技術資料

ナノ構造材料の微小信号測定の信頼性を上げる新たなアプローチ

Lake Shore

はじめに

新しい半導体材料、高温超伝導体、光起電力デバイス、有機電子材料などの研究は、材料がナノ構造であることが多いため、通常、微小信号の印加・測定が必要となります。ナノ構造の例としては、2次元(2D)ナノ電子構造、量子ドット、多原子層ヘテロ構造、有機半導体構造などが挙げられます。デバイス構造がますます小さくなるにつれて、このような極端に小さな構造は、熱散逸の影響で、非常に小さな印加電流および電圧にしか耐えられなくなり、一般的な実験系・測定装置のノイズ・フロアに近い微小な測定信号しか得られなくなります。したがって、これらのナノ構造の完全な特性分析のためには、非常に微細なレベルの信号を測定する必要があり、多くの場合、その信号は商用電源や熱、その他の周囲ノイズ信号によって、かなりのレベルで汚染されます。

このテクニカルノートでは、このようなナノ構造の特性評価を、より高い信頼性で実現する手段として、同期のとれたモジュール群による、最適な感度、ノイズ除去性能およびシームレスなデータ取得機能を持つAC+DC出力/測定システムである「M81型ロックインアンプ搭載ソースメジャーユニット」を紹介します。

測定方法とその課題

ナノ構造に対する電気的な測定は、DC測定又はRF周波数範囲までのAC測定のいずれかで行うことができます。
DC測定では、高感度で再現性のあるnVレンジの測定を、精度と再現性良く実行できます。また、DC測定はAC測定よりも、国家標準により正確なトレーサビリティを確保できます。しかしながら、DC測定はフリッカノイズ(1/fノイズ)、広帯域ノイズなどの影響を受けやすい測定になります。

図1に代表的なノイズ分布を示します。測定装置内の熱揺らぎによって発生する広帯域ノイズ(ホワイトノイズ)は、周波数スペクトル全体に、周波数に依存しないノイズパワー密度を有します。フリッカノイズは受動素子・能動素子に流れる電流によって発生するノイズです。ノイズのパワー密度が周波数に反比例するので1/fノイズとも呼ばれ、DC(0Hz)に近づくにつれて、最も影響が大きくなります。支配的なノイズ源がフリッカノイズから広帯域ノイズに切り替わる周波数はコーナー周波数と呼ばれ、 50Hzから100Hz付近の範囲に位置します。

図1

図1 フリッカノイズ(ピンクノイズとも呼ばれます)と、広帯域ノイズ(ホワイトノイズ)の概念図。フリッカノイズは、コーナー周波数FCの1/f特性カーブを描きます。

DC測定では、測定対象信号の大きさがフリッカノイズの大きさと同等以上の場合、複数回の測定値の平均をとることで高感度の測定が可能となります。この場合、測定の帯域幅が非常に狭くなり、ホワイトノイズの影響が低減されます。
しかしながら、測定対象信号が微小で、1/fノイズが測定対象信号と同じオーダーかそれ以上の場合、DC測定で所望の信号を測定することは極めて困難です。研究分野でよく見られるこのような状況で、AC測定のアプローチは、フリッカノイズの影響が最も大きい低周波領域から測定周波数を遠ざけることができ、ノイズに埋もれた信号の測定に有用です。

AC測定では、測定対象デバイス(DUT)に基準周波数(fref)と呼ばれる特定の単一周波数の電圧または電流を印加します。この時測定される信号は、装置のノイズ、変調されたDUT応答Asigsin(2πfsigt)、装置から発生する熱電電圧などのDC信号、および基準周波数の高調波で発生する高次応答の合算値となります。

測定対象である変調信号は通常、ホモダイン/ロックイン技術で抽出されます。現代のロックインアンプでは、得られた複合信号をデジタル化し、基準正弦波Arefsin(2πfreft)を数値的に掛けます。ここでArefは基準信号の大きさ、frefは印加信号の基準周波数です。この基準正弦波を掛けると、直流信号は時間平均により0になり、以下の簡単な三角関数の関係から変調信号の大きさAsigが得られます:

式

DUTの1次の反応信号は、基準周波数の信号となるため、fref=fsigを上式に代入すると下式となります。

式

1⁄2 𝐴𝑟𝑒𝑓𝐴𝑠𝑖𝑔 cos(4𝜋𝑓𝑠𝑖𝑔𝑡)およびすべての高調波信号が除去されます。ACロックイン法では上記の式の通り、ホモダイン検出の出力信号はDC信号となります。印加信号と測定信号間の位相ズレは、デジタル処理上で、位相シフトした基準信号を掛けることで検出・特定することができます。

印加信号周波数がコーナー周波数よりも高ければ、ロックイン測定のノイズはホワイトノイズが支配的になります。ロックイン測定の時定数を長くし、急峻な遮断特性のフィルタを使用することで、所望のS/N比を実現するようにAC測定の帯域幅を調節することができます。

DC+AC測定によるソリューション

これまで、DC測定とAC測定の長所/短所に対し、私たちはどちらかの手法を選択する必要がありました。そこでLake Shore社は、DCとACの両方の機能を提供する測定器として、M81型ロックインアンプ搭載SMUを開発しました。
M81型はハーフラックサイズの本体とリモート・アンプ・モジュールにより、時間同期したDC/ACの微小信号印加/測定を行い、試験環境に応じて、DC/AC測定を簡単に切り替え、比較したり、組み合わせて測定したりすることが可能です。

リモート・アンプ・モジュールは、リニア・トポロジーを採用しており、ノイズの影響を最小限に抑えるために、DUTの近くに配置することができます。複数のアンプモジュールの制御や、測定値の取得は、ハーフラックサイズのM81型本体のユーザーインターフェースで簡単に実施することができます。M81型本体は複数のDUTでの測定タイミングを管理し、同期します。
図2に、本体とリモートアンプを組み合わせたM81型SMUをLake Shore低温プローブステーションと共に使用する例を示します。プローブステーションでは、オン・ウェハーでの電子測定のために、DUTをチャンバ内に取り付けることができます。

ノイズを低減するさらなる工夫

これまでご紹介したように、M81型は1つの機器でDCとACの両方の印加・測定機能を持ち、最適な測定手法を選択できる柔軟性がありますが、M81型にはさらにノイズを最小限に抑える3つの機能が用意されています。

印加信号はテスト構成の重要な要素であり、ノイズの発生源となり得ます。M81型は、コモンモードノイズを最小限に抑える平衡電流源アンプを採用しています。また、測定アンプは周波数範囲が広く、低ノイズ帯域での測定が可能です。さらに、増幅器の設計は内部および外部のノイズ源を最小限に抑える設計となっています。

このAC/DC差動電流ソースアンプは平衡回路の構成を採用しているため、グラウンドや関連するグラウンドループ、その他のノイズ電流からDUTをより良く絶縁することができます。平衡電源は、差動信号をDUTや差動モードで構成された測定アンプへと供給します。動的な差動電源の信号を使用することで、シングルエンド電流源の構成において50Hz~60Hzの間で問題となるコモンモードノイズの影響を大幅に低減することができます。不平衡型シングルエンド電源を使用すると、コモンモードノイズがノーマルモードノイズとなり、実信号に対して測定器側でフィルタリングする必要が生じます。平衡電流源の回路は、シングルエンド電源回路よりもノイズ除去性能がはるかに優れているため、低温プローブステーションやクライオスタットを用いて低抵抗のサンプルを測定する場合に有効です。

M81型のモジュールは、DC成分のみを計測する測定システムとは異なり、0.1mHzから100kHzまでの周波数範囲において動作します。したがってM81型では、1/fノイズや、テスト環境で干渉が最も大きい周波数帯を回避するために、測定周波数を選択することができます。
一例として、磁界ドライブによる測定システムがあります。このシステムでは、1Hz未満の低周波変動、50Hzもしくは60Hzの電源ノイズ、および100Hzまでの帯域で周波数干渉が発生することがあります。そこで最適な測定性能と効率を得るために、M81型印加電流源と位相検出器を、これらのノイズ帯域外の周波数で動作させています。

モジュールは、リニア電源および純粋なアナログ制御方式を使用して、微小信号用に最適化されています。すべてのデジタル・ロジックはM81型本体の内部にあるため、ソース・モジュールおよび測定モジュールから生じるデジタルノイズは一切ありません。図2に示すように、モジュールはDUTの近くに配置することができます。これにより、従来は測定器とDUTの間を長い信号線で繋ぐことによって誘導されていたノイズを最小限に抑えることができます。

図2

図2 M81型ロックインアンプ搭載SMUと、極低温プローブステーションを組み合わせた測定構成。この例では、電圧源、電流源、電流計、電圧計の4つのモジュールで、真空・極低温中のサンプルの微小信号特性評価を実施しています。

動的データの損失を回避するための測定技術(特許出願中)

動的な信号を測定する場合、信号の振幅が測定レンジを超えると、データが失われる場合があります。データの損失を防ぐため、測定器はオーバーロード状態/アンダーロード状態のいずれかを感知し、レンジを変更する必要があります。しかし、レンジ変更のプロセスには時間がかかり、その間のデータは失われてしまいます。M81型のモジュールは、特許出願中のシームレス・レンジング・プロセスを使用して、サンプリングが中断しないよう動作します。M81型のモジュールは同時に2つのレンジを有効にしており、信号が2つのレンジの境界に近づくと、信号がもう一方のレンジに完全に遷移するまで、両方のレンジで測定を行います。サンプリングは、データの損失を回避するために、レンジの変更中はそのまま継続します。

M81型による、熱オフセット誤差および自己発熱誤差の除去に対する課題の克服

熱オフセット電圧は、回路内の異種金属同士が接続している箇所であればどこにでも発生します。微小印加信号を必要とするようなナノ材料の特性を評価する場合には、熱オフセット電圧と測定信号が同じオーダーとなることがあります。図3に熱電圧誤差をDC電圧源とみなし、それを集中定数素子としてモデル化した試験構成を示します。ここでは、容易に温度が上昇するようなナノ材料に電力を印加しています。材料の温度が上がると、潜在的にその特性に変化が生じる可能性があります。

図3

図3 DC電圧源としてモデル化された熱電圧誤差。熱電圧誤差は、微小信号を用いた測定において、測定誤差の大きな要因となります。

信号源の極性反転、複数の測定ステップ、および十分なセトリング待ち時間によって、熱オフセット誤差は除去可能です。M81型で同期されたAC+DCソースとメジャーはDC熱オフセット誤差の評価に役立ちます。DCバイアスに加えてAC印加を行うことで、DC熱オフセットを除去するために2つの異なるDC電圧を測定する必要がなくなり、さらにDCバイアスをサンプルやデバイス評価の為に活用することができます。加えて、DC測定とAC測定を同時に行うことにより、DUTをより詳しく洞察することができ、また測定信号から得られる抵抗、インピーダンス、および高調波成分の計算をより迅速に行うことができます。

どのようなデバイスや材料を電気的に評価する場合でも、信号を生成するためにはある程度の電力をDUTに印加しなければならず、その電力は熱としてDUT内で消費されます。ナノ構造やその他の極めて薄い構造、および一層原子構造は、質量が極めて小さく、与えられるエネルギーが多すぎると容易に加熱され、破損する可能性もあります。まだヒートシンクが基板に実装されていない半導体デバイスであっても、信号を印加することによって、容易に熱損傷を受ける場合があります。

エネルギーがDUTにダメージを与えない場合でも、加熱によってDUTの温度が上昇する可能性があります。その場合、温度の関数であるDUTの特性は測定中に変化し、望ましくない熱効果が生じるかもしれません。

自己加熱による変化を回避するための方法は2つあり、1つはDUTが吸収するエネルギー量を減らすため、より速い測定、もしくはパルス的な測定を行うことです。

パルス波を印加することによって、DUTに加えるエネルギーをより小さくすることができます。さらに測定サンプリングを速くすることで、狭いパルス幅での測定ができるため、平均加熱量を減らすことが可能です。

サンプリングA/Dコンバータを用いた高速DC測定では、パルス印加を使用できます。M81型で利用できる高速サンプリングと5kHzのデータストリーミングレートにより、パルス応答の連続的な観測が可能になり、従来の計測器と比較すると、より短い時間でノイズ低減と追加のフィルタリングが可能になります。

2つ目は、DUTに加わるエネルギーを最小にするため、微小な電流や電圧をDUTに印加できるよう、高感度の位相検出器を使用することです。位相検出器を使用することによって、干渉ノイズやバックグラウンドノイズから、より小さい信号を抽出することができます。また、AC印加および位相感受性検出を使用すると、パルスDC法と同様に印加エネルギーを最小化することができます。AC法では、より少ない平均回数で結果を得ることができるため、測定の総数が減少します。小さい印加信号と少ない測定回数で、DUTに加わる熱の影響を最小限に抑えることができます。DCソースとメジャー、ACソースとメジャー、アナログ/デジタル・フィルタリング、および平均化オプションを備え、自己発熱によるDUTのパラメトリック変動を最小限に抑える柔軟性が追加されています。

1回の試験でサンプルの小信号・大信号性能を同時評価

同期したDC/ACソースおよびメジャーの利点について、別の例として非線形デバイスの大小信号性能の同時特性評価について紹介します。変動するDCバイアスに重畳されたAC信号は、図4に示されるように、微分コンダクタンスを直接測定するためのパラメータを生成することができます。DCバイアスは、非線形デバイスの大信号の性能を個別に特性評価することも、 AC特性を測定すると同時に特性評価することもできます。これにより、DCレベルの非直線性とその他の二次の影響を確認できる可能性があります。

図4 AC/DC印加・測定の組み合わせにより、微分コンダクタンスのアプリケーションでは、1回のスイープで非線形デバイスの小信号と大信号性能の特性評価が可能。

テストデータの信頼性の向上

独自の研究を実施する場合、テスト結果を検証することで、データに基づいた結論の信頼性が構築されます。微小信号を用いる研究では、データの信頼性を得るために複数のサンプルを用いて結果を検証することが望まれます。
従来の計測器では、限られたチャンネル数や他のセットアップ制限のために各DUTに対する試験を順番に実施しなければなりませんでした。また、順番に実施するような試験では、経時的な環境のわずかな変化など、様々な変数が追加されます。加えて、使用する計測器の出力も試験中の温度や湿度の変動の影響を受けやすくなります。さらに、新たな試料や装置が試験システムに接続されると、接続インピーダンスの変化によって再現性に影響が生じ、結果に対する信頼性が低下してしまいます。

M81型では、1つのテスト・セットアップで最大3つのDUTを並列に試験することができます。
すべてのソース/メジャーチャンネルは、厳密に同じタイミングでサンプリングされます。ソースの出力と測定を同期することにより、整合性と再現性が向上し、複数のDUTを全く同じ条件で同時に試験することができます。
すべての測定は、2.6µsの連続レートで同時にトリガされます。複数のサンプルを一度に試験することで、データ収集の効率が上がり、データの妥当性を確認できます。3つのDUTを同時に試験する場合の試験セットアップを図5に示します。

図5

図5 3つのDUTを同時に評価するM81型のブロック図。DUTは、ナノワイヤやカーボンナノチューブ、または任意の抵抗性サンプル、デバイスなどが該当します。DUTによっては、直列に接続し、単一の電流源を使用することで、より費用対効果の高いセットア ップが構成でき、また各直列接続デバイスにおいて電流の流れが同一となるため、誤差要因を排除することも可能です。

M81型 ロックインアンプ搭載SMU によるパフォーマンスの利点のまとめ

1台のM81型測定器と、複数のリモート・モジュールを組み合わせた構成

1台のM81型測定器と、複数のリモート・モジュールを組み合わせた構成で広範囲の試験が可能です。

優れたノイズ除去性能:

  • DCおよびAC測定において、極低周波数帯の狭域での測定、もしくは選択した周波数を選択し、ノイズを含む信号から微小信号を抽出する機能
  • 0.1mHzから100kHzにわたって使用可能な周波数レンジ
  • ケーブルからのノイズ混入や干渉を最小限に抑えるために、 DUTの近くに配置可能なリモート・アナログ・ソースおよびメジ ャー・アンプ・モジュール
  • リモート・アンプ・モジュールでのデジタル信号の発生がなく、データラインや急峻なエッジのクロック信号からのノイズを除去
  • 50/60Hzのコモンモードノイズ除去に貢献する、平衡型電流
    ソース回路と差動電圧測定回路
  • DC測定における平均化時間設定、およびAC位相検出測定の時定数設定により、S/N比を最大化

交流+直流の重畳測定と測定の正確な同期で、信頼性の高いデータの取得を効率化:

  • 1回のスイープで、交流微小信号測定と直流大信号測定の結果を取得
  • 接続インピーダンスの変化や繊細なサンプルの損傷リスクを負うことなく、DCおよびAC測定を実行
  • 375kHzサンプリングで信号を取り込み、測定時間を短縮することでDUTの自己発熱による誤差を最小限に抑える
  • シームレスなレンジ変更機能を使用して、信号のオーダーが変化しても、データを連続的に取得可能
  • 同期が必要な印加-応答調査や、同一条件下での複数のDUT試験のため、最短2.6µs間隔でタイムスタンプが付与されたデータを取得
  • インピーダンス分光法に不可欠な高調波を抽出

制御インターフェースによる操作:

  • 測定器設定が1台の測定器インターフェースのみで完結するため、セットアップがシンプル
  • 計測タイミングと制御が1つの測定器から得られるため、測定器の同期が簡単
  • 1台の測定器がすべてのタイミング、制御、および信号処理を実行するため、測定器間の通信、ハードウェア、およびデ ータ・フローが不要
  • すべてのデータが1つの機器から得られるため、コンピュータへのデータ転送が容易

おわりに

以上の機能を組み合わせることにより、M81型ロックインアンプ搭載ソースメジャーユニットを活用した計測は、ナノ構造、単一及び多層原子構造、MEMs、量子構造、及び有機半導体を評価するための優れたソリューションとなります。M81型は、様々なタイプの微小信号やI/V測定において優れた測定器です。

もっと詳しく

M81型 ロックインアンプ搭載ソースメジャーユニット に関する情報は こちら

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