技術資料

FIR vs. IIR ロックイン測定高速化のためのフィルタリング

FIR: Finite Impulse Response/有限インパルス応答(移動平均、畳み込み、非再帰型)
IIR:Infinite Impulse Response/無限インパルス応答

図1

図1. ロックイン乗算検出器。ロックインの入力段では、AC変調信号(周波数ω)、DCオフセット、ノイズ、および他の周波数のAC信号を含む電圧信号を測定します。周波数ωの信号成分は、乗算後の信号のDC成分に含まれており、他の成分は出力段のフィルターで除去する必要があります。

どのようにして、ノイズよりも小さいAC信号を測定するか?

ロックインアンプを用いれば、周囲のノイズよりも小さいAC信号でも測定を行うことが可能です。ロックイン測定では、測定信号に単一周波数の参照信号を掛け合わせることで、高感度の測定を実現しています。(図1) 測定信号と参照信号の掛け算の結果、測定信号のうちの参照信号周波数成分の大きさに対応するDC成分が得られますが、それ以外の周波数成分の信号もAC成分として出力されます。本来の測定対象であるDC電圧を取り出すため、出力段にフィルターを設定し、AC成分を除去する必要があります。

従来、IIRフィルターの一つであるRCローパスフィルターが、出力段のフィルターとして使用されていました。しかしながら、IIRフィルターでAC成分を適切に除去するためには、長いセトリング時間が必要となります。このアプリケーションノートでは、IIRフィルターの代わりとなる移動平均フィルター、すなわちFIRフィルターについてご紹介し、従来のIIRフィルターと比較した際のFIRフィルターの優位点についてご説明いたします。

IIRフィルターの問題点とFIRフィルターの利点

IIRフィルターの出力は指数関数的に収束値へと近づきますが、ゼノンのパラドックス『アキレウスと亀』のように、収束値に完全に到達することはありません。例えば、roll-off ;12dBのフィルターを適用し、時定数を1秒に設定した場合、出力値が収束値の99%まで到達するには6.6秒間のセトリングが必要です。ロックイン測定において、出力段での高調波の除去性能を向上させたり、ノイズを低減させたりするには、roll-offの値を大きく、また時定数を長くすることが有効です。しかし、そのようにして測定信号の質を上げると、セトリング時間は大幅に増加し、データ取得には非常に長い時間がかかります。(表1)

※足の速いアキレウスが前方でスタートした亀に追いつけないというパラドックス

表1

表1. ある時定数τで収束値の99%に到達するまでに要する時間

FIRフィルターでは、任意に設定した平均時間での移動平均算出が使用されます。M81型では、FIRフィルターの平均時間は参照信号の周期に合わせて設定されます。例えば、参照信号が10Hzのとき、平均時間が1秒であれば10サイクル、平均時間が2秒の場合には20サイクルになります。FIRフィルターの大きな利点は、平均時間の間に収束値の100%まで到達することです。(図2) IIRフィルターとFIRフィルターで同程度のノイズ低減を実現する場合、FIRフィルターはIIRフィルターよりもセトリング時間が必ず短くなり、多くの場合測定時間を大幅に短縮することが可能です。

図2

図2. IIRフィルターと、同等なFIRフィルターとのセトリング時間の比較

10mΩ抵抗の測定

電流印加による10mΩ抵抗の測定によって2つのフィルタリング方法による違いを検証するため、M81型本体とBCS-10電流印加モジュールの組合せを使用して、10mΩ抵抗に83HzのAC電流を印加しました。この時、AC電流のRMS値は100nAから10μAまで変化させています。各電流値において、VM-10電圧測定モジュールによって、それぞれのフィルターのセトリング時間に応じたインターバルで、75回ずつ電圧を測定しました。測定不確かさの確認のために、取得した電圧のデータを電流で除算し、抵抗値の平均と標準偏差を算出しました。

この測定では、出力フィルターは等価ノイズ帯域幅(ENBW)が0.05Hzとなるように設定されています。FIRフィルター使用時には平均時間は10秒、IIRフィルター使用時にはroll-off: 12dB、時定数は2.5秒に設定されました。FIRフィルターのポイント毎の測定時間は10秒であるのに対し、IIRフィルターのポイント毎の測定時間は30秒と、3倍の時間がかかりましたが、平均値と誤差範囲はどちらのフィルターを使用した場合でもほとんど違いはありません。(図3)

図3

図3. M81型による10mΩのAC抵抗測定でのFIRとIIRロックインフィルタリング比較

まとめ

出力フィルターは、ロックイン測定において非常に重要な役割を担っています。同じS/N比の信号測定を行う際には、多くの場合、M81型のFIRフィルターを使用することでIIRフィルター使用時と比べて測定時間を短縮できます。しかし、大きな干渉信号がある場合や、参照周波数付近にノイズが含まれる場合には、FIRフィルターよりもIIRフィルターの方がノイズ除去性能は優れている可能性があります。どちらのフィルターにも優位点があるため、M81型では、FIRフィルターとIIRフィルターの切替えを行ったり、組み合わせて使用したりすることが可能となっています。

多ch同期 ロックインアンプ搭載 ソースメジャーユニット M81型

図3

M81型は、従来のDC測定に加え ロックインアンプによる高感度 I-V抵抗測定、微分コンダクタンス測定を行える最新のソースメジャーユニットです。
電圧感度:nV、電流感度:10fA、6端子までの同期測定が可能です。ソフトウエアオプションにより 印加電圧/電流スイープや、温度、磁場制御も可能になります。半導体、超伝導、量子・スピン、二次元、熱電など 先端デバイスの評価に最適です。

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