電気化学インピーダンス測定:電圧モード(PEIS)と電流モード(GEIS)のどちらを選択すべきか
1. はじめに
電気化学インピーダンス分光法(EIS)測定は、電流制御よりも電圧制御で実施されることが一般的です。ほとんどの場合、電圧制御と電流制御 (EC-Lab®ソフトウェアのPEISとGEIS) は等価であり、特に電流振幅が電圧振幅と等しい場合には、同じインピーダンス結果が得られます。しかし、特定の条件(特に測定中に変化をする系)の場合、これら2つの測定の結果は異なることがあります。
たとえば、腐食分野の場合、分極抵抗は一般的に開回路電圧(OCV)付近の電圧により決定されます。これは、腐食電圧が測定中に変化しない場合には適切な考え方です。しかし、腐食電位が変化する場合、実験開始時のOCVに固定した電圧制御による実験は、実際のOCVに対してアノードまたはカソードにずれた電位で測定が行われることになります。電流制御の場合、電流が流れない好ましい条件での測定が維持され、実際の腐食電位で測定が行われることが保証されるので、実験中の電位変化が問題になりません([1])。
電池アプリケーションの場合、充電/放電時における内部抵抗の変化を測定することが重要です。その際にも同様に、EIS測定で電流制御を使用するのが適切と考えられます([2])。
EC-Labソフトウェアでは、電圧制御および電流制御(それぞれPEISとGEIS)がいずれも使用可能です。本章では、EIS測定における電圧制御と電流制御の比較を市販のリチウムイオン電池を使用して論じており、次の2つのケースを考えます。1つ目は、OCV付近でPEISおよびGEISの測定を実施した場合、2つ目は、電流制御の使用が必要な場合の例を示します。
2. OCV付近でのEIS測定
市販のリチウムイオン電池のコインセル(公称容量120mAh)を使用し、電圧制御と電流制御でEIS測定を実施しました。フル充電後にC/10のレートで電池を10分間放電、その後40分の休止後にOCVでEIS測定を実施(電圧制御または電流制御)というサイクルを電圧/電流制御で11回繰り返しました。どちらの測定でも、周波数範囲は100kHz~100mHz、振幅はPEISでは10mV、GEISでは5mAでした。図1および図2にこれらの測定のパラメータ設定を示します。
図1:PEISのパラメータ設定画面
図2:GEISのパラメータ設定画面
放電、休止、PEISおよびGEISの測定中における電池の電圧変化を図3に示します。
休止を挟むことで電池の電圧をEIS測定の前に安定させることができます。
図3:C/10の放電と休止中(青色の円)、PEIS(緑色の円)、
およびGEIS(赤色の円)の電圧 vs 時間のグラフ
図4(左):PEIS(赤色の点)およびGEIS(青色の円)でのナイキスト線図
図4(右):放電中のナイキスト線図の経時変化(電圧制御)
図4(左)は、PEISおよびGEISの最初のサイクルを示しています。図4(右)は、放電時におけるPEISで得られるナイキスト線図の変化を示しています。 図4で示すように、PEISとGEISは全周波数範囲で同じ結果になっています。電圧制御と電流制御の結果が一致するということから、使用したGEISの振幅が適切であったことがわかります。これらの結果が異なっていたら、より適切な値が見つかるまで異なるGEISの振幅を試し、確認する必要があったかもしれません。電流振幅の概算値として、PEISで得られた電流の値|I| *1を選ぶことができます。ほとんどの場合、この値は、正しい測定値を得るのに必要な最小振幅より大きな値となります。
*1この値はPEISの結果をグラフ表示する際に、軸を選択する画面で「Hide Additional Variables」のチェックを外すことにより確認できるようになります。 電圧または充電状態(SoC)に依存する内部抵抗の変化は、放電(または充電)中のEIS測定によって得られます。この抵抗値は、等価回路によりインピーダンスデータをフィッティングすることで決定され、EC-Lab®ソフトウェアの解析ツールZ Fit([4]~[6])や交流解析ソフトウェアZViewを用いて解析できます。
図5(左):ZFitによるフィッテングの結果
図5(右):電池の電圧に対するR1の変化
図5は、等価回路L1 +R2 +Q2/R2 +Q3/(R3 +Q4)を用いた電圧制御でのインピーダンス測定に対するフィッティング結果と電池の電圧に対する内部抵抗R1の変化を示しています。このグラフから、放電が進行するとR1の値が増加することがわかります。
3. 放電(または充電)中のEIS
前の章では、電圧制御および電流制御のEIS測定結果が等しい例を述べました。しかし、充電または放電中に連続的にEIS測定を行いその変化を観測したい場合は、電流制御が必要となります。これを説明するため、フル充電した後に、放電しながら電流制御でEIS測定を実施しました。放電電流は-12mA(C/10)、電流振幅は引き続き5mAとします。
図6は、電圧の時間変化、図7は放電中に連続的に取得したEISの結果を示しています。
図6は、電圧の時間変化(EIS測定中)を示しています。
図6:放電中の電池電圧
これらのグラフからわかるように、低周波のスペクトルは、リチウムイオン電池のEIS測定で期待される無限拡散の挙動ではありません。放電中は測定中に系が経時変化してしまい。そのため、フィッティングでは高周波および中周波(100kHz~5Hz)だけを考慮しました。 等価回路L1 + R1 + Q2/R2 + Q3/R3を使用し、ZFitによってフィッティングした結果を図8に示します。
図8:ZFitによるフィッティング結果
図9からわかるように、内部抵抗の挙動は、OCVでのPEIS測定を行うか実稼働中にGEISで測定を行うかによって異なります。
図9:図9:電池電圧に対するR1の変化:
OCV(PEIS、赤色の三角形)と放電中(GEIS、青色の円)
※1変数は、〔Data file and plot selection windows]の〔Hide Additional Variables〕オプションのチェックボックスをオフにすると利用できます。
4. 結論
ほとんどの場合、電圧制御および電流制御で実施したEIS測定結果は一致します。 通常、電圧振幅に等価な電流振幅を見つけることが困難なことです。経験的に、電池の場合は、放電/充電電流の約10%の電流振幅が推奨されます。前述のように、PEIS測定から得られた電流の値|I|を(概算値として)使用することもできます。
稼働中のセルの内部抵抗の変化を測定するには電流制御が最適な手法です。電圧制御は(休止を挟みながら)不連続に放電する場合のみ使用できます。また、電流制御は、内部抵抗が小さい電池でEIS測定を実施する場合にも推奨されています。
参考文献リスト
[1] A. Guyader, F. Huet, and R. P. Nogueira.Corrosion, 65(2):136, 2009.
[2] J.-P. Diard, B. Le Gorrec, and C. Montella.J. Power Sources, 70:78, 1998.
[3] Ec-lab software user’s manual.
[4] アプリケーション・ノート#18.Staircase Potentio Electrochemical Impedance Spectroscopy and automatic succesive Z Fit analysis.( https://www.bio-logic.net/wp-content/uploads/20101209-Application-note-18.pdf).
[5] アプリケーション・ノート#45.Using ZFit for multiple cycles analysis.
(https://www.bio-logic.net/wp-content/uploads/AN45-Zfitmulticycle.pdf).
[6] A. Pellissier, N. Portail, N. Murer, B. Molina-Concha, S. Benoit, and J.-P. Diard.Z Fit a powerful tool for multiple impedance diagram fitting.EIS2013-9th International Symposium on Electrochemical Impedance Spectroscopy, poster(Okinawa, Japan), 2013.Belen Molina Concha, Ph.D.
Jean-Paul Diard, Pr.Hon.
お問い合わせ
株式会社東陽テクニカ 理化学計測部