【 コラム / 吉岡裕典 博士 】SiC(炭化ケイ素)MOSFETチャネル界面の課題と評価法
SiC(炭化ケイ素)を用いたパワーデバイス(電力用半導体素子)の研究に長年にわたって取り組まれている、国立研究開発法人産業技術総合研究所 先進パワーエレクトロニクス研究センター 主任研究員の吉岡裕典博士に、ご研究と実験に使用した極低温プローバに求められていることについて詳しくお話を伺いました。
研究内容の概要
-- ご研究内容の概要を教えてください。
パワーエレクトロニクスは半導体デバイスを用いた電力の変換と制御ですが、従来のSiではなくワイドギャップ半導体のSiCを用いることで半導体デバイスのオン抵抗を低減できるため、電力変換時の損失を低減でき省エネにつながります。産業技術総合研究所ではSiCの縦型MOSFETの開発を行ってきましたが、SiCはSiに比べてSiO2/SiC界面のチャネル移動度が低いという問題があり、この移動度を向上させる研究に取り組んでいます。 |
半導体スイッチング素子におけるSiCの優位性
-- 具体的にどのような研究をされていますか?
SiO2/SiC界面には多くの界面準位が存在しています。界面の伝導電子が界面準位にトラップされてしまうと電流が流れませんので、界面準位が多いとチャネル移動度は低下します。これまでに界面準位を少なくし移動度を上げるための研究が行われ、界面を窒化処理すると移動度が向上することが見出されました。しかしながら、まだまだSi並みには到達しておらず、さらに向上させるためにはより正確に界面準位を評価し、その起源を特定し、特定された界面準位を低減する必要があります。そのため、どのような界面準位が存在しているかを明らかにしたいのですが、界面準位は測定温度や測定時間によって挙動が異なるため評価しにくいことが多いです。私の研究では、この評価しにくい界面準位の定量化を極低温プローバなどを使用して行ってきました。 |
SiC MOSFETの問題点
計測内容
-- どのような計測を行われていたのですか?
MOSキャパシタとMOSFETを用いて、界面準位密度などを評価しました。 一般的な界面準位密度の評価手法であるHigh-Low法では、MOSキャパシタを用いて高周波時の容量と低周波時の容量の差から界面準位密度を算出します。容量測定で使用する周波数範囲は一般的に1 kHz~10 kHz、高くても1 MHz程度までになりますが、私の研究では界面準位の応答が速くても測定できるよう最高周波数100 MHz以上に対応したインピーダンス・アナライザを使用しました。より高周波での測定を行うことで、SiC界面に固有の非常に応答の速い界面準位を発見しました[1]。
このような非常に高い周波数でないと見えてこない速い界面準位は、温度を下げると応答が遅くなるので容易に観測できるようになります。私の研究では、周波数だけではなく、極低温プローバを用いて温度も変化させて、インピーダンス(容量+コンダクタンス)の周波数・温度・ゲート電圧依存性を測定し、界面準位密度のエネルギー分布や応答時定数(捕獲断面積)を評価しました[2]。
評価素子構造(MOSキャパシタ)
MOSFETでは、チャネル電流のゲート電圧依存性を測定し(I-V測定)、低電流域の傾きから界面準位密度を、高電流域の傾きから移動度を算出します。界面準位が多く、移動度が低いほどI-V特性の傾きが緩やかになります。 MOSキャパシタとMOSFETを用いた測定・評価から、SiCの界面準位密度は伝導帯端に近づくにつれ指数関数的に増加することを明らかにしました。そして、伝導帯下端からエネルギー的に浅い位置に分布する高密度の界面準位がデバイス性能に決定的であることを明らかにしました[3]。この時に伝導帯下端の浅い界面準位を評価するために、極低温環境をつくることができるプローバを使用しました。
評価素子構造(MOSFET)
-- 極低温環境下での計測時にプローバを使用されたとのことですが、極低温プローバに期待されていたことはどのようなことでしょうか?
界面準位のような基礎物性を評価するためには極低温環境(~4.2 K)が必要となります。また半導体デバイス実用時の温度(~200℃)での測定も必要となります。プローバは複数試料を測定できるので便利です。例えば、測定中の素子が壊れてしまった場合、別の素子にプローブを移すだけで測定の再開が可能です。そのためプロービング可能な範囲が広いほど作業効率が良いとも言えます。
極低温での測定を行った理由ですが、一般的にフェルミ準位は価電子帯と伝導帯の間のバンドギャップ中に存在しますが、極低温環境下だとフェルミ準位が伝導帯近くになるため、伝導帯に近いところにある浅い界面準位の測定評価が行えるためです。室温では伝導帯から0.2 eV程度の深い界面準位しか評価できませんが、極低温(~10 K)ではほぼ0 eVの極浅い準位の評価が可能です。
界面のフェルミレベルの温度依存性
測定では10 K程度の極低温で極小電流域(~10-13A)でI-V測定を行い、その傾きから界面準位密度の評価を行いました[3]。この計測を成功させるためには、プローバで極低温環境が確実に保たれていることの他にきわめて低いリーク電流特性を持っていること、機械的振動がI-V測定に影響しないことが必要でした。
-- 極低温プローバでは温度変化によってプローブコンタクトのずれが生じ、再度コンタクトし直す場合も多いのですが、温度変化時にプローブがずれないことは重要なのでしょうか?
界面準位にトラップされた電子は本来動けないのですが、界面準位が高密度になるとホッピング伝導が生じます。バンド伝導とホッピング伝導では温度依存性に違いがあり、T-1に比例して変化する場合がバンド伝導で、T-1/3に比例して変化する場合がポッピング伝導になります[4]。
伝導モデルによる温度依存性の違い
そのため温度を連続的に変えながら測定を行うことでどちらによる伝導であるかを判断することができます。この測定中にプローブのコンタクトがずれてしまうと、コンタクトし直して再測定になってしまいますが、プローブがずれなければ一続きのデータを得ることができます。そのため温度変化時にプローブがずれないことが求められます。
-- そのほかに、計測にあたって留意することがありましたら教えてください。
温度を連続的に変化させる場合、試料の真の温度とモニターしているステージの温度に差異が生じることがあります。私の研究では、試料とステージの温度差が極力ないことを確認するために、昇温と降温の両方での測定を行いました。昇温測定と降温測定でプロットにほとんど差異が発生せず、測定温度に問題がないことを確認しました[4]。(「伝導モデルによる温度依存性の違い」参照)
試料温度が安定しにくい、試料温度とステージ温度に乖離が大きい場合には、時間をかけて温度が安定するのを待つ必要があります。ただし、待ってもずっと安定しない、乖離したままになることがあります。そのような場合には、少し面倒ですが、試料に温度センサーをつけて、その温度をモニターしつつ測定を行うような工夫が必要になります。
10-13Aレベルの精密測定では測定線のトライアキシャル構造ができるだけプローブ直近まで保持されていることも重要です。トライアキシャルになっている部分が短い構成で測定した場合では相対的にノイジーな結果になりました[4]。(「MOSFETのID-VGS測定」参照)
自動計測のためのソフトを作ることも考えるとできるだけ少ないコマンドで温度制御できると便利ですね。
MOSFETのID-VGS測定
-- 最後にSiCデバイスとその研究・開発の今後の展望をお話いただけませんでしょうか?
ボリュームゾーンとして数がでることが期待されるのは、車載MOSFETでしょうか。車の電動化によって、使用される車載MOSFETの増加が期待できます。 電車等では既にSiCが採用されていますが、車への採用時には、ユーザーが色々な使い方が可能な分、テストが大変になります。実用化までにはゲート酸化膜が壊れないことを確認する信頼性評価の壁をクリアする必要があります。これらもあってSiCダイオードに比べてSiC-MOSFETの実用化は遅れています。また、ボリュームゾーンとして期待される低耐圧系ではチャネル抵抗の寄与が大きくなるので、更なる界面準位低減・チャネル移動度向上が重要になると思います。
参考文献
- [1] Yoshioka et. al., JAP 112, 024520 (2012 ).
- [2] Yoshioka et. al., JAP 115, 014502 (2014 ).
- [3] Yoshioka et. al., AIP Advances 5, 017109 (2015 ).
- [4] Yoshioka et. al., AIP Advances 8, 045217 (2018 ).
取材協力
国立研究開発法人産業技術総合研究所 先進パワーエレクトロニクス研究センター
主任研究員 吉岡 裕典 博士
※ 所属は取材当時の組織名です
お忙しい中、インタビューにご協力いただき、ありがとうございました。