IRドロップ ②-測定の導入

IRドロップ②-測定の導入

本内容はBiologic社が発行するApplication note #28を2020年6月において翻訳したものです。
今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。

1.序文

Application Note #27で解説されている通り、IRドロップは実験結果に大きな影響を与えることがあります。そのため、この抵抗値をどのようにして決定するかを知る必要があります。
電気化学インピーダンス分光法や電流遮断法といった、様々な測定手法が使用可能です。このアプリケーションノートは、この2つの手法を比較することを目的としています。

2.インピーダンス測定

本ノートの最初の章として、電気化学インピーダンス分光法をテストボックス3に対して行いました。Application Note #9で述べている通り、この電気回路の挙動は線形性を満たします。測定はPEISを用いて、0V、周波数掃引範囲500kHzから1Hz、振幅10mV、ドリフトコレクションにチェックをつけた条件で実施しました。
インピーダンス測定のナイキスト線図を図1に示します。

(図1)テストボックス3でのナイキスト線図(青線)と、
等価回路R1+C2/R2+C3/R3を用いたときのZ-Fitによるフィッティング結果(赤点)

テストボックス3は図2に示す回路と等価です。この回路において、R1がIRドロップの抵抗値RΩを表します。
Bio-Logic社製電気化学測定装置の制御/解析ソフトウェアEC-Labで使用可能な、Z-Fitを用いたフィッティング解析によって、回路中の各パラメータの値を決定することができます。

  • 解析結果は以下の通りです。
    • R1 = RΩ = 499 Ω
    • C2 = 6.68 x 10-9 F,
    • R2 = 1002 Ω,
    • C3 = 2.30 x 10-6 F,
    • R3 = 3569 Ω

また、Z-Fitの解析画面の一例を図3に示します。

(図2)テストボックス3の等価回路

(図3)Z-Fitの解析結果の画面

3.電流遮断法

電流遮断法の測定原理は、回路が電気的に接続された瞬間に現れるIRドロップの影響を測定することです。逆の現象も同様で、電気的な接続が遮断されたとき、ただちにIRドロップの影響が消滅します。電流ステップを例として、この測定の原理を説明した図を以下に示します。

(図4)電流ステップ印加時の電流遮断法の原理

先述のインピーダンス測定と電流遮断法の原理を考えると、テストボックス3のインピーダンスは次の式で表されます。

なお、sはラプラス変数です。
この式から逆ラプラス変換によって、電流ステップΔIに対する回路の応答を計算することができます。

この式から、二つの時定数を定義し、τ2 = R2C2 =6.7 x 10-6 s、τ3 = R3C3 =8.2 x 10-3sと計算できます。これらの値は大きく異なり、主に時定数τ2だけがリニアな時間軸では電圧応答ステップとして観測されます。
EC-LabとEC-Lab Expressでは最小サンプリング間隔がそれぞれ200μsと20μsであることと、先ほど計算した結果を考えることで、テストボックス3に電流ステップを与えたときの電流遮断の挙動と、電流遮断法によって測定されるIRドロップをシミュレーションすることができます。

(図5)テストボックス3に対して電流遮断法(0.1mA)を行ったときのシミュレーション。
EC-LabとEC-Lab Expressの最小サンプリング間隔についても考慮している。
RΩI:IRドロップの真値
R’I、R’’I:EC-LabとEC-Lab Expressで測定されるIRドロップの値

EC-Labでは200μsごとに測定が行われ、最初の測定点は0.15Vです。印加した電流0.1mAとR’I = 0.150Vからオームの法則により、R’ = 1.5kΩが得られます。
EC-Lab Expressでは20μsごとに測定が行われます。この場合、最初の測定点は0.074Vですので、R’’I = 0.074VよりR’’ = 1.1kΩが得られます。
これら2つの値はIRドロップの抵抗値RΩの理論値499Ωと一致していません。実際には使用するソフトウェア、さらにはそのソフトウェアの最小サンプリング間隔に依存し、実験により得られた値はEC-LabではR1+R2の値に近く、EC-Lab ExpressではR1とR1+R2の間の値となりました。

4. 電池の解析

容量1.2Ahの18650型リチウムイオン電池を用いて実験を行いました。なお、正極はLiFePO4、負極はグラファイトカーボン、電解液はリチウム塩で構成されています。

4-1. インピーダンス測定

インピーダンス試験を行う前に電池を3.10Vで30秒間保持し、周波数の掃引範囲50kHzから10mHz、振幅10mV、各周波数の測定前に1周期の遅延時間を置き、ドリフトコレクションのチェックボックスにチェックをつけた条件で測定を行いました。測定結果のナイキスト線図を図6に示します。
Z-Fitを用いたフィッティング解析を7.27kHzから22Hzの周波数範囲で行いました。高周波領域での等価回路はL1+R1+Q2/R2で表されます。フィッティング解析により得られたR1の値はおよそ9.13 x10-3Ωでした。解析結果のまとめは図7に示しています。

(図6)リチウムイオン電池でのインピーダンス測定結果のナイキスト線図(青線)と
Z-Fitにより得られたフィッティング解析の結果(赤線)。
ただし、等価回路:L1+R1+Q2/R2、周波数範囲:22Hzから7.27kHz

電池の抵抗を求める際に、-Im(Z) = 0Ωのときの値をグラフから直接読み取ることも場合によっては有効な手法ですが、この概算を行うと誤差が生じる可能性があることに注意して下さい。実際、今回の測定例でもZ-Fitによる計算値は9.13 x10-3Ωであるにも関わらず、x軸上の値を読み取ると9.8 x10-3Ωとなっており、10%程度の誤差が生じています。

(図7)Z-Fitによるフィッティング解析結果

4-2. 電流遮断法

前章の電流遮断法と同様に、インピーダンス測定によって得られた等価回路L1+R1+Q2/R2を用いて電流ステップに対する応答をシミュレーションしてみましょう。a2の実測値から、リチウムイオン電池に対して以下の式の逆ラプラス変換の結果を閉形式で表すことはできません。

しかし、幸運なことにNumerical Inversion for Laplace Transformation(NILT)[3、4]という有効な計算アルゴリズムが使用可能なことが知られています。
これにより、400mAの電流ステップを電池に印加したときの挙動をシミュレーションすることができます。このシミュレーションはEC-Lab、EC-Lab Expressの2つのソフトウェアで行われ、その結果を図8に示します。
図より、EC-Labにより取得される最初の点は3.104V付近となっています。オームの法則からR’ΔI = ΔEが成り立ち、ここで、ΔEとは電池の初期の電圧(約3.098V)と最初に記録された点(約3.104V)との差を表すため、ΔEはおよそ6 x 10-3Vとなります。したがって、EC-Labにより測定されるR’の値は0.014Ωとなります。
同様の計算をEC-Lab Expressのときも行うことができます。最初の測定点は3.104Vであり、オームの法則でのΔEは電池の初期電位(約3.099V)と最初の測定点(約3.104V)との差なのでΔE = 5 x 10-3Vとなり、R’’は0.012Ωと求めることができます。

(図8)リチウムイオン電池に電流遮断法(400mA)を行ったときのシミュレーション。 EC-LabとEC-Lab Expressの最小サンプリング間隔についても考慮している。
RΩI:IRドロップの真値
R’I、R’’I:EC-LabとEC-Lab Expressで測定されるIRドロップの値

電池のように反応速度がゆっくりな系では、このようにインピーダンス測定と電流遮断法での測定結果は互いに近い値となります。さらに、これらの結果は電気回路上で測定を行った場合とは異なり、理論値としてのIRドロップの抵抗値とも近い値となっています。

5.まとめ

本アプリケーションノートでは、電流遮断法に課される制限について示しました。系の反応速度に依存して、この手法の正確さは変動します。電流遮断法ではIRドロップの正しい抵抗値が得られない可能性があることに注意して下さい。一方で、インピーダンス測定はよく使われる手法で、系の反応速度によらずIRドロップの正確な値を算出することができます。
EC-Labではインピーダンス測定によりIRドロップを補正することができるテクニックが使用可能です。このテクニックでは、等価回路を設定せずに即座にIRドロップの値を得ることができます。デフォルトでは100kHzでの測定となっていますが、実験対象の系に応じて適切に周波数を変更することも可能です。
本ノートで考えた系を例として、IRドロップの測定はEC-LabのZIRテクニックを用いると、テストボックス3では500kHzで501.3Ω、リチウムイオン電池では800Hzで9.76 x10-3Ωという結果が得られます。
なお、電流遮断法とインピーダンス測定でなぜこれほどサンプリング間隔に違いがあるのかと疑問に思われる方もいるかもしれません。それは、インピーダンス測定ではアンダーサンプリングまたはSuper Nyquistサンプリングと呼ばれる手法を用いているためです。これは一般的によく知られた考え方で、装置のサンプリング速度より速い周波数信号を測定する手法です。アンダーサンプリングの原理の図を以下に示して、本ノートを終わりとします。

(図9)アンダーサンプリングの原理

参考文献

1) Bio-Logic Application Note #27

2) Bio-Logic Application Note #9

3) C. Montella, R. Michel, J.-P. Diard, J.Electroanal. Chem., 608 (2007) 37-46.

4) C. Montella, J.-P. Diard, J. Electroanal.Chem., 623 (2008) 29-40.

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