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技術資料
コモンモードノイズ干渉の影響を最小限に抑えるための実用的なガイド
J. R. Lindemuth and E. A. Codecido, Lake Shore Cryotronics
目次
はじめに
M81型 ロックインアンプ搭載SMUの電流源モジュールBCS-10は、「真の平衡電流源」です。他のほとんどの商用電流源は、シングルエンド・タイプの電流源で、そのLo側 (電流リターン)は、測定グラウンドに接続されるように設計されています。電流源に接続されている測定器から見ると、シングルエンド・タイプの電流源のHi側とLo側ではインピーダンスが異なるため、コモンモード信号が生成されます。このコモンモード信号は、測定器のプリアンプで差動信号に変換され、測定誤差が生じます。
BCS-10モジュールは、Lake Shore社がモデル370および372交流抵抗ブリッジで採用した平衡電流源での知識・経験に基づく技術を使用しています。コモンモード除去(CMR)機能と組み合わせると、平衡電流源は、多種多様なアプリケーションにおいて、さらなる精度とノイズ低減を提供します。このアプリケーションノートでは、M81型/BCS-10モジュールのCMR機能の利点と、その最適な使用方法について説明します。
BCS-10モジュールは、「外部CMR入力」という、モデル372ブリッジにない新しい機能を搭載しています。「外部CMR入力」は、通常VM-10電圧測定モジュールと組み合わせて使用され、精度を向上し、測定ノイズを低減します。まず、理想的な差動増幅器の振る舞いと、現実の差動増幅器でコモンモード信号がどのように影響するかについて、簡単にレビューを行います。
差動増幅器とコモンモード信号
図1 CMR=∞の理想的な作動増幅器
理想的な差動アンプは、入力が同じ電圧であれば出力がゼロになります。この場合、コモンモード除去比(CMRR)は無限大となります。
図2 CMR=n dBの現実の差動増幅器
現実の差動アンプのコモンモード除去比は有限で、入力が同じ電圧であっても出力はゼロになりません。CMRRは通常dBで指定され、20log(VCM/Vout)で計算されます。
図3 差動入力、同相信号、有限CMRRを持つ 実際の差動増幅器
測定対象の信号は差動入力(Vdiff)であり、実際の差動増幅器の出力は次のようになります。
𝑉𝑜𝑢𝑡 = 𝐴 𝑉𝑑𝑖𝑓𝑓 + 10-𝑛/20 𝑉𝐶𝑀
シングルエンド・タイプの電流源と、差動電流源および「BCS-10差動電流源+外部CMR」の比較
シングルエンド・タイプ電流源 電流リターンを測定グラウンドに接続
図4では、R1とR3は電流源からDUT(R2)へのリード抵抗を表しています。また、抵抗R1cおよびR3cは、DUTへの接続の接触抵抗を表します。接触抵抗はリード抵抗と直列であり、常にリード抵抗に加算されます。多くの場合、接触抵抗はリード抵抗よりもはるかに大きくなる可能性があります。例えば、グラフェンへの接点は、1000Ω以上の接触抵抗を有することがあります。
図4 シングルエンド・タイプの電流源
抵抗R4およびR5は、差動増幅器への接続(電圧計への入力)のリード抵抗を表します。差動増幅器の入力は無限大であると仮定されているため(低周波測定の場合)、これらの抵抗には電流が流れません。結果、R4・R5での電圧降下はゼロとなり、これらの抵抗の影響は無視することができます。
ループでのキルヒホッフの法則から、差動電圧とコモンモード電圧について解くと、下記のようになります。
𝑉 = 𝐼(𝑅1 + 𝑅1𝐶 + 𝑅2 + 𝑅3 + 𝑅3𝐶)
𝑉1 = 𝑉 - 𝐼(𝑅1 + 𝑅1𝐶)
𝑉2 = 𝑉 - 𝐼(𝑅1 + 𝑅1𝐶) - 𝐼𝑅2
𝑉𝑑𝑖𝑓𝑓 = 𝑉1 - 𝑉2 = 𝐼𝑅2
𝑉𝐶𝑀 = (𝑉1 + 𝑉2)⁄2 = 𝑉𝑑𝑖𝑓𝑓⁄2 + 𝐼(𝑅3 + 𝑅3𝐶)
平衡差動電流源の内部CMRモード
シングルエンド・タイプ電流源を差動電流源に置き換えると、コモンモード信号を減らすことができます。(図5) 差動電流源は、内部フィードバックを使用して、2つの電流源のコンプライアンス電圧を等しくかつ正負逆に保ちます。これは、図5でV/2および-V/2と表記されています。
図5 差動電流源、内部CMR
R1+R1C=R3+R3cの場合、回路は対称となり、コモンモード信号はゼロとなります。ただし、実際にこれを達成するのは非常に難しいです。
この回路では、接地は2つの電流源の間に来ます。上側の電流源は電流Iを出力し、下側の電流源は同じ電流を吸引しています。
電流を出力・吸引するために必要な電圧は、それぞれV/2および-V/2です。キルヒホッフの法則を解くと、次のようになります。
𝑉1 = 𝑉⁄2 - 𝐼(𝑅1 + 𝑅1𝐶)
𝑉2 = - 𝑉⁄2 + 𝐼(𝑅3 + 𝑅3𝐶)
𝑉𝑑𝑖𝑓𝑓 = 𝑉⁄2 - 𝐼(𝑅1 + 𝑅1𝐶) - (- 𝑉⁄2 + 𝐼(𝑅3 + 𝑅3𝐶)) = 𝑉 - 𝐼(𝑅1 + 𝑅1𝐶 + 𝑅3 + 𝑅3𝐶) = 𝐼𝑅2
2𝑉𝐶𝑀 = 𝑉⁄2 - 𝐼(𝑅1 + 𝑅1𝐶) + (- 𝑉⁄2 + 𝐼(𝑅3 + 𝑅3𝐶)) = 𝐼((𝑅3 + 𝑅3𝐶) - (𝑅1 + 𝑅1𝐶))
𝑉𝐶𝑀 = [𝐼((𝑅3 + 𝑅3𝐶) - (𝑅1 + 𝑅1𝐶))]⁄2
平衡差動電流源+外部CMR接続
ここで、差動電流源を平衡差動電流源+外部CMR接続(図6参照)にすると、回路内の対称性によらず、コモンモード信号を小さくすることができます。このモードでは、差動アンプのLo側が外部CMR入力に接続されます。2つの電流源のコモン・ポイント(2つの電流源の間)は、もはや0Vにはなりません。2つの電流源のコンプライアンス電圧(図6のV0および-V3)は、V2=0Vになるように調整されます。
図6 平衡差動電流源、外部CMR接続
コモンモード信号は差動電圧の1/2になります。コモンモード誤差は10-20(𝐼𝑅2⁄2)です。
この場合のキルヒホッフの方程式を解くと、次のようになります。
𝑉1 = 𝑉0 - 𝐼(𝑅1 + 𝑅1𝐶) = 𝐼𝑅2
𝑉2 = 0
※これはグラウンドというよりも、アクティブに制御された0Vです。V2は外部CMR接続により、0Vに制御されます。
𝑉𝑑𝑖𝑓𝑓 = 𝑉1 - 𝑉2 = 𝐼𝑅2
𝑉𝐶𝑀 = (𝑉1 + 𝑉2)⁄2 = 𝐼𝑅2⁄2
𝑉0 = 𝐼(𝑅2 + 𝑅3 + 𝑅3𝐶)
長いリード線があるクライオスタットでの低抵抗測定
図7 クライオスタット内での0.001Ω抵抗の測定
最初の例は、1mΩ抵抗の測定です。サンプルはクライオスタット内にあるため、サンプルへの長いリードが必要です。サンプルまでのリード線抵抗が等しくないことは、よく起こります。さらに、サンプルに対するリード線接続の接触抵抗の差も、この抵抗差に加わります。例えば、グラフェンの接点間の接触抵抗差は、容易に~1kΩになることがあります。サンプルは、リード抵抗の影響を除去するために、4線構成で測定されます(図7)。この例では、BCS-10のI+側のリード抵抗は10Ω、BCS-10のI+側のリード抵抗は9Ωとします。VM-10の入力インピーダンスは非常に高いため、VM-10へのリ ード線に流れる電流は無視することができます。したがって、これらのリード抵抗は測定結果に影響を及ぼしません。測定には100mAの電流を使用すると仮定します。
VM-10で測定したい信号は、0.1A×0.001Ω=100μVです。1Ωのリード抵抗の差により、コモンモード電圧は
[𝐼((𝑅3 + 𝑅3𝐶) - (𝑅1 + 𝑅1𝐶))]⁄2 = 0.1𝐴 × 1Ω⁄2 = 50𝑚𝑉となります。VM-10のCMRRが80dB(約1kHzまでのVM-10に対して妥当な値)の場合、このコモンモード電圧はVM-10で5μVとして測定されます。その結果、VM-10の測定値は合計で105μVとなり、コモンモード電圧によって5%の誤差が生じることとなります。
BCS-10の外部CMR入力を使用した場合
BCS-10モジュールには、平衡電流源がコモンモード電圧を低減するための、追加の機能があります。これは、外部CMRという追加入力で実現されます。この入力は、電圧測定モジュールのLo端子に接続されます。BCS-10は、このポイントを0Vに駆動するようにコモンモード電流を調整します。通常、この外部CMR入力は、差動(A-B)モードで動作するVM-10モジュールのLo側に接続されます。
図8では、VM-10にコモンモード信号がわずか50μV(IR2/2)しか入力されていません。このコモンモード信号の測定値への影響は5nV、つまり誤差は0.005%となることになります。
図8 BCS-10の外部CMR入力への接続を追加した場合
コモンモードノイズ
これまでに提示した例では、コモンモード信号はBCS‐10電流によって生成され、VM-10の読み取りに誤差を生じます。このほかにも、外部信号や外部ノイズ源などからも、コモンモード信号はやって来ます。図3でのVCMは、測定系のグラウンド・ループで誘導された、商用電源周波数信号や他の周波数でのスプリアス信号などからも生成されます。この信号は差動増幅器の出力に入り、コモンモードノイズになります。BCS-10の外部CMR機能は、図8の例のコモンモード信号を低減するのと同様に、コモンモードノイズをも低減します。
2つのVM-10モジュールでのBCS-10の使用
ホールバーサンプルのホール効果を測定する場合、2つのVM-10モジュールを使用します。この利点は、抵抗とホール電圧を同時に測定できることです。図9では、2つのVM-10モジュールの共通Lo側に、外部CMR入力を接続しています。
複数のVM-10を使用し、Lo側が共通でない場合は、いずれか1つのVM-10のLo側をBCS-10の外部CMR入力に接続します。
図9 1台のBCS-10と2台のVM-10と外部CMRを用いたホールバーサンプ
CMRを使用しない方が良いケース
CMR機能を使用しない方が良いケースが1つあります。
電流測定モジュール(CM-10)を使用してBCS-10からの電流を測定したい場合、CM-10の入力は仮想グラウンドであるため、図10に示すようにBCS-10のI-出力をグラウンドに接続する必要があります。これにより、BCS-10の平衡電流出力が実質的にシングルエンド電流源に変換されます。この場合、CMR機能をオフにする必要があります。
図10 CM-10をBCS-10と一緒に使用する場合 ― この場合はCMRを使用しないでください。
CMRを使用したほうが良いケース
コモンモード信号除去(CMR)は、コモンモード信号の増幅を減らすために、常に使用する必要があります。コモンモード信号の主な原因は、
1)グラウンド・ループまたは外部ノイズ・ピックアップ
2)電流リードの不均衡
の2つです。
BCS-10のI-出力が接地されていない限り、CMRは常に”Internal”または”External”のいずれかに設定する必要があります。
グラウンド・ループまたは外部ノイズ・ピックアップ
グラウンド・ループ、RFノイズ、50/60Hz信号のピックアップなどは、微小測定に誤差を加えるコモンモード信号源です。これらの信号源は、増幅器の同相利得によって誤差を生じさせます。
外部CMR接続を実装すると、BCS-10モジュールにフィードバックを与えて増幅器でのコモンモード信号を抑え込むことにより、この誤差を大幅に低減できます。
電流配線の不均衡
サンプル内の接触抵抗を含む電流配線の抵抗の不均衡も、測定対象信号をオフセットし、同相利得による誤差を追加します。図11に示すように、サンプル抵抗が電流配線の抵抗のアンバランスよりもはるかに小さいような場合には、CMRは特に重要になります。
例えば、接触抵抗差が103~104Ωのオーダー(グラフェンや2次元材料では容易に起こり得ます)の高導電/超伝導性の試料は、CMRを使用しない場合、5%以上のオーダーの誤差を生じます。このようなアプリケーションでは、外部CMR接続を適用することが特に重要です。
図11 DUT抵抗と配線抵抗の不均衡度合いに対する コモンモード電圧に起因する測定誤差
まとめ
M81型 ロックインアンプ搭載 ソースメジャーユニットは、微小信号のアプリケーションにおいて、差動(バランス)電流源や測定接続などの、他にはない強力なノイズ除去機能を提供します。さらに、BCS-10モジュールのCMR機能を使用すると、測定の精度を上げ、測定のノイズを減らすことができます。図10で説明した場合を除き、CMR機能は常に外部モードで使用してください。通常、BCS-10モジュールの外部CMR接続は、VM-10モジュールのV-(B)入力に接続してください。
多ch同期 ロックインアンプ搭載 ソースメジャーユニット M81型
M81型は、従来のDC測定に加え ロックインアンプによる高感度 I-V抵抗測定、微分コンダクタンス測定を行える最新のソースメジャーユニットです。
電圧感度:nV、電流感度:10fA、6端子までの同期測定が可能です。ソフトウエアオプションにより 印加電圧/電流スイープや、温度、磁場制御も可能になります。半導体、超伝導、量子・スピン、二次元、熱電など 先端デバイスの評価に最適です。
仕様は変更される場合があります。
Lake Shore Cryotronics、およびLake Shoreのロゴ、正方形のロゴマーク、Cernoxは、Lake ShoreCryotronics,Inc.の登録商標です。
参照されているその他すべての商号は、それぞれの会社のサービスマーク、商標または登録商標です。
このアプリケーションノートは、Lake Shore社のアプリケーションノート「A practical guide to minimizing the effect of common-mode noise interference in low-temperature applications」を和訳したものです。
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