技術資料

8600型VSMを用いた温度可変微小モーメント測定

B. C. Dodrill, C. Radu
Lake Shore Cryotronics, Inc. 575 McCorkle Blvd., Westerville, OH, 43082, USA,

概要

振動試料型磁力計(VSM※1)は、磁性材料の特性を評価するために最も一般的に使用される磁力測定技術です。VSMは、固体、粉末、単結晶、薄膜、液体など、様々な形状の軟磁性(低保磁力)および硬磁性(高保磁力)材料の磁気特性を測定できます。VSMは、電磁石、ハルバッハ配列永久磁石、または高磁場超伝導磁石を使用して、低磁場から高磁場までの測定を行うことができます。VSMは、極低温ではクライオスタット、超高温では炉をそれぞれ組み合わせることで、極低温から超高温までの測定を行うことができます。また、10-8 emu(10-11 Am2)から103 emu (1 Am2)以上におよぶダイナミックレンジを備えており、弱磁性材料(超薄膜、ナノスケール構造など)と強磁性材料(永久磁石)の両方を測定できます。

本アプリケーションノートの前編にあたる「8600型VSMを用いた微小モーメント測定」では、8600シリーズVSM(振動試料型磁力計)の感度について説明し、室温での超微小モーメント測定の結果を紹介しました。本アプリケーションノートでは、86-SSVTおよび86-CRYOオプションを使用した、低温および高温での微小モーメント測定の結果を紹介します。

1 VSM感度

VSMにおいて検出コイルにおける誘導起電圧Vemfは次の式1で与えられます。

Vemf = mAfS 式1

m = 磁気モーメント
A= 振動の振幅
f = 振動数
S = VSM検出コイルの感度関数

VSM検出コイルの感度係数 S は、磁気校正材※2(指定された印加磁場 H で既知の磁化を持つ材料)を使用して、VSMを校正することによって決定されます。

式1から、振動の振幅 A、振動数 f、またはVSM検出コイルの感度係数Sを大きくするとモーメント感度が向上することは明らかです。しかし、それぞれのパラメータには実際的な制限があります。通常、導電性磁性材料での渦電流の発生を最小限に抑えるために、振動数には約100Hz未満の周波数が使用されます。また、電源周波数とその高次高調波に近い周波数を避けることも重要です。磁場源から生じる不均一な磁場にサンプルがさらされないようにするために、振動振幅は十分に小さくする必要があります。 検出コイルの感度係数 Sは、検出コイルの巻線の数やコイルの幾何形状などの設計を最適化し、検出コイルと試験対象サンプルとの間の距離を近づける(つまり、ギャップ間隔を最小限にする)ことによって大きくすることができます。

8600 シリーズVSM には、直径がそれぞれ4インチ、7インチ、10インチのギャップ可変な電磁石を採用した8604型、8607型、8610型 の3 つのモデルがあります。それぞれに4 つのギャップ設定があります。ギャップ1 とギャップ2 が室温測定用、ギャップ3 とギャップ5 が温度可変測定用です。
ギャップ3は78K~950Kの86-SSVTオプションで使用され、ギャップ5は4.2K~420Kの86-CRYOと300K~1273Kの86-OVENオプションで使用されます。表1は、 8600シリーズ各モデルの各ギャップ設定における最大印加磁場と感度(10s/pt平均におけるRMSノイズ)を示しています。ギャップ間隔が増加するにつれてVSMノイズが増加することに注目してください。これは検出コイルと試験対象サンプル間の距離が広がるためです。

本アプリケーションノートでは、86-SSVT(温度可変シングルステージ)を使用したギャップ3と、86-CRYOオプションを用いたギャップ5での微小モーメントなコバルトフェライトナノ構造ナノ複合材料サンプルの温度可変測定の結果を示します。

表1

ギャップ ギャップ間隔 試料空間 8604型 HF** 8607型 HF** 8610型 HF ** VSMノイズ***
1ーRT 7.5 mm 3.5mm* 27.6 kOe (2.76 T) 32.2 kOe (3.22 T) 36.2 kOe (3.62 T) 15 nemu
2ーRT 12 mm 8mm* 25.2 kOe (2.52 T) 29.8 kOe (2.98 T) 33.7 kOe (3.37 T) 30 nemu
3ーSSVT 20 mm 16mm* 20.3 kOe (2.03 T) 26.2 kOe (2.62 T) 29.8 kOe (2.98 T) 90 nemu
5ーCRYO/OVEN 28 mm 24mm* 15.5 kOe (1.55 T) 23.1 kOe (2.31 T) 26.3 kOe (2.63 T) 300 nemu

* サンプルサイズ: 6.4mm、VTオプション付き
** 値は、高磁場 (HF) FeCoポールチップ、オプションで 8604型 および 8607型をオプション、8610型を標準としています。
*** 10秒平均

2 温度可変微小モーメント測定(ギャップ3 & 5)

A. 86-SSVT(ギャップ3)を用いた40μemu (4 × 10-8Am2) コバルトフェライトの測定結果

図1は、温度100K、150K、200K、250K および 300Kの温度で、86-SSVTを用いてギャップ3で 5秒/ポイント平均にて記録した典型的なメジャーヒステリシスル ープ(MHL)の結果。図2は、500K、700K、800K および900 KでのMHLの結果です。MHLは、±15 kOe(1.5T) を 50 Oe (5mT)の間隔で測定しています。
図1および図2のフルスケールは、それぞれ±50μemu (5×10-8 Am2)と±25μemu(2.5×10-8 Am2)です。

図1

図1. T=100、150、200、250、300KでのコバルトフェライトMHL(ギャップ3 86-SSVT)

図2

図2. T=500、700、800、900 KでのコバルトフェライトMHL(ギャップ3 86-SSVT)

B. 86-CRYO(ギャップ5)を用いた40μemu(4 × 10-8 Am2)コバルトフェライトの測定結果

図3は、同じコバルトフェライトサンプルについて、86-CRYOを使用してギャップ5において、温度100K、150K、 200K、250K および 300Kで、5秒/ポイント平均で記録された典型的なMHLの結果です。
MHLは、図1および図2に示す86-SSVTの結果と同じパラメータを使用して記録しました。図3のフルスケールは±50μemu(5×10-8 Am2)です。
図4は、同じサンプルについて、86-SSVTオプションと86-CRYOオプションの両方で、T = 300Kで測定されたMHLの下降分岐の一部 (8 kOe~10 kOe、 0.8T~1T)です。フルスケールはわずか3μemu(3×10-9 Am2)であることに注目してください。
86-SSVT(ギャップ3)の結果と比較して、86-CRYO(ギャップ5)の結果でノイズが大きいのは、ギャップ間隔の増加(ギャップ5 = 28mm、ギャップ3 = 20mm)により、検出コイルとサンプル間の隙間が大きくなったためで、これは感度の低下につながります。

図3

図3. T=100、150、200、250、300KでのコバルトフェライトMHL(ギャップ5 86-CRYO)

図4

図4. 86-SSVTと86-CRYOの両方のオプションにおいて、T=300Kで測定したMHLの下降分岐の一部(8kOe~10kOe、0.8T~1T)の比

C. 86-SSVT (ギャップ3)を用いた<100μemu(1×10-7Am2)のCoFeサンプルの可変温度測定

図5は、微小モーメントのコバルトフェライトサンプルについて、様々な温度(低温から高温)での測定結果です。モーメント vs. 温度m(T)は、86-SSVT(ギャ ップ3)を用いて、10kOe (1T)で100Kから950Kまで2Kステップで昇温し、10秒/ポイント平均で測定しています。125K付近でのピークは、Verwey転移(マグネタイト、Fe3O4の低温結晶相転移)です。

図5

図5. コバルトフェライト(ギャップ3 86-SSVT)の100K≦T≦950Kの場合の H=10kOe(1T)におけるM(T)

3 まとめ

本アプリケーションノートでは、磁気モーメントの小さいコバルトフェライトサンプルについて、様々な温度での測定結果を提示し、温度可変測定での8600型VSMの感度を実証しました。86-SSVT(ギャップ3)と86-CRYO(ギャップ5)の両方のオプションで測定された40μemu(4×10-8 Am2)サンプルに対するMHL結果を表示・比較しました。 86-SSVT(ギャップ3)で低温から高温まで測定された100μemu(1×10-7 Am2)未満のサンプルのモーメントvs.温度m(T)の結果も示しました。

4 補足情報- VSM鞍点(サドルポイント)への微小磁気モーメントサンプルの位置決め

非常に小さい磁気モーメントのサンプルを、VSMの鞍点に(x, y, z)配置することは、不可能ではないにしても非常に困難です。これはサンプルの磁気モーメントが非常に低いことや、VSMサンプルホルダーからの反磁性または常磁性信号がサンプルからの信号より非常に大きいことが多いためです。

このような場合には、試験サンプルとほぼ同じ寸法で磁気モーメントの大きいリファレンスサンプルを使用するサンプルホルダーに固定し、その状態で鞍点を確認します。その後、このリファレンスサンプルを取り外し、試験サンプルを取り付けます。サンプルの形状(厚さなど)の僅かな違いは、磁石ギャップ内のサンプルロッド/ホルダーのZ位置を調整することで補正できます。磁気テープ片は通常、数十memu程度のモーメントを持ち、試験サンプルとほぼ同じ寸法に容易に切断できるため、鞍点位置を特定するのに利用しやすい便利なサンプルです。

5 参考文献

※1. B. C. Dodrill, J. R. Lindemuth, Vibrating Sample Magnetometry, In Magnetic Measurement Techniques for Materials Characterization, Spinger Nature, 2021.
※2. National Institute of Standards & Technology (NIST) standard reference materials (SRM) 772a (Ni) and 2853 (YIG).

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