【 コラム / 野崎隆行 博士、山本竜也博士 】(1)電圧制御型磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)開発に向けた物性評価技術
半導体業界におけるSDGsの取り組みの一つとしてIT機器の更なる低消費電力化のために電力を消費せずに情報維持が可能な不揮発性メモリの開発が進められています。その技術の一つである磁気抵抗効果を用いたメモリ(MRAM)において消費電力の低減が可能なことで期待を集めている電圧制御方式(VC-MRAM)について、研究・開発を行われている国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)新原理コンピューティング研究センターの研究チーム長 野崎隆行博士と研究員 山本竜也博士にご研究と評価技術について詳しくお話をうかがいました。
*ご所属・肩書は取材当時のものです。
向かって左:野崎隆行博士 向かって右:山本竜也博士
野崎隆行博士:電圧制御型の新しい磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)について
目次
- Chapter1:不揮発性メモリの必要性
- Chapter2:磁気抵抗メモリ(MRAM)のコア技術:スピントロニクス
- Chapter3:電圧制御型磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)とは
- Chapter4:VC-MRAMの利点と課題と開発体制
Chapter1:不揮発性メモリの必要性
--なぜ不揮発性メモリの開発が必要とされているのかを教えてください。
私たちが使用しているコンピュータやスマートフォンではこのようなプロセッサの基本階層構造となっています。一番下が情報を長期的に保存するストレージ(ハードディスクやSSDなど)で、その上に直近で情報を処理する時に必要な情報を短期的に保存するメインメモリやラストレベルキャッシュ、その上にレジスタ、Logicといった実際に演算を行うデバイス(CPU)があります。階層が上に行くに順ってメモリ容量は減っていきますが、その代わりに高速動作が可能です。
この中でストレージは電源を切っても情報が保存される不揮発性のデバイスであり、待機時に電力を消費しないのですが、メインメモリやキャッシュメモリはDRAMやSRAMと呼ばれる半導体メモリからなる揮発性メモリです。これらは電源を切ると情報が消えてしまうため、DRAMでは情報維持のために常にリフレッシュ動作(情報を入れなおす作業)が必要ですし、SRAMは待機時に電圧を印加して情報を保持します。つまり、情報を保持するためにも大きなエネルギーを消費してしまいます。もしこのメインメモリやキャッシュメモリを不揮発化することができれば、待機時に全くエネルギーを必要としないため、低消費電力化に非常に有効となります。
私たちはここをターゲットに新しいアイディアに基づく不揮発性メモリを提供することを目標に研究を行っています。
Chapter2:磁気抵抗メモリ(MRAM)のコア技術:スピントロニクス
--不揮発性メモリである磁気抵抗メモリ(MRAM)とそのコア技術であるスピントロニクスについて教えてください。
これまで半導体分野では電荷(正孔や電子)を制御することでダイオードやトランジスタといった様々なデバイスを生み出してきました。一方、電子はスピンという磁気的な性質も持っており、これまで永久磁石や磁気記録媒体といったバルク的な比較的大きなデバイスでその機能が利用されてきました。
スピントロニクスはこの電子の持つ電荷とスピンの両方の性質を同時に制御することで新しい機能を有するデバイスの創製を目指しています。例えばスピンによって電流を制御する、もしくは逆にスピンで電流を制御することで、情報の読み出し/書き込みを行います。
このスピントロニクスで特に重要な応用技術が固体磁気メモリ(MRAM)であり、MRAMの基盤技術が磁気トンネル接合素子で生じるトンネル磁気抵抗効果(TMR)です。
この磁気トンネル接合(MTJ)素子は磁性薄膜二層でトンネル障壁層をサンドイッチした構造を基本としますが、ここで両側の磁性体の磁化が平行か反平行かによって流れる電流(障壁層を通る極僅かのトンネル電流)の大きさが変わることで二つの状態をとることができます(スピンを制御することで電流を制御できる)。特にこのトンネル障壁層に結晶性の酸化マグネシウムを使うと、平行状態と反平行状態で非常に大きく抵抗値が異なる特性が発現することを産総研の湯浅新治博士(現:産総研 新原理コンピューティング研究センター長)らが発見し、産総研発の技術*1としてスピントロニクスのコア技術になっています。
*1 発見から数年後にはハードディスクの磁気ヘッド(MgO-TMRヘッド)として実用化され、現在の大容量ハードディスク開発につながっています。
- ●参考文献
- S.Yuasa et al., Nature Mater. 3, 868 (2004).
- https://www.nature.com/articles/nmat1257
MgO-TMRにより大きな抵抗変化が生じることはより良い不揮発性メモリMRAMの開発に繋がります。1トランジスタと1MTJを1個のメモリセットすることで、ランダムに情報を呼び出すことができるメモリセルが作れます。
このMRAMメモリセルは
- 情報の不揮発性
- ナノ秒オーダーの高速書き込み
- ギガbitクラスの大容量化
- 高い繰り返し動作耐性
- CMOSプロセスとの親和性
といった様々なメリットを有します。
しかし、MRAMをさまざまなメモリ階層に適用する上では書き込みエネルギーの低減が1つの課題となっています。最初に開発されたMRAM(トグルMRAM)は外部配線に電流を流した時に発生する電流磁界によって書き込みを行いましたが、スケーラビリティーの点で問題がありました。磁石は小さくなると熱エネルギーの影響で情報を失いやすくなってしまうので、磁気異方性などで磁化の向きをしっかり固定させる必要があります。しかしそれは同時に、磁化を反転させる際には非常に大きな磁界が必要となります。それでは大容量化のために磁石を小さくすればする程どんどん大きな電流が必要になり、消費電力が莫大になってしまいます。
このMRAMの書き込みエネルギー低減に関して画期的な発見となったのが2000年ごろに見出されたスピントランスファートルク(STT)技術です。この技術はMTJ素子に直接電流を流し、伝導電子スピンと局在スピンの間で相互作用させることによってスピン(磁化)を制御する方法です。素子が小さくなる程必要な電流が小さくなるスケーラブルな技術ということで、今、市販化されているMRAMはこのSTT-MRAM*2が主流になっています。
*2 STT-MRAMはNOR-FlashやSRAMの置き換えを目指して市場投入が進められています。
STT-MRAMの書き込みエネルギーはトグルMRAMと比べると非常に小さくなりましたが、それでも情報を保存するために必要なエネルギーと比較すると、実は105ものエネルギーギャップがあります。これはほとんどが書き込み時に電流を素子に流すことでジュール損失が発生することが原因となっています。電流を使う限りどうしても避けられない問題であるため、省エネ化のためには次のステップとして電圧駆動=電界駆動型のMRAMができないか?ということになります。
これが実現できれば数fJ/bitクラスの非常に少ないエネルギーで書き込みが可能となります。このエネルギーは今のキャッシュメモリで使われているSRAMと同じオーダーとなります。そのため、書き込みに使用するエネルギーがSRAMと同じレベルなのに待機電力がゼロという理想的なメモリとなりえる訳です。この電圧制御型のMRAMをVoltage-controlled(VC)-MRAMと呼びます。
Chapter3:電圧制御型磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)とは
--電圧制御型磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)について詳しく教えてください。
VC-MRAMの情報書き込みには、大阪大学 鈴木義茂先生(現:国立大学法人大阪大学 基礎工学部 教授)が提案された電圧磁気異方性制御(VCMA)を使用します。私も鈴木先生の研究室に所属していた時からこの開発に携わっています。
これはMTJと同じく磁性体とトンネル障壁層を積層したデバイスを使用しますが、ここで重要なのが、この磁性体を非常に薄くするというところです。どれぐらいかというと3~4原子層で0.5nm程度になります。この磁性体層を1nm以下のレベルの薄さまで薄くすると、トンネル障壁層を介して電圧を印加した時に、磁性体の磁化が向きやすい方向(磁気異方性)が変化する非常に面白い現象が発現します。例えば、元々膜面内方向に向いていた磁化が、電圧を印加することで面直方向が安定になったりします。
資料の右上のグラフが電圧を印加しながら垂直磁化成分の磁化曲線を測定したものです。ここでは垂直方向に磁界をかけています。この実験では電圧を印加していない時は面内磁化が安定な膜を用いていて、黒色のような磁化曲線を示します。磁界を印加するほど垂直方向に磁化が徐々に向くため、ゆるやかに飽和していく挙動が見られています。ここで-(マイナス)方向の電圧を印加すると赤色の磁化曲線のように変化します。この状態は外部磁界が印加されていない状態でも垂直方向に磁化が向いており、垂直磁化膜となっています。逆に+の電圧を印加した場合は垂直磁気異方性が弱くなるため、青色の磁化曲線のようにより大きな磁界を印加しないと垂直方向に向きません。
これは資料の右下の磁気エネルギーと磁化方向の関係性として説明すると、-電圧を印加している場合は垂直方向上向き若しくは下向きが安定なエネルギーポテンシャルの形となり、+電圧を印加すると面内方向が安定になります。
- ●参考文献
- T. Maruyama, T.N. et al. Nature Nanotechnol. 4, 158 (2009)
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19265844/
より詳しく説明すると、この磁化の向きは電子軌道の広がり方に関係しています。このような超薄膜の磁性体は電子軌道が面内方向に広がりやすい性質があります。単純化するとこの広がった面内で電子が回っていると、円電流が流れていると見なせるため、垂直方向に磁界が発生することになります。この磁界を感じてスピンが膜面垂直方向に磁化しやすくなります(スピン軌道相互作用)。ここに電界を印加して、例えば上層に+電荷が発生して下層に-電荷が蓄積している状態を考えます。上が+なので、電子はそこに引き寄せられて電子軌道が右図のように形が変化します。この電子軌道の形の変化に追従してスピンの向きが面内に変わるわけです。これがVCMA効果の物理起源と考えられています。
金属は電界が加わると自由電子が一斉に界面に集まり、それ以上はその金属内に電界が入らなくなる(遮蔽効果)ため、通常は電界効果は期待できないというのが電磁気学の常識でした。しかし、磁性体層が界面しかない程に薄くなってくるとその影響が顕在化し、金属であっても電界効果が可能である、ということを見出したのがVCMA効果の画期的な点です。
ただし、VCMA効果を使ってメモリに必要な磁化反転は簡単には行えません。その理由は電圧(電界)をかけた時に面直方向/面内方向という制御はできるのですが、電圧を切るとまた元に戻ってしまい、その時に上向きに戻るか下向きに戻るのかが確定出来ないためです。情報を保存するためには、上向きか下向きかをしっかりと決める必要がありますので、それができないとなるとメモリとはなりません。しかしながら、私たちが提案している高速パルス電圧を利用した磁化反転手法によりこれが可能になります。
垂直磁化膜に対して面内に一定の固定磁界(図中のHex)をかけた状態でパルス電圧を印加します。すると磁化がその固定磁界の周りをクルクルと回る歳差運動が誘起されます。この時に、ちょうど反対側のエネルギー安定点に至ったタイミングでパルス電圧を切ると上向きから逆の下向きに向けることができます。もう一度同じパルス電圧を印加すると、今度はさらに半周回って上向きとなります。これが「電圧誘起ダイナミック磁化反転」技術です。この歳差運動の速度は固定磁界の大きさに依存し、これまでに1nsecやさらに短いサブnsecでの磁化反転(書き込み)実証に成功しています(右下図)。
これだけ早くて且つ電圧により誘起される現象のため、原理的には電流(電力)をほとんど必要としません。これによりSTT-MRAMに代表される電流書き込み方式で問題となるジュール損失が無く、極めて低電力での書き込みが可能なメモリができることになります。
- ●参考文献
- Y. Shiota, T.N. et al. Nature Mater. 11, 39 (2012).
- https://www.nature.com/articles/nmat3172
- T. Yamamoto et al. J. Magn. Magn. Mater. 560, 169637 (2022)
- https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0304885322005509
ただし、このダイナミック磁化反転は高速な磁化の運動を精密に制御する必要があるため、どこまで安定な書き込みを実現できるかが課題となっています。どれだけエラーを抑制して安定して書き込めるかは、その記録層にあたる磁性体層が持つ熱に対する情報安定性(情報熱安定性)と磁気ダンピングが効いてきます。
左のグラフは、ダイナミック磁化反転における書き込みエラー率(WER)が、記録層の熱安定性と磁気ダンピングにどのように依存するかをシミュレーションした結果の例です。WERの数字が小さいほどエラーが無く、安定に書き込めることになります。
この情報熱安定性ΔはΔ=KU V/ KBT で表され、記録層の垂直磁気異方性KUと体積Vに比例しています。WERを下げるためにはΔを大きくすればよい、つまりKUかVを大きくすれば良いことになりますが、メモリ容量を大きくしたいことを考えれば、垂直磁気異方性が大きい材料を用いることが重要となります。また、この計算では想定したKUを完全に打ち消せるVCMA効率を想定していますので、Δが大きいほど大きなVCMA効率が必要となります。つまり、低WERを実現するためには垂直磁気異方性とVCMA効率を両方同時に大きくすることが重要になります。
また、磁気ダンピングを下げることも重要になります。磁気ダンピングは振り子における摩擦の影響をイメージすると分かりやすい効果です。振り子は外部との摩擦などが全くなければ物理的にはずっと振れ続けますが、現実的には空気との摩擦や紐との摩擦で最終的には重力方向に止まってしまいます。磁性体も同じような特徴を持っており、磁界をかければ本来磁化はその周りをずっと円運動するのですが、実際には磁気的な摩擦:磁気ダンピングがあるのでその磁界方向に最終的に落ち着きます。この磁気的な摩擦が小さい材料ほど安定な書き込みができることが私たちの計算で判明しています。これらの特性をよくするのが、安定な書き込み特性を有するVC-MRAMを実現するうえで重要な設計指針となります。
- ●参考文献
- Y. Shiota et al., Appl. Phys. Exp. 9, 013001 (2016)
- https://iopscience.iop.org/article/10.7567/APEX.9.013001/meta
Chapter4:VC-MRAMの利点と課題と開発体制
VC-MRAMの利点と課題のまとめと現在の開発体制について教えていただけますでしょうか。
利点として、非常に高速な書き込みができて、且つ、書き込みエネルギーがSRAM並に非常に小さいことがあります。また、書き込み時に大きな電流を流す必要が無いので、STT-MRAMなどと比較してスイッチングトランジスタの小型化が期待できます。加えて、電流制御型と比較してトンネル障壁層を厚くできることから、その分MTJ素子のMR比や耐電圧性、繰り返し耐性を向上できる可能性があります。
解決しなければならない課題はいくつかありますが、最も重要な課題は、大容量化のためにどこまで高効率な電圧効果を実現できるか、です。また、ダイナミック磁化反転は回路設計の視点からすると速すぎるとも言えるため、どこまで磁化の運動を正確に制御できるか、高VCMAと低ダンピングを両立する新材料設計が可能か、またパルス幅に対する鈍感化は可能か、といった点が課題となっています。
現在の開発体制は主にNEDOプロジェクトで産業技術総合研究所、物質・材料研究機構とソニーセミコンダクタソリューションズ(株)、九州工業大学等との連携研究で行っており、VCMA効果を大きくするような新しいトンネル障壁層や磁性体材料の探索に取り組んでいます。産総研では単結晶を使った非常に基本的な材料開発から、300mmウエハー量産プロセスに対応できるような多結晶MTJ開発まで、幅広い研究開発環境を有しており、新材料探索から量産プロセスへの技術移管まで広く関わっています。このプロジェクトでは、最終的には脳の機能を模倣したブレインモルフィックコンピューティングを目指した脳型記憶処理装置にこのVC-MRAMを搭載することを目標としています。いかにVC-MRAMの特徴を活かしてブレインモルフィックコンピューティングを実現するか、について九州工業大学やソニーセミコンダクタソリューションズ(株)と議論しながら開発を行っています。
● 取材協力
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