IRドロップ ①-測定への影響
IRドロップ①-測定への影響
本内容はBiologic社が発行するApplication note #27を2020年6月において翻訳したものです。
今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。
1.序文
オーミックドロップ(以下、IRドロップと記載します)とは、材料を通る電子の流れに起因する過電圧を意味します。電気化学では一般的に、電解液の抵抗や、表面の薄膜や接続によって起因する電圧を表します。 実際の測定系での分極試験では、IRドロップが存在するとき制御電圧は以下の式に従います。
E(t)=Ei+Vbt-RΩI(t)
Eiは制御電圧、Vbは掃引速度、tは時間を表します。
(図1)一般的なIRドロップの構成
(V:制御電圧、E:電極の電圧、RΩI:IRドロップ)
このアプリケーションノートで以降に記載されますが、IRドロップは測定結果に影響を与え、結果の解析の誤差要因となります。このノートでは、いくつかの電気化学測定におけるIRドロップの影響に焦点をあてて解説します。
2.定常状態において
2-1.サイクリックボルタンメトリー
本章では、図2の条件で行ったCV(Cyclic Voltammetry)測定について解説します。
(図2)CV測定の設定
測定は0.6 mMの[Fe(CN)6] 3-と支持電解質として0.5 MのKClを加えた水溶液を用いて行いました。
3電極のセットアップは以下の通りです。
・WE:3.14 mm2の白金電極
・RE:飽和カロメル電極(SCE)
・CE:白金線
掃引速度は20 mV/s、回転数は2000 rpmとしました。結果は図3の通りです。
(図3)赤線:抵抗なし、青線:WEに直列に100Ω抵抗をつないだとき
図3を見ると、RΩ*Iに対応する電圧値のズレからIRドロップがはっきりとわかります。例えば500μAのとき、抵抗の有りと無しでは電圧が150mVと98mVとなっています。これはおよそ100Ωの抵抗が存在することを表しています。
2-2.ターフェルプロット
腐食電流を求めるときにも、IRドロップの影響に気を付けなければなりません。例として、図4の条件でLSV(Linear Sweep Voltammetry)試験をTestBox-3の2番目の回路を用いて測定した結果から、ターフェルプロットの解析を行うことを考えます。
(図4)LSVの設定画面
測定結果の図5を見ると、IRドロップはlog|I| vs Eweでプロットした曲線に影響を与えていることがわかります。
カソード部分とアノード部分(図5中で矢印で示した部分)で、1kΩ抵抗をWEに直列につないだ方のプロットはIRドロップの影響により直線とはならず、曲がった挙動を示しています。そのため、ターフェルフィット(EC-Lab®の解析テクニック)によりそれぞれのプロットを解析すると、異なった結果が得られます。この実験の場合、抵抗をつないでいない方のプロットから得られる腐食電流(Icorr=23 nA)は、抵抗をつないだ方の結果(Icorr=44 nA)の2倍もの値を示しました。
(図5)赤線:抵抗なし、青線:WEに直列に1kΩ抵抗をつないだとき
2-3.その他の例
IRドロップは他にもトリッキーな挙動を引き起こします。例えば、TestBox-3の3番目の回路を用いて図6に示す条件で測定を行うと、定常分極曲線は定型的なZ型のピークを示します。しかし、IRドロップを模擬するためにWEに対して直列に抵抗(今回は1kΩ)を接続すると、曲線の形は大きく異なってしまいます。すなわち、電圧のピークのシフトと、+方向と-方向の掃引でのヒステリシスが現れてきます(図7)。これは今回の回路構成に起因する特定の現象です。
電圧のピークのシフトから、IRドロップの抵抗値を算出することができます。例えば、今回の実験での電圧のシフトは1.7 Vで、そのときの電流の最大値は1.7 mAとなっており、これは1kΩの抵抗に対応しています。
(図6)CVの設定画面
(図7)赤線:抵抗なし、青線:100Ω抵抗、緑線:1kΩ抵抗
3.インピーダンス測定
IRドロップはインピーダンス測定のナイキスト線図から大変容易に求めることができます。IRドロップは一般的に、高周波側の実数成分のインピーダンスから特定される抵抗値RΩと関係があります。実際に、IRドロップはWEとREの間に抵抗を追加することにより電子回路上でモデル化することができます。TestBox-3と、IRドロップを模擬するために100Ω、1kΩ抵抗をつないだ回路を用いて、図8の条件でPEIS(Potentio Electrochemical Impedance Spectroscopy)測定を行ってナイキスト線図を取得しました。結果のグラフ(図9)を見ると、IRドロップの影響は明らかです。実際、高周波側の抵抗値のシフトは追加した抵抗の存在に起因しています。
(図8)PEISの設定画面
(図9)赤線:抵抗なし、青線:100Ω抵抗、緑線:1kΩ抵抗
4.非定常状態において
2-1で述べた系に対して、図10の設定により非定常状態で測定した結果も示します。測定結果は図11の通りで、IRドロップの影響としてピーク電圧と電流に変化があります。
(図10)CVの設定画面
(図11)赤線:抵抗なし、青線:100Ω抵抗をWEに直列に接続
ピーク電圧について、還元反応のピークはカソード側にシフトし、酸化反応のピークはアノード側にシフトしています。一方、電流の最大値はIRドロップにより低く得られています。これら2つの変化により、電気化学系の反応速度が実際より遅いと誤解される恐れがあります。
5.まとめ
IRドロップは電気化学において、測定手法に応じて異なった影響を与えます。そのため、実験者はIRドロップの影響を抑えるために、測定系の構築(接続、電極の配置など)に注意する必要があります。
一方で、IRドロップの値はとても簡単に求めることができます(EISにより直接求めるか、分極測定により模擬する)。IRドロップの測定はEC-Lab®内のいくつかのテクニックにより行うことができ、電流遮断法とEIS法については他のアプリケーションノートで比較して述べています。 更に、EC-Lab®ではIRドロップを測定するだけでなく、手動での補正(MIR)やEISによる補正(ZIR)によってIRドロップの影響を補正することができます。
参考文献
1) Cinétique électrochimique, J.P. Diard, B.Le Gorrec, C. Montella, ed., Hermann, 1996, p. 17.
2) Ultrafast cyclic voltammetry: performing in the few megavolts per second range without ohmic drop, C. Amatore, E. Maisonhaute, G. Simonneau, Electrochem. Comm., 2000 (2), 81–84.
3) Traité des Matériaux, 12, Corrosion et Chimie de Surfaces des Métaux, D. Landolt, ed., Presses Polytechniques et Universitaires Romandes, 2003, p. 184.
4) EIS measurements on Li-ion batteries - EC-Lab software parameters adjustment , Application note 23,
5) Ohmic Drop. II – Introduction to Ohmic Drop measurement techniques. Application note 28,
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