ナノ材料における量子ホール効果測定
M81型 ロックインアンプ搭載ソースメジャーユニットの使用

ナノ材料における量子ホール効果測定

Emilio Codecido, PhD, Lake Shore Cryotronics

はじめに

二層グラフェンのようなナノ材料における量子輸送の研究は、量子力学的効果から生じるユニークな現象が観察され、とても注目が集まっている分野となっています。
温度、電場、もしくは磁場を変化させることにより、超伝導 (※1)、磁気秩序 (※2)、電荷密度波(※3)、その他の新規の相関現象のような予期せぬ相転移を含む幅広い挙動を通じて、量子材料の特性を制御することができます。これらの物性の多くは、古典的ホール効果(HE)や量子ホール効果(QHE)のようなメゾスコピック(バルクのような巨視的でもなく、原子レベルな小さなスケールでもなく、その中間的な大きさ)な電気測定技術を用いて特定、特徴付けることができます。
二次元電子ガス(2DEG)システムの材料のなかで、ナノ材料は量子ホール効果 (QHE)が観察されます。QHE領域では、材料系でのエネルギー状態や縮退の研究により、バンド構造に関する有益な知見が得られ、重要な電気的挙動の観察と理解を容易にします。本アプリケーションノートでは、二層グラフェンを使用したランダウ ファン ダイアグラム(Landau fan)などのQHEデータの取得と分析の基礎について説明すると共に、Lake Shore社製 M81型 ロックインアンプ搭載ソースメジャーユニットを使用した量子ホール測定のための新しく尚且つ容易な測定方法について説明しています。

量子ホール効果

量子ホール効果(QHE)は、半導体の異種接合界面などに形成される二次元電子系を低温・強磁場下に置いた時、ホール抵抗にプラトー(plateau)と呼ばれる一定の値を取る領域が出現すると同時に磁気抵抗がゼロになる現象です (※4)。
二次元電子系には、グラフェンのような二次元材料や、GaAs/AlGaAsヘテロ構造のような界面二次元電子ガスが含まれます。強磁場にさらされると、ホール抵抗Rxyはh/νe2の量子化値でプラトーを示します。(ここでνはゼロ以外の整数で、h/e2 = 25812.80745Ω)。これらのプラトーは、磁場の存在下での電子エネルギー準位の量子化によって発現し、その結果、サンプルの境界のバルク電流とエッジ電流にエネルギーギャップが生じます。
Rxyの量子化には、縦方向の抵抗Rxxの消失が伴います。隣接するプラトーの遷移の間に、Rxxはピークを示します。QHEの観測には、一般的に高磁場、極低温、高移動度材料の組み合わせが必要です。さらに、デバイス内の小さな信号の発信源や測定には、高感度な測定機器が必要です。

量子ホール測定用のM81型の配線構成

通常、量子材料は電界および電荷キャリア密度を制御するための上部および/または底部のゲート電極を有するホールバーと呼ばれるデバイスとして作製します。デバイスの自己発熱を避けるために、小さなAC電流励起でチャネルにバイアスをかけ、ロックインアンプを使用して微小なAC電圧応答を検出します。
信号は縦方向および横方向の電圧降下 VxxおよびVxyとして測定され、抵抗RxxおよびRxyに変換されます。著者らのデバイスは、フレークグラファイトの上にh-BN(絶縁性の二次元材料である六方晶窒化ホウ素)でカプセル化された二層グラフェン(BLG)サンプルから構成されており、これはDC電圧源でBLGのキャリア密度を制 御するための高品質で均質なゲート電極として使用されます。
また、これらはドープされたSi基板上に厚さ285 nmのSiO2絶縁層の上にあり、ゲート電極として使用されます。下記の測定では、接触抵抗の影響を低減するために、Si基板を2つ目の電圧ソースで4V電圧にゲート制御しています。

図1にM81型モジュールを使用した配線構成を示します。BCS-10型バランス電流ソースは、ホールバーの両端に接続され17Hzで50nAの電流を印加しています。差動電流ソースであるBCS-10型はグラウンド・ループのリスクを排除し、測定を妨害するコモンモード信号の影響を軽減しています (※5) 。縦方向のVxxと横方向のVxyを測定するために2台のVM-10電圧測定モジュールを接続しています。リアルタイムサンプリングにより、VxxとVxyを同期・同時測定することができます。VS-10 電圧ソースモジュール2台は、1つはキャリア密度を調整するためにホールバーの下にあるグラファイトゲート電極に、もう1つは接触抵抗を調整するためにSi基板に接続されています。このデバイスは、ベース温度1.5K、最大磁場9TのLake Shore社製 DryMag™クライオスタット環境で測定されています。

M81型 マルチゲートホールバーデバイスへの配線

M81型 マルチゲートホールバーデバイスへの配線

結果

磁場Bとグラファイトゲート電圧Vgによる縦方向抵抗 Rxxと横方向抵抗 Rxyの変化を観察しています。この測定では、磁場Bを0.04Tずつ増やしながら、Vgを-1Vから1Vまで繰り返し掃引して、VxxとVxyを連続的に取得しています。 図2は、これらのデータを (a)Rxx=Vxx/I 、 (b)Rxy=Vxy/Iとしてプロットしています。ここで数値は色で表され、B(縦軸)とグラファイトゲート電圧Vg(横軸)の関数として表されます。 (a)では、ファン内の濃い青色の低抵抗トレースはh/e2の整数ステップでRxxが消えてRxyがプラトーとなる量子化ホール状態に対応しています。
図3(a)は、0.7Vでの磁場関数として、RxxとRxyのライントレースを示しています。量子化されたh/νe2プラトーとRxx抵抗の消失が現れ、h/4e2で最も顕著となるいくつかの量子ホール状態が観察されます(ここで、hはプランク定数、eは電子の電荷、νは任意の整数です)。 一部のプラトーは熱膨張により十分に観察されません。より高磁場またはより低い温度で、これらの特長が鮮明に表れます。図3 (a)内の挿入図は、充填率ν対1/B をプロットしており、キャリア密度:n と関係式で表されます。キャリア密度については、次の項で説明します。 計測結果

図2. (a) 縦抵抗 Rxxと (b) 横抵抗 Rxyの磁場依存性とゲート電圧依存性を表示したランダウ ファン ダイアグラム

図2. (a) 縦抵抗 Rxxと (b) 横抵抗 Rxyの磁場依存性とゲート電圧依存性を表示したランダウファンダイアグラム

ゲート電圧のキャリア密度への変換

ゲート電圧をキャリア密度に変換することは、量子ホール研究者がよく行う手法の1つです。グラフェンデバイスの場合、ゲートとキャリア密度 nの関係は次の式で表されます。 計測結果

ここで、Cはゲート容量、eは電子電荷、Vgはゲート電圧、Vg0は電荷中性点でのゲート電圧です。Vg0は Rxx 対 Vg のピーク最大値に対応し、この装置では0.078Vであることが分かります。Cを見つけるには、固定したVgでのキャリア密度を決定する必要があります。これには次の2つのオプションがあります。

1. 古典的ホールRxyの使用: 図3(b)に示すように、線形抵抗 Rxy対 B領域における古典的ホール効果を利用して、キャリア密度を決定することができます(※6)。 下記の関係式(ここで、RHは線形領域におけるRxy対Bの傾き)を使用すると、0.7Vで nH=9.51×1011cm-2が得られます。

計測結果

2. 量子ホールRxxの使用: QHEを使用してキャリア密度を決定することもできます。今回は代わりに縦方向抵抗 Rxxを使用します。Rxx最小値とBからの対応する充填係数をプロットすると(図3(a)の挿入図に示すように)、線形近似により次の値に対応する41.490 m2の傾きが得られます。

計測結果

これから0.7Vにおけるキャリア密度 nQH=1.05×1012 cm-2が導き出されます。これは古典的なホール効果を使用して算出された値と誤差5%以内で一致します。nQH値から、ゲート容量はC=258 nF/cm2と計算され、図4(a)の上下のX軸に示すように、ゲート電圧をキャリア密度に容易に変換することができます。

図3

図3. (a) 0.7V の一定ゲート バイアスにおける磁場の関数としての Rxx と Rxy。 Rxy の QHE プラトーと消失する Rxx を示します。 赤い破線は、h/νe2 量子化値で表した Rxy 抵抗を示します。 挿入図は、ランダウ準位充填係数 ν 対 1/B の線形関係を示しています。 (b) 線形古典ホール効果領域の Rxy 対 B の線形フィット。

エネルギー状態と縮退

図4(a)では、Rxx と Rxy を抵抗率 ρxx(ここでWとLはホールバー チャネルの幅と長さ)と横方向のコンダクタンスσxy(下記の式参照)に変換し、それらをキャリア密度に対してプロットします。計測結果

コンダクタンスのプロットから、プラトーは 4e2/hの整数ステップ間隔で現われることが見て取れます。エネルギー状態の間隔から、単一粒子の電子バンド縮退についての洞察が得られます。二層グラフェンの場合、ほぼすべてのステップの間隔は4e2/hで、スピンと谷の対称性から生じている4重のエネルギー縮退を示しています(※7)。
例外は密度がゼロの場合です。プラトーは-4および4 e2/hから変化します。つまり、最低のランダウ準位の軌道縮退から生じる8重縮退を示します。より高い磁場では、ゼーマン効果と電子間相互作用の組み合わせにより、すべての縮退が分割され(※8)、図4(b)に示すようなe2/hの整数ステップが生じます。最先端の品質の二層グラフェンデバイスで報告されているように、磁場をさらに高くすると、分数量子ホール効果(FQHE)が見られるようになります(※9)。

図3

図4. (a) B = 2T における 4e2/h のステップを強調した、ゲートからキャリア密度への変換後のρxxとσxy対キャリア密度。 (b) B = 6T における e2/h のステップを強調した 2T および 6T の場合のσxy対キャリア密度。

ホール、電界効果、量子移動度の測定

ここでは、それぞれがデバイスの品質を示す有用な指標となる3つの移動度の一般的な測定方法を説明します。これらの指標が20~30%異なることは珍しくありません。

1.ホール移動度

計測結果

ホール移動度は、古典的なホール効果を使用して、低B領域のホール抵抗 RH(下記の式参照)を測定し、B=0での抵抗率ρxxで割ることによって計算できます。

計測結果

このパラメータは、面内電場に対する物質の応答を測定し、拡散領域内のバルクや薄膜金属および半導体のいずれに対しても最も一般的に用いられる指標です。

2.電界効果移動度

計測結果

移動度は、導電率σ(B=0)対キャリア密度n の変化を見ることによって、電界効果測定から推測することもできます。

計測結果

この指標は、電荷密度の増加に対するコンダクタンスの応答を測定しており、量子キャパシタンスやバンドエッジなどの影響が含まれる場合があります。電界効果移動度は、拡散領域および準バリスティック領域の薄膜半導体および半金属に最も有用な指標です。

3.量子移動度

計測結果

ここでBcは、量子振動が見える最小のB場として定義されます。たとえば、図5(b)では、0.1T付近で振動が見られるため、μQ~ 100,000 cm2/V・sの周りで振動が見えます。量子移動度は、1000 cm2/V・sを超える移動度の2DEG(二次元電子ガス)の大まかな特性評価をする際によく使用されます。

計測結果

図5. (a) 古典的ホール効果と電界効果から計算された移動度対キャリア濃度。 (b) n=8.4×1010cm-2 (Vg=0.13V) での量子ホール振動-約0.1Tで始まる振動を示しています。

おわりに

量子材料の研究は、新しい技術を開発する道を提供するだけでなく、科学的理解を進めるためのプラットフォームも提供します。
このアプリケーションノートでは、二層グラフェンサンプルを使用してランダウ ファン ダイアグラムを取得するためのM81型システムを使用して測定を行い、ゲート電圧をキャリア密度に変換し、エネルギー状態の縮退を導き出し、移動度を求める正準データ解析を行いました。
低ノイズで便利なオールインワンのAC+DCソースやDC+ロックイン測定を提供するM81型は、量子ホール効果やマルチゲート電気輸送測定を含む多くの輸送測定に適した計装ソリューションです。

謝辞

Lake Shoreは、サンプルの提供と貴重な議論について、オハイオ州立大学物理学科のXueshi Gao教授とChun Ning (Jeanie) Lau教授に感謝します。

参考文献

※1. Y. Cao, V. Fatemi, S. Fang, K. Watanabe, T. Taniguchi, E. Kaxiras, and P.Jarillo-Herrero, “Unconventional superconductivity in magic-angle graphene superlattices,” Nature. 556, 43 – 50 (2018).
※2.B. Huang, G. Clark, D. R. Klein, D. MacNeill, E. Navarro-Moratalla, K. L. Seyler,N.Wilson, M. A. McGuire, D. H. Cobden, D. Xiao, W. Yao, P. Jarillo-Herrero, and X.Xu, “Electrical control of 2D magnetism in bilayer CrI3,“ Nat. Nanotechnol.13, 544 – 548 (2018).
※3.L. Stojchevska, I. Vaskivskyi, T. Mertelj, P. Kusar, D. Svetin, S. Brazovskii, and D.Mihailovic, “Ultrafast switching to a stable hidden quantum state in an electronic crystal,” Science. 344, 177 – 180 (2014).
※4.K. V. Klitzing, G. Dorda, and M. Pepper, “New method for high-accuracy determination of the fine-structure constant based on quantized Hall resistance,” Phys Rev Lett. 45, 494 – 497 (1980).
※5. J. R. Lindemuth and E. A. Codecido, “A practical guide to minimizing the effect of common-mode noise interference in low-temperature applications,” LakeShore Cryotronics (2022).
※6.J. R Lindemuth, Hall Effect Measurement Handbook, Lake Shore Cryotronics (2020).
※7.K. S. Novoselov, E. McCann, S. V. Morozov, V. I. Fal’ko, M. I. Katsnelson, U. Zeitler,D.Jiang, F. Schedin, and A. K. Geim, “Unconventional quantum Hall effect and Berry’s phase of 2π in bilayer graphene,” Nat. Phys. 2, 177 – 180 (2006).
※8.Y. Zhao, P. Cadden-Zimansky, Z. Jiang, and P. Kim, “Symmetry breaking in the zero-energy Landau level in bilayer graphene,” Phys. Rev. Lett. 104, doi:10.1103/PhysRevLett.104, 66801 (2010).
※9.J. I. A. Li, C. Tan, S. Chen, Y. Zeng, T. Taniguchi, K. Watanabe, J. Hone, and C.R.Dean, “Even-denominator fractional quantum Hall states in bilayer graphene,”Science. 358, 648 – 652 (2017).

多ch同期 ロックインアンプ搭載 ソースメジャーユニット M81型(別ウィンドウ・外部リンク)

M81型は、従来のDC測定に加え ロックインアンプによる高感度 I-V抵抗測定、微分コンダクタンス測定を行える最新のソースメジャーユニットです。
電圧感度:nV、電流感度:10fA、6端子までの同期測定が可能です。ソフトウエアオプションにより 印加電圧/電流スイープや、温度、磁場制御も可能になります。半導体、超伝導、量子・スピン、二次元、熱電など 先端デバイスの評価に最適です。

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