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コラム
永久磁石材料の最新評価法~FORC解析~
本記事の内容は、発行日現在の情報です。
製品名や組織名など最新情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。
はじめに
高性能永久磁石材料はモータや発電機における電力- 動力変換に欠かせない、つまりエネルギー変換のキーマテリアルとして、今日の社会生活を支えています。特に、近年は自動車の電動化への動きが急加速しており、自動車用モータへの需要が高まっています。自動車用モータ用途では、150~200℃の高温環境下での使用となり、高温領域での磁石特性が極めて重要となります。しかしながら、現在主流の高性能永久磁石であるネオジム磁石は高温領域で急速に磁石特性が低減してしまうことが重大な課題であり、高温特性の改善に向けて添加元素効果や組織制御など、非常に多くの取り組みが進められています。
磁化反転a)の観点から考えると、この高温領域での磁石特性劣化は高温で磁化反転が起こりやすくなっていることを意味しています。つまり、磁化反転の起こりやすさに関するメカニズムが分かれば、それに対してさまざまな対策をとることも十分に可能となります。しかし驚くことに、磁化反転は磁性材料の最も基本的な現象の一つであるにもかかわらず、永久磁石材料の磁化反転メカニズムはこれまで理解が十分には進んでいませんでした。これは、バルク磁石内部でどのような磁化反転が生じているのかを物理的に計測する手段がないことが原因で、従来はヒステリシス測定により得られた磁化曲線の形状などからメカニズムを推察するしかありませんでした。
このような状況に対して、First-order Reversal Curve (FORC)測定を行えば、磁化反転過程を可視化することや、磁性材料の特徴をより定量的に把握することが可能になります。
FORC解析
FORC 測定は、図1のように減磁曲線に沿った磁場Hrを始点とするマイナー磁化曲線を磁場H の関数として逐次取得することにより行われます。各データ点M に対してH、Hr による2 階微分=
2M/
Hr
Hを施し、図2のように(H,Hr)平面上にプロットしたものがFORCダイアグラムと呼ばれています。この計測は(H,Hr)平面において図2の青三角形全領域にわたって白矢印で示すような磁場掃引を繰り返し行うことに対応しており、ヒステリシス曲線の内側領域での磁化をマッピングすることができます。さらに
の定義より、FORCダイアグラムは不可逆磁化率の変化を磁場平面で可視化したもの、と見なすことができます。
FORC解析そのものは以前から知られていた手法ですが、これまではプライザッハモデルと呼ばれる単磁区b)微粒子の集合組織をモデル化した理論に基づいた解析が行われてきました1)。しかしネオジム焼結磁石では、後述するようにその磁化過程において多数の多磁区b)粒子の存在が確認されることから、プライザッハモデルに基づいた解析をそのまま適用することはできません。そこで過去に報告されているネオジム焼結磁石のFORCダイアグラムも含めて多数調べてみると、磁石内部での磁化反転に対応した特徴的なパターンが現れていることが分かってきました2)-4)。
図1:FORC測定の概略図
図2:FORCダイアグラムの概略図
ネオジム焼結磁石のFORCダイアグラム
我々が測定したネオジム焼結磁石のFORCダイアグラムの一例を図3に示します。測定温度は室温です。特徴として、赤線で囲った低磁場領域と青線で囲った高磁場領域にそれぞれスポットパターンが見られます。同様のスポットパターンは、メーカーや磁気特性が異なるネオジム焼結磁石でも確認されており、広くネオジム焼結磁石に共通した特徴であるということが分かっています。
同じ試料を200℃で測定したFORCダイアグラムを図4に示します。この場合も同様に、赤線と青線で囲った二つのスポットが確認できますが、室温では高磁場スポットが優勢であったのに対して、高温では低磁場スポットが優勢となっていることが分かります。つまり、高温での磁石特性劣化は、低磁場スポットに対応する磁化反転が強く関与していることが想定されます。
それぞれのスポット位置から考察すると、高磁場スポットは保磁力近傍での不可逆磁化率の大きな変化に対応していることが分かります。一方、低磁場スポットはゼロ磁場近傍で不可逆磁化率の大きな変化が生じていることを示しています。
図3:室温でのネオジム焼結磁石のFORCダイアグラム
図4:200℃でのネオジム焼結磁石のFORCダイアグラム
SPring-8での観察結果とFORCダイアグラムとの相関
FORCダイアグラムにおける低磁場領域と高磁場領域でのスポットパターンがどのような磁化反転過程に対応しているのかを明らかにするために、実際の試料の磁区観察を行いました。試料の観察には、大型放射光施設SPring-8で開発された超高空間分解磁気イメージング装置を用いました。この装置は、空間分解能が100nm以下と超高性能であるのに加え、試料の鏡面研磨を必要としない軟X線吸収法という測定手法を用いています。そのため、研磨ダメージの影響を受けない試料を超高分解能で観察することができます。今回、超高真空下で試料を破断させ、試料表面の観察を行いました。
図5に低磁場スポットおよび高磁場スポットにおける磁区の変化の結果を示します。図中の赤線と青線は、それぞれFORCダイアグラムの低磁場スポットと高磁場スポットに対応する、Hrを始点とするマイナー磁化曲線となっており、赤丸および青丸のポイントにおいて磁区の観察を行いました。その結果、青丸で示した高磁場スポットでは、単磁区での磁化反転が支配的であることが分かりました。一方、赤丸で示した低磁場スポットでは、多磁区粒子での磁化反転が生じていることが分かりました。
この観察結果とFORCダイアグラムパターンとの相関を考察します。ネオジム焼結磁石では、Hr の低い減磁過程c)前半において多磁区粒子が生成されており、それがFORCダイアグラム上の低磁場スポットとして現れています。一方、 Hr の高い減磁過程後半では多磁区粒子が消失し、単磁区粒子の磁化反転が支配的となり、FORCダイアグラム上の高磁場スポットとして現れます。さらに、高温領域ではFORCダイアグラムで低磁場スポットが主となっていることから、多磁区粒子による磁化反転が支配的となっていることが分かり、多磁区粒子の磁化反転が高温領域における磁石特性劣化と強い相関があることが分かりました。
図5:SPring-8で測定したネオジム焼結磁石の磁区像。青領域ならびに赤領域は、それぞれ下向き磁化、上向き磁化に対応。
FORC測定の応用
今回紹介したネオジム焼結磁石の他に、高温特性に優れたネオジム熱間加工磁石では、高温においても低磁場スポットは生じておらず、単磁区の磁化反転が支配的であることが分かっています3)。このように、FORCダイアグラムのパターンを調べることにより、磁化反転のメカニズムについて理解し、さらなる磁石性能の向上につなげることができると考えています。
さらに、低磁場スポットならびに高磁場スポットの場所や広がりを調べることにより、多磁区粒子や単磁区粒子の反転磁場ならびにその分散の定量解析など4)、さらに詳細な磁化反転過程に関する情報を得ることができます。
おわりに
FORC解析は、従来、単磁区微粒子集合組織をモデル化した理論で行われており、岩石磁気学などの分野では多くのデータが蓄積されています。しかしながら本稿で述べた通り、永久磁石材料ではこの解析をそのまま適用することには問題があります。むしろ、 の定義に基づいてFORCダイアグラムを丁寧に調べることにより、スポットパターンが磁石内部での多磁区/単磁区粒子の磁化反転に対応したものであることを明らかにすることができました。さらに高温領域での磁石特性劣化要因として、多磁区粒子が関与していることも分かりました。今後は、さまざまな磁石特性を有する磁石試料に対してFORCダイアグラム測定を実施し、それらのパターン形状から判断される磁化過程の可視化に加えて、各スポットの場所や広がりを定量的に解析することで、それぞれの磁石試料の特徴をより詳細に定量的に把握することができます。
FORC解析が永久磁石評価の重要なツールとして、高性能磁石開発に貢献できるものと期待しています。
参考文献
1) C.R. Pike et al., J. Appl. Phys. 85, 6660-6667 (1999)
2) K. Miyazawa and S. Okamoto et al., Acta Mater. 162, 1-9 (2019)
3) T. Yomogita and S. Okamoto et al., J. Magn. Magn. Mater. 447, 110-115 (2018)
a) 磁化反転:磁石のN極とS極が反転すること。
b) 磁区:磁石の中でN極とS極の方向がそろっている小さな領域。一つの磁区からなる粒子を単磁区粒子、複数の磁区からなる粒子を多磁区粒子と呼ぶ。
c) 減磁過程:磁石の磁化とは逆向きの磁場を印可し、磁化反転が起きる過程のこと。
筆者紹介
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東北大学多元物質科学研究所 准教授
岡本 聡
1997年、東北大学大学院工学研究科後期課程修了、博士(工学)。同年、東北大学科学計測研究所 助手を経て、2007年4月より現職。
- 磁気測定
- ・磁気測定アプリケーション
- ・磁気測定方法
- ・ガウスメータ
- ・磁気測定全般
- 低温測定
- ・温度センサー
- ・温度コントローラ・モニタ
- ・その他(低温測定)
- ・極低温プローバー
- ・低温測定全般
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