正しいインピーダンス測定のための注意事項

正しいインピーダンス測定のための注意事項

本書はBiologic社が発行するApplication note #5を2022年5月において翻訳したものです
今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします

1.序文

生物細胞の分析、燃料電池の試験、塗膜材の評価、セメントペーストの品質管理など、電気化学インピーダンス分光法(EIS)は電気化学の様々な分野において有効な手法となっています。EISは非破壊かつ高感度な測定手法ですが、正しいデータを得るためには見落とされがちな基本的な注意点があります。本稿は、高インピーダンス系、低インピーダンス系それぞれにおいてEIS測定を用いるときに、セル以外の部分にある誤差要因とその影響を明らかにすることを目的としています。なお、セルに対する一般的な注意点であるサンプルの線形性・因果性・不変性については本稿では言及しないこととします。
EIS測定においては、広い周波数範囲にわたって微小な交流電圧または電流信号をセルに印加し、各周波数における電圧と電流の複素比としてインピーダンスを求めます。ここで、電圧は一般的に参照極(RE)と作用極(WE)間の電位を測定し、電流はセルに対して直列につながった精密なシャント抵抗における電圧降下から算出されます。このことから、電圧や電流の測定に影響するセルの特性、実験パラメータ、電子機器の性能、外的要因、設計上の制限といったあらゆることがEIS測定の確度に影響を及ぼすことがわかります。

2.誤差要因

電気化学測定における代表的な誤差要因は、接続ケーブル、環境ノイズ、測定装置の制限の3つです。
問題が起きるときは接続ケーブルに起因することが多く、延長ケーブルがガードされていない、接触が弱い、ワニ口クリップがさびてしまっているといった原因が挙げられます。ノイズも電気化学における一般的な問題で、高インピーダンスなサンプルが関わる際には注意が必要です。50/60 Hzの電源ノイズを拾うことは一般的に起きる現象で、セルをファラデーケージの中に設置することで大幅に低減することができます。測定装置の制限は特にエレクトロメータの入力に関係します。
例えば、電圧の測定は、参照極の抵抗がエレクトロメータの入力インピーダンスに近づくと分圧器の性能に左右されます。良い参照極は誤差要因とはなりませんが、参照極が高抵抗な場合は測定確度が著しく悪くなる要因となります。
一般的に、問題は高インピーダンスおよび低インピーダンスな測定系において周波数が増加するにしたがって現れます。これ以降の章では、高インピーダンスおよび低インピーダンスなセルそれぞれで遭遇する問題に焦点をあてて説明します。

2-1.高インピーダンスなセル

高インピーダンスなセルは、主に浮遊容量により誤差を生じやすいです。浮遊容量とはケーブルにより発生するコンデンサのことを表し、対になった導体と良質な誘電体から構成される一般的なコンデンサとは関係ありません。ケーブルによる浮遊容量とは、例えば、一つの導体はケーブル自身、もう一つの導体はそれ以外のすべてのもの、誘電体として広く様々な材料によって作られたコンデンサのことを意味します。
浮遊容量を通じて、セルからの電流がグランドへの経路を見つけるのみならず、外部ノイズ源がセルへ影響を及ぼすことになります。

高インピーダンス測定 ケーブルの浮遊容量

図1:ケーブルによる浮遊容量

外部ノイズ源からの影響を低減する簡単な方法は、接地されたファラデーケージを使用することです。物体の静電容量は近傍の物体にも依存しますので、ファラデーケージはグランドに対する浮遊容量を増加させます。これは周波数が大きくなるときに重要な懸案事項となります。
容量性リアクタンスは、周波数が増加するにつれて小さくなり(式(1))、セルからの漏れ電流が大きくなります。そのため、高速な信号の伝達や高周波でのインピーダンス測定の測定確度に影響を及ぼします。

容量性リアクタンス インピーダンス測定

変化の遅い信号や低周波の条件では、浮遊容量の影響はごく微小で無視することができます。ただし、浮遊容量は単純なデジタル電圧計では測定できないことは注意して下さい。

ファラデーケージ  電気化学測定 ノイズ対策

図2:ファラデーケージはノイズを遮断しますが、グランドとの浮遊容量を増幅します

セルにケーブルをつなぐなどで、浮遊容量を評価する方法はあるでしょうか。電磁気学の法則では、円筒形のまっすぐなケーブルは以下の式で与えられる自己インダクタンスとキャパシタンスを持つことが知られています。

自己リアクタンス インピーダンス測定
自己キャパシタンス インピーダンス測定

dとhはケーブルの直径と長さ(m)を表し、LはμH単位のインダクタンス、CはpF単位のキャパシタンスを表します。
例えば、1 mmの直径のケーブルは1 mあたり約1.46 μHのインダクタンスと3.12 pFのキャパシタンスを持ちます。これはあくまで単線のケーブルに対する理論的な値です。実際には、状況は様々な理由によってより複雑になります。ケーブルの周辺には他の物質もあり、それらは接地されていることもされていないこともありますし、先端部分は単純なケーブルではなくバナナ端子になっていますし、ケーブルの直径や長さは実験上の要件によっても変わります。これらの要因から、実際のケーブルのキャパシタンスは同じ長さのまっすぐなケーブルよりも大きくなることが予想されます。実験系の浮遊容量を見積もるための最善の方法は、インピーダンス測定を何もつながず行うか、測定対象のセルのインピーダンスに近い既知のダミーセルで行うことです。 インピーダンス測定における浮遊容量の影響の例を図3に示します。測定は微小電流オプションをつけたVMP3をサンプルとして行いました。対極端子と参照極端子(CA、REF3、REF2)を接続し、同様に作用極端子と電圧端子(CA2、REF1)を接続して2端子で測定します。
(※:VMP-300では、REF1, REF2, REF3, CA1, CA2はそれぞれS1, S2, S3, P1, P2に対応します)
微小電流プローブは40 x 20 x 60 cmサイズの接地されたファラデーケージの中心に置きました。インピーダンス測定は電圧制御モードを用いて100 kHzから0.1 Hzまで、0.5 V振幅で以下の3条件において実施しました。
微小電流プローブは40 x 20 x 60 cmサイズの接地されたファラデーケージの中心に置きました。インピーダンス測定は電圧制御モードを用いて100 kHzから0.1 Hzまで、0.5 V振幅で以下の3条件において実施しました。

A-何もつながない
B-長さ10 cm、直径0.5 mmの導線を対極と参照極につないでいる
C-Bと同様の導線で、先端に4 mmバナナ端子をつないでいる

図3:インピーダンスデータ

図3:インピーダンスデータ

A:何もつながない、B:10 cmの導線、C:10 cmの導線+4 mmバナナ端子

これら全てのデータは容量性の挙動と一致します。Z-Fit(制御用ソフトウェアEC-Labで使用可能なインピーダンス解析ツール)で解析すると、Aのセルがない状態で浮遊容量は0.12 pF、Bの10 cmの導線のみで0.98 pF、Cの導線にバナナ端子がつながった状態で2.1 pFが得られます。セルがついていない状態の0.12 pFの容量(エレクトロメータの入力インピーダンスに対応します)をBの値から引くと、10 cmの導線のキャパシタンスは0.86 pFとわかり、先述の想定の通り理論値より大きくなっています。これはセルの周辺に接地された金属の物質が存在するためです。同様に0.98 pFをCの値から引くと、4 mmバナナ端子が導線に1.12 pFの容量を足していることがわかります。
これらの結果は何を意味するのでしょうか?この試験からは単純に、浮遊容量が高インピーダンスのセルに対して、高周波での測定に影響を与えるということがわかります。例えば、10 kHz以上の周波数で10 cmの導線により10 MΩ抵抗のインピーダンス測定を行うと、測定結果は抵抗の値を示さず、浮遊容量に対する結果を示すことになります。

2-2.低インピーダンスなセル

ここまで、高抵抗なセルに対して高周波領域では浮遊容量を考慮する必要があることを説明してきました。低インピーダンスなサンプルの場合、浮遊容量はサンプルに並列に存在するため考慮する必要はありません。その一方で、サンプルに直列に存在する浮遊インダクタンスが高周波領域で最もありがちな誤差要因となるため、注意深く分析する必要があります。
浮遊容量と同様に、浮遊インダクタンスもケーブルに関係します。式(2)からわかるように、どんな導線にもインダクタンスが存在します。これはサンプルの物理的な形状も例外ではなく、円筒型の電池でのインピーダンス試験でも高周波では誘導性の挙動が見られます。電池を同じ長さの導線に置き換えたときでも、一般的に10 kHz以上の高周波で同様の虚数部分の値が得られます。 誘導性インピーダンスの式を見ると、周波数が大きいほど電流の流れを阻害しようとします。

誘導性リアクタンス Xl インピーダンス測定

例えば、長さ10 cm、直径1 mmの導線は約146 nHのインダクタンスを示し、100 kHzの周波数では92 mΩMのリアクタンスとなります。
VMP3を用いて10 cmの導線に対して電流制御モードで200 mA振幅のインピーダンス試験を行った結果を図4に示します。サンプルの導線は対極端子に短絡させた参照極端子(CA2、REF3、REF2)と作用極端子(CA2、REF1)の間につながれています。

図4:10 cmの導線に対するインピーダンスの測定結果

図4:10 cmの導線に対するインピーダンスの測定結果

このデータは誘導性の挙動を示しています。フィッティング解析を行うと、8.5 mΩの抵抗成分と直列な202 nHのコイル成分があることがわかります。
低インピーダンスサンプルに対しては、導線の自己インダクタンスの他に、変動する磁場の影響もインピーダンス測定の結果を変えてしまいます。
基礎的な電磁気学の法則によると、導線を流れる電流値が変化するとき導線の周辺には変動する磁場が生じ、その磁場はコイル中に起電力を誘起します。(ファラデーの法則)

誘導起電力 Emf

ΔBは磁場の変化量、Δtは時間変化、Aはコイルの断面積の大きさを表します。
セルと装置をつなぐケーブルには2本の電流線と2本の電圧線(電流が流れない、もしくは非常に微小な電流しか流れない)があります。電流線を流れる電流値は経時変化しており、これが変動する磁場を作ることで電圧線に起電力を発生させます。
これは磁気結合効果によるもので、測定サンプルに対して直列な見かけ上のインダクタンスとして観測されます。

±の符号は磁場がコイルを通過する方向によって決定されます。(図7)
磁気結合効果を理解するために、いくつかの実験を行ってみます。VMP3のケーブルの電流端子(CA1、CA2)と電圧端子(REF1、REF2)をそれぞれショートさせて同じ点につなぎます(図5)。REF3は測定には関係ありませんが、EC-Labソフトウェア上でエラーメッセージが出ないようにグランド端子とつなぐか、REF1、REF2とつなぐようにしています。

図5:磁気結合の検証のための接続

図5:磁気結合の検証のための接続

測定はVMP3を用いて100 kHzから0.1 Hzまで、1 Aレンジで200 mA振幅により行い、その結果を図6、図7に示します。
これらの結果は磁気結合による誘導性の挙動を示しています。電流線がお互いに遠くなり、電圧端子とも距離を置くような配置、すなわちコイル部分の面積が最大となるように配置したとき、磁気結合による効果が増加しました(図6の「not twisted cables」)。LRの直列回路でフィッティングすると、コイル成分は145 nH、抵抗成分は50 μΩとなります。磁気結合により、高周波領域では±90°の位相差を生じており、先述の通り、符号はコイルを通過する電流の向きによって変わります。

図6:磁気結合によるインピーダンスの大きさ

図6:磁気結合によるインピーダンスの大きさ

図7:磁気結合による位相差

図7:磁気結合による位相差

電流線をツイストして磁場を打ち消すことと、電圧線をツイストしてコイル領域の面積を小さくすることで磁気結合効果を抑えることができます(図6の「twisted cables」)。ただし、ケーブルをツイストしたとしても、磁気結合により直列に25 nH程度のインダクタンスを生じることがわかります。
外部の変動する磁場によっても電圧線に起電圧が生じることにも注意が必要です。また、一定な磁場でもセルケーブルの振動や単純に動いてしまうことで起電力が生じます。

3.まとめ

一般的に、インピーダンス測定の結果は高周波領域において、低インピーダンスなセルや高インピーダンスなセルでは誤った解釈をされがちです。測定確度を向上するためには、セル設計、ケーブルの接続、セルの周辺環境などに対して特別な注意を払う必要があります。高インピーダンスなセルでは浮遊容量、低インピーダンスなセルでは浮遊インダクタンスに対して敏感に反応します。セルを大きな接地されたファラデーケージに接地することで浮遊容量を低減することができます。ケーブルは可能な限り短く小さくすることで浮遊容量も浮遊インダクタンスも低減することができます。磁気結合効果は電流線をツイストすることで磁場を低減し、電圧線をツイストすることでコイル部分の面積を小さくことができます。
ほとんどの学術分野において、これらの誤差はそれほど重要ではありません。しかし、測定の限界を完全に理解することは結果を正しく解釈するための重要な要素となります。測定限界に近い条件で高精度な測定を行う場合、測定誤差に関わる原因を認識している必要があります。測定の不確かさを見積もる際には、残りの誤差原因を考慮に入れる必要があります。測定の不確かさを見積もる際には、残りの誤差原因を考慮に入れる必要があります。
本稿ではインピーダンス測定における一般的な誤差要因に焦点をあてて解説しましたが、他の電気化学的な測定でももちろんこれは考慮する必要があります。インピーダンス測定に着目したのは、単純に、より高周波で測定したいと切望することによって測定の欠陥が露になってしまうからです。

4. 参考文献

  1. F. W. Grover, Inductance Calculations. Princeton, NJ: Van Nostrand,1946

2022年5月翻訳

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