【東陽テクニカ】ホール測定効果装置導入事例 / 国立研究開発法人物質・材料研究機構 大橋直樹 氏
長年ResiTest8300を使用しワイドバンドギャップ半導体をはじめ様々な材料評価を行ってきた、国立研究開発法人 物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点長 大橋直樹氏にResiTest8300の使い勝手と、 今後の半導体研究に対する展望とそれに向けた物質・材料研究機構の取り組みについて詳しく話を聞いた。
大橋先生の研究内容についてご紹介いただけますでしょうか
広く半導体材料全般です。
今まで酸化物半導体向けをメインで研究していましたが、最近は非酸化物物も研究しています。
最近盛んに研究が行われているパワーデバイス材料のご研究でしょうか?
パワーデバイス向けというよりかはもう少し基礎的なところで、どちらかというと新材料を探索する仕事の方が多くなってきています。
IGZOなどの酸化物半導体にしても、窒化ガリウム系にしても、かなり応用が進んできているのでもう一度基礎に戻って新しい材料を探そう、というところに最近は研究の重点を置いています。
新規材料の応用、用途はどこを目指しているのでしょうか?
1つは本当にできるかわからないけど有害性元素を含まない赤外線発光する半導体ですかね。
バンドキャップが狭い非毒性の新しい材料を見つけられないか探索しています。
また、可視光の波長域でも同様に、有害性元素を含まない材料で現在の材料と同程度以上の性能を有する材料に置き換えることができないか、と考えています。
有害性元素というと、鉛やカドミウムとかでしょうか?
代表的な赤外線半導体に水銀、テルル、カドミウムを含まれるものがあります。この3つの元素は何れも害性があります。こうした、性能は高い物の毒性も高い、という材料を置き換えれるような非毒性の材料がないかなと考えて研究しています。
例えば、薄膜太陽電池のCIGSもセレンが入っているので、リスク対効果で、効果が大きければ使いましょうということでやっているわけですが、出来れば毒性の元素を含まないに越したことはないので、今も、新材料が必要だと思っています。
緑色発光半導体の高効率化もご研究されていらっしゃいますよね!
そうですそれも大事です。グリーンギャップといわれていて、青色発光半導体(LED)の窒化ガリウム系から緑に向かって波長が伸びていくと半導体材料のエネルギー変換効率が下がっていってしまっています。
一方、それを越えて赤色のⅢ-Ⅴ族半導体(LED)から緑に向かって波長を短くしていくとやっぱり材料の変換効率が下がってしまう。変換効率の意味で、緑色のところが、谷底になっているために、グリーンギャップと言われているのです。緑色の高効率発光半導体(LED)がそろえばRGB色域の全領域が高効率のLEDで実現でき、社会的にも大きな省エネルギー化を実現できるので、緑色LEDのエネルギー効率の課題を克服しようという動きはあります。
新規材料探索は最近シミュレーションも盛んになっているのですか?
はい。最近の材料探索においては、シミュレーションや計算科学を使用する研究者の方も大勢いらっしゃいます。私も、時には、シミュレーションで高い性能が予言されたものを合成したり、自分自身でもシミュレーションを行ったりしています。ただ、実際は、科学技術が進んで、簡単に合成できる手つかずの物質群が減ってきており、シミュレーション段階では「良いかも」と思っても、実際にやってみると合成や量産が難しそうだったり、ということがありますので、応用や製品化も考えるとシミュレーションのみに頼るのは、まだ、難しいかなと思っています。 AI(アーティフィカル・インテリジェンス)に機械学習させて、材料探索を行っている例もあります。MI:マテリアルズ・インフォマティクスと呼ばれています。
僕は、古い人間なので、まだ、RI(リアル・インテリジェンス)側の人なんですけどね(笑)
半導体評価で重要な比抵抗ホール測定について
ホール測定では、直流磁場を使用する方法(DCホール測定)が広く一般に行われていますが、先生のご研究ではDCホール測定での測定の他に、交流磁場を使用した測定も行われていると伺っております。先生から見てAC磁場を使用したHall測定(ACホール測定)の利点や改善点をお聞かせください
ACホール測定の利点は、特に移動度の小さいサンプルの時にえられ、ACホールでなら測れるというサンプルも多いことから、重宝している測定手法の一つです。
サンプルのホール測定で一番しんどいのは、キャリア濃度が高くてホール起電力が小さいだけでもしんどいのに、加えて移動度が小さくて抵抗が比較的高い、という場合です。そのあたりを測るときでもACホールでなら測定できる場合もあります。
特にあまり作ったことのない新しいサンプルの場合、サンプルの出来があまり良くないことが多いので、サンプルの移動度をなかなか上げづらく、ACホール測定が重宝します。
材料の温度特性評価においては、温度可変測定をすることは多いですか?
そうですね。今は冷やす方が多いです。
半導体の場合、一般的に冷却すると抵抗が上がるので測りにくくなると思うのですが?
そうですね。抵抗がどんどん高くなって測定がしんどくなる場合もあります。ただ、品質の良いものが出来れば、冷やせば移動度が上がっていってくれるのでその点では測りやすくなる場合もあります。
低温物性測定時にプローバー(プローブステーション)を使用した計測はどうでしょうか?
私のグループでは液体ヘリウム対応の寒剤フロータイプのLake Shore社製の物を使用しています。
Lake Shore社製のものに限りませんが一般的にプローバーでは、温度を連続的に変化させながら温度依存データを取っていくという測定だけではなく、115Kとかいう感じの中途半端な温度で温度を止めてそこでしばらくいろんなデータをとるような場合に便利です。
これは、相転移温度の付近でのデータをとったりするためです。
今使用している装置はステージ温度は十分に安定しているように思います。
ただ、液体ヘリウムを使用して実験を行うことは難しくなっているので、使うとしても液体窒素がほとんどなのですが。
ACホール測定へのご要望
多数のサンプルを「早く」という要望がある人にはサンプルチェンジャーが欲しいのではないかなと思います。また、サンプルが小さかったり、サンプルの中に抵抗等の分布がありそうな時には、なるべく細かいところに電極をあてたくなる。現状は、爪電極やワイヤボンディングのタイプが多いですが、そんな時にはもうちょっとプローバーっぽい感じのサンプルホルダがついていると使いやすいかもしれないなとは思っています。まぁ、磁場をかけるから全部非磁性の材料で作らなきゃいけなくて安価なシステムは難しいかもですが…。
磁場は現状の電磁石で十分かと思います。電磁石によるACホール法で計測できない試料はサンプル作り方を見直すとかホール測定以外の計測手法を採用することを考えますね。
磁場の周波数も余り速すぎても移動度の遅いキャリアが追従せず、遅すぎると測定時間がかかりすぎるので、10mHz~100mHzぐらいが妥当だと思います。
半導体の場合、サンプルの抵抗が高いと抵抗値が温度変化に対して敏感になってしまうので、サンプルの温度がよくコントロールされた環境なら良いけれど、ステージの上にサンプルがむき出しだったりするとサンプル温度が本当は何度なんだろうということになるで、そういう意味では室温でしか測定しないとしても、温度コントロールが機能していた方が良い測定になるかもしれないですね。
AC磁場を印加するというのはサンプルには良くないことがありますでしょうか?
いいえ。サンプルに変調信号をかけるという手法は昔からありますが、電流で変調をかけると抵抗の高いサンプルだと温度の上がり下がりが生じる可能性が高いので磁場で変調した方が合理的なような気がします。
そういう意味では自動でのAC磁場制御がなかったときは、マニュアルで少しずつ磁場をかえていって、磁場に対する応答がちゃんと合理的な応答をしているかというのを1つずつマニュアル操作で確認していました。
それが自動化されてかなり便利だ、という感じです。
ホール測定において信頼性の確認方法はありますか?
特にDCホール測定では、出力磁場を数ポイントふって測定する事が大切です。2点で「直線です、線形応答です」と言われても困るから、直線というためには3点~4点は少なくとも必要かな。
論文の審査をしていて、これ信頼できるデータかな?という場合は、磁場を変えてシグナルが線形応答するのを確認してくださいね、とコメントしたりしています。
データの信頼性の観点でホール測定では印加磁場を反転して、ホール起電圧が反転することを確認することは重要とされています。最近、磁場を反転させなくても同様な効果が得られる相反定理を使用したFastHall™測定技術も開発されていますが、この技術についてご意見ありますでしょうか?
電流をひっくり返して、シグナルがしっかりと反転するのを見る、という意味では原理的には可能な方法なので、サンプルの均一性が今ひとつ、易動度が極端に低い、などの難しいサンプルを測定しない限りは問題ないのではないかと思います。
磁場反転不要で測定時間が短縮できるこの手法は、超伝導マグネットを使用してホール測定を行う場合には有効でしょうか?
場が高ければ検出感度が上がるので、超伝導マグネットを使ってのホール測定で時間短縮を図る、そういう意味では良いのではないでしょうか。
また、超伝導マグネットを使用しない場合でも、デイリーに、サンプルを作ったらとりあえずテスター代わりに使ってみましょう、という場合にも便利なのではないでしょうか。
では、相反定理を使用する場合は、サンプル数が多い場合は便利ということでしょうか?
そうですね。
あとは温度依存性をなるべく細かくとりたい場合、早く測れるとありがたいと思います。
温度を一定に保って、段階的に変化させて測定する場合ではなくですか?
はい。
磁場をかけて、磁場や印加電流が安定するのを待って測定して、温度を変化させて、温度の安定を待って、次の測定をする、というやり方だと待っている時間が長くなります。
そうすると、試料状態の維持や時間的制約から温度を測定する点数が当然減っていきます。
そのため、1回の測定にかかる時間が極めて短ければ、場合によっては、温度はスイープさせっぱなしにして、ホール測定もひたすら繰り返させておいて、温度ステップを細かく評価するようなこともできますね。測定速度のメリットはそういうところにもあるかもしれないですね。
測定温度の間隔が広くなると相転移みたいなのも見落とすリスクがあるけど、点を細かくとれると見落としがなくなりそうな気もしますので、そのような場合、測定が速くなるということにメリットがあると考えています。
相転移の時の特性変化が小さいものだと、ある1点とある1点を測っただけでなんとなくリニアに繋がっているように見えてしまったりするけど、細かく測定すると違っている、ということもあるので速いのは有用でしょうね。
測定器全般について
計測器がコンパクト(一体化)になっていく事についてどう思いますか?
そこは使い道次第かなと思います。測れることがわかっているものを測る場合はコンパクトで速い方が良いと思います。
また、スクリーニングのためのテスターとして使用するならコンパクトな方が良いかなと思います。しかし、本当に測れているのか?これはノイズを見てしまっているのではないか?と悩むような測定の場合は、電圧計、電流計などの基本的な計測器を組み合わせた装置の方が安心かもしれないですね。
あとは他の装置との連動がどれくらい出来るか、というのも重要だと思います。温度コントローラは手元にあるこれを使いたい、光学コントロールはこれでやりたい、何かのシグナルと同期させたい、というような場合には、自前のソフトウエアを作って制御してゆくことになるので、自作のソフトウエアとの連携をとりにくいパッケージ物だと使いづらい、という点もあります。
ただパッケージ物は一般的に接続ケーブル由来のノイズを拾いにくいという利点もありますよね。
ホール測定が先生のご研究に役に立っているところはありますか?
サンプルを作製して抵抗が低くなりました、となった場合、それは移動度が良くなったのか、キャリア濃度が高くなったか、というのは極めて基本的な情報で、それがないと次どっちに進むべきか判断できないこともあるので、抵抗を測っただけでは物足りない部分があって、ホール効果を測らないとなんだかわからないという部分はあります。
また、ホール効果を測るとサンプルの不均一みたいなのも見えてくることがあります。仮に良いサンプルができたと思って、ホール測定にかけたら全然ダメな測定結果がでたとします。
測定としては意味がないものになるけど、この意味がない結果が出るおかげで、サンプルの不均一に気づくこともあります。
そういう意味では測れるだけ測った方がいいと思っています。今は冷凍機をつけて寒剤の補給を行わなくても使えるので、とりあえず先ずはサンプルを取り付けて測定してみましょう、という雰囲気で測定しています。
例えば、半導体サンプルに不均一性があると、温度を下げれば下げるほど見かけ上のキャリア濃度が上がっていく、という変なことが見えたりして、結晶成長がダメだね、とか、表面が変質しているかもしれないね、とかいろいろな推定ができくるので、またモノ作りの上で、ホール測定の結果は重要になっています。
サンプルを測ってわかったことをフィードバックしてその情報を元に作製方法を変えてみようなどということですか?
はい。更に別の測定方法で特性を深掘りするきっかけになったりもしています。
ホール測定を行う上での注意点やアドバイスがあればお願いします
まずは装置の限界をちゃんとわかっておくことが1番大事ですよね。
高い抵抗を持ったサンプルを測ろうとした場合、測定装置がそれに見合うだけの入力インピーダンスを持っているかとか、時間がかかる測定だったら、その時間範囲内でばらつきが生じないだけの機器安定性があるか、など、もろもろをわかった上で測定しないと、間違えたデータを出してしまうことがあり得ますよね。
また、1つのデータだけから結果を導き出すのは怖いですね。
ホール測定で何か注目すべきデータがわかった時に、複数、最低でももう1つ何か別の測定で、その原因や効果に関わることなど、何かそれを支持するデータがとれていれば、整合性があって結論に間違いがないな、ということになります。電気抵抗だけで何の変化が起きた、と決定するよりは、ホール効果測定までやった方が信頼性や論理性が高くなりますよね。
例えば、添加物を加えて電気抵抗が変わったとしても、その現象が必ずしも添加物を加えたことが直接的な原因でないこともあるので、別のアプローチでもう1つ以上データを取って整合性を見ることが重要だと思います。
比較的よくわかっているサンプルを測るときはまだよいけれど、新材料開発などの際は特に裏付けを得ることが必要であるように思います。
今後の半導体研究に対する展望とそれに向けた物質・材料研究機構の取り組みについて教えてください
再生可能エネルギーという視点は人類存続のための研究テーマの一つだと思うので、そういう意味ではエネルギー関係の材料研究は今後も重要課題の一つだと思っています。
なので、半導体関係でいえば、鉛の入っていないペロブスカイト系太陽電池の性能を上げようとしていたり、薄膜太陽電池でも今よりも性能を上げようと努力をしたりとか、再生可能エネルギー絡みの半導体というのは物質探索、既存材料の高性能化を含めて続いていくのだと思います。
あとは、先ほどお話したグリーンギャップの克服、というようなより高効率のデバイス製造は半導体においては大きなテーマなので、今後も続いていくんだろうと思います。
あとは自動運転とかそういう用途でセンサーなどそのあたりの分野の半導体が膨らんでいくかというのも、僕自身は市場や政策のデータを多くは持っていないので詳しくはわからないですが、大きなモチベーションになるのではないかと考えています。
パワー半導体はこのまま進んでいくんでしょうけど、どちらかというと周辺材料の方が難しいと聞きます。周りに置くコンデンサやインダクタが温度に耐えられるのか、というのが難しい課題になっているように思います。
センサー用途だと半導体と赤外が一般的でしょうか?
赤外ですかね。カメラも可視光だけではなく、赤外線も含め、赤・緑・青・赤外の4画素にすることで、より正確に物を判別できる様にする方向の開発が進んでいると聞いています。
農水産業の半導体用途が広がるかもしれませんね。センシングの分野ですね。農業も畜産もIT化されていくだろうから、新しい応用が広がるかもしれないですね。
例えば、物質・材料研究機構も農業・食品産業技術総合研究機構と提携・研究協力して豊かで持続発展可能な社会の実現に貢献できるよう努めています。
お忙しい中、インタビューへのご協力ありがとうございました!
取材協力
国立研究開発法人物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点 拠点長 大橋直樹 氏
(併任)国立大学法人九州大学大学院 総合理工学府量子プロセス理工学専攻 教授
(併任)国立大学法人東京工業大学 元素戦略研究センター 特定教授
※ 所属は取材当時の組織名です