフラをモニターする装置など、リコーブランドで販売する全ての電子機器です。

<記事メモ> なぜ電磁波の試験を行う必要があるのか

電磁波は、私たちの生活のさまざまな場面で発生します。日常生活においては、静電気や雷から発生する電磁波や、太陽から降り注ぐ電磁波などがあります。電子機器も電磁波の発生源の一つであり、電子機器の内部にあるブラシや接点で電流のON/OFFが行われたり、回路に流れる電流や電圧が変化したりすると電磁波が発生します。

電磁波は、電子機器の誤作動を引き起こすことがあります。そのため電子機器には、周辺に影響を与えるような電磁波を発生させないこと、そして他の電子機器や周辺環境から電磁波の影響を受けても誤作動を起こさないことが求められます。これをEMC(電磁環境両立性)1)といいます。

法律でも、電子機器による事故を防ぐため、販売する際にはEMCの評価において一定の水準を満たすよう定められています。

1) Electromagnetic Compatibility
EMCはEMI(エミッション=電子機器が発するノイズの強さを抑える能力)、EMS(イミュニティ=電磁波によって電子機器が機能低下せずに動作できる能力)に分けられる。

リコー様がEMC試験で重視していることは何でしょうか

当社では、法律で定められた基準に加え、市場で過去に起きた不具合の再発防止などを目的に独自の基準も設け、両方をクリアする製品を製造しています。まずは製品の安全性の担保が第一の目的です。加えて、例えばコピー機であれば、どのような環境であっても誤表示などせず、正確にコピーできることが使命であり製品の価値となります。誤作動でお客さまの財産に損害を与えてしまうことがあってはいけません。製品の価値をきちんと生み出すために、当社ではEMCを製品品質と捉え厳しく評価しているのです。

リコーテクノロジーセンター内の電波暗室

リコーテクノロジーセンター内の電波暗室。電子機器のEMC試験を行う

「PXE」と「EPX」導入により変化したEMC試験業務

リコー様には2018年より、進化版タイムドメインスキャン機能を搭載したEMIレシーバー「PXE」(キーサイト・テクノロジー社製)と、エミッション計測評価ソフトウェア「EPX」(東陽テクニカ製)を導入いただいています。導入前のEMC試験業務では、どのような課題がありましたか

課題は大きく二つありました。

一つは間欠的なノイズの見逃しです。ある一定の動作をしている瞬間のみ発生する間欠ノイズは、定常ノイズに比べて測定の難易度が高くなります。時間軸に対してノイズの測定漏れがあると、確かにノイズが発生しているのか、どの動作でノイズが発生するのかが不明確になります。

もう一つは作業の属人化です。EMC試験に慣れている我々、品質統括センターのエンジニアが測定する場合と、EMC試験がメインの職務ではない設計者などが測定する場合で、データに差が生じることがあるという課題がありました。

実際に「PXE」と「EPX」を導入し、どのような変化がありましたか

まず、進化したタイムドメインスキャン機能のおかげで、これまで見逃していた間欠的なノイズを可視化し、時間軸に対して抜けのない測定データを取得できるようになりました。これにより、設計者が対策を取りやすくなり、製品の品質のさらなる向上にもつながっています。EMC試験を専門に行う我々の部署も、どのような場合にどんなノイズが発生しやすいのか、ノイズ解析に関して一歩進んだノウハウを蓄積できるようになりました。

また、EMC測定の属人化も解消されつつあります。例えば、設計者が自ら測定を行い、その結果を迅速に設計にフィードバックできるようになりました。EMC試験に慣れたエンジニアでなくても正確に測定できるようになり、測定結果のばらつきが小さくなったことが大きな変化です。

EMIレシーバー「PXE」・エミッション計測評価ソフトウェア「EPX」の画面

右:EMIレシーバー「PXE」
真ん中:エミッション計測評価ソフトウェア「EPX」の画面

測定時間に変化はありましたか

EMC測定にはさまざまな測定パターンがあり、測定内容によってはかなり長い時間がかかっていましたが、導入後、測定時間を3分の1程度削減できるようになりました。これは業務効率化に大変役立っています。

コロナ禍のEMC試験業務でも「PXE」と「EPX」が役に立ったとお聞きしました

「PXE」と「EPX」を導入する前は、設計者が測定する場合にEMC測定担当者も同席する必要があり、試験室には2~3人が入らなければいけない状況でした。しかし、緊急事態宣言が発出されたときはリモートワークが推奨され、EMC測定をするために試験室に入れる人数も、感染予防のために制限しておりました。

幸いなことに、我々は緊急事態宣言の前に「PXE」と「EPX」を導入していたため、手順通り作業を進めることで、設計者が1人でもEMC測定担当者と同じような測定結果を得ることができました。そのため、コロナ禍でもEMC試験の稼働率を維持することができ、大変助かりました。

飯田 修次氏 写真

今後「PXE」と「EPX」で解決したい課題はありますか

現在、時間軸のデータを取得できているものの、十分に活用しきれていない部分があるため、そこを解決したいと考えています。

例えば、1分間の間欠的なノイズを時間軸のデータで確認したときに、そのデータを設計者にどのように見せると「ここが原因かもしれない」と推察してもらえて、対策を進めやすくなるかが目下の課題です。

この点について、データの見せ方やデータを扱う人の視点を改善すればよいのかもしれませんし、あるいはデータの活用方法を改善することが必要となるかもしれません。これらの点は東陽テクニカさんと共に探っていきたいですね。

また、最終的には「PXE」と「EPX」の導入前と比べて、半分の測定時間で、誰でも同じ測定結果を得られることを目指しています。特に「PXE」には大きな可能性が秘められていると感じており、潜在的なパフォーマンスを100%発揮するためには、「EPX」側でも改善が必要だと考えています。これについても期待しています。

「PXE」に今後期待するのはどのようなことですか

新しいタイムドメインスキャンを使った際に、より広い帯域幅、例えば1GHzに近い幅を一度に測定できるようになるとありがたいです。現在は、いくつかのステップに分けて測定していますので、一度に測定できるようになると、さらに測定時間を短縮することができると思っています。

他社製品ではすでに970MHzの帯域をカバーできる機種も出ていますので、ぜひハードウェアメーカーさんにもがんばってもらいたいです。

また、東陽テクニカさんと一緒に実験している最中ではありますが、もう少し簡単に測定できるのが理想です。

EMC対策をフロントローディング型に変える「EMINT」

リコー様には、AIを活用したEMI対策アシストソフトウェア「EMINT」を導入いただいています。導入後にどのような変化がありましたか

EMI対策アシストソフトウェア「EMINT」

EMI対策アシストソフトウェア「EMINT」
AIを活用して過去のEMI測定データの中から効果的な対策方法を自動で見つけ出し、EMI対策の効率的な実施をアシストするソフトウェア

導入当初は、EMI測定データを蓄積して閲覧するデータベースのようなイメージが強かったのですが、実際に使ってみると、設計者などが個々に持っていたEMC対策のノウハウを集合知として活用できる可能性を感じました。

ここ1年ほどで、多くの学習データが蓄積され、AIが提示する対策の精度も高くなってきました。より便利なツールへと進化しているのを実感しています。例えば製品のノイズの原因はすぐに分からないことが多く、有効そうな対策を一つ一つ試すケースが一般的でした。しかし、「EMINT」を活用することで、ある程度確信をもって対策を選択できるようになり、対策スピードも速くなりました。

また、「PXE」と「EPX」で測定したデータは、「EMINT」を活用してすぐにネットワーク上で共有できるため、離れた拠点にいる設計者や、さまざまな関連部署にも簡単に情報共有できるようになりました。ノイズ発生の原因部分の切り分けや、どの部位の設計担当者が対策を行うかなどを決める会議もオンラインでスムーズに進めることができて助かっています。

飯田 修次氏 写真

「PXE」と「EPX」による測定手法と、「EMINT」というツールを活用することで、今後どのようなことを実現したいですか

EMC対策をフロントローディング型(開発の初期段階で可能性のある不具合や課題を洗い出し、解決する手法)に変えていきたいと考えています。

現在は、製品のEMC測定結果があり、それを「EMINT」で読み込み、設計者を含めたプロジェクトメンバーたちがそれを見て、そこから対策を講じるという流れになっています。

今後は、これまでに「EMINT」が蓄積したEMC測定結果を、上流の設計段階に持っていきたいと考えています。これにより設計の手戻りを減らし、よりスムーズな商品開発を実現したいです。

そのためには、シミュレーションだけでは見つけられない不具合を「EMINT」で発見できるようにならなければいけませんし、それを判断できるだけの材料が必要になります。その意味でも、これまでの計測ソリューションとは異なる、AIによってデータを最大限活用する「EMINT」の今後の発展が大きく貢献してくれるのではないかと期待しています。

東陽テクニカは、御社にとってどのようなパートナーでしょうか

EMC業界の中で、ハードウェアとソフトウェア、さらに校正まで全てを網羅している企業はそう多くありません。東陽テクニカさんはワンストップで全てに対応できる強みがあり、とても頼りになる存在です。

EMC試験は、法律に適合するかどうかが決まる、非常に重要な試験です。そのため、万が一不備があれば、当社が製造する製品が法律に対して不適合になる、あるいは不適合製品の出荷を行ったことになってしまいます。「PXE」の校正も東陽テクニカさんに依頼していますが、こちらの要求をよく理解したうえで、必要な校正をしっかり行ってもらっています。

写真

EMC試験を共同で行っているリコーのお二人と東陽テクニカメンバー
真ん中右:リコー 飯田 修次氏
真ん中左:リコー 廣井 智之氏

最後になりますが、今後、社内のEMC試験業務にどのような展望をお持ちですか

我々のような品質保証部門は、どうしても最後の試験部分にしか関わらないため、我々が持つ情報やノウハウをもっと上流に渡していきたいです。EMCは電子部品だけでなく、メカ部品や筐体も含め製品の全てに関わるため、設計に寄り添ってアシストできる仕組みを作っていく必要があると思っています。そのためにも、「PXE」と「EPX」が役に立つと思いますし、「EMINT」のさらなる活用が重要となります。

リコーは、設計部門と品質保証部門が近い存在でコミュニケーションを取ることができる風通しのよい風土があります。社内の基準をクリアする製品品質を達成し、スピード感を持って製品化するにはどうすべきか、「PXE」、「EPX」、「EMINT」を活用して設計の段階から皆で考えられるようになるのが理想ですね。

本日は貴重なご意見をお聞かせいただき、ありがとうございました。今後も製品の機能改善に努め、ご期待に沿うことができるソリューションを共に開発していければと思います。今後ともEMC測定のパートナーとして、どうぞよろしくお願いいたします。

プロフィール

飯田 修次氏 写真

株式会社リコー サプライチェーン機能統括部 品質統括センター
製品安全技術室 試験所運営グループ
エキスパート

飯田 修次氏

リコーのEMC分野で以下の業務を担当。
・リコーグループ共通の製品法規制・規格情報収集と展開
・リコーグループ製品環境コンプライアンス体制の構築と改善推進
・専門人材育成(啓発、教育)
・各関連工業会への参画
・社内試験所の運営、計測器管理
・製品つくりこみ支援、評価、適合性確認、認可取得

製品・ソリューション紹介