- ・8600型VSMを用いた微小モーメント測定
- ・クライオスタットと冷凍機のテクニカルガイド(入門編)
- ・8600型VSMを用いた温度可変微小モーメント測定
- ・温度可変・4探針シート抵抗測定
- ・電気計測-今さら聞けない5つの落とし穴-
- ・太陽電池、光検出デバイスの外部量子効率特性の高感度・高速測定
- ・FIR vs. IIR ロックイン測定高速化のためのフィルタリング
- ・ナノ構造材料の微小信号測定の信頼性を上げる新たなアプローチ
- ・コモンモードノイズ干渉の影響を最小限に抑えるための実用的なガイド
- ・ナノ材料における量子ホール効果測定-M81型 ロックインアンプ搭載ソースメジャーユニットの使用
- ・M81型機能紹介⑤ ダイナミックレンジの大きなロックイン測定
- ・M81型機能紹介④ 1台でDC+ACロックイン測定
- ・M81型機能紹介③ オートレンジでのロックイン測定 その2
- ・M81型機能紹介② オートレンジでのロックイン測定 その1
- ・M81型機能紹介① ロックインアンプとは
- ・極低温プローブステーションにおける微小電流測定で考慮すべき点
- ・フレキシブル(CVT)プローブの効果
- ・VSM/AGMの原理・特長と磁性材料の評価
- ・ACホール測定の原理
- ・半導体の性能を測定する・新開発ホール測定システムレジテスト8400について
- ・磁石の高性能化に貢献 モーターの省電力化から、コンピュータの大容量化まで、幅広い産業分野の発展に
- ・高効率太陽電池をになう~キャリア濃度と移動度の測定~
技術資料
クライオスタットと冷凍機のテクニカルガイド(入門編)
はじめに
本書は、低温技術に関する経験があまり、あるいはまったくない研究者や技術者、学生を読者として想定しています。そして主に 1.5K~300K(室温)の温度範囲の実験用に市販されている低温機器システムを中心に書かれています。自分自身で低温容器を設計製作する方、あるいは低温システムのさらに高度な分析・研究に興味をお持ちの方は、本書の最後に参考となる優れた文献類を各種紹介していますのでご参照ください。
本書の第 1 章では、研究用デュワーや温度可変クライオスタットの真空度に関する必要な事項について述べました。次章では液体ヘリウムおよび液体窒素のデュワーについて、さらに第 3 章では温度可変クライオスタットについて述べています。
第 4 章では、液体寒剤が不要なクローズドサイクル冷凍機によるクライオスタットについて述べます。そして最終第 5 章に、低温実験に必要なテクニック、温度測定、温度制御をまとめました。この章には、コールドステージとそこに取付けたサンプル(試料)の熱負荷(熱容量など)を見積もる際の参考となる表もいくつか含まれています。さらに詳しい情報や実験データは巻末に記載の参考資料から入手もできます。
第 2 章から 5 章までに記載された図は、レイクショア社が 40 年以上の経験にもとづいて設計した各種デュワーやクライオスタットの設計図を基本にしていて、多種多様な実験に使用される装置類の内部構造も紹介しています。これらの他にも特殊な設計の構成機器が多数ありますが、本書の目的を超えるので割愛しました。しかし本書に記載の設計・技術は、ほとんどの一般的な低温技術の実験・研究に適用することができます。
1. 真空要件
液体ヘリウムデュワーまたは液体窒素デュワーには、寒剤を入れるための容器が少なくとも1個はあります。低温容器を包む外壁は二重になっていて、そのすき間は空気他の気体の熱伝導による熱流入を減らす(またはなくす)ために、真空に排気されています。このような熱伝導があるとデュワー外側表面で湿気が凝縮し、さらに重要なことに低温容器内に許容できない熱流入を生じます。そのためほとんどのデュワーやトランスファーラインには、二重外壁のすき間を真空にするための排気バルブが付いています。
液体窒素で断熱するタイプの液体ヘリウムデュワーは、液体ヘリウムと窒素の各リザーバの周囲に、たいてい内部でつながった二つの真空層を有します。この形式のデュワーは、液体ヘリウム容器の外側を液体窒素容器(層)で覆って液体ヘリウム容器への放射熱流入を低減しています。この熱流入量は絶対温度の4乗に比例するため、77Kの液体窒素層からの放射熱は、300K(室温)の同様の表面層からのそれより著しく少なくなります。他の方式の液体ヘリウムデュワーやトランスファーラインとして、低温容器(内部)の周囲を多層断熱材(MLI, Multi-Layer Insulation)で覆って、真空排気された層が1つだけのものもあります。MLIや熱絶縁ラジエーションシ ールドでは、気化したヘリウムガスがデュワー内層を冷却して液体ヘリウム空間への放射熱流入を減少させるような巧みな設計になっています。液体窒素デュワーには真空層が1つしかないか、MLIが装着されていて外気温から窒素容器への放射熱流入を低減している場合があります。
デュワーやトランスファーラインの真空層内の気圧は少なくとも10-4Torr、できればさらにもう1or2桁低い気圧まで減圧しておくのが良いです。
室温では、10-4Torrの気圧での平均自由行程は約100cm (参考文献1 第7章)で、一般的な実験用デュワーの外壁と内壁の間の距離よりはるかに長いです。このレベルの分子流では、主な衝突プロセスは分子と真空層の壁になります。一般的なクライオスタット(77K~4.2K用途)での気圧10-5Torrのヘリウムガスによる熱流入は数ミリワットです(参考文献2 第4章)。したがって真空層内の気圧を10-5または10-6Torr領域まで減圧することが重要です。
各種真空排気ポンプでは10-5~10-6Torrの真空圧が得られます。最もよく使われているのは、ロータリーポンプ付きのターボ分子ポンプです。ロータリーポンプ付きの拡散(ディフュージョン)ポンプも、油蒸気が真空層に逆流するのを防ぐ液体窒素コールドトラップを付けて使われています。一般的なデュワーやクライオスタットには、76mmの拡散ポンプで十分です。拡散ポンプに対するターボ分子ポンプの利点は、ロータリーポンプと同時に起動することができる(起動が速い)点だけです。拡散ポンプは、付随するロータリーポンプが拡散ポンプ油の酸化を防ぐために約5×10-2Torrまで減圧するまでオンにしてはいけません。現在では比較的低速(40~60L/s)のターボ分子ポンプが、76mmの拡散ポンプと同程度の価格で入手可能になり、小規模の低温実験でも手軽に使用できるようになりました。オイルを使用しないダイアフラムポンプによるターボ分子ポンプは、オイル蒸気の混入がまったく許容できない実験条件でも安心して使用できます。これらの安価な真空ポンプは、一般的に排気速度が低くて最終到達真空レベルもやや劣りがちです。
またダイアフラムポンプは従来の機械式ポンプほど頑丈ではなく、数年の使用ごとに交換が必要です。
ロータリーポンプは、コールドトラップと併用してシングルステージ型で10-2Torr、ダブルステージ型で10-3Torrまで真空圧を下げられます。この程度の能力では、77K~300Kで動作する液体窒素デュワーやクライオスタット用には十分ではありません。しかし、液体ヘリウムをデュワーに転送する前に真空層の排気弁が閉じられているような場合は、液体ヘリウムデュワーでも実用的に機能することがあります。これは、液体ヘリウム容器がデュワーの真空層をクライオポンピング(冷却排気)して結果的に10-6Torrの真空圧に到達できるからです。ただし温度可変クライオスタットでこのやり方をすると、一度でもクライオスタットが80K以上に昇温するとガス放出が起こり、真空レベルの劣化によりシステム性能が低下する可能性があります。
大半のポンプは、起動時は排気速度が速く(メーカーが表示している)、真空容器内の気圧が低下するにつれてポンプの排気速度が低下します。真空装置の排気状況を定量的に示すのに有用な指標として「スループット(排気能力)」があります。スループットQ は、システム中の指定された断面を1秒間に流れる容積ガス(圧力x体積 単位)の量[Q=d(PV)/dt]として定義されます。 途中でのガス発生や吸収がない定常状態でガスが流れているパイプ内での、2点間のガスのスループットQ はその2点間の圧力差に比例します(参考文献3 第2章)。これは次式で表されます。
Q=U (P2 – P1) 1.1
この比例係数 Uは2点間の接続管のコンダクタンス(ガスの流れやすさ)です。排気システム中に複数の接続管が直列に接続されている場合、合成コンダクタンスUs は次式で表されます。
US –1= U1–1+ U2–1+ U3–1...
真空ポンプの特定のガスに対する排気速度 Sは、ポンプ入口でのスループットとそのガスの圧力の比として下式で定義されます。
S= Q/P 1.2
ある真空装置の排気バルブに真空排気ポンプが取り付けられている場合、真空ポンプにおけるスループットがその装置内の真空層から排出されるそのガスのスループットと同じになります。
真空ポンプでの真空圧は真空層内よりも低い(排気動作中)ため、真空層での実効的な排気速度 Sd は、気圧を Pd とすると下式により得られます。
Q= S・P= Sd・Pd 1.3
これを1.1式と組み合わせると真空層での実効排気速度は次式のようになります。
Sd= S/(1 + S/U) 1.4
細長い(長さL が半径 rより十分長い)管の、室温の空気に対するコンダクタンスは約100・r3/L [ℓ/s](参考文献3 第1章、r, Lの単位はcm)です。内径 38mm×長さ 1.56mの排気チューブを使用した場合のコンダクタンスは 4.5 [ℓ/s]になります。したがってこの排気チューブの片端に 12.7 [ℓ/s]の真空ポンプを取付けて排気すると、他端での実効排気速度は3.3 [ℓ/s]まで低下するでしょう。
測定する気圧の範囲に応じて各種の真空計(ゲージ)が用意されています。熱電対ゲージは、1気圧から10-3Torrの範囲のロータリーポンプによく使用されます。それより低圧(10-3~10-7Torr)では、電離真空計または冷陰極真空計が一般的に使用されます。これらの真空計はよく真空ポンプの入口部に取り付けられますが、そこから真空層に至るまでの排気チューブによっては、真空層内の気圧が真空計の指示値よりもかなり高くなることがある(特に室温で)点に注意が必要です。上記の1.5m長の配管の例では、1.3式より配管の真空層端での気圧はポンプ端での気圧の3.8倍になります。
真空層を排気して低温容器(デュワー)内を冷却(LN2~LHe温度まで)すると、低温部分の気圧は低下します。これらの低圧下では、気圧が絶対温度の平方根に比例して変化するという近似式[P/√T = 定数]が成立します(参考文献2 第4章)。したがって、液体ヘリウムをデュワーに転送する時は、デュワーの排気バルブを閉じておくことを奨めます。そうしないと液体ヘリウムで表面が冷却されて起きるクライオポンプ効果により、真空ポンプの油蒸気が真空層内に逆流してくることがあります。これは、真空ポンプに液体窒素コールドトラップが取り付けられていない場合に起こりがちです。油蒸気によって真空層内が汚染されると、熱負荷が大きくなってデュワーの性能が低下します。
たいていの金属製デュワーでは、He(またはLN2)容器は0.25mmから1.5mm厚のステンレス鋼管を使った薄壁構造になっています。これらの容器の外壁は、内側の圧力には大気圧以上でも耐えられますが、1気圧の外気圧には耐えられる設計ではないので破壊される恐れがあります。つまり、まわりの真空層が大気圧の状態でヘリウム容器内を真空排気すると破損の危険性があります。そこで真空層内は常に真空を保つようにして、できれば真空層内の気圧を示す真空計を取り付けておくと安心です。またヘリウムガスは熱伝導率が高く(N2ガスの約12倍)、4.2Kでも凝縮せず、さらに空気や窒素よりも排気しにくいため、真空層内にヘリウムガスが流入することは避けるべきです。これは特にトランスファチューブや、MLI断熱式のデュワーによく当てはまります。
2. 液体ヘリウム/液体窒素デュワー
既述のように、液体ヘリウム/液体窒素デュワーは通常真空層に囲まれて室温から隔離された1つ以上の貯蔵容器から構成されています。ほとんどのデュワーはステンレス鋼で作られています。ステンレス鋼は、ステンレス同士または類似の異種金属(金銅、真鍮など)と、不活性ガス雰囲気中での溶接または銀はんだ付けによって容易かつ恒久的に接合できます。これらの接合は、室温と液体ヘリウム(または液体窒素)温度間の繰り返しサイクルに耐久性があり、長年の使用後でも気密状態を保つことができます。他には、低熱伝導性のエポキシ・グラス繊維製の注ぎ口とアルミニウム製の容器で作られたデュワーもあります。
A. 溶接加工デュワー
最もシンプルな構造のデュワーは、全て溶接で作られて、デュワーの頂部から直接貯蔵容器にアクセスするタイプです。こういうデュワーは単なる寒剤の貯蔵用、またはサンプルを低温槽に直接浸漬するような用途に使用されます。このようなデュワーは、容器を取り囲む真空層を排気するための排気弁と、そこで内部リークが広がらないように真空層を大気圧にするための開放弁(レリ ーフバルブ)を有します。このような内部リーク(真空漏れ)は、真空層に漏れ出た低温寒剤が室温壁と接触して暖められ急膨張するために広がります。これにより真空層内に高圧力が発生することがあります。内圧が大気圧より2~5lb/in2(psi)高くなると開くように設定された安全弁があれば、漏れたガスを真空層の外側の外気に逃し危険な圧力上昇を防ぎます。
単純な上部開放タイプの「バケツ型」液体窒素デュワーの例を図2.1に示します。液体窒素容器は直径Aの円筒形で、外側の覆いは直径Bの同心円筒であり、AとBの間の空間はよくできたベローズシールド型の真空排気弁を通して排気されます。真空層内にある炭素ゲッタが注入された液体窒素によって冷却され、長期間にわたって良好な真空状態を維持するのに役立ちます。このタイプのデュワーは、試料や任意のインサートを液体窒素中に直接浸す(ジャブ漬けする)用途に使用できます。
図2.1 上部開放型 液体窒素デュワー
図2.2は、液体ヘリウム容器が直径Aの円筒形である上部開放型(バケツ形)の液体ヘリウムデュワーの例です。このデュワーは液体窒素層(円筒Bと円筒Cにはさまれた円柱状のすき間)で覆われていて、液体ヘリウム容器の表面を室温の放射熱から遮断しています。ヘリウム容器を囲む空間(AとBの間)と液体窒素層を囲む空間(CとDの間)は、最表面(円筒D)に取り付けられた真空排気弁を通して真空排気されます。これら2つの空間は、液体窒素層の底部にボルトで固定されたラジエーションシールドのすき間を通してつながっているので、その真空排気弁を通して両方の空間が同時に排気されます。液体窒素層の底部にボルトで固定されたラジエーションシールドは、熱伝導性の良い材質(アルミニウムまたは銅など)で作られています。一方、デュワーの他の部分はステンレス鋼、またはアルミニウムと低熱伝導性のエポキシ繊維ガラス(注ぎ口部分)の組み合わせで作られています。内径の大きなステンレス鋼製のデュワーでは円筒Aの壁厚は0.64mmから1.57mm程度であり、液体ヘリウムへの熱流入を低減しています。多くのステンレス鋼製デュワーでは液体ヘリウム容器の壁は薄いので、真空断熱層が真空に排気される前に液体ヘリウム容器内を排気してはいけません。
液体窒素層に液体窒素を充填すると、サーマルアンカーFおよびそれがつながっている液体ヘリウム容器の入口あたりは約80Kまで冷却されます。これは、液体ヘリウム容器の注入口(管Aの頂部)を通って室温が直接容器内に流入することを防ぎます。一般的に液体ヘリウム容器の頂部(入口)は、液体ヘリウム温度(~4.2K)をFにおける温度(~80K)と遮断するためにサーマルアンカーFからいくらか距離を取っています。
図2.2 上部開放型 窒素シールド液体ヘリウムデュワー
以下、図2.3~2.5に上記以外の上部開放型デュワーの例を示します。
図2.3 スーパーインシュレータ 液体ヘリウムデュワー
図2.3は蒸気断熱された樽型のデュワーで、ヘリウム容器中央部の直径は、室温フランジにつながる挿入口部分よりはるかに大きくなっています。アルミ製デュワーではこの挿入口は、アルミ製トップフランジにつながった特製のエポキシ含浸ガラス繊維製の筒と、液体ヘリウム容器上部のフランジで構成されており、強力な真空密着ジョイントと支持ができるように特殊エポキシ樹脂による設計がされています。
液体ヘリウム容器の下(底)部は内径が細くなっており、運転中は常に液体ヘリウムに浸かっていなければならない超電導磁石などを挿入できるようになっています。超電導磁石の周囲の空間(体積)を小さくしておくことで、超電導磁石を低温に維持するために必要な液体ヘリウムの量を減少できます。液体ヘリウム容器(樽型)の中央部の内径Aと高さによって液体ヘリウムの最大容量が決まり、上(首)部の内径Bと下(底)部の内径Cでこのデュワーに挿入できるインサートの最大径が決まります。外径Dは内径Aより10cm以上大きくなります。
図2.4は、MLIで周囲を覆われた液体窒素層とその窒素層と液体ヘリウム容器との間にラジエーションシールドを設けた超低消費バケツ型デュワーの構造を示しています。このラジエーションシールドは液体窒素温度と液体ヘリウム温度の間にあって、液体ヘリウム容器への放射熱流入を著しく減少させます。その結果、一般的なデュワーに比して液体ヘリウム消費量が半分以下の超低消費デュワーとなります。
図2.4 液体窒素シールド低消費ヘリウムデュワー
液体ヘリウム容器は、その中央部の直径と深さで容量が決まる一方、首部の直径Bと底(尾)部の直径Cによってこのデュワーに挿入できるインサートの最大径が決まります。液体窒素層はこのデュワーの上の方にあって、この液体窒素によって冷やされたラジエーションシールドが液体ヘリウム容器の周囲を囲んでいます。このラジエ ーションシールドと液体ヘリウム容器との間にもう一つのラジエーションシールドがあって、首部を通って排気されるヘリウム蒸気によって冷却されています。
これらの容器や両ラジエーションシールドを取り囲む真空スペースは互いにつながっているため、デュワー全体の真空排気弁は1個ですみます。
ヘリウム容器内に挿入されるインサートにはすべて、その直径が首部の内径より6.4mm小さい複数の放射バッフル(通常は銅製)を首部分に取付ける必要があります。これらのバッフルは排出されるヘリウム蒸気によって冷却され、室温になっているインサートのトップフランジ(差し込み基部。かなり大きいこともある)からの放射熱流入を遮断します。またこれらのバッフルは排出されるヘリウム蒸気を液体ヘリウム容器の首部により密に接触させて、首部から下方への伝導熱流入を約85%(うまく設計すれば)遮断します。
この種のデュワーに入れるインサートには単純な浸漬(ジャブ漬け)型も温度可変のクライオスタット型もあります。前者は試料を4.2K以下の液体ヘリウム中に浸けるのが一般的です。適切な排気ポートを介して液体ヘリウム容器の頂部を減圧すれば、さらに低い温度に冷却できます。逆に可変温度インサート(詳細は後述)は、それより高い 4.2 K以上の温度(通常は室温またはそれ以上)に昇温された、または4.2K以下の温度(1.5K、 0.3K、さらには数mK)に冷却された環境に試料を置くことができます。これらのインサートは、液体ヘリウム容器への伝導熱流入を減らすために、薄いステンレス鋼またはエポキシガラス繊維製のパイプで支えられています。これは液体ヘリウムの蒸発潜熱が極端に小さい(1Wの熱で液体ヘリウム ~1.4L [LHe/h] が蒸発する)ためです。また、液体ヘリウム容器内に入るすべての配線は極力細くして、可能な限りマンガニン、リン青銅、ステンレス鋼などの熱伝導性の低い材料を使うべきです。また気化熱がはるかに高い(1Wで 22.4mL [LN2/h]が沸騰する)液体窒素である程度の熱流入を遮断する方法が常に有効です。これがない場合は4.2Kと300Kの温度差で大量に沸騰するヘリウム蒸気による驚異的な冷却力(4.2KでLHeの蒸発潜熱の約80倍)を利用することになります。
液体ヘリウムに浸して使用する超伝導コイルを含むインサートにもこのバケツ型デュワーが使用されます。またこのようなインサートでは、大電流用の特殊なヘリウム蒸気の対向流冷却式のリード線が、そこで発生する熱がヘリウム容器に流入するのを防ぐ目的で使用されます。他のタイプのインサートも含めてこれらの議論は第3章で述べられています。
B. 下部脱着式(テール)デュワー
液体ヘリウムおよび窒素デュワーには、全体を溶接固定したものもあるが、他に汎用性を持たせるために底部フランジが着脱可能なタイプもあります。ここでは液体ヘリウム容器の底部に押しつぶしたインジウムシールが使用され、外側容器の底部にOリングシールが使用されます。円筒状の液体窒素容器の底部にラジエーションシールドフランジが機械的に取り付けられています。この構成により、デュワーの底部を介して液体ヘリウム容器へのアクセスが可能です。また様々なテール(底部)拡張パーツをこれらのフランジに溶接して、様々な構成にすることができます。
C. テール延長パーツ
テール拡張は下部脱着式デュワーの主なメリットの1つです。これにより低温での多種多様な科学実験に使用できる定温または可変温度クライオスタットの作成が可能になります。以下にこれらのテール(底部)拡張パーツの例を示します。
1. 浸漬(ジャブ浸け)用テール
最も単純な拡張テールは、液体ヘリウム容器の底部をデ ュワーの下の細い尾部(テール)に拡張した形状です。 図2.5は、脱着式テール・デュワーの底部に取り付けられたテール拡張パーツの例です。ヘリウムテール(直径A)は、単純に液体ヘリウム容器の底を拡張して液体ヘリウムを溜めた拡張テール部です。アルミ製のラジエーションシールドテール(直径B)はラジエーションシールドフランジに溶接されています。そのフランジは液体窒素層の底部にボルトで固定されていて、熱伝導により冷却されます。テール外枠(直径C)はOリングでシールされた底部のフランジに溶接されていて、最終的に外側真空ジャケットにつながっています。このような構成は、主に電磁石の磁極間ギャップのような限られたスペース内に収めるような用途に使用されます。
ヘリウムテールとテール外枠の直径の間に必要とされるクリアランスは、一般的にテールの長さLの関数になりますが、たいてい25mm(C-A=25[mm])程度です。このクリアランススペースに同心円状のスペーサーを適切に挿入して、物理的な接触(熱短絡)を避けるようにすることで、このクリアランスを12.7[mm]以下に抑えることができます。
テールの間にこのようなスペーサーを付加すると、ヘリウムまたは窒素層に余分の熱流入が発生して液体ヘリウムなどの寒剤の消費量が増加する可能性があります。そのためこのようなスペーサーは、物理的寸法上の制約が避けられない場合にのみ付加されます。
図2.5 円筒形ジャブ浸けテール
このような拡張テールの利点のひとつは、外部から試料に光学的アクセスをする場合に、液体窒素層を貫通する二重壁のポートを設ける必要がないことです。このテールの両側に真空層があるので、ラジエーションシールドテールに単に開口部を設けるだけでよいのです。ヘリウムテールへの光学的アクセスに必要なラジエーションシ ールドテールのこの開口部は、テール外枠からヘリウムテールへの熱放射(300K, IR)にも耐えます。ヘリウムテ ールへのこの熱流入は、ラジエーションシールドの開口部付近で約25~50mW/cm2です。この熱流入を減らすには、開口のサイズを最小限にするか、ラジエーションシ ールドの温度まで冷却される開口をもうひとつ設けます。このラジエーションシールドの開口のためにはテールのパーツ拡張が必要で、それだけテール外枠も大きくなるので常に望ましいとは限りません。しかしこういう窓は正しく設置さえすれば、ラジエーションシールドポ ートからの熱流入は実用的に無視できる程度にできます。ガンマ線やエックス線などの一部の用途では、薄膜マイラーまたはアルミ蒸着マイラーの窓を円筒形のテールに直接かぶせることで、光学的アクセスポートのない円筒形テールと同程度のサイズに抑えることができます。
Oリングでシールされた平面窓のついたポートブロックをテール外枠に取り付ける手法もあります。デュワーの真空層が排気される前に窓をリテイナーで所定の位置にとめておきますが、いったん真空排気されると窓は大気圧によってOリングに押し付けられて固定されます。一般にラジエーションシールドポートがない場合、テール外枠径は内側のテール径より19mm大きく(C-A=19mm)、テール外枠に付けられた2つの(180°反対方向にある)平面窓の間の距離はテール外枠の直径(C)より19mm大きくなります。内側窓の低温シールによる制限の範囲内で、試料管の中心からみて十分な光学的立体角が確保できるように窓のクリアーな視界が得られるように設計されています。
窓のサイズや使われる材料によって、透過する光(波長または周波数)の範囲が変わってきます。光(電磁波)の大部分のスペクトル領域をカバーできて、液体ヘリウム温度から室温までの温度サイクルに耐えられる種々の窓材料があります。テール各部の間にスペーサーを使用したり、外側の窓をエポキシ接着したりすることによって、テール外枠と窓部の寸法を小さくすることも可能です。エポキシ接着にすると窓固定リテイナー用のOリングやネジ穴が不要になるので、対向する窓間の距離を最小にできます。
これらのテール拡張の例は、試料を液体寒剤に浸ける用途で使われます。この場合は試料をデュワーの上部から挿入し、薄板ステンレス鋼の長いパイプによってデュワ ー上部の首部から試料を支持する構造になります。さらに、液体寒剤上部空間の気圧を減圧することによって、寒剤(と試料)の温度をその沸点未満に冷却することも可能です。一般的な27CFMの粗引きポンプを使用すると、通常、液体ヘリウム容器内の温度を2K未満に(気圧 24 Torr以下において)下げることができます。
2. 試料を真空中に置くテール
試料を真空中に置きながら冷却することが必要な実験もあります。このような場、試料位置が内側テールの底部フランジよりも下にあることを除いて、浸漬(ジャブ浸け用)テールと同様のテール拡張パーツを使用して試料をデュワー真空内に置きます。
図2.6 真空中のコールドフィンガーと試料
図2.6は、ヘリウムテールの底部を銅製のフランジでシールしたテール拡張の例です。銅製フランジの真空スペースに面した表面には複数の非貫通のネジ穴があり、窓の中心線からXの距離(高い位置)にあります。このフランジ(銅のブロック)は試料を真空中に固定するための試料台(通常コールドフィンガーと呼ばれる)として機能します。コールドフィンガーはその上に溜まっている液体寒剤と接触しているためその寒剤の温度に保たれます。コールドフィンガーに取り付けられて真空にさらされている試料/試料台は主にコールドフィンガーとの接触による熱伝導で冷却されるので、これらはしっかりとコールドフィンガーに密着させておく必要があります。試料/試料台の密着固定には通常、インジウムを介した圧着や、適切な導電性エポキシ接着剤、シリコングリースを使用します。
試料の温度はコールドフィンガーより数度高い場合もあるので、実際の試料の温度を測定するために直接試料に温度センサーを取り付けるのが最善の方法です。コールドフィンガーに第2のラジエーションシールドを取り付けて試料を囲む方法は、試料への放射(ラジエーション)熱の入力を減らすのに非常に有効です。
試料への光学的アクセスを必要としない場合は、同じ構成で外窓なしにもできます。その場合は、テール外枠の直径はテール内径よりも約25mm大きく(C-A=25mm)なります。これに外窓を付けると、テール外枠の直径は変わらず、窓と窓が180度反対方向にある場合のその間の距離はテール外枠径(C)よりも約19mm大きくなります。この場合も先述と同様に、テール外枠径や窓間距離は、同心円状のスペーサーやエポキシ接着窓を使って縮小させることができます。
液体寒剤(および試料台)の温度は、浸漬(ジャブ漬け型)テールと同様に、内側容器内の寒剤の上部空間を減圧させることによって可変です。特に低温では、試料とその取り付け部との間の温度差を減らすために、試料台(試料の周囲)にラジエーションシールドをネジ留め固定することをお勧めします。
このような構造では、試料の交換方法が浸漬(ジャブ浸け型)テールの場合とは大きく異なります。浸漬テールでは、寒剤が大気圧下にあればいつでも、試料を寒剤中から取り出したり、寒剤中に浸けたりすることができます。しかし試料が真空中にある場合それはできません。試料の取出しや取付けを行う前にいったん真空を破る必要があるため、デュワー内の寒剤をなくして、できれば室温に戻す必要があります。デュワー内がまだ冷えていた場合は、その真空壁に空気や湿気が凝縮(結露や凍結)する可能性があります。そのため、デュワー内部を排気して再冷却する前にこれらをきれいに除去して乾燥させておく必要があります。このような理由からも、MLI (多層断熱材)付きのデュワーにこのようなテールを取付けることは望ましくありません。特にMLI上に結露があるような場合は再排気に長い時間がかかる可能性があるからです。
ひとつの例として、液体窒素または液体ヘリウムを使用して試料を一定温度に冷却しておく、いわゆるディテクター冷却用デュワーがあります。Oリングでシールされた底部フランジまたはテール部を介して試料にアクセスし、デュワーを90度または180度回転させて、水平または反転できるような特殊な設計のものです。特殊な内部熱交換機を備え、液体窒素(またはヘリウム)容器上部の空間を減圧することによって液体窒素の温度を下げ、凍結窒素温度(約63K~50K)でもデュワーが機能します。デュワーのサイズは必要な保持時間またはコールドプレートのサイズによって異なります。電気的なアクセス用のフィードスルーはたいてい上部フランジに配置されているため、コールドプレートにアクセスするために底部セクションを取り外す時にもコールドプレート部への配線はそのまま残り、傷つきにくくなっています。超高真空(UHV)対応ユニットはすべて金属シールがされており、通常電解研磨されたステンレス鋼製のリザーバ(容器)と真空層、および金メッキ銅製コールドプレートまたはコールドフィンガーを有します。
3. 温度可変クライオスタット
今まで述べてきた単純な液体ヘリウム(または窒素)デ ュワーは、試料類を寒剤に直接浸漬(ジャブ浸け)するか、寒剤に接触するコールドフィンガーに取付けることによって、寒剤の沸点まで冷却しています。さらに寒剤上部の空間を減圧することで寒剤の沸点以下に冷却することも可能です。寒剤自身よりも高い温度に昇温させたい場合は試料ホルダーに外部から熱を導入する必要があります。液体寒剤と良好に熱接触している状態の試料ホルダーに熱が加えられると、この熱はただちに寒剤に伝わり、試料の温度を上昇させる前に寒剤を沸騰させて消失します。したがって試料を寒剤の沸点より高い温度に上げるための最初の要件は、試料を寒剤から熱的に隔離することです。試料が冷却された後にこの熱的隔離がされた場合、試料ホルダーに加えられた熱によって熱的隔離(断熱)層に温度勾配が生じて試料ホルダーの温度が寒剤の温度よりも上昇します。装置の熱設計をうまくすれば、寒剤の消費速度を増加させることなく、わずかの熱で試料の温度を寒剤温度よりも上昇させることができます。
寒剤の沸点以上に昇温させ得るもうひとつの方法は、試料部分に通じる小さな寒剤の流路を設け、その寒剤を外部熱源で気化させ所望の温度まで加熱する方法です。この方法は、試料が加熱された気化寒剤の流路に置かれるのでヘリウムのような気化熱の小さな液体寒剤でとてもうまく機能します。一方で、例えば窒素のような気化熱の大きい寒剤では液体を気化させてその温度を上げることは容易ではありません。このような場合は、もっと加熱しやすい寒剤を使うか、または試料を液体寒剤から離して試料を直接加熱します。
以上のような温度可変テクニックに準じた温度可変クライオスタットの例をいくつか以下に紹介します。液体ヘリウムまたは液体窒素用に設計されているこれらのクライオスタットは、他の寒剤(液体空気や酸素、アルゴン、ネオン、水素)もたいてい使用することができますが、各ガス取扱いの安全基準に従ってください。
A. 熱インピーダンス型クライオスタット
真空中の試料の温度を可変にするシンプルな方法は、内側テールに密着した断熱性のシリンダーをコールドフィンガーに挿入する校正です。この構成を図3.1に示します。
図3.1 熱インピーダンス型クライオスタット
円柱状の断熱シリンダーは、銅製の試料台とその上の寒剤とを熱的に隔てる熱インピーダンス(TI)を示します。試料台には温度を上げるためのヒーターも組み込まれています。最初、試料台は寒剤と同じ温度になっています。ヒーターが加熱を始めると試料台と接触している液体寒剤が気化し、試料台の上部に気泡が生じます。この気泡と断熱シリンダーとで、液体寒剤と試料台間を断熱するために必要な熱インピーダンスを形成します。更にヒーターに流れる電流を増加させることで試料台の温度を寒剤温度より高くすることができます。このインサートは液体ヘリウム(4.2~77K)と液体窒素(77~300K/500K)の両方でうまく動作します。寒剤の沸点以下に冷却したい場合は、断熱シリンダーを(デュワーの最上部から)取り外し、液体寒剤の上部空間を減圧します。このインサートは、Janis SSVT温度可変システム環境のベースを形成しています。
B. 熱交換ガス冷却型クライオスタット
試料台の温度を変化させるもう1つの方法は、大気圧以下のガス(通常はヘリウムガス)を介して間接的に試料台を寒剤につなげる方法です。ガスの圧力を760 Torrと10-4 Torrの間で変化させることで、寒剤と試料台間の熱伝導性が数桁変化します。この方法は、試料が熱交換ガスと接触するか、真空中のコールドフィンガー(コールドフィンガー自体が熱交換ガスと接触している)に接触させることで、様々な構造の温度可変クライオスタットを構成できます。このようなクライオスタットインサートは、バケツ型デュワーの液体寒剤容器にも、あるいはテ ール脱着式デュワーやクローズドサイクル冷凍機(後述)にも組み合わせられます。熱交換ガスによる冷却メカニズムは、Janis VT温度可変システムのベースにもなっています。次にこのようなシステムの例をいくつかご紹介します。
1. 上部開放型デュワー用ガス冷却式インサート
図3.2は上部開放(バケツ)型デュワーの液体ヘリウム容器に挿入されたインサートを示しています(ヘリウム容器より外側は省略)。
図3.2 ガス伝導型インサート
このインサートは、試料表面を均熱にするために下部を銅製にしたステンレス製の試料管でできています。試料台は、クライオスタットの最頂部にあるサンプルポジショナーから、薄肉のステンレス鋼チューブによって支えられています。試料管内は、冷却される前に熱交換ガス排出弁から真空排気された後、ヘリウムガスで充填されます。熱交換ガス排出弁の代わりに三方弁を取り付ければ真空排気と再充填の手順はもっと容易になります。同部に取り付けられた圧力計で、試料管内の熱交換用ヘリウムガスの圧力を監視できます。
冷却後の熱交換ガスの圧力は熱負荷や最低到達温度によ って異なりますが、通常約1~100mTorrに調整されます。圧力を上げると試料と寒剤の間の熱伝導が良くなるので、低温域においては良い結果をもたらします。試料台に組み込まれたヒーターは、試料台に熱的に固定された試料を昇温させるために使用します。温度センサーが同じ場所に取付けられていることも多いので試料温度が測定できます。77K以上の実験では液体ヘリウムに代わって液体窒素を寒剤容器に入れて使用できます。比較的高い温度域(液体ヘリウムなら77K以上、液体窒素なら300K以上)で使用する時は、試料と寒剤の間の熱伝導を低下させるために熱交換ガスの圧力を下げます。これにより、試料温度を上昇させるために必要な熱量が少なくなり、寒剤容器に吸収される熱量も小さくなって、その結果寒剤の蒸発(消費)量を抑えることができます。
寒剤の沸点よりも低い温度は、主寒剤容器の上部空間の圧力を減らしながら熱交換ガスの圧力を高めることで得ることができます。液体ヘリウムで 4.2K、または液体窒素で77Kまで冷却したい場合には、寒剤を液体のまま(また試料管内の寒剤蒸気を加圧して液体に凝縮させて)試料管に流す必要がある場合があります。熱交換ガス圧力が高くなると、外気温から主寒剤容器内への熱流入が増えてしまう欠点もあります。一般的にこの温度可変方法は非常に良く機能し、優れた温度安定性をもたらします。その主な欠点は、試料に加えられた熱が液体寒剤に吸収され、その潜熱に応じた一定量が蒸発してしまうことです。従って、室温まで温まる時、冷たいヘリウム(または窒素)の蒸気のエンタルピーや冷却能力は利用されずに消えてしまいます。また図3.2に示すインサートでは、試料の冷却は熱交換ガスによって行われるのに対し、加熱は試料台との接触による熱伝導で行われる構造であるため、試料と試料台との間はしっかり熱接触させておく必要があります。熱交換ガスを加熱するため、試料管下部の銅製部分に熱を導入できるような、より複雑な(二重壁)インサートを使用することもできます。この場合は熱交換ガスで試料と試料台の両方を加熱します。このような構造では試料と試料台の間の熱交換面が不要になり、試料温度の決定はより容易になります。
トップローディング型のクライオスタットでは、デュワーが冷えたままの状態で試料の交換が可能です。これは、試料管内の圧力を大気圧まで上げてから試料台を素早く引き抜いて、すぐにデュワー上面の試料管の挿入口にフタをして空気や湿気が入らないようにすることで実現できます。
2. テール脱着デュワー用熱交換ガスインサート
脱着式テールのデュワーでも、同様に熱交換ガスを介して試料を寒剤に(熱的に)近づけたり遠ざけたりするコンセプトで、数種類の温度可変クライオスタットが考案されています。試料を熱交換ガス管内または真空中のコ ールドフィンガー上に置く2通りの構成例を以下に示します。いずれも試料に光学的アクセスが可能な例を示していますが、光学的アクセスが不要であれば光学窓をなくすことによりテール部分をよりシンプルにできます。光学的アクセス不要で寸法的制約がある(例えば電磁石の磁極間に置く)ような場合は、さらに小型化することも可能です。
ⅰ. 熱交換ガス中に試料を置く例
図3.3は、試料と熱交換ガスが直接触れる構造の熱交換ガス冷却インサートを持った、光学的がアクセス可能なテール脱着式デュワーの例です。
図3.3 光学窓付き熱交換ガス冷却式クライオスタット
テール各部はデュワーの底面フランジに取り付けられています。最も内側のテール部は液体ヘリウム容器の底面に固定されていて、その先はクライオスタットの頂部まで伸びていて試料管を形成しています。内部は熱交換ガスで充填されていて、クライオスタットの頂部口から試料をセットすることができます。試料管の下部は通常銅製でその一部が液体ヘリウム容器内にかかっていて、デュワーの真空層が最下部を取り囲んでいます。この構造により、デュワーの下部は液体ヘリウム温度(または液体窒素デュワーでは液体窒素温度)近くに維持され、試料もこの領域に置かれます。試料管の上部はステンレス鋼製で、室温からの熱伝導流入を軽減します。前項のクライオスタット・インサートと同様に、熱交換ガスの圧力によって試料と寒剤間の熱結合の程度が決まります。既述の浸漬型テール(図2.6)と同様に、最内側テールのまわりをラジエーションシールドと窓付きテール外枠が取り囲んでいます。ラジエーションシールドにより試料管への熱流入が軽減され、液体ヘリウムの消費量が減り、試料の最低到達温度が下がります。試料管に液体ヘリウムが直接移送されるか、試料管内のヘリウムガスが過剰に加圧されることによって凝縮されると、試料は液体ヘリウムに浸漬されることもあります。この後者のやり方では、暖かいヘリウムガスが冷却され凝縮されるエネルギーが液体ヘリウム容器内に放出されることになるので、かなりの量の液体ヘリウムが蒸発ます。
ⅱ. 真空中に試料を置く例
図3.4に、試料をデュワー内の真空中に置くためのコールドフィンガーが取り付けられるインサートテールの例を示します。コールドフィンガーは、薄いステンレス鋼製の管によって液体ヘリウム容器と隔てられていて、熱交換ガスの空間として機能します。
図3.4 真空中試料のガス冷却式クライオスタット
この管内の熱交換ガスによって、寒剤とコールドフィンガー間の(調整可能な)熱的接触が決まります。コールドフィンガーに取付けられた銅製の熱交換器により、熱交換ガスとコールドフィンガー間の熱的接触が強化され、最低温度域での冷却能力が高まります。コールドフィンガーに取付けられたヒーターは、試料台に取付けられた試料の温度を上げて制御するために使用されます。
熱交換ガス冷却型クライオスタットは、液体ヘリウムまたは液体窒素デュワーのいずれでもうまく機能します。ヘリウムデュワーにおいて、実験に要求される温度が液体窒素温度以上であれば、液体ヘリウム容器に液体窒素を充填して使うことができます。ヘリウムガスは熱伝導率が高いため、通常液体ヘリウムまたは液体窒素との熱交換ガスとして使われますが、液体窒素が主たる寒剤である場合は窒素ガスを使用することもできます。
C. 連続フロー型クライオスタット
既述のように、試料の温度変化は、少量の寒剤の流れを試料付近に連続的に流し、その温度を制御することで実現できます。この寒剤は、デュワーの主たる容器(Janis SuperVariTemp 型クライオスタットによる環境のような)に入れられている場合もあれば、寒剤保存用デュワ ー (Janis SuperTran型クライオスタットによる環境のような)から連続的に移送される場合もあります。寒剤はその温度が上昇する前に気化してしまうので、これらのクライオスタットは液体状態のヘリウムで動作するよう設計されています。これは試料が気化した蒸気の流れの中に置かれる場合に特に当てはまります。場合によっては同じクライオスタットを、多少の改造の有無にかかわらず液体窒素で使用することも可能です。本章では、このようなクライオスタットのいくつかの例を紹介します。
1. 脱着型テール・デュワー用のフロー式クライオスタット
クライオスタットを備えた脱着型テールのデュワーは、ヘリウム容器とは隔てられた試料室に、メインの容器から液体ヘリウムを導入します。これは小さなキャピラリチューブを介して、試料管の底部にある熱交換器/気化器に接続されたヘリウム容器の底部にあるヘリウムバルブを通じて行われます。キャピラリチューブと試料管の下部はデュワーの真空層内にあり、ラジエーションシールドとテール外枠によって囲まれています。隔壁管の直径は通常、試料管より6.4mm大きく、デュワーの真空層はこれら2つの円筒管の間に広がっています。ヘリウム弁は通常わずかに開いて、液体ヘリウムが液体ヘリウム容器から試料管の底部にある熱交換器に少量流れるようにします。この時点で、熱を加えて液体ヘリウムを蒸発させ、その温度を(通常最高300Kまで)上昇させることで、試料台に取付けられた試料の温度を変化させることができます。暖められたヘリウム蒸気は試料管中を上ってクライオスタット上部の排気口から排出されます。試料管は液体ヘリウム容器と隔離されているため、試料管中を流れる温かい蒸気が容器内の液体ヘリウムをさらに蒸発させることはありません。さらに、液体ヘリウム容器に影響を与えることなく、試料管内の圧力を下げることによってヘリウム蒸気の温度を下げることもできます。したがって、1.8K程度の蒸気流は、中型の機械式ポンプ(通常5~9L/s)があれば簡単に得られます。またニ ードルバルブを開くことで試料管をすばやく液体ヘリウムで満たすことも、必要に応じて圧力を下げて液体ヘリウム温度を1.5 K以下まで下げることもできます。液体ヘリウム容器は、2 psigに設定された圧力開放弁を除いたすべての入口を密閉すれば、通常わずかに(約1~2psig)に加圧状態になります。これにより一定の圧力勾配が生じて、液体ヘリウムがキャピラリチューブを通って試料管内へ送り込まれます。
このクライオスタットの重要な利点の1つは、試料を加熱するための試料台ヒーターが必要なく、試料を試料台に熱的に固定する必要もないことです。
これは、試料の冷却(および加熱)が、試料に直接接触するヘリウム蒸気流の温度を制御することによって行われるからです。試料近傍に温度センサーを取り付ければ、試料とセンサーの両方が同じ場所で同じ蒸気流によ って冷却(または加熱)されるため、試料の温度を非常に正確に測定できます。通常、制御用センサーは気化器に設置され、第2のセンサーは試料温度を正確に測定するために試料台に設置されます。市販されているほとんどの自動温度コントローラはこのようなセンサー構成に簡単に対応可能です。熱交換器の熱容量が適度に小さいままである限り、4.2Kから室温までの一般的な温度スイープは約30~45分で可能です。
このクライオスタットのもう1つの利点は、4.2K未満での動作では液体ヘリウム容器の圧力を下げる必要がないことです。通常、液体ヘリウム容器では2.2Kに冷却するまでに容器中の液体ヘリウムの約40%が蒸発します。これは、超電導磁石が液体ヘリウム容器内に置かれている場合に特に重要です。さらに、バルブを絞って試料管内の圧力を下げると、1.8Kのヘリウムの流れが試料を通過します。このモードは、ヘリウムの超流動(または通常流動)が許容できない光学実験において、光干渉を最小限に抑えます。
この温度可変システムは、ヘリウム蒸気流下に試料を置くJanis SuperVariTempクライオスタットによる環境制御の基礎です。試料への光学的なアクセスは、テール部分の外側および内側に窓を開けることによって提供され、最終的に図3.3のテール部分と似た構成になります。このシステムは、試料に照射されるレーザービームや他の光線によって試料で発生する大量の熱を放散させることができます。それはヘリウムバルブと圧力勾配を調整して、試料管に大流量(数L/h)の液体ヘリウムを供給できるためです。
サンプルホルダーは試料管内に上から挿入され、クライオスタットの上部にあるサンプルポジショナーでサンプルホルダーの位置を調整します。O-リング圧着シールを通る単純な6.4mm径のチューブにより、デュワー軸を中心とした試料台の回転や平行移動が可能です。4.2K以上で、試料管内が1気圧の状態になると、試料管の底から上がってくるヘリウム流によって、外気が試料容器内に入りにくくなり、試料の交換が簡単にできます。
このインサートの熱交換器(気化器)の構造を変更することで、2つの便利な構成にすることができます。1つ目は、ドーナツ状のトロイダル気化器を作成し、外枠とラジエーションシールドテールの底部に窓を設けることにより、底部からの光学的アクセスを可能にします。この構造が持つわずかな欠点の1つは、試料管に外部から入り込む異物が底部に沈殿して、内側の底部窓が汚れてしまうことです。
熱交換器のもう1つの変更は、熱交換器自身がコールドフィンガーとして機能するように、平らな面を非貫通ネジ穴がついた試料取付け面として機械加工することです。キャピラリチューブは、コールドフィンガーの試料取付け面の邪魔にならないように、熱交換器の側面(底面ではなく)を通って排気管(元の試料管)につなげます。試料はデュワーの真空部分に置かれるため、試料の交換はデュワーを室温にして真空を破った上で行います。
適切な温度コントローラを使用すれば、4.2K~25K間の試料の温度安定性は通常±0.1K以内です。試料を通過するヘリウムの二相混合体(気相と液相)によって、温度安定性は本質的に制限されています。より優れた温度安定性が必要な場合は、底部に銅製の均温部を備えたシンプルな熱交換ガス用インサートを、クライオスタットの上部から試料管内に挿入できます。このインサートが新しい試料管になって試料の温度安定性が大幅に向上します。このようなインサートは、ファラデーバランス実験など、試料を流れるガス流によって妨害される可能性がある装置でも役立ちます。熱交換ガスの安定した位置に試料を置くことで、ヘリウム蒸気の流れによる乱れを排除できます。このやり方は、液体ヘリウム容器への放射熱流入とクライオスタットの全体的なヘリウム消費量を低減できるため、80K以上に試料を昇温する場合も役立ちます。
気化器の設計として、試料管に流入する適度な流量(50~500cc/h)の液体ヘリウムを気化できる場合、液体窒素で同様の運転を行おうとしても通常うまくいきません。これは液体窒素の気化熱が比較的大きいためです。液体窒素を使用する必要がある場合は、熱交換器と試料管底部の設計を見直して、ヒーターと液体窒素の間の熱交換能力を改善する必要があります。この設計変更は、熱交換器への液体窒素の流量を制限して、液体窒素温度以上でシステムを動作させるために使用できます。
2. 上部開放型デュワー用フロー式クライオスタットインサート
前項で述べたクライオスタットの概念を用いて、上部開放型(バケツ型)の研究用または保管用デュワーで使用する温度可変クライオスタット インサートを作成できます。このようなクライオスタットには、試料管を液体ヘリウム容器と断熱するための独立した真空層と、液体ヘリウムを試料管内に正しく制御しながら引き込むためのヘリウムバルブが備わっています。これらのインサートは、研究用デュワー内に置かれた超電導磁石の内径に挿入するのにも向いています。磁石には自分自身を固定する独自の支持構造を持つため、磁石を動かすことなくインサートの出し入れができます。
逆にインサートによって磁石を支持するようにして、磁石自身による支持機構を省くことも可能です。磁石のサイズによってインサートの断熱管の内径が決まり、試料管の外径は断熱管内径より約12.7mm小さくなります。試料管と断熱管の間は真空にされ、その真空空間内に液体ヘリウム容器から試料管内にヘリウムを送るキャピラリチューブが設置されます。
キャピラリチューブと気化器(関連するヒーターおよび制御用温度センサーを含む)へのアクセスは、脱着可能なインジウム(またははんだ)シールを介して行われます。液体ヘリウム容器は、ヘリウムをニードル弁やキャピラリチューブ、熱交換器を通して試料管に送るのに必要なわずかな加圧状態を維持するために、単純な圧力リリーフバルブを使用して加圧する必要があります。このリリーフバルブの最も便利な設置場所は、蒸気冷却された高電流磁石リード線の(共通の)排気口です。それは、大電流が流れる超電導磁石のリード線には冷たいヘリウム蒸気の流れが維持されているためです。
温度の制御は、脱着テール用インサートのクライオスタ ットと同じ方法で可能です。ヘリウム蒸気流により約1.8K~300Kの範囲を、また超流動ヘリウムによって最低1.5Kまでの範囲をカバーします。あらためて言いますが、4.2K未満での動作は、超電導磁石を収容するヘリウム容器の上部をポンプで減圧することなく行えます。
液体ヘリウムを使用して80K以上の温度で長時間運転する必要があるシステムでは、もう一本別の熱交換ガスタイプのインサートを試料管に挿入します。これにより、静的なガス環境のより小さな試料管が提供され、液体ヘリウム容器内のヘリウム消費量を増やすことなく、試料台上の試料を80K以上にまで加熱することができます。したがって、より高い温度範囲で運用する場合は、気化器の温度を5K~30Kに維持しながら、試料の温度制御を試料台にあるヒーターで行うことができます。これには通常、熱交換ガスの圧力を1mTorrに近づける必要があり、試料台の温度を上げるのに必要な熱量が削減されます。このようなシステムは、1.5K~300Kの間で使用される一般的なCernoxセンサーを適切なセンサー(Eタイプ熱電対など)に置き換えた場合、より高い温度(最大700~800K)で運用することができます。また、高い温度に耐える(および高温に達する)ためには試料台に特別なヒ ーターが必要です。超電導磁石や液体ヘリウム容器は試料台の高い温度の影響は受けずに、同程度のヘリウム消費量で動作することがよくあります。
3. 連続転送型クライオスタット
研究室のスペース不足や、より持ち運びしやすいクライオスタットの必要性から、元々のヘリウム(または窒素)容器ではなく、小型のクライオスタットに変更することが望ましいことが多くあります。このような用途には、柔軟な部分を備えた効率的な真空断熱搬送ライン(トランスファーライン)により、寒剤を貯蔵用容器から小型クライオスタットまで寒剤を輸送できます。この手法は、注入する寒剤への熱流入を下げられるのでインラインバルブよりも好ましいです。
トランスファーラインの外管には、操作性を高めるために長さ1.5m~3mのフレキシブルな部分があります。内側のラインは直径1.6mm~3mmのステンレス製のチューブで、MLI(多層断熱材)で包まれています。トランスファーライン内にスペーサーを適切に設計して配置すると、内側のチューブをフレキシブルな外側のライン内で同心状に保ちます。寒剤貯蔵容器に差し込む脚部分は、一般的な容器に合わせて直径12mm 長さ1m~1.5mに作られています。トランスファーライン全体は真空断熱されており、その真空を良好(10-5Torr)に保つための真空排気バルブと、寒剤の内部漏れに備えた安全圧力リリーフバルブが付いています。慎重な設計と製造技術により、内部ラインへの熱流入は、標準的なユニット(フレキシブル部:183cm長、内側チューブ径:1.6mm、貯蔵容器用の脚部:122cm長、クライオスタット用の脚部:51cm長)で300mW未満に低減できます。このトランスファーラインは連続的冷媒転送に使用できるため、可能な限り効率を高めることが不可欠です。
このようなトランスファーラインには、2種類の構成があります。1つ目の構成は真空中のコールドフィンガーに試料を取り付けるタイプで、もう1つの構成は寒剤蒸気の流路の中に試料を置くタイプです。
i. 試料を真空中に置く
図3.5は、トランスファーラインを使用するシンプルなコールドフィンガー型クライオスタットの例です。トランスファーラインの差込み部(脚)は、クライオスタット上部のOリング圧縮シールの内側にぴったり入り、コールドフィンガーの内側に寒剤を注入します。寒剤は中芯ステンレス製断熱管を通り抜けて、ラジエーションシールドが取付けられたサーマルアンカー(熱ブロック部)を冷却します。寒剤は最終的に、真空層用の取り外し可能なシールから離れた通気ポートから排出口から排出されます。
通常、外側(真空)の層には、エラストマーシールが使われていて簡単に取外しができ、試料ホルダーに関案にアクセスできます。蒸発寒剤によって冷やされるラジエーションシールドは、サーマルアンカーにネジ止めされており、液体ヘリウム使用時には必要とされます。このクライオスタットは、流量調節弁で流量を著しく減少させることができる場合に限り、液体窒素でも使用することもできます。コールドフィンガーに取付けられたヒーターにより、4.2K(液体ヘリウムの場合)または77K(液体窒素の場合)以上に昇温することができます。試料への光学的アクセスは、真空層に窓を追加し、ラジエーションシールドに穴(または窓)を設けることで容易になります。真空排気弁および圧力リリーフ弁、真空気密の電気フィードスルーは通常、脱着式の真空層の接続部の上側に配置され、必要な真空およびコールドフィンガーへの配線アクセスを可能にします。
図3.5 連続転送型クライオスタット
このようなクライオスタットはどのような向きでも動作できますが、いかなる温度においても素直位置で寒剤の消費量が最少になります。4.2Kを超える温度は。液体ヘリウムの流量を減らすか、コールドフィンガーに巻付けられたヒーターによる加熱で得られます。4.2K未満の温度は、流量制御バルブを絞って排気口から真空排気(ポンピング)するか、コールドフィンガーの上部にヘリウムを集めて流量制御バルブを閉じた状態で(排気口での)圧力を下げることによって得られます。後者の方法の方が通常、より低い温度(約1.4K)を生成します。この方式は、Janis SuperTran-B型クライオスタットの低温環境の基本になっています。
ii. 試料を寒剤流中に置く
図3.6は、同じくトランスファーラインを使用できるクライオスタットの例です。トランスファーラインはクライオスタット上部の適合(メス形)挿入口に(水平に)差し込まれ、寒剤がキャピラリチューブを通って試料管下部にある熱交換器/気化器に導入されます。図3.6に示したクライオスタットには低温部に閉じ込められた内側窓と室温の外側窓があり、これらを介して光学的アクセスが可能です。冷たい寒剤蒸気はクライオスタット上部にある排気口から排出(またはポンピング)され、その過程でサーマルアンカーとそのアンカーに取り付けられたラジエーションシールドを冷却します。このシステムは、脱着テール式デュワー(Janis SuperVariTemp型の低温環境)と同様に動作し、寒剤はその貯蔵容器(デュワー)から連続的に移送されます。
図3.6 コールドフィンガー型連続転送クライオスタット
このシステムは元々、液体ヘリウムを寒剤として使用するように設計されましたが、新しいバージョンでは液体窒素も使用できます。4.2K未満(1.8Kまで)で動作させるには、試料空間を液体ヘリウムで満たし、流量制御バルブを閉じて試料管の排気口を介して圧力を下げる必要があります。また試料管の排気口で減圧排気しながら流量制御バルブを絞ることで、約3Kの寒剤蒸気流動雰囲気で連続動作させることもできます。
このシステムの液体ヘリウム消費量は、同じトランスフ ァーラインを使用するSuperTran-Bのようなコールドフィンガーを使うシステムよりも一般的に多くなります。これは、ヘリウム寒剤がキャピラリチューブ(通常は長さ約30.5cm)を通って移動する必要があり、キャピラリチューブが少なくとも2ヵ所で直角部を経る必要があり、放射や流れの乱流による熱負荷が伴うためと考えられます。屈曲経路により、流れる寒剤に約600mWの熱流入が加算され、4.2Kでの寒剤の総消費量は約1.5L/hになりますが、これは20K以上では0.5 L/h未満に低下します。この方式のシステムは、迅速な冷却能力、可搬性、使いやすさ等により、用途が合えば一般的なデュワーよりも望ましいクライオスタットとなり得ます。このシステムはJanis SuperTran-VP型クライオスタットによる低温環境のベースとなります。
iii. 顕微鏡用途に特化したシステム
顕微鏡の対物レンズと試料間の距離を最小にする必要がある実験に特化した低温システムが開発されました。これらのシステムは、試料をしっかり安定して支持するとともに、寒剤の流入および流出経路との実効的な分離を実現する細心の設計がされています。これにより、典型的な揺動が2nm/minの優れた空間安定性を実現しています。これらのクライオスタットは通常、標準的な顕微鏡の対物レンズの下に収まるように高さが低く、顕微鏡の下でクライオスタットをしっかりと支持する安定したベースを有しています。図3.7は、個別のヘリウム流入ラインと排気ラインを備えた顕微鏡用クライオスタットの例です。このクライオスタットは、他の連続転送型クライオスタットに使用されているのと同じ高効率のトランスファーラインで動作します。
図3.7 連続転送型顕微鏡用クライオスタット
試料へのアクセスは通常、真空層の上蓋を開けて行います。この蓋には、試料のすぐ近く(通常3~10mm)に小さな窓があります。このクライオスタットには通常、底部にも透過光測定を可能にする窓があります。
また、超電導磁石、電磁石、永久磁石のボア内に挿入するための、拡張上部真空層やラジエーションシールドも付属しています。クライオスタット内部にナノスケールのX-Y-Z位置決めステージを設置すると、コールドフィンガーと試料の精密な位置決め操作が可能になります。
4. クローズドサイクル冷凍機システム
液体寒剤の使用に支障があるような場合や入手が難しい場合は、機械式のクローズドサイクル冷凍機を使うことも可能です。最も一般的な市販の冷凍機は、作動流体として高純度(99.999%)のヘリウムガスを使用する2段式GM(Gifford-McMahon)型、またはより新しいPT(Pulse Tube)型の冷却器を使用しています。
(参考文献2、Ch.2)
これらのユニットでは、コールドヘッドは、コールドヘッドを出入りして圧縮ヘリウムを循環させる2本の高耐圧フレキシブルチューブを介してコンプレッサーと分離されています。これにより、重いコンプレッサー(65~180kg)を近傍(3m~20m)に置きながら、8kg~15kgのコールドヘッドを簡単に扱うことができます。GM型冷凍機のコールドヘッドには、コールドヘッドの2段のステージ内のヘリウムガスを圧縮・膨張させるディスプレーサ(ピストン)が含まれています。また、流入ガスを冷却するために重要な熱回生器(逆流熱交換器)も含まれており、最終的に第2ステージの冷却を行います。これらの熱回生器は通常、入ってくる暖かいヘリウムガスから熱を吸収して、出ていく冷たいヘリウムガスに熱を与えることができるように、熱伝導性が低く、比熱が大きく、表面積の大きい材質で作られています。パルスチューブ(PT)型冷凍機には、ディスプレーサその他の可動部品がないため、メンテナンスが必要になる可能性が低いという利点があります。
このコンプレッサーは通常、220psi~300psiの高圧まで充填されます。コンプレッサーはステンレス製のフレキシブル管と特別なAeroquip継手を介してコールドヘッドに接続されており、高純度のヘリウムガスに空気が混入しないように管を素早く着脱することができます。GM型冷凍機のコールドヘッドにはロータリー機構で作動する吸気バルブと排気バルブが付いています。ディスプレーサは、空気圧で、またはバルブを駆動する同期モーターによって駆動します。コールドヘッドにディスプレーサがないPT型冷却器には、コールドヘッド頂部、または約60~100cm離れた場所にセミフレキシブルチューブで接続された回転バルブとモーターが付属しています。オプションでモーターをコールドヘッドから電気的に絶縁して、コールドヘッドに取り付けられたクライオスタットへの電気的ノイズを低減することも可能です。モーターの動作が遅くなって冷却能力が低下してしまわないように、モーターは低磁場(500G以下)に配置する必要があります。またコールドヘッド自体も、回生器の性能に影響が出て冷却能力自体が低下する危険を避けるために、比較的低磁場(1000G以下)に配置する必要があります。
GM型冷凍機内のモーターとディスプレーサの動作周波数は約2Hz~3Hzで、使用する電源の周波数(通常は50または60Hz)によって異なります。低い周波数(50Hz)では通常、1段目の冷凍能力が低下しますが、10K冷凍機を除いて2段目の冷却能力には影響を及ぼしません。PT型冷凍機では、モーター周波数は約1Hz~2Hzで、冷却能力は電源の周波数に影響を受けません。GM型冷凍機のコールドヘッド内のモーターと関連するピストン(ディスプレーサ)の動きにより、コールドフィンガーとコールドヘッドの外表面に一定レベルの振動が伝達されます。PT型冷凍機には可動部品がないため、コールドヘッド外表面に伝わる振動は少なくなりますが、冷却サイクル中の圧力変動に伴うコールドステージの振動は依然として発生します。これらの振動(約4μm)は通常、GM型冷凍機の振動より1/2~1/4程度小さくなります。幸いなことに、これらの振動は低温での多くの実験では許容範囲内で、これらの振動をさらに低減するための特別な防振技術も用意されています。これらの技術は通常、柔軟な銅製ブレードあるいは剛性の試料台と組み合わせた熱交換ガス機構の使用を必要とするため、冷却能力がやや低下し、試料の最低温度が少し高くなってしまいます。
一般に2段式のGM型冷凍機には2つのタイプがあります。小型のタイプは最低到達温度が8K~10Kで、通常の冷却能力は20Kにおいて2W、または10Kで2W、20K(またはそれ以上)で最大9Wです。この冷却能力があれば、低温実験室でのほとんどの実験には十分です。GM型冷凍機のもう一つのタイプは、到達温度が4.2K以下のタイプで、4.2Kで0.1Wから1.5W(現時点で)までの様々な冷却能力で4.2K未満の温度に達し、ベース温度は3K未満に達します。
これらのユニットでは、コールドヘッドやコンプレッサ ーのメンテナンスもほとんど必要ありません。コンプレ ッサーフィルター(活性炭吸着材)は一般的に、9000~10,000h使用後に交換する必要があります。
フィルターは、コールドヘッドに戻ってくるヘリウムガス中の揮発オイルの痕をすべて除去します。フィルターを交換しないと、揮発オイルの一部がコールドヘッドに付着し、そこで凍結する可能性があります。一部のシステムでは、この運転期間の後に、ディスプレーサおよびそのガスケットシールの交換も推奨されます。コンプレ ッサーに付属の運転時間メーターは、システム全体の稼働時間を示すことになります。
2段式PT型冷凍機にも10Kタイプと4.2Kタイプの2つの種類があり、需要は後者の方がはるかに高くなります。 4.2KタイプPT型冷凍機の中にも、0.25Wから最大1.5W (最新型)までの冷却能力の種類があります。PT型のコールドヘッドは、20,000時間ごと、場合によってはさらに長時間(最大30,000時間)ごとのメンテナンスを必要とします。現時点では、これらの比較的新しい冷凍機について、より長いメンテナンス間隔で動作保証できるか十分なデータがありません。注意すべき明確な差として、PT型コールドヘッドはGM型のような傾いた状態では使用できません。PT型コールドヘッドは真の垂直から約15~30度傾くと、ある程度の冷却能力の低下が生じます。
またコンプレッサーには、ヘリウムガスを圧縮したときに発生する熱を放散する熱交換器が付いています。水冷式と空冷式の両方がありますが、空冷式の方がわずかに高価です。コンプレッサーには温度が上がりすぎた時にオフになる安全スイッチが付いています。これは、水温が高い、冷却水量の低下、周囲温度が高すぎるなどが原因で作動する可能性があります。他の安全装置として、圧力が高すぎたり低すぎたりした場合にコンプレッサーをオフにするスイッチや、システムの過負荷時に圧力を逃す安全弁があります。また空気、水蒸気、オイル等で汚染された場合や圧力が低くなりすぎた(通常30psi未満)場合には、コンプレッサーとコールドヘッドを純度99.999%のヘリウムガスでクリーニングしてからシステムを再充填する必要があります。一般的に各種の冷凍機に必要な電力は、(10Kシステムで)2kWから(4Kシステムで)8kWの間で変わります。またAC電源入力は、10Kシステムの場合AC単相220VAC、4Kシステムの場合3相で最大400または470VACが必要です。
各コールドヘッドの構造は、一定の形状のコールドフィンガーを有する個々のクライオスタットに当然適合したものとなります。実際これらの冷凍機は、クリーンな環境が必要な真空槽内でのクライオポンプとしても適当なバッフルや凝縮フィンと組合わせて使用されています。可変温度クライオスタットとして使用する場合は大きく、試料を真空中に置く構造と、2段式冷凍機により冷却される冷却ガス管中に置く構造の2つのタイプに分かれます。これらの2つのタイプについて次章以後で説明します。
A. コールドフィンガークライオスタット
図4.1は、断熱真空層に取付けられた機械運動をするピストンと、電気端子用フィードスルーと排気バルブ、圧力逃がし安全弁(図面では省略)などのアダプタ類を備えた10Kタイプのクローズドサイクル冷凍機のコールドヘッドを示しています。
図4.1 クローズドサイクル冷凍機クライオスタット
冷凍機の2段目(コールドフィンガー/試料台としても機能)と1段目からなるコールドヘッドの周囲にはラジエーションシールドが取り付けられていて、さらにその周囲が真空層で覆われています。ラジエーションシールドは1段目冷凍機に直接接触して60~80Kに冷却されており、この構造でコールドヘッドを8K~10Kまで冷却することが可能です。図の装置はコールドフィンガーが上方向を向いていますが、PT型冷凍機は前述のように上向き状態では動作しないので図の構造はGM型冷凍機に限ります。コールドフィンガーに取り付けられたヒーターにより室温までの昇温が可能です。さらに高温が必要な場合は、通常のコールドヘッドは室温よりもさらに高い温度に耐えられる設計ではないので、2段目冷凍機に特別な断熱段を設ける必要があります。この場合は、2段目冷凍機がこのような高温になってコールドヘッド自体が損傷してしまうことを防ぐための保護回路を用意することをお勧めします。
図4.2は、PT型冷凍機の要請であるコールドフィンガーが垂直(下向き)方向になった構造のPT型コールドヘッドです。図4.1及び4.2は、試料台への光アクセスを可能にするシンプルな光学窓を備えた例で、光アクセスが不要な場合はこれらの光学窓も不要です。より小型化をしたい場合は、ラジエーションシールドと真空断熱層をよりコールドフィンガーに近づけた構造にもできます。省スペ ースのために、コールドフィンガーに細長い無酸素銅製の延長棒を取付けて延長することもできます。そうやってラジエーションシールドと真空断熱層を極小化して、狭いすき間(電磁石の磁極間隙など)に収めることもできます。そうやって最終的に試料台の最低到達温度は、コールドフィンガーよりも1度またはそれ以上高くなる可能性があります。
図4.2 PT型冷凍機クライオスタット
標準的なシステムは約1時間で最低温度に到達しますが、その時間はコールドフィンガーに取り付けられた試料台や試料自身の大きさに影響されます。コールドフィンガーの最低到達温度において少し(0.1~0.5K)の温度変動を示す装置もあります。この温度変動は2段目冷凍機内部のディスプレーサの動き(およびそれに伴う熱力学的な冷却サイクル)に関係していて、自動温度調整器(コントローラ)と温度センサーを使用して最低到達温度よりわずかに高い温度にキープすることで解消することができます。あるいは特別に設計されたコールドフィンガーに特別なステージを追加設置することで、この温度変動を数mKまで最小化することも可能です。
試料が真空中に置かれる他のコールドフィンガー クライオスタットでも同じですが、試料がコールドフィンガーとまったく同じ温度であると考えてはいけません。そのため試料自体に温度センサーを取り付けることで、より正確な温度測定が可能になります。
B. ガス冷却型クライオスタット
図4.3は 7Kまたは10KのGM型クローズドサイクル冷凍機のコールドヘッドです。このコールドヘッドには、周囲をラジエーションシールドと断熱真空層に取り囲まれた冷却ガス方式試料空間につながる圧搾空気駆動のディスプレーサが付いています。試料管の下部は、2段目冷凍機と直接接触して冷却される銅製の等温表面で形成されています。ラジエーションシールドはアルミニウムまたは銅製で、1段目冷凍機に直接接触して冷却されています。このラジエーションシールドは、試料管上部のポイントに温度固定接触しながら試料管の主部分を取り囲むことで、室温から試料管に流入する熱伝導を遮断しています。
図4.3 ガス冷却式冷凍機クライオスタット
試料は、クライオスタットの上部に出てくるバッフル付きの長いステンレス製薄板管に支えられた銅製の試料台に取り付けられます。
真空層内の2段目冷凍機への電気信号配線類は真空層の底部付近に配置されているのに対して、試料まわりへの配線類はトップローディング試料止め上部にあります。ヒーターと制御用センサー類は、2段目冷凍機か試料台に取付けても良いでしょう。これら2点のどちらかで試料台の温度を制御して良いのですが、2段目冷凍機には熱容量の大きなものが取り付けられていて温度制御がややスローかもしれません。試料と試料台は、試料管内のヘリウム冷却ガスの半分ほどと一緒に2段目冷凍機(およびそのヒーター)を通して間接的に冷却または加熱されます。熱容量が小さい分だけ試料台の方が温度制御が速くなります。それでも、試料が試料台と同じ温度に(特に昇温時)なるようにしっかり試料台に熱固定しておくことが肝要です。
冷却ガス管内の圧力は、ヘリウムの消費量が問題となる液体ヘリウム容器の場合ほど厳格に制御はされません。良く設計されたシステムでは、10Kていどの試料温度を達成することは十分可能です。この方式(ガス冷却)は、コールドフィンガー式では必須であった試料交換時のコールドヘッド全体を加熱して真空を解除する作業が不要で、トップローディング機構を使って迅速に試料の交換が可能な点が特長です。試料交換時に試料管内に外気が入らないよう、内部の冷却ガス圧力を大気圧にまで上げておく必要があります。この方式の短所は到達最低温度がやや(3~5K)高いことと付加コストです。
この方式のもう一つの利点は、コールドヘッド内部のディスプレーサやバルブの作動機構によって生じる振動から試料台を切り離せることです。これは、試料管上部と試料位置決め部との間に防振用のベローズと支持フランジを設けることで可能になります。このフランジは固定されたステージにボルトで固定することができ、試料ロッドとベローズを支持する役目をはたします。試料ロッドと試料台、ラジエーションバッフルは共に、試料管の壁と接触しないようにし、固定ステージから垂直に保持しておかないといけません。
図4.4は、コールドヘッドが垂直方向に限られるガス冷却型クライオスタットの、もうひとつの構成です。この構造は製造コストが若干高くなるものの、使用するエンドユーザにとってはとても便利なです。この例ではPT型コールドヘッドが用いられていますが、コールドヘッドの2つのステージは、サンプルロッドが挿入されているガス冷却式試料管と熱的には密結合していますが、機械的には絶縁されています。この機械的絶縁は、サンプルが十分低い温度(4K冷凍機で4.5K以下)に達するようかなり大きな熱コンダクタンスを持つよう特別に設計された無酸素銅(OFHC)製のフレキシブルなサーマルリンクで実現しています。
図4.4 ガス冷却式冷凍機の振動絶縁の例
C. 振動絶縁型クライオスタット
無冷媒冷凍機への関心の高まりと共に、これらのシステムにつきものの振動の影響を排除したいという要望も高まってきました。先述の2つの例は、試料を冷却ガス中に配するタイプでした。 図4.5はこのようなニーズに合った、本体の主たるコールドヘッドから機械的に切り離された新しいコールドフィンガーを有するクライオスタットの例です。この場合、コールドフィンガー(およびその周りのラジエーションシールドと断熱真空層)へのサーマルリンク(熱伝導)は、ヘリウム冷却ガスを介して行われます。クライオスタットは防振台上に固定されていて、コールドヘッド自体は別途独立して支える必要があります。フレキシブルなベローズを使って、クライオスタットを振動からは分離しながらコールドヘッドはクライオスタットと熱結合させます。この構造は、コールドフィンガーが外部へn光学窓に非常に近接して配置される顕微鏡タイプのクライオスタットに応用することも可能です。これらのクライオスタットではコールドヘッドの冷却能力はかなり低下し、最低到達温度はコールドヘッドの基本最低温度より数度高くなることがあります。
図4.5 振動を絶縁したGM型冷凍機
5. 実験上のテクニックとデータ
温度可変クライオスタットを使えるようにする最後の仕上げは、最適な温度測定方法、自動温度制御、試料の取付方法、そしてシステムの冷却テクニックになります。以下は、市販の温度計器、確実で効率的な冷却をするための種々の注意事項、そして所望の試料温度に到達するために必要な熱結合技術などを重点的に述べます。
A. ヘリウムクライオスタットと試料の冷却
クライオスタットの構築に用いられる一般的な材料(ステンレス鋼、銅、アルミニウムなど)のエンタルピーは、温度の低下とともに急速に低下します。このためデ ュワーを室温から77Kまで冷却する場合には、その低コスト性と(ヘリウムに比して)高い気化熱から、液体窒素が寒剤としての第一選択になります。
これが終わると、その容器底部にまで達する管をヘリウム容器に挿入して容器を加圧し、液体窒素を吹き出すことで(ヘリウム容器から)液体窒素を除去することができます。既述のように、液体ヘリウムを転送する前にヘリウム容器内のすべての液体窒素を除去しておくことがきわめて重要です。なぜなら液体窒素が凝固するとその熱容量は銅よりも一桁大きいからで、もしヘリウム容器の底に5cmくらいの液体窒素が残っていれば、それが4.2Kまで冷却されて液体ヘリウムが容器に溜まるようになるまで大量の液体ヘリウムを消費することになります。単純な容器を77Kまで冷却するだけなら1時間以下で済みます。しかし大きな熱容量の物体(例えば、4K用のラジエーションシールドや大形の試料)が容器につながっているような場合は同じプロセスに数時間を要することがあり、この物体の端に温度センサーを取り付ければよく分かります。
すべての液体窒素が除去されたら、適切なヘリウムトランスファーラインを用いて液体ヘリウムを転送することができます。トランスファーラインの真空層は定期的に真空排気し、吸込み側の断熱されたデュワー脚(先端)はヘリウム保管デュワーの底に実際に届くように伸ばしておく必要があります。トランスファーラインの送出側の先端はすべてて断熱されているか短い(5cmほどの)延長管が付いているかのどちらかで、ヘリウム容器の最底面にヘリウムを送出できないといけません。ヘリウム転送は、初めは非常にゆっくりした速さで始めてヘリウム容器内の(付属品を含む)全ての部材が20K未満に冷えるまでその速さで維持します。これはヘリウムガスがクライオスタットの頂部まで昇って排出される過程のエンタルピーを利用して、ヘリウム容器とその内容物を冷却でいるようにするためです。ヘリウム転送に不慣れでこのエンタルピーをじゅうぶん活用できないと、デュワーを77から4.2Kまで冷却するのに通常の10倍もの液体ヘリウムを消費し得ます。急いでヘリウム転送をするとヘリウム容器内がほとんど20K以上の温度であるにもかかわらず短時間で液体ヘリウムが容器内に溜まり得ますが、その場合残りの容器内を4.2Kまで冷やすために1時間くらい液体ヘリウムが沸騰してしまいます。
試料も液体ヘリウム容器と同時に冷却されていくことが望ましいです。試料がヘリウム容器内にある場合は、ヘリウムの蒸気に直接触れることでヘリウム容器とともに冷却されていきます。一方、試料が真空中のコールドフ ィンガー上にある場合はコールドフィンガーに十分に熱結合させておく必要があります。こうすることにより冷却時間は短縮され、試料の到達最低温度はより低くなります。できれば試料温度を確認するために試料(またはそのホルダー)にセンサーを取付けると良いでしょう。この温度センサーは、コールドフィンガー自体のオプシ ョンに加えておきましょう。
一般に2つの部材が(真空中で)接触していると双方の表面の境界にまたがって必ず熱抵抗が生じます。特に一方が寒剤(または冷却ガス)との接触で冷却されていてもう一方が最初の部材との表面接触によってのみ冷却されているような場合、たいてい2つの部材間に温度差が生じます。この温度差は2つ目の部材の熱容量とそこへの熱抵抗に比例します。この熱抵抗は、2つの部材間の接触圧を高くし導電性エポキシかグリースを塗布することによって減少させることができます。接触面の表面積を増やすためにインジウム薄膜を使うことも可能です。
一緒に押圧された2つの部品の間の熱抵抗は、接触面の状態にも依存するために測定が困難です。それらの表面はクリーンでよく研磨されている必要があります。45.4 kg の力で押圧された銅どうしの表面の熱抵抗値は、4.2Kで約100K/W、77Kで3K/Wです。同条件のステンレス鋼の場合は、4.2Kで185K/W、77Kで3.8K/Wになります。表面を金めっきした銅どうしでは 4.2Kでの熱抵抗値を20分の1に減らせます。(参考文献1第VII章、参考文献2第4章参照)
試料をコールドフィンガーに取付ける場合は、試料への熱抵抗をできるだけ小さくするために両者の間の熱結合を良くしておく必要があります。したがって、試料に通ずる線類をその手前でコールドフィンガーにしっかり巻き付けて(導電性エポキシを使ってもよい)熱的に良く結合させておく必要があります。またコールドフィンガ ーに直接熱結合されたラジエーションシールドでそのまわりを囲むことも、試料への放射熱流入を減少させることに有用です。これらのすべての注意事項が、試料とコールドフィンガー間の温度差を最小限に抑制します。
B. 温度の測定と制御
低温実験では多くの種類の市販の温度センサーを使用することができます。中でもよく使用されているのは、シリコンダイオード、セルノックス、酸化ルテニウム、白金抵抗、ガリウム(またはガリウム-アルミニウム)ヒ素ダイオードです。他にゲルマニウム、カーボングラス、ロジウム-鉄などもある程度使われています。これらのセンサーは、熱サイクルの繰り返しによってその特性が安定する傾向があり、しっかり校正することができます。 シリコン、ガリウムヒ素、ガリウム-アルミニウムヒ素ダイオードは通常定電流駆動で使用され、発生する電圧が温度によって(再現性よく)変化します。白金およびロジウム鉄センサーも定電流で駆動され、その抵抗値が温度によって変化します。セルノックス、酸化ルテニウム、ゲルマニウム、およびカーボンクガラスセンサーは、温度によってその抵抗値が数桁にわたって変化するために可変電流で駆動します。異種金属どうしをはんだ付けまたは溶接した一対のワイヤーからなる熱電対は、小型のセンサーが必要な場合に有用です。これらの熱電対は温度によって変化する起電力を発生し、温度測定の基礎としても使用されますが、4.2Kにおいては他のセンサーほど温度感度が高くない(金鉄クロメル熱電対の標準的な感度は10μV/K)です。そしてワイヤーの金属組成がわずかでもずれると熱電対の標準電圧曲線から大きく外れる可能性があります。したがってここでは、上に挙げたダイオードおよび抵抗センサーに限定して議論をします。
1. 温度センサー設置
様々な種類の低温センサーについて述べる前に多くのセンサーに共通する特性について知っておきましょう。センサーメーカーはセンサー自身の筐体とその内部にある感温素子の間にしっかりした熱結合を確立するためにいろいろ工夫や努力を重ねますが、現実の温度検知の70~80%は電気信号用のリード線を介して行われます。温度センサーが液体ヘリウムかその蒸気内にある(センサー本体とリード線すべてが蒸気に包まれている)場合には何も問題は生じませんが、真空中のコールドフィンガーにセンサーが取り付けられている場合は誤差の原因となります。真空中で室温からヘリウム・クライオスタットの最低温部分までのびているリード線は、センサーの表示温度がその取り付け面の実際の温度より10Kも高くなってしまうほどの熱を容易に運び得ます。なのでセンサーのリード線がセンサー本体から出たところで、そのまわりを覆っている「テフロンのスパゲッティ」(状の絶縁被膜を指す)を取り除いてコールドフィンガーにエポキシ(Stycast 2850 など)でしっかりと巻き付けて熱的に固定することがとても重要になります。この時、リード線とコールドフィンガーの間で電気的にショートしないようにしないといけません。
室温部までつながるリード線は、マンガニンまたはリン青銅、つまり熱伝導率の低い合金が好ましいです。普通は32AWGくらいの電線を使用し、その室温部の端までの全長をスパイラル状にして実効的な長さを長くし、熱伝導をしにくくしておきます。室温からの大きな熱流入を遮断するために、その中間的な温度(80K)の点でリード線を熱的な固定をしておくことも重要です。本章末にある表を使った簡易計算をすれば、そのクライオスタットの冷却能力がこれらのリード線による流入熱に対応可能かを判断できます。これは4.2K以下の熱容量が非常に小さい領域ではるかに重要になります。熱容量が小さいと、温度が大幅に上昇したり、誤った温度測定値が発生したりする可能性があります。
i. シリコンダイオード
シリコンダイオードは、1.5K~300K(または500K)の温度範囲で使用される最も一般的なタイプのセンサーとな っています。10μAの定電流源で駆動すると低温域では約1.7Vの電圧を示しますが、室温付近では約0.5Vに下がります。その温度感度はだいたい、20K以下での25mV/Kから70K以上での2.3mV/Kまでの範囲内にあります。このセンサーは定電流で作動させるので自動温度調整器での使用が第一選択になります。主な欠点として77K以下では磁場によりその電圧が比較的大きく変化することです。従 って1T程度の低磁場下でも温度の測定や制御に使用することは好ましくありません。
このセンサーには、リード線での電圧降下の影響を除去できるように通常4本のリード線がついています。このリード線が細い銅線(32AWG/0.2mmφ)でも、10μAの電流源で3mの長さで生じる電圧降下はセンサーの出力電圧に比べて無視できる程度なので2線式の配線で十分です。32AWGのリン青銅線(抵抗値3Ω/m)を使用した場合でも、3mの長さで生じる電圧降下はセンサー電圧の約1/1000程度です。
シリコンダイオードの特長の1つとして、リード線が固定された銅製の小さな(約0.8mmφ)円板型に埋め込まれていることです。この形状は、真空中のコールドフィンガーの表面に簡単にM3ネジで固定できます。それ以外に気をつかうリード線の固定等は不要です。
最後に、現在シリコンダイオードは、100K未満の温度域で標準カーブ(特性)から0.5K~1K以内の偏差の温度特性を持ったものが商業的に生産されています。この標準カーブは温度コントローラ内のPROMにも記憶されていてこのダイオードセンサーのすべてに使用できます。より高い確度が必要な場合には、個別のダイオードセンサーを校正してその校正値をコントローラに記憶させることが可能です。
ii. ガリウムひ素ダイオード
GaAsおよびGaAlAsダイオードも定電流(10または100μA)で駆動されますが、ある標準カーブに適合するような温度特性のものを量産することはできません。しかし個別に校正をして、一般的な(定電流駆動の)温度コントローラで使用することができます。シリコンダイオードに勝る唯一の利点は、出力電圧が印加磁場によって大きく変動しないため低磁場(1~2T)下でも使用できることです。
iii. 白金抵抗
白金抵抗センサーは、一般に抵抗値が比較的一定の割合(約0.4Ω/K)で増加する60K~500Kの間で使用されます。時には約20Kの低温まで使用されますが、その場合感度は約0.08Ω/Kまで低下します。外装ケースがセラミックの場合は最高600℃まで使用できます。しかし高温にも耐えられる形で、低温においてセンサーとそのリード線を熱的に固定させる技術がまだ確立されていません。
一般的な100Ω(0℃にて)白金センサーは、定電流で駆動されて60K以上で標準カーブから数度以内の特性を示します。このセンサーも磁場による抵抗値への影響が小さいので、30K以上の温度範囲で大きな磁場(14T以上)下で使用できます。
iv. セルノックス (Cernox®)
この薄膜抵抗によるセンサーは 1994年末頃に開発され、低温(最低1.4K~4.2K)や高磁場(最高19T)下で広く使用されています。旧来のカーボングラスや、磁場下では使いにくいゲルマニウムなどはほとんどこのセンサーに取って代わられてきました。これら旧来のセンサーは4.2Kでの感度(約1100Ω/K)は優れていますが、10Kではその感度が1桁低下し、77Kでは2桁以上低下します。
He3の低温度まで使用できる特殊なセルノックスも開発されていますが、その温度領域では磁場依存性が高くなるため磁場下では使えません。酸化ルテニウムの方がおすすめです。またこの特殊なセルノックスは標準カーブには従わないので、個々のセンサーに対する個別の校正がないと正確な温度測定はできません。このセンサーもシリコンダイオード(上記参照)と同じ構造のものが販売されているため、クライオスタットへの取付けが容易です。
また420Kまでの高い温度範囲で校正して使用することもできますが、前述のとおり感度は大幅(-0.09Ω/Kまで)に低下します。セルノックスセンサーも4線構成で提供されますが、一定の精度を保ちかつ最低温度(4.5K以下)での自己発熱も抑えるために可変電流駆動が必要です。
v. 酸化ルテニウム
この厚膜抵抗センサーは高磁場、特に極低温域(約25mK~20K)での使用に有効です。また標準カーブから50mKで10mK以下、20Kで0.6K以下の偏差内におさまるセンサ ーも販売されています。この標準カーブのデータはたいていの温度コントローラに保存されていて、このタイプのどの酸化ルテニウムセンサーとも共通して使用できます。さらに高い精度が必要な場合は個々のセンサーを校正して、その校正値をコントローラに保存することもできます。センサーの抵抗値は、低温域でかなり高くなるので、自己発熱を避けて正確な測定値を得るためには可変電流駆動や電流反転・平均化技術が必要です。
vi. ゲルマニウム
この抵抗センサーは、すべて電流と電圧のラベルが付いた4本リード線付きで供給されます。このセンサーの取り付けには、既述のようにリード線を熱結合させて温度を固定させる注意が必要です。100K以下の温度では抵抗値は温度の上昇とともに減少し、それ以上の温度では温度カーブがゆっくりと折返し始めるので、このセンサーは100K以下で使用します。このセンサーはクラス分けされて販売されていて、1つのクラスは1.5K~100Kの間で使用されます。その他のクラスは、より低い温度範囲(6K~0.3Kまたは0.05K)で使用されます。抵抗値は数桁にわたって変化するので、可変電流源での駆動が必要です。熱起電力誤差を除去するための電流反転を行ない、適切な電流値で駆動してうまく測定すると、再現性の良いたいへん精密なセンサーとして使用できます。シリコンダイオードや白金抵抗用の温度コントローラよりもわずかに高価になりますが、このセンサー専用に駆動電流可変の特別な温度コントローラが開発されています。このセンサーの抵抗値はわずかな印加磁場によっても大きく変動するので、そのような環境では使用できません。
vii. カーボングラス
この抵抗センサーは印加磁界による抵抗値の変化が小さいため、主に高磁場下で使用されます。これらは、ゲルマニウム抵抗センサーと同様に、このセンサーも4本リード線付きで供給されます。また正確な温度測定にはリード線の熱固定処理を含む慎重な取付けが必要です。温度の再現性の良さと方位に依存しない小さな磁気抵抗性により、このセンサーはあらゆる磁場下における温度測定の第一選択になります。SrTiO2キャパシタセンサは、磁場依存性がカーボングラスよりも小さいですが温度サイクルによる再現性が悪いです。セルノックスの方が使用可能な温度範囲にわたって感度が優れているため、古いカーボンガラスセンサーの使用は減っています。
viii. ロジウム鉄
この抵抗センサーは温度とともに抵抗値が単調増加する傾向で平均的な感度は0.17Ω/K(100K~300K)となり、 25Kでは約 0.08Ω/Kに低下します。このセンサーは定電流で駆動され、1.5K~300Kの間(または最大800K)で使用できます。その抵抗値は 100K~300Kの間で温度に対して直線的に変化し、標準カーブからはこの温度範囲において数度以内の差におさまります。このセンサーは1Tの磁場下で4.2Kでの抵抗値の平均的な変化は0.08Kでの値と同等なので、1T以下の小さな磁場下で有用です。
ix. 熱電対
熱電対は、一般的に複数の導線の2つの端部が異なる温度にある時にその導線間に電位差を発生する、2つの異なる材料の導線で構成されています。普通2本の線をその先端部で合わせてスポット溶接をした部分をクライオスタット内の低温部に固定します。そしてその2本の線を、気密封止しているフィードスルーを抜けて室温部まで通します。途中で線を継ぐことは良くありません。一般的には熱電対は40K以下ではあまり良い温度精度は得られず、比較的高い温度(約800K)領域で動作する装置に主に使用されます。よく使われる熱電対はタイプE(Ni-Cr合金とCu-Ni合金の対)で、40K~800Kの温度範囲で熱固定が容易です。白金センサーの方が温度精度は良いのですが、この全温度範囲で有効な熱固定をすることは困難です。他によく使われる熱電対としては、タイプK (Ni-Cr合金とNi-Al合金の対)や金-鉄クロメル熱電対(主に低温度用)があります。一般的に熱電対は極低温での温度測定には適しておらず、広い温度範囲をカバーする(その温度範囲内で数度の精度であるものの)実用的な能力のために使われています。
2. 自動温度調整器(コントローラ)
1.5K~300K(最高800K)の温度可変クライオスタットで使用できるよう設計された市販の温度コントローラは、一般に2つのタイプに分類されます。よりシンプルなタイプは、シリコンダイオードや白金抵抗、ロジウム-鉄、 GaAsまたはGaAlAsダイオードの各センサーを使えるように定電流源でセンサーを駆動する設計です。コントローラ内に記憶された標準的なキャリブレーションカーブが使用できるシリコンや白金抵抗のセンサーが販売されています。その結果、温度範囲によって数度以内(またはそれ以上)の精度で温度が測定できます。この構成は、それほど高確度の温度読み取りを必要としない一般的な多くの実験に適しています。
もっと正確な温度測定を必要とする用途では、個々に校正されたセンサーを使用し、それらの校正値を温度コントローラ内のPROMに記憶させて使用します。そしてそのコントローラは、当該センサーの校正値に適切な内挿計算をおこなって 0.1K以内の正確さで温度を測定します。これらのほとんどの温度コントローラには、2~4個のセンサー用入力チャンネルがあり、1個のセンサーで温度制御しながら、同時にクライオスタットの他の部分の温度を読み取って表示させるのにたいへん便利です。標準カーブによるセンサーで温度を制御しながら、校正された別のセンサーで試料の温度を正確に測定するという機器構成は一般的によくあります。標準カーブを持たないセンサー(GaAsダイオードなど)しかない場合は、両方(すべて)のセンサーを校正してその校正値を温度コントローラに保存しておく必要があります。
アナログ式のコントローラもまだ少し使われているものの、今はほとんどの研究室でデジタル式の温度コントロ ーラが標準となっています。デジタル式の温度コントロ ーラは通常温度をケルビンK(または他の単位)で直接表示しますが、センサーの電圧値や抵抗値を表示させることも可能です。一部のコントローラは熱電対でも使用できます。さらに高級なコントローラには特製の回路があり、前章で紹介したすべてのセンサーが使用できるようになっています。特に、セルノックスや酸化ルテニウム、ゲルマニウム、カーボングラスセンサーが使用できます。この回路は、センサーの励起電流を変更したり、電流反転と平均測定値を使用して、センサーの温度と抵抗が変化したときに熱起電力をキャンセルしたりできます。その抵抗値の測定精度は、抵抗値の範囲によっては ±0.01%以上に達することがあります。
ほとんどの温度コントローラはPID(3要素)制御ができます。この3要素は、ゲイン(P比例)、リセット(I積分)、レート(D微分)としてよく知られていて、それぞれの値はユーザーが設定することができます。さらにこれらのコントローラには2つ以上のヒーター出力があり、これによりそのコントローラがクライオスタットのヒーターに出力できる最大熱量が決まります。この出力はだいたい0.1Wから50Wの間であり、室温より高い温度で作動する大型のシステム用には高い出力が必要になります。ユーザーは、実際のセンサー信号(電圧または抵抗、温度)に対して希望の設定値(電圧または抵抗、温度)を決めます。この2つの信号の差分(偏差)は(たいてい差動増幅器を通して)増幅されます。もしセットポイント(設定温度)がセンサーによる測定温度より高ければ、コントローラはクライオスタットのヒーターをさらに加熱します。この熱量が、希望する温度においてクライオスタットの冷却能力と拮抗します。コントローラのヒーター出力は、比例(P)制御領域とよばれる範囲内で、偏差(設定温度とセンサーの測定温度との差)を増幅した信号に比例します。もしこの範囲(領域)の一番上まで到達するとヒーター出力はそのフルパワー(最大出力)をヒーターに送ります。ゲイン(P)の設定を変えるとこの作動増幅器のゲインが変わり、比例(P)制御領域の範囲が変わり(決まり)ます。ゲインが低いほど領域の範囲は増加します。センサー感度とゲイン(P)の積で、設定温度からの偏差(単位ケルビンK)の関数としてのコントローラのヒーター出力が決まります。
低温域では熱容量が小さくなるので、ゲイン設定を小さくする必要があります。ゲインを小さくすると同じ温度偏差に対してでも、出力するヒーター熱量は小さくなります。温度が上昇してクライオスタットの熱容量が増加してくると、それに応じてゲイン設定を大きくする必要があります。こうやってゲイン設定を大きくすると、同じ温度偏差に対してそれまでよりヒーター出力は大きくなります。しかしゲイン設定を大きくし過ぎると、温度が設定値をオーバーシュートしてシステムの温度振動が発生することがあります。
ゲイン(P比例)回路は、設定値からの偏差がゼロになればコントローラのヒーター出力をゼロにします。クライオスタットが到達可能な最低温度より高い温度では、クライオスタットの冷却能力を相殺させるためのある一定レベルのヒーター出力が必要です。これは通常(I)積分回路によって達成されます。この積分回路は、比例P制御領域での定常状態のオフセット信号を検出し、そのオフセット値に応じて出力電力を非常に小さなステップだけ高いレベルにリセット(=再セット)することを繰り返します。オフセット値がゼロになると、このリセット動作は停止し、出力電力を正しい適切なレベル(高めた状態)に維持してクライオスタットの冷却能力とバランスした状態を保ちます。
温度が上昇するにつれてクライオスタットのコールドヘ ッドの熱時定数も増加します。この熱時定数というのは、コールドヘッドの比熱容量をその熱伝導率で割った比(熱拡散率 diffusivity の逆数に相当)に比例します。このような場合はリセット(I積分)の設定値を大きくする必要があります。
ほとんどの温度コントローラにはまた、温度が変化する速さに比例した信号を出力する(D)微分回路も含まれていて、その出力は(P)比例出力の信号から減算されるようになっています。これによる実質上のゲイン(P比例)の縮小(減少)は、温度が上昇する速度が遅くなる方向にコントローラのヒーター出力を動かすことになります。これによりコールドヘッドの温度が安定するまでの時間が長くなり、温度がオーバーシュートするのを防ぎます。このレート(D)設定は、熱容量が大きくて温度が安定するのに長い時間が必要な大きな部材の温度を制御するような時に役立ちます。
現在の多くの温度コントローラには、個々のクライオスタットごとに適切なPID値を自動的に選択する「オートチューニング」機能を備えています。この機能がうまくはたらくシステムは多いですが、液体ヘリウム温度をはじめ、つねに最も安定した温度制御が得られる最適PID値がセットされるとは限りません。
研究用クライオスタットの温度制御では小さなヒーター低出力(1W以下)が必要になることも多いので、ヒーター出力の最大設定が2通り以上ある温度コントローラを選択するのも良いです。ヒーター出力の最大設定が大きい(例えば25W)場合、低い温度領域(1.5~20K)で温度のオーバーシュートが発生してしまうことがあります。
最後に、制御用の温度センサーとヒーターが、制御される部材にしっかり熱結合(温度固定)されている必要があることを強調しておきます。また、その部材に熱が加わってから実際にそこの温度が上昇し始めるのを感知するまでの時間差を短かくするために、センサーとヒーターは互いにできる限り近づけて設置する必要があります。この遅れ時間が長くなりすぎるとその部材の温度が大きく振動しかねません。
極端な例は、SuperVariTempクライオスタットで熱が気化器に加えられるような場合に、サンプルホルダーに取付けられたセンサーで制御を試みる場合です。このような構成は絶対避けましょう。
C. 低温関連のデータと参考資料
本章では、クライオスタットの低温部分への熱流入や冷却に必要な寒剤の量を検討するのに有用な情報を紹介します。さらに詳細な参考文献のリストも載せています。
1. 熱伝導率と伝導熱流入
断面積がAで温度勾配がdT/dxの固体中を流れる熱量Q1は下式で表されます。
ここでk はこの材料の、温度によって変化する熱伝導率です。この材料の長い部分(長さl )の両端部の温度がそれぞれT1、T2に保たれている場合、その高温端から低温端へ流れる熱量は以下のようになります。
ここでkav は両方の温度での平均熱伝導率で、下式で表されます。
表5.1は、低温実験で良く使われる材料のT2, T1における平均熱伝導率です。これらの値を使えば、温度の関数である熱伝導率に関する詳しい知見が無くても、パイプやワイヤー、支持具等への伝導熱流入の量を推定することができます。
表5.1 平均熱伝導率[W/cm・K](参考文献1、第VII章、参考文献4)
2. 放射による熱流入
温度T2の温かい表面からT1の冷たい表面への放射熱流入は下式で示されます。
ここでS はステファンボルツマン(Stefan-Boltzmann)定数=5.67 x 10-8 [W/m2K4] で、V はビューファクター(参考文献5第8章、同6第7章)です。
ここで、e1, e2 は各表面の放射率、A1 A2 はそれぞれの面積、F21 は2つの表面の相対的な位置関係で決まるコンフィグレーションファクターです。
円筒形デュワーの場合は、同心円状の筒間と上下の平行円板間の2種類のコンフィグレーションファクターが分かると助かります。各半径がr1, r2 で上下間がh の、直径に比して縦長状の同心円筒と平行円板の場合、両方のビューファクターは一桁の値になります。そこで両構造のビューファクターは下式で近似できます。
表5.2に示す各種材料の放射率の公表値と上式から、室温から液体窒素温度や液体ヘリウム温度表面への放射熱流入をざっと見積もることができます。
表5.2 実用的な放射率の値(参考文献7)
3. 熱膨張
クライオスタットをヘリウム温度まで冷却する過程ではさまざまな構成部品が影響を受けます。そのような、クライオスタットによく使われている種々の材料に対する相対的な影響を知っておくことが重要です。そのような影響の大部分は、クライオスタットが液体窒素温度まで冷却される際に発生します。つまりほとんどの影響が、液体窒素温度において姿をあらわします。この相対的影響を良く知っておくことは、低温域で使用する機械構造や接続部、熱的接触部、支持具などの設計の際に役立ちます。
表5.3 熱膨張データ(参考文献2Append.B、同3第3章)
4. 低温実験に有用な諸データ
市販のクライオスタットに使用される一般的な寒剤と金属材料についての下表の情報は、ヘリウム温度まで冷却するのに必要な寒剤の量を見積もる際に役立ちます。
表5.4 ヘリウムと窒素の実用データ(参考文献9第8章)
表5.5 SS、CU、Alの密度 (参考文献10 Append.H)
表5.6 SS、CU、Alのエンタルピー(参考文献9第8章)
表5.7 金属を冷却するために必要な液体ヘリウム量(参考文献9第3 章)
参考文献および書籍
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- 磁気測定
- ・磁気測定アプリケーション
- ・磁気測定方法
- ・ガウスメータ
- ・磁気測定全般
- 低温測定
- ・温度センサー
- ・温度コントローラ・モニタ
- ・その他(低温測定)
- ・極低温プローバー
- ・低温測定全般
- ・【森貴洋 博士、更田裕司 博士】(2)大規模集積量子コンピュータの実現に向けた シリコン集積デバイス工学の開拓
- ・【森貴洋 博士、更田裕司 博士】(1)大規模集積量子コンピュータの実現に向けた シリコン集積デバイス工学の開拓
- ・【野崎隆行 博士、山本竜也博士】(3)電圧制御型磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)開発に向けた物性評価技術
- ・【野崎隆行 博士、山本竜也博士】(2)電圧制御型磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)開発に向けた物性評価技術
- ・【野崎隆行 博士、山本竜也博士】(1)電圧制御型磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)開発に向けた物性評価技術
- ・【コラム / 吉岡裕典 博士】SiC(炭化ケイ素)MOSFETチャネル界面の課題と評価法
- ・【東陽テクニカ】ホール測定効果装置導入事例 / 国立研究開発法人物質・材料研究機構 大橋直樹 氏
- ・永久磁石材料の最新評価法~FORC解析~
- ・【特別対談】ノーベル物理学賞受賞 名古屋大学 天野 浩氏
- ・世界をリードする材料開発 ~材料物性評価で技術革新への貢献を目指して~
- ・ノーベル賞で改めて注目された青色LEDとは?
- ・AGM・VSMの原理・特長と磁性材料の評価
- ・省電力・再生エネルギー技術への貢献を目指して― 半導体物性測定システム ―
- ・ResiTest8300シリーズ 比抵抗/ホール測定システム(野村 研二 氏)
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