技術資料

8600型VSMを用いた微小モーメント測定

B. C. Dodrill, C. Radu, Lake Shore Cryotronics

概要

振動試料型磁力計(VSM※1)は、磁性材料の特性を評価するために最も一般的に使用される磁気測定装置です。VSMは、固体、粉末、単結晶、薄膜、液体など様々な形態の軟磁性(低保磁力)材料および硬磁性(高保磁力)材料の磁気特性を測定できます。電磁石または高磁場超伝導磁石を使用して、低磁場から高磁場までの測定を行うことができます。VSMは、極低温ではクライオスタット、高温ではオーブンとそれぞれ組み合わせることで、極低温から高温までの測定を行うことができます。VSMは、10-8 emu (10-11 Am2)から103 emu (1 Am2)以上に及ぶダイナミックレンジを備えており、弱磁性材料(薄膜、ナノスケール構造など)および強磁性材料(永久磁石)の両方を測定できます。

このアプリケーションノートでは、8600シリーズ VSM(振動試料型磁力計)の感度について説明し、室温における非常に微小モーメントの測定結果をご紹介します。

VSMの感度

ナノワイヤ、ナノ粒子、薄膜などの一部の磁性材料は通常、少量の磁性材料を含んでいるため、弱い磁気モーメントを持ちます。したがって、許容可能なS/N比で測定することができる最小の磁気モーメントを決定することになるVSMの感度は、とても重要です。8600シリーズ VSMの最終的なノイズ・フロア(装置自身が出すノイズ)は、1.5 ×10-8 emu (1.5 ×10-11 Am2)または15 nemuです。

VSMでは、検出コイルに誘導される電圧は次の式1で与えられます。

Vemf = m Af S 式1

m = 磁気モーメント
A = 振動の振幅
f = 振動の周波数
S = VSM検出コイルの感度関数

VSM検出コイルの感度関数 Sは、磁気校正材※2(指定された印加磁場 H での磁化が既知の材料)を使用してVSMを校正することによって決定されます。

VSMの感度は、下記のようないくつかの要因に左右されます。

  • 電気的感度
  • 信号処理によるによるノイズ除去
  • 加振ヘッドの振幅と周波数
  • 検出コイルの熱雑音
  • 最適化された設計と検出コイルと試験サンプルの配置
  • 電磁石およびVSM検出コイルと加振ヘッド部との振動絶縁
  • VSMの感度に悪影響を及ぼす可能性がある環境中の機械的および電気的ノイズ源の最小化

式1から、A、f、またはS が大きくなると磁気モーメント感度が向上することは明らかです。ただし、それぞれに実際的な制限があります。通常、導電性の磁性材料での渦電流の発生を最小限に抑えるために、100Hz未満の周波数が使用されます。また、60Hzや50Hzといった電源周波数やその高次高調波に近い周波数も避けることも重要です。

振動振幅 A は、サンプルが磁場源から生じる不均一な磁場にさらされないようにするために十分に小さくする必要があります。
VSM検出コイルの感度関数 S は、検出コイルの設計(つまり、巻線の数、コイルの形状など)を最適化し、検出コイルと試験サンプルの間の配置を近接化(つまり、ギャップ間隔を最小化)することによって大きくすることができます。 一見すると、Sを増加させるために必要なのはコイルの巻線数を最大化することのように思えますが、巻線数の増加はコイルの抵抗を増加させ、その結果、熱雑音が増加し、コイルのS/N比に悪影響を及ぼします。
最後に、検出コイルに誘導された電圧を測定するために使用されるロックインアンプ(LIA)の信号平均化を高めることも、S/N比を向上させます。

8600シリーズVSMは、4、7、10インチの電磁石をそれぞれ採用した8604型、8607型、8610型の3つのモデルがあります。
8604型、8607型には4 つのギャップ設定があり、室温測定用に2 つ (ギャップ1 と2)、温度可変測定用にギャップ3 (86-SSVT、78K~950K)とギャップ5(86-CRYO、4.2K~450K および 86-OVEN、300K~1273K)の2つがあります。以下の表は、8600シリーズの各モデルにおけるギャップ設定での最大印加磁場と感度(10秒/pt平均のRMSノイズ)を示したものです。

最大印加磁場および感度(10秒/pt平均でのRMSノイズ)

ギャップ設定 ギャップ間隔 最大試料空間 8604型** 8607型** 8610型** ノイズ・フロア***
1 – RT 7.5 mm 3.5mm* 27.6 kOe (2.76 T) 32.2 kOe (3.22 T) 36.2 kOe (3.62 T) 15 nemu
2 – RT 12 mm 8mm* 25.2 kOe (2.52 T) 29.8 kOe (2.98 T) 33.7 kOe (3.37 T) 30 nemu
3 – SSVT 20 mm 16mm* 20.3 kOe (2.03 T) 26.0 kOe (2.60 T) 29.8 kOe (2.98 T) 90 nemu
5 –CRYO/OVEN 28 mm 24mm* 15.5 kOe (1.55 T) 22.7 kOe (2.27 T) 26.3 kOe (2.63 T) 300 nemu

* サンプルサイズ:6.4mm、VTオプション付き
** 値は、高磁場 (HF) FeCo ポールキャップで、8604型と8607型をオプション、8610型を標準としています。
*** 10s平均

図1aは 100ms/pt、図1bは 10s/pt の平均値での典型的なノイズ測定の結果です。縦軸の単位が nemu = 10-9 emu (10-12 Am2) で表されていることに注目してください。RMSノイズ値は各図の説明部に記載されています。

図1a

図1a: 100ms/pt 平均時のノイズ測定結果
観測されたノイズは 119.5 nemu (11.95 x 10-11 Am2)

図1b

図1b: 10s/pt 平均時のノイズ測定結果
観測されたノイズは 13 nemu (1.3 x 10-11 Am2)

室温での微小磁気モーメント測定(ギャップ1および2)

A. 5.8 μemu(5.8×10-9 Am2) CoPt薄膜(ギャップ1):

図2は、ギャップ1において0.5秒平均で記録された典型的なメジャーヒステリシスループ(以後:MHL)の結果を示しています。MHLは、±5 kOe (0.5T)、25 Oe (2.5mT)毎に測定しています。また、測定されたMHLと、サンプルホルダーとフィルム基板の両方から生じる反磁性の寄与を除去するために線形補正されたMHLの両方を表示しています。

図3は、信号の平均化がS/N比に与える影響を示すために、0.5秒平均および1秒平均、線形補正されたMHLを示しています。図3の縦軸のフルスケールがわずか±6 μemu (6×10-9 Am2) であることに注目してください。

図2

図2: 0.5 秒平均化でのCoPt MHL(測定値および線形補正済み)

図3

図3: 0.5 秒 および 1 秒平均 での CoPt MHL (線形補正済み)

材料の磁気特性を評価するために最も一般的に使用されるのはメジャーヒステリシスループ(MHL)測定ですが、メジャーヒステリシスループ内に位置する磁場と磁化の値を含む状態をカバ ーするマイナーヒステリシスループや一次反転曲線(FORC)測定※3,※4 のようなより複雑な磁化曲線は、磁気相互作用の特性評価に使用できる追加情報を得ることができます。

FORC測定は、微細(ミクロンスケールまたはナノスケール)な磁性粒子で構成されるあらゆる磁性材料に関連しており、地質材料※5,※6、磁気ナノ構造※7、薄膜※8、永久磁石※9、多相磁気システム※10、磁気熱量効果材料※11、およびその他の多くの磁性材料に広く用いられています。

FORC測定は、磁場Hsat内のサンプルを飽和させ、その磁場を反転磁場 Haまで減少させ、その後磁場がHsatに戻るのに伴うモ ーメント vs. 磁場 Hbを測定することによって求められます。このプロセスを多くの Ha値に対して繰り返し行い、一連のFORCが生成されます。FORC分布ρ(Ha, Hb) は、次のような混合二次導関数になります。

ρ(Ha , Hb) = -(1/2)∂2 M(Ha , Hb)/∂Ha∂Hb

FORC ダイアグラムは、ρ(Ha , Hb) の2Dまたは3D 等高線図です。座標を (Ha, Hb) から Hc=(Hb - Ha)/2、Hu=(Hb + Ha)/2 に変更するのが一般的です。

Huは相互作用磁場または反転磁場の分布を表し、Hcはヒステロンのスイッチング磁場または強制磁場の分布を表します。FORC 解析ソフトウェアには、FORCinel※12 や VARIFORC.※13 などのオープンソースのソフトウェアパッケージが多数あります。グラフは、 Lake Shore社のRTForc™ソフトウェア※14 を使用してFORC分布を計算し、FORCダイアグラムをプロットしています。

一般的なFORC測定で取得されるポイントの数は、単純なヒステリシス・ループで記録されるポイントの10倍であるため、FORC測定ではノイズ・フロアと感度が特に重要になります。8600シリーズVSMは電磁石ベースのVSMでは最も低いノイズ・フロアを備えていることから、モーメントの小さなサンプルであってもS/N比を向上させるために⾧い平均時間を必要とせず、短い時間でFORC測定が可能です。さらにこれと高速な磁場スイープ(10 kOe/s = 1 T/s)を組み合わせることで、8600シリーズはFORC測定に最適なツールです。

図4aは典型的な一連のFORC、図4bは 5.8μemuのCoPt薄膜に対応するFORCダイアグラムです。FORCパラメータは次の通りです。

Hsat = 10 kOe (1 T)、±Hu = 500 Oe (50mT)、Hc = 2.5 kOe (0.25 T)、N = 101、磁場増分 (H) = 25 Oe (2.5mT)

FORCは0.5秒平均で測定されています。

図4a

図4a: 5.8μemu CoPt薄膜サンプルの0.5s平均で測定されたFORC

図4b

図4b: 5.8μemuのCoPt薄膜のFORCダイアグラム

B. 1.5 μemu(1.5×10-9 Am2) Feドープ(0.5%) SiNセラミック球(2mm径;ギャップ1):

図5は、ギャップ1、±5 kOe (0.5T)まで25 Oe (2.5 mT)間隔で測定されたメジャーヒステリシスループです。測定されたMHLと、サンプルホルダーとSiNの両方から生じる反磁性寄与を除去するために線形補正されたMHLの両方を示しています。図6は、信号平均化がS/N比に及ぼす影響を示すため、2秒平均と5秒平均で線形補正されたMHLを示します。図6 のフルスケールが僅か±2 μemu (2 × 10-9 Am2) であることに注目してください。

図5

図5: 2s平均でFeドープ(0.5%) SiN (2mm) MHL (測定および線形補正済み)

図6

図6: 2s平均 および 5s平均でFeドープ(0.5%) SiN (2mm) 線形補正済みMHL

C. 600 nemu (6×10-10 Am2) Feドープ(0.5%) SiNセラミック球(0.8mm直径;ギャップ1):

図7は、ギャップ1、10秒平均、±5 kOe (0.5T)を40 Oe (4mT)間隔で測定し線形補正したMHLです。フルスケールがわずか±800 nemu (8 ×10-10 Am2)であることに注目してください。

図7

図7: 平均10sでFeドープ(0.5%) SiN (0.8mm) MHL (線形補正)。

まとめ

このアプリケーションノートでは、磁気モーメントが非常に小さいサンプルの室温での測定結果を示し、8600シリーズ VSMの感度を実証しました。
メジャーヒステリシスループ(MHL)とFORC測定の結果は、5.8μemu(5.8×10-9 Am2)のCoPt薄膜、MHLの結果は 1.5μemu(1.5×10-9 Am2)および600 nemu (6×10-10 Am2)Feドープ(0.5%)の SiNセラミック球です。

補足情報 – VSM鞍点(サドリング)における微小磁気モーメントサンプルの位置決め

非常に小さい磁気モーメントのサンプルをVSM鞍点に(x, y, z)配置することは、不可能ではないにしても非常に困難です。これはサンプルの磁気モーメントが非常に低いことや、VSMサンプルホルダーからの反磁性または常磁性信号がサンプルからの信号より非常に大きいことが多いためです。

このような場合には、試験サンプルとほぼ同じ寸法で磁気モーメントの大きいリファレンスサンプルを使用するサンプルホルダーに固定し、その状態で鞍点を確認します。その後、このリファレンスサンプルを取り外し、試験サンプルを取り付けます。サンプルの形状(厚さなど)の僅かな違いは、磁石ギャップ内のサンプルロッド/ホルダーのZ位置を調整することで補正できます。磁気テープ片は通常、数十memu程度のモーメントを持ち、試験サンプルとほぼ同じ寸法に容易に切断できるため、鞍点位置を特定するのに利用しやすい便利なサンプルです。

小さなギャップ(ギャップ1)のボトムマウント石英サンプルロッド (86-IS-0938)を、CoPt薄膜サンプルとFeドープSiNサンプルの両方に使用しました。CoPt薄膜サンプルの場合、真空グリースを用いて磁気テープの小片をサンプルロッドに貼り付け、鞍点を決定しました。次に磁気テープを取り外し、図2および図3に示すMHL測定と、図4aおよび図4bに示すFORC測定のために、真空グリ ースを用いてCoPt薄膜サンプルを同じロッドに取り付けました。FeドープSiNセラミック球サンプルの場合、ワニスを使用してサンプルをサンプルロッドに取り付け、真空グリースを用いて磁気テープの小片をSiN球の底部に取り付けて鞍点を決定しました。次にテープを取り外し、図5、図6、図7に示すMHL測定のために、サンプルのZ位置を直径の半分(1mmおよび0.4mm)だけ下に移動しました。

参考文献

※1 B.C. Dodrill, J. R. Lindemuth, Vibrating Sample Magnetometry, in Magnetic Measurement Techniques for Materials Characterization, Spinger Nature, 2021.

※2 National Institute of Standards & Technology (NIST) standard reference materials (SRM)772a (Ni)および2853(YIG)。

※3 I.D. Mayergoyz, Mathematical Models of Hysteresis and their Applications, 2nd Ed., Academic Press, 2003.

※4 C.R. Pike, A. P. Roberts, K. L. Verosub, Characterizing Interactions in Fine Magnetic Particle Systems Using First Order Reversal Curves, J. Appl. Phys., 85, 6660,1999.

※5 A.P. Roberts, C. R. Pike, K. L. Verosub, First-Order Reversal Curve Curve Diagrams: A New Tool for Characterizing the Magnetic Properties of Natural Samples, J. Geophys. Res., 105, 461, 2000.

※6 R. Egli, Magnetic Characterization of Geological Materials with First Order Reversal Curves, in Magnetic Measurement Techniques for Materials Characterization, Springer Nature, 2021.

※7 A. Stancu, Characterization of Magnetic Nanostructures with the First Order Reversal Curves Diagram Technique, in Magnetic Measurement Techniques for Materials Characterization, Springer Nature, 2021.

※8 D.Gilbert, FORC Diagrams in Magnetic Thin Films, in Magnetic Measurement Techniques for Materials Characterization, Springer Nature, 2021.

※9 S.Okamoto, Permanent Magnet Materials, in Magnetic Measurement Techniques for Materials Characterization, Springer Nature, 2021.

※10 Y. Cao, M. Ahmadzadeh, K. Xe, B. Dodrill, J. McCloy, Multiphase Magnetic Systems: Measurement and Simulation, J. Appl. Phys., 123(2), 023902, 2018.

※11 V. Franco, Magnetocaloric Characterization of Materials, in Magnetic Measurement Techniques for Materials Characterization, Springer Nature, 2021.

※12 R. J. Harrison, J. M. Feinberg, FORCinel: An Improved Algorithm for Calculating First-Order Reversal Curve Distributions Using Locally Weighted Regression Smoothing, Geochemistry, Geophysics, Geosystems, 9, 11, 2008.

※13 R. Egli, VARIFORC: An Optimized Protocol for Calculating Non-regular First-Order Reversal Curve (FORC) Diagrams, Global and Planetary Change, 203, 110, 203, 2013.

※14 B. C. Dodrill, H. S. Reichard, T. Shimizu: Real-Time FORC (RTForc™) Software for the 8600 Series VSM, Technical Note, 2021

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