【 コラム / 森貴洋 博士、更田裕司 博士 】(2)大規模集積量子コンピュータの実現に向けた シリコン集積デバイス工学の開拓

更なるコンピューティングの性能向上のため、新しい原理に基づく量子コンピュータの開発が様々なアプローチから活発に進められています。量子コンピュータの中心的な部品となる量子デバイスの開発における、集積技術に優れるシリコン量子集積デバイスとその読み出し速度の高速化に寄与する極低温動作回路開発について、国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研) 先端半導体研究センターの森貴洋博士と更田裕司博士に詳しくお話を伺いました。 *ご所属・肩書は取材当時のものです。

向かって左:森貴洋博士 向かって右 更田裕司博士

更田裕司博士:4Kで動作する高速・高精度半導体スピン量子ビット読み出し回路

目次

参考論文:https://ieeexplore.ieee.org/document/10268337(別ウィンドウ・外部リンク)

参考WEB:https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20230322.html(別ウィンドウ・外部リンク)

Chapter1:Qbit読み出し回路概論

---- 量子ビット(Qbit)の読み出し回路について、概論を教えていただけませんでしょうか?

量子コンピュータは、Qbitを制御することと、その状態を読み出すという2つのオペレーションで構成されています。先に森博士からのお話があった通り、Qbitは超伝導やイオントラップなど色々な種類がありますが、今回解説するのは私達が開発しているシリコンQbitの読み出し回路についてです。なお今回は特にご紹介しませんが、制御についても私たちのグループで開発をしています。
ここでご説明するのはQbitそのものではなく、Qbitの読み出しに必要となる電子回路についてです。この電子回路自体は、従来のコンピュータで使用されている電子回路と同じものです。ただ大きく違う点は電子回路の動作温度です。約4K(-269℃)という非常に低い温度で動作します。まず、私達が開発した電子回路をご覧頂きましょう。中央のチップが開発した電子回路になります。

電子回路

電子回路

最初にQbitの読み出しについて、その概要をご紹介します。
ビット(bit)はコンピュータや通信など、現在の一般的なコンピュータ技術で使用される情報の最小単位です。量子コンピュータではこれに相当するものを量子ビット(Qbit)と呼びます。この時、従来のものを古典ビットと呼ぶことがあります。
ご承知のように古典ビットはいわゆる「1か0か」という世界です。例えば、数として「1010」であれば十進法で「10」を表します。0と1の数字に情報を変換してコンピューティングを行うのが、今、私たちが一般的に使用しているコンピュータです。
一方、量子コンピュータの世界(Qbit)では、従来のコンピュータ(bit)が0か1のどちらかしか値を持てないのに対して、0と1を同時に情報として持てる点が大きな特徴です。Qbitの表現方法としては、0の状態と1の状態がどれぐらいの割合であるかというような形式で表現します。具体的には、 (1/√2)|0> + (1/√2)|1> のように書きます。係数の二乗が確率に相当する表現になっており、それらの合計が必ず1になるようにしなければなりません。この場合は|0>と|1>の係数は共に二乗すると1/2になるので、0と1を50%ずつ持っている状態のQbitであることを表現しています。つまり、古典ビット(bit)が単に1か0を表わすという世界(スカラー量)であるのに対して、量子ビット(Qbit)はベクトル量になります。

電子回路

数式だと直観的にわかりにくいので、よく使われるのがこのBloch Sphere(ブロッホ球)で、先ほどの式を極座標で表現したものです。
この|0>と|1>を結ぶ軸から、Qbitのベクトルが縦方向に角度θズレたところと水平方向に角度φズレた方向にあるとすると、これをQbitの数式に直すと、(cos(θ/2) )|0〉+ e (sin(θ/2)) |1〉となります。よって、φが0°の場合は、θが0°の時は|0>の確率が100%で、θが180°の時は|1>の確率が100%となりますが、ブロッホ球は、θとφを用いてグラフィカルにQbitの値を理解することができるということでよく使用されます。
先ほど量子コンピュータはQbitの制御と読み出しで構成されるとご説明しましたが、スピン量子ビットの場合、具体的にはスピンの矢印の向きを任意の角度に動かすことが「制御」になります。例えば、矢印がまっすぐ上を向いた状態=スピンの状態が|0>が100%の状態から「θを90°傾けなさい」というように制御すると、この矢印が横向きに倒れた状態になります。このような制御をいろいろ組み合わせることで任意の場所に矢印を向けることが「制御」です。「読み出し」はこの矢印の位置(状態)を読み出すことになります。
例えばこの「θを90°傾けた状態」を読み出すとすると (1/√2)|0>+(1/√2)|1> になって、|0>と|1>の確率が50%ずつだということを読み出すことになります。より具体的に言えば、例えば「100回の読み出し操作をしたら|0>が50回で|1>が50回でした」というのが量子状態の読み出しです。Qbitは0と1が重ねあった状態で保持されているのですが、私たちが観測した瞬間に0か1が確定するという、いわゆる「シュレディンガーの猫」のお話です。読み出す時は必ず0か1になっているということなので、その確率を明らかにするには測定=読み出しを何回も行ってようやくわかることになります。今回私が開発したのはこの読み出し機構です。スピンの状態を読み出すということになるので、Qbit自体は量子状態を持っているのですが、出力されるビットの状態は0か1かになっている回路です。

「量子」ビットの読み出し方法

基本的にこの読み出しというのは、量子系のQbitの状態を0か1かという私たちが日常的に使っている古典系の状態で読み出すことになります。古典的な回路で読み出すためには、その量子ビットの状態を何らかの物理量に変換しないといけないため、変換のインタフェースが必要になります。このQbitの読み出しのための物理量への変換でよく使われるものが電流あるいはインピーダンスです。なぜこれらの物理量が使われるかというと、電子回路で読み出す時に読み出しやすい電気的な量になるためです。電流やインピーダンスというのは別に量子コンピュータに限らず色々なところ測定されていて、測定器も色々ありますよね。測定しやすい物理量に変換することは計測において有利なのです。
しかし、量子コンピュータには特殊な点があります。それは、Qbitを冷凍機で冷やす必要があり、測定器と測定対象(Qbit)の距離が離れてしまうことです。後で詳しくご説明しますが、読み出しのためにQbitの状態を物理量に変換する時、その変化量が非常に小さく、測定器から遠いところで起きるこの小さな物理量変化をどうやって精度よく検出するか、というのがQbitの読み出しの従来からの課題でした。
読み出しを多数回行えばよいという話でもありません。これは回路の評価にも通じるところがあるのですが、実際にコンピューティングを行う場合に何回も同じ計算をして解を出していると、結局量子コンピュータが速くても、最終的な計算速度は早くならないのです。そのため基本的に読み出しは何回も同じ読み出しをして平均をとることは想定していません。1回で精度よく0か1かを正しく読み出さないといけません。ただし、先ほどご説明した通り、量子状態が0か1かの確率になっていて、そのままだと読み出せないというのはそうなので、この点はアルゴリズムで解決する必要があります。なお、今回の私の研究では作成した読み出し回路の評価のために、沢山の回数の測定を行い、そこから統計を取っていますが、回路としてはQbitの状態を1回で読み出すということが前提になっています。

量子ビットの読み出しの速度

この読み出しの速度に関して、「なぜ早くしないといけないのですか?」ということもよく聞かれる質問です。これは、先ほどの森博士の説明でもありましたが、量子ビットは、スピンの状態=量子の状態をずっと保持することができず、ある時間がくると徐々に値を失ってしまうという特性があるためです。ブロッホ球で説明すれば、もともと斜めを向いていた矢印(スピンの状態)が一定時間経過すると上を向いてしまうことを指します。先ほどスピン型のQbitは電荷型のQbitよりもこの保持時間が長いという説明がありましたが、長いとはいっても、それでも数10µ秒ぐらいと言われているので、基本的にはターゲットとしては数10µ秒ぐらいの間に読み出し操作ができる必要があります。これ以上長くなってしまうとスピンが値を失い、結局何を読み出しているのかわからなくなってしまうので、高速の読み出しが必要になります。
そのため、先ほど提起させていただいた「遠くにあるQbitを、できるだけ速く、正確に、読むにはどうすればよいか?」というのが、この読み出し回路における課題であり、それを克服したのが私たちの成果です。

Chapter2:実際のQbit読み出し回路

--実際のQbitの読み出し回路がどのようなものか教えていただけますでしょうか。

コンピューター性能の進化

読み出し方法はいくつかあります。その一つが電流によるQbitの読み出しです。イメージとしてはQbitがあってその極近傍に電荷センサー、具体的にはQPC(Quantum Point Contact)やSET(Single-Electron Transistor)と呼ばれる電界に敏感なデバイスを置きます。Qbitの周辺のポテンシャルをうまく制御すると、Qbitのスピンの向き、つまり上向きか下向きか、によってQbitがその準位にとどまれるか否かが変わるという現象が生じます。この現象を使うことで、例えばスピンが|1>の場合はエネルギー準位が上になっていて、その場合は電荷=電子が一度抜けて、その後下の準位に入ってきます。ここで|0>の場合はエネルギー準位が下にあるので電子は抜けることができません。この時にこの電荷センサーは電界に敏感なセンサーなので、この電子があるかないかによってその抵抗値が変化します。そのため、このセンサーに一定の電圧を加えていれば、抵抗が変わることにより流れる電流が変化します。|0>の場合は、電子がずっといて電荷が抜けないので一定電流がずっと流れますが、一方で|1>の場合は1回電子が抜けるので電流を見ていると、あるところで電流がパルス状に変化します。つまり電荷センサーに流れる電流を観測することでQbitが0か1かを読み出すことができます。
この時流れる電流は、電荷センサーの能力にもよるのですが、一般的には大体1nA以下の物が多いので、相当微小な電流を観測できる必要があります。

「電流」による量子ビット読み出し

既存の量子コンピュータがQbitを読み出す時にどの様に行っているかというと、先ほどご説明した通り、電荷センサーの電流を観測する必要があるので電流計で読むことになります。当然、これは室温に置く必要があるので、Qbit近傍の電荷センサーにケーブルで繋いで測定しています。
この際の課題は、室温にある電流計から電荷センサーまで、ケーブルが数mから10mぐらいの長さになり、このような長いケーブルを使用すると元々ケーブルに存在する静電容量が無視できなくなって、どうしても電流測定に時間がかかってしまうことです。
右図がそのシミュレーションの結果です。ケーブル長で1~10mぐらいで大まかにこの静電容量を仮定して計算すると、数msecぐらいのオーダーの時間がかかりそうだということが分かります。また、過去に発表された論文でも、おおよそこのぐらいの時間オーダーでしか測れていないと報告されています。そのため、この計測にかかる時間をもっと短くしたいという要望は以前からあり、その手段として高周波信号を使ってQbitを読み出すことが提案されています。

「インピーダンス変化」による量子ビット読み出し

高周波信号を使うGate Reflectometry(ゲート反射率測定法)の概念図です。Reflectometry(反射率測定法)というのは、「遠くのものを測る方法」というような意味合いになります。本手法の特徴は、共振器を使用して測定する点です。具体的にはネットワークアナライザのような、交流信号を送って返ってきた反射波の信号を読み取る装置を利用してこの共振器の共振周波数の変化を読み出しています。
電流による読み出しの際に述べましたように、Qbitの状態によって電荷センサーの抵抗(インピーダンス)が変わります。電荷センサーを共振器に繋いでおくと、この抵抗変化により共振器の共振周波数が微妙に変化し、これにより反射波の振幅や位相が変わります。この変化を読むことによって、測定器から遠くで起きる微小な抵抗変化を読み出すことができます。
この方法の課題は、1つは共振器が必要になることです。共振器はコイルとキャパシタなので、それなりにサイズが大きくなってしまいます。もう1つの課題は、測定が複雑になることです。先ほど電流の場合は電流が流れるか流れないかだけを見ればよかったのですが、この場合は反射波の位相や振幅も読む必要があるため前者よりもかなり大変です。

「インピーダンス変化」による量子ビット読み出し

ただ、交流信号を使ってインピーダンスマッチングをとることでケーブルの途中にある静電容量を見えなくすることができるので、µsecに近いような速さで読み出しできることが報告されています。一方で、高速化できるのですが、面積や電力といったオーバーヘッド(実行に必要な間接的なリソース)が大きいという課題があります。

Chapter3:産業技術総合研究所で開発されたQbit読み出し回路

-- 今回、産総研で開発されたQbit読み出し回路について教えていただけませんでしょうか?

クライオCMOSによる改善

私たちが提案するのは、Cryogenic-Complementary Metal Oxide Semiconductor(クライオCMOS)による方法です。クライオCMOSとは、電子回路を極低温で動作させる技術のことです。
計測として単純でオーバヘッドが小さいのは電流による読み出しの方です。しかし、室温に電流計があると長いケーブルに寄生する静電容量により読み出し速度が遅くなるという課題があると、先ほど述べました。それなら単純な話、「この測定器をQbitのそばに置いてしまえば、寄生静電容量の要因の長いケーブルを短くできる」というのが私たちの提案の非常に簡単な説明になります。
先ほども掲載しましたこのグラフは、横軸が寄生静電容量(ケーブルの長さに依存)で、縦軸が読み出し時間です。ケーブルが長い時は数msecぐらいかかりますが、ケーブルを短くしていくにしたがって、静電容量が減っていきます。例えば、計測器をQbitの近くに別チップで置いたり、そもそもQbitと同じチップに集積できたりすれば、pFオーダー以下の静電容量になります。そうすれば大体2桁程度読み出し時間を短くすることができそうだと、我々が行ったシミュレーションの結果から分かりました。そこで、極低温環境で動作するような読み出し回路の実現に向けて研究を重ね、私たちが実際に作った回路が、第2部の最初に掲載したデバイスです。

極低温で動作する読み出し回路

量子コンピュータ用の回路というと、特殊な回路をイメージされるかもしれませんが、先ほど説明しました通りで量子ビットに必要なのは「微小電流を測る」ということです。この「微小電流を測る」というのは別に量子コンピュータに限ったことではないので、色々なアプリケーションで既存技術があります。今回、私たちが作った回路というのも基本はこれらの回路技術の応用で、具体的にはバイオセンサー用の回路です。
バイオセンサーは元々微小な電流を測ることがあり、これが私たちの研究目的でも使えるのではないのかということで、この電流検出回路を転用することにしました。微小な電流を測る際は、基本的にその電流を増幅する必要があります。この増幅は、測定する電流をある一定時間積分してから(この時点で増幅になりますが)、電圧に変換し、それを増幅します。その電圧が規定の電圧値より高いが低いかで0と1を読み出す回路になっています。

「電流」による量子ビット読み出し

再掲するこの図で、電流が多く流れたか流れなかったかで0か1かを判断するというのは、この緑の線を引くだけです。ある基準の電流を決めてあげて、それよりも電流が流れれば1で、流れなければ0とします。最終的なこの回路の出口は、|0>:スピンアンダーか、|1>:スピンアップかというQbitの状態の出力がデジタル的に出されるということで0と1となっています。今回お見せしたチップには電荷センサーは接続されておらず、通常のトランジスタを使って電荷センサーを模擬することで読み出し回路の評価を行いました。ただ、今後、電荷計を接続することを想定してその接続端子は作ってあります。
回路の工夫という点ではノイズ対策もあります。周辺温度を極低温まで下げることで、熱雑音と呼ばれる熱(温度)に起因するノイズは当然減ります。しかしながら、熱に起因しないフリッカーノイズと呼ばれる低速のノイズがあり、これは温度を下げても減らず、むしろ大きくなるぐらいですので、対応が必要です。フリッカーノイズは室温系での測定でも問題になります。極低温でも室温系と同じように対応しなければならないので、今回は相関二重サンプリングという技術を使用しています。この技術は室温系で一般的に使用されている技術で、代表的な物はイメージングセンサーです。デジタルカメラで撮影する時は低速のノイズが問題になるのですが、その解消のためにこの相関二重サンプリングという技術を使って、ノイズを減らしています。微小電流を計測する場合は物理的な振動による影響も懸念されますが、振動は比較的低速なので、こちらもこの相関二重サンプリングで低減することができます。ただし、この方法ではサンプリング時間よりも速いノイズは消すことができません。

評価環境

最初に掲載したチップは商用で普通に採用されている半導体の180nmプロセスで製造されており、極低温用に特殊なことは何もしていません。本チップを4Kレベルの温度雰囲気を作ることができる特殊な極低温環境試験器、具体的には極低温マニュアルプローバにいれて動作確認を行いました。このマニュアルプローバは、内部を真空引きして、サンプルホルダ部を最低到達温度で4Kレベルにすることができます。もちろん特定の温度に調整することも可能です。このホルダにチップを置いて温度を下げているのですが、特段の工夫なく置くだけで約4Kの温度にデバイスを持っていくことができています。ただし、電流測定中にこのデバイスの温度を実測することは困難なので、この温度確認は別のチップに搭載した温度計が約4Kの温度になることで行っています。また、掲載させていただいた見本用の評価デバイスでは見やすいようにコネクタをつけていませんが、実際には縁にピンヘッダーを取り付けてこれに電源や信号測定用のケーブルを接続し、プローバ付属のフィードスルーを経由して評価しています。回路自体は中央のチップが1.5mm角で、今回提案する回路はそのうちの赤枠で囲った200µm×400µmぐらいの部分です。

測定結果

約4Kでの測定の結果はこのようになりました。横軸が読み出し時間で、縦軸がどれぐらいの電流を測ることができるかです。電流が大きければ大きいほど短い時間で測定できるのは、提案回路が電流を積分することで測定を行っているので、電流量が大きければ大きいほど積分時間を短くすることができるためです。そのため、小さい電流を測ろうとするほど時間がかかります。青い三角は従来の、いわゆる室温にある電流計で測定した場合です。先程ご紹介しましたように、測定するのはおおよそ1nAぐらいで、室温に電流計を置いた場合、測定に大体0.1msec~1msecぐらいかかるというのが従来の方式ですが、この約4Kに電流計を置くことによって同じような電流検出精度で1µsecぐらいまで速くすることができました。これは同じ読み出し時間であれば、100倍ぐらい小さい電流まで見ることができる、高精度に測定できることにもなります。電流計をQbitの近くの約4Kの雰囲気に実際に置いた場合の当初の見積もりと同じような検出時間となる結果が得られたことから、実験的にも実際に読み出しを速くできることが確認できました。なお、1μsecの読み出しは周波数に換算すると1MHzですので、これをもっと速くする方向性もありますが、今回は最初の試みだったので性能確認に重点を置きました。
電流計も、時間をかければ1pAオーダーの電流を読むのは容易なのですが、瞬間的にこのオーダーの電流を読むことは難易度が上がります。電流検出精度と積分時間の関係で、読み出し時間と電流検出精度を両対数グラフにすると理論的も赤線のような右肩下がりの直線になります。
読み出し性能においては「Fidelity」と呼ばれる信頼度も重要です。これは、ある確率でノイズにより1なのに0と測定されることがあり、これがどのくらいの確率で起きるか?になります。Fidelityが99.9%であれば、「1000回読んだら999回は正しく読み出しますが1回は間違いますよ」となります。電流の積分時間=読み出し時間を長くすることよってFidelityを上げることはできます。つまり、読み出し時間とFidelityはトレードオフの関係にあります。そのため、読み出し速度を上げようとするとFidelityが低下しますが、逆にFidelityが低くてもよいのであれは読み出し時間を更に速くすることが可能です。私たちが開発したデバイスではFidelityも従来方式よりも高いです。
温度と読み出し精度の関係性については、まだ正確に定量的な評価はできていないのですが、より低温環境に置けば熱雑音(熱ノイズ)が更に低下するので正確性が増す可能性はあります。その代わり、その分必要になる冷凍機のコストが上がる他、低温環境の維持のためにデバイスが消費できる電力に制限がかかるので、その対策で回路を簡略化するとその所為で精度が落ちることも考えられますので、一概に良いとは言えず難しいところです。デバイスの自己発熱はおそらく精度に影響すると思われますが、この評価は今後の課題になります。

Chapter4:今後の研究展開

-- 今後のご研究の展開について教えてください。

測定結果

<更田博士>
私が設計した回路については、現状、第1ターゲットである約µsecの読み出し時間は達成しましたが、読み出し速度や電流測定精度は回路設計で改善の余地があります。また、今回ご紹介したのはあくまでも想定される電流が流れた時にどのぐらいの読み出しができるかという回路だけの評価なので、まだ、実際に電荷センサーに繋いで測定を行っていません。ですので、これらと繋いで実際にQbitの読み出しまで確認することが本研究の最終ゴールになります。森博士を中心とした私たちのグループではQbitの他に電荷センサーの開発も行っていますので、これと連携して開発していくことになります。

-- 実際にQbitの読み出しを確認するときはどのくらいの温度になるのでしょうか?

<森博士>
これはQbitや電荷センサー側の開発によるところが大きいと思います。
読み出し回路は更田博士からお話させていただいたとおり仮にmK台(注:一般的な超伝導Qbitの動作温度)のサンプルステージに置いてしまうと、mK台の温度帯ではどうしても冷却能力が小さいので回路の発熱で簡単にステージ温度が上昇してしまう問題があります。そのため読み出し回路は約1K~4Kのステージに置かなければならないのは確かです。そのため読み出し回路の評価ではその代表温度である約4Kで行っています。
Qbitの方が問題で、基本的にシリコンQbitであってもできる限り冷やした方が性能がよいです。そのため、シリコンQbitでも多くの研究者がmK台のステージから開発をスタートしています。私たちもまずはmK台の温度環境を作ることができる希釈冷凍機を使用してQbitを評価しています。ただ、シリコンQbitは高い温度でも動かそうと思えば、性能は落ちるのですが動くのは動きます。このようなQbitは”Hot Qbit”呼ばれます。もっともHotとは言っても約1Kの温度の話なので、どこがHotだと思われるかもしれませんが、超伝導Qbitが数mK~数10mKで動いていることからすれば、温度が2桁ぐらい上がっていますから格段にHotです。Hot Qbitという”温かい”ところで動くQbitは、まだ性能も大して出ていませんし、研究も始まったところなのですが、研究者内ではすでに話題になっています。最終的にそのHot Qbitができて、約1K~4Kぐらいの温度で動かすことができれば、読み出し回路と同じところに置くことができるので、先にご紹介した極低温マニュアルプローバのような装置でもQbit含めて測定が行えるようになるかもしれません。ただし、シリコンQbitの開発では動作温度を上げる方向の開発はまだまだです。現状mK台で動かしても10Qbit程度でとどまっていますので。ただし、動作温度を上げるのは重要なチャレンジなので、これからの研究対象になります。

-- 今回開発された読み出し回路は他方式の量子コンピュータでも性能向上に寄与できるのでしょうか?

<更田博士>
今日のご説明では割愛いたしましたが、超伝導Qbitではこの電流の読み出しはできません。今回開発した回路に関しては半導体スピンQbit専用です。 これは、超伝導Qbitでは、半導体スピンの読み出しに使う電荷センサー方式のような方法がないためです。従って、私たちが開発した読み出し回路は使用できません。 イオントラップ方式では放射される光を読みますので、光を電流に変換するのであれば私たちが開発した読み出し回路を使用できる可能性はあります。しかし、測定する電流レンジが異なる事が予想されますので、その可能性は低いと思います。

>-- 現時点では実用的な量子コンピュータとしてどの方式がリードしているのでしょうか?

<森博士>
方式の順位付けは色々な角度からの評価があるので一概には難しいです。わかりやすいQbit数で順位付けをするのであれば、超伝導>冷却原子>イオントラップ>シリコンとなります。
研究者数で比較してもシリコン方式は意外に多くはありません。これはシリコンデバイスがそもそも集積化して小さいエリアに数多くのデバイスを搭載することを目指す非常に高度な技術であり、それをQbit開発で使いこなせる研究グループが世界的にも少ないためです。既に産業化された技術がベースとなると、この技術を用いた開発をラボレベルからスタートさせるのはハードルが高いです。しかしながら、先ほどご紹介したように世界的なシリコンデバイスの大企業が開発に乗り出していますので、今後は増えていくでしょう。一方、超伝導方式はデバイスのスケールがシリコンよりも大きいので、ラボレベルでも比較的作成することができます。シリコンよりも手軽にアプローチできる分、研究者人口もそれなりにいます。イオントラップ方式や冷却原子方式は、元々、研究者人口は少なかったのですが、技術的にはラボレベルで実現可能なので、それなりに増えてきたのではないかと思います。Qbit数では、スケールが大きくて比較的作りやすい物が先行していて、逆に高度な技術を必要とするものが後塵を拝している状況です。
ただ、今後はそれらの技術を使える人たちがどれぐらい本気でQbitの開発を行っていくかで、スピードが変わってくると思います。集積デバイス開発に携わっている人口は非常に多いです。私達もそうなのですが、これらの人たちが次々とシリコンQbitの開発に参入してきているので、これからはシリコンQbitの開発がスピードアップしてくるだろうと考えています。

-- 産総研では昨年2023年に量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)が設立されました。こちらでは「サプライチェーンの強靭化」のために量子コンピュータ内=mKステージや4Kステージ等に使用されるケーブルやコネクタなどの性能の確認や向上のための活動も行われると聞いています。これらのケーブルやコネクタの開発もシリコンQbitを使用した量子コンピュータ開発に影響があるのでしょうか?

<森博士>
理想的なお話をさせていただくと、先ほどのようにシリコンQbitの目指すところの理想形はQbitの動作温度を上げていくことです。Qbitの動作温度を上げることができれば、制御回路と同じ温度ステージに置けるということです。同じ温度ステージに置けるということはどういうことになるかと言うと、シリコンの集積化技術を使ってしまえばワンチップにできてしまうということです。そうなってしまえばQbitと制御回路の配線が全部集積回路の中でパッケージングされますので、外と接続しないといけない本数は限られることになります。もちろん冷凍機には入れることになるので、そこに何らかの信号を持ってこなければならないので一定数の配線は必要です。そうではあるのですが、そこは最小限に留めたいというのが理想形です。その理想形にたどり着くまでの間は、超伝導Qbitと同様なシチュエーションではあるので一定量は必要にはなってしまいますが、そこのところはシリコンQbitサイドの人はなるべく避けるようにしたいという思いがあります。
配線がシビアであるということは量子コンピュータにおいて理想的ではないと私は思っています。更田博士の研究は、その意味ではその配線を極力なくしてしまえばこれだけの性能出ます、という内容でもあります。元々集積デバイスのサイドにいた者からすると配線はできるだけ少ないのが理想なので、そのような発想になります。
一方、別の流儀で考える研究者の方もいらっしゃいます。今はケーブルを使用しているのだから、そこをもっと良くしていこうという方向性の研究開発も重要です。今は両方並行して開発が動いていて、最終形はどこかの落としどころに行きつくのではないかと思います。

● 取材協力

国立研究開発法人産業技術総合研究所 先端半導体研究センター
森 貴洋 博士、更田 裕司 博士

※ 所属・肩書は取材当時のものです

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