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- ・8600型VSMを用いた温度可変微小モーメント測定
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- ・電気計測-今さら聞けない5つの落とし穴-
- ・太陽電池、光検出デバイスの外部量子効率特性の高感度・高速測定
- ・FIR vs. IIR ロックイン測定高速化のためのフィルタリング
- ・ナノ構造材料の微小信号測定の信頼性を上げる新たなアプローチ
- ・コモンモードノイズ干渉の影響を最小限に抑えるための実用的なガイド
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- ・M81型機能紹介④ 1台でDC+ACロックイン測定
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- ・M81型機能紹介② オートレンジでのロックイン測定 その1
- ・M81型機能紹介① ロックインアンプとは
- ・極低温プローブステーションにおける微小電流測定で考慮すべき点
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- ・VSM/AGMの原理・特長と磁性材料の評価
- ・ACホール測定の原理
- ・半導体の性能を測定する・新開発ホール測定システムレジテスト8400について
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- ・高効率太陽電池をになう~キャリア濃度と移動度の測定~
コラム
【野崎隆行 博士、山本竜也博士 】(3)電圧制御型磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)開発に向けた物性評価技術
半導体業界におけるSDGsの取り組みの一つとしてIT機器の更なる低消費電力化のために電力を消費せずに情報維持が可能な不揮発性メモリの開発が進められています。その技術の一つである磁気抵抗効果を用いたメモリ(MRAM)において消費電力の低減が可能なことで期待を集めている電圧制御方式(VC-MRAM)について、研究・開発を行われている国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)新原理コンピューティング研究センターの研究チーム長 野崎隆行博士と研究員 山本竜也博士にご研究と評価技術について詳しくお話をうかがいました。
*ご所属・肩書は取材当時のものです。
向かって左:野崎隆行博士 向かって右:山本竜也博士
山本竜也博士:極薄磁性体膜の磁気特性評価(量産装置で成膜された薄膜を主体に)
Chapter1:基礎研究から量産化へ向けての最初の試み
--基礎研究から量産化へ展開するための最初の試みをご紹介いただけませんでしょうか。
グループ内で分子線エピタクシー(MBE)によって製造された単結晶膜で良い特性が得られた構造を参考に、量産スパッタ成膜装置による多結晶膜でも同様にIrをドープしてみることにしました。その際に300mmウェハ上でベース構造として使っていたのがTaバッファー層の上にCoFeB層、その上にMgO層とキャップ層が重なった構造です。このCoFeB層とMgO層の間にIrを同じように挿入することでVCMA効率が大きくなるのではないかと期待していました。しかし結果は、磁気異方性は大きくなるものの残念ながらVCMA効率はあまり改善しないという内容でした。
- ●参考文献
- T. Nozaki et al. NPG Asia Mater. (2017)
- https://www.nature.com/articles/am2017204
アモルファス磁性合金であるCoFeBと結晶性のMgOを使用するのが量産スパッタ装置を使った実験で最も一般的なアプローチです。この材料の組み合わせのメリットは、成膜後の熱処理でMgO結晶との界面からCoFeBを単結晶状に結晶成長させることができ、それにより良好な特性が得られる点です。バッファー層のTaは平坦化しやすく、CoFeBの結晶化を促進しやすいことからよく用いられています。ただし、こうした多結晶膜において顕著な問題として、熱処理に伴う原子の拡散が挙げられます。Taは高融点材料ですので、基本的には原子拡散を起こしにくい材料ではあるのですが、私たちが作っているCoFeB層は膜の厚みが1nmを切るような極薄膜ですので、わずかな原子の拡散で特性に大きな影響が出てしまいます。
このような原子拡散の影響を抑えるため、もう一層のMgOを拡散バリア層として追加した、MgO/CoFeB/MgO積層膜を新たなベース構造として開発を行っています。
Chapter2:新しいベース構造を用いた試み
--MgO/CoFeB/MgOをベース構造とした新たな試みについて教えていただけますでしょうか?
この試みは実際には結構難しいのです。下が従来のベース構造の磁化曲線で、赤線が面直方向、黒線が面内方向に磁界を印加した場合の結果です。面直方向では小さな磁界でシャープに磁化が飽和し、面内方向では線形的にまっすぐ飽和していくような傾向が見えています。これが理想に近い綺麗な垂直磁化膜の磁化曲線です。
一方で、新たなベース構造であるMgO/CoFeB/MgOで同じ測定をしてみると、面内と面直で測定した結果がほぼ重なり合ってしまっています。磁化曲線の形状自体も丸まっていて飽和磁界も不明瞭な、言ってしまえば「汚い」磁化曲線となっています。実際、作製した膜の断面TEM観察を行ってみるとMgO/CoFeB/MgOのそれぞれの界面がほとんどわからない状態で、さらにEDXで元素分析してみるとCoFeBが粒成長や縞状成長してしまっていることがわかりました。これはMgO上のCoFeBの濡れ性が非常に悪い(=拡がりが悪い)ために、コロコロとした玉状に成長してしまった結果を示しています。
- ●参考文献
- T. Yamamoto et al. Acta Materialia, 216, 117097 (2021)
- https://doi.org/10.1016/j.actamat.2021.117097
ここで取り組んだのが、MgOの上に極薄くTaを成膜して、その上にさらにCoFeBを成膜する手法です。原子拡散の影響を最小限に抑えるよう、数Å程度まで薄くしたTaを濡れ性改善層として使いました。
- ●参考文献
- T. Yamamoto et al. Acta Materialia, 216, 117097 (2021)
- https://doi.org/10.1016/j.actamat.2021.117097
作製した試料の磁化曲線見てみると、わずか2ÅのTaを挿入した時点で完全に垂直磁化し、面内方向の磁化曲線もシャープになっています。Taの膜厚を3、4、5Åと膜厚を増やしていくと、さらに異方性が改善するという傾向も見られています。実線、点線がそれぞれTa 5Å挿入時および従来のTa/CoFeB/MgO構造のデータなのですが、新構造では従来の構造にくらべて飽和磁化が大きく、なおかつ異方性磁界も大きくなっています。これはTaの拡散抑制の影響だと思われます。 前掲のTEMによる分析結果を見てみても、3Å=約1原子層(ML)のTaを挿入することで明らかに平坦性が改善していて、従来のTa/CoFeB/MgOとほぼ同等の平坦性が得られるということが分かりました。 なお、Taは最先端のMRAMや半導体プロセスでも一般的に使用される材料で、今回開発したベース構造において特性改善のために必要なTaは極微量で済むので、量産化した際のコスト上昇等の影響はほとんどないと考えています。
微細素子を作製し、二端子測定によるVCMA効率も評価しています。ここで緑の矢印で示しているのが垂直磁気異方性とVCMA効率が最大化されるTa膜厚です。例えば、新構造でTaの膜厚を5Åとすることで従来構造よりも大きな垂直磁気異方性が得られています。VCMA効率に関しても、Taの拡散の影響が抑えられたことに加えて十分な平坦性も実現できたことにより、最大で2倍弱の効率改善が得られています。
Chapter3:量産化のための材料開発の指針
--ご研究から得られた量産化への材料開発の指針を教えていただけませんでしょうか。
1つ目の指針として、磁気異方性とVCMA効率の改善に向けて、「磁性層の平坦性」と「結晶性」を改善し、なおかつ「不要な原子拡散を抑える」ことが重要となります。本来、これら3つの要素を正しく評価するためには断面TEMなどの微細組織観察が不可欠ですが、微細組織観察は高度で専門的な実験機器と技術を必要とし、評価に時間もかかることから、すべての試料について観察を行うことは非現実的です。そこで、飽和磁化や飽和磁界などの磁気特性からある程度微細組織を推察し、高速に試料をスクリーニングすることが重要となります。
この磁気特性評価には私たちは主に振動試料型磁力計(VSM)を用いています。VSMに求められる仕様は、膜厚が1nm程度の非常に薄いCoFeBの存在の有る無しがわかるだけでは当然不十分で、磁化過程を定量的に再現性良く評価できなくてはなりません。さらに、量産成膜装置で大量に生産される試料を高速にスクリーニングできるよう、高速な磁界制御により測定時間を短縮する必要があります。磁化測定確度と高速な磁界制御という性能はVSMでは相反することが多いのですが、装置や測定技術の進化により、最新のVSMではこれら2つの性能が高い水準で達成されており、私たちの研究を支えています。
- ●参考文献
- T. Yamamoto et al. Acta Materialia, 216, 117097 (2021)
- https://doi.org/10.1016/j.actamat.2021.117097
2つ目の指針は、書き込みエラー率に影響する磁気ダンピングの低減です。量産化へ向けての研究でも磁気ダンピング改善にも取り組んでおり、その測定に用いているのが産総研の田丸慎吾博士らが開発したVNA-FMRです。
- ●参考文献
- Y. Shiota et al., APEX, 9, 013001 (2016)
- https://iopscience.iop.org/article/10.7567/APEX.9.013001/meta
これは名前の通りVector Network Analyzerを超伝導電磁石に取り付けた強磁性共鳴(FMR)測定プローブに接続した装置です。2軸のステッピングモーターによって試料を回転させることで、試料に対して任意の角度に磁界を印加してFMRの測定ができます。この装置はVNAを使ったブロードバンド測定が可能な装置としては世界最高レベルの信号感度を持っていて、膜厚1nm以下の超薄膜磁性体のFMRを測ることができます。右の図はSTT-MRAMに使われる記録層のFMR測定例なのですが、スペクトル形状を解析するのに十分なS/Nで測定できています。
磁気ダンピングの低減に関する成果をご紹介します。こちらは先ほど野崎博士から紹介させていただきました300mmウェハに対応する量産スパッタ成膜装置ですが、この装置の特長は基板の温度を100Kまで冷やして成膜できることです。低温で成膜した場合、同じ材料を使っても室温で成膜した場合と異なる特性が得られることがあります。具体的には、平坦性の改善や原子拡散の抑制の他、結晶性の材料がアモルファス化されたりします。
実際に、この装置で作製したCoFeB薄膜において室温成膜と低温成膜の場合を比較した結果、低温成膜によりFMRスペクトルの線幅が明らかに細くなるということがわかりました。この結果はCoFeB薄膜の平坦性や均質性の改善を示唆しており、低温成膜が磁気ダンピング改善に効果的であることを示しています。現在、磁性層材料に加えてトンネル障壁層材料も変えながら同様の評価を進めており、量産化プロセスにおける材料設計に生かしています。
- ●参考文献
- A.Sugihara et al. Appl. Phys. Exp. 16, 023003 (2023)
- https://doi.org/10.35848/1882-0786/acbae1
取材協力
国立研究開発法人産業技術総合研究所 新原理コンピューティング研究センター
不揮発メモリチーム 研究員 山本 竜也 博士
※ 所属・肩書は取材当時のものです
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