技術資料

電気化学インピーダンス測定におけるドリフト補正

本内容はBiologic社が発行するApplication note #17を2025年4月時点で翻訳したものです。今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。

I. はじめに

測定対象となる系の電気化学インピーダンスを測定するには、いくつかの条件が必要です。測定系の挙動は線形で、時間に対して不変であり、かつ定常状態にある必要があります。実際、測定系が定常状態に達していない場合、フーリエ変換の計算に使用される電気化学インピーダンス信号は周期的ではありません。さらに、励起ステップによる過渡周期の存在は、結果スペクトルにおいて、印加された正弦波の応答への寄与を意味します(図1)。

図1

図1:電位ステップ(振幅:ΔE)と一連の正弦波(振幅:δE)の和による励起に対する電流応答の例
(上:定常状態に達したときに開始した場合、下:定常状態に達する前に開始した場合)

このアプリケーションノートでは、定常状態に近いドリフト条件下でインピーダンス測定を行う場合のドリフト補正法について説明します。ドリフト補正は、入力信号と出力信号のフーリエ変換を用いて行います。本ノートの前半では、電気回路における測定誤差の例を示し、後半では、リチウムイオン電池の測定結果をドリフト補正の有無で比較します。

II. 実験部

本アプリケーションノートに示すすべてのインピーダンス測定は、EC-Lab® ExpressソフトウェアのEIS法(図2参照)を用いて、一般的にΔE = 10 mVの電位ステップ振幅で測定されました。測定ごとに異なるサイクルが実行されました(測定は連続的に実行されました)。
注:ドリフト補正ツールはEC-Lab®ソフトウェアでも利用可能です。

注意:ドリフト補正の機能はEC-Lab®ソフトウェアでも利用できます。

図2

図2  EC-Lab® Expressソフトウェアのドリフト補正ボックスにチェックを入れたPEISテクニック画面

III. 非定常状態でのインピーダンス測定

テスト電気回路

図3は、3つのコンデンサと2つの抵抗から構成される電気回路を示しています。

図3

図3 テスト電気回路

この電気回路は、振幅電圧による線形性の適用範囲を示す場合に用いられています[1]が、この回路を例に用いることでドリフト補正の方法を示すことができます。図4は、電気回路の印加電圧に対する応答電流を示しています。約2分後、電流値がゼロに近いことに注目します。つまり、この電気回路のインピーダンス測定をする場合には、測定を開始する前に定常状態になるまで2分間待機する必要があります。

図4

図4 電気回路(図3)の印加電圧に対する応答電流

定常状態を待たずに連続して測定した電気回路(図3)の3つのインピーダンススペクトル(ナイキスト線図)を図5に示します。

2つの半円の頂点周波数(時定数)を図に示しています。2回目と3回目のサイクルは互いに近く、開回路電位で得られたスペクトルと一致しています。測定時間は合計約8分で2回目と3回目のサイクルは定常状態で測定されていますが、1回目のスペクトルには当てはまりません。定常状態に到達するには長い時間がかかる可能性があり、連続測定を行う場合には測定時間がさらに長くなる恐れがあります。

図5

図5 電気回路(図3)の3つのインピーダンススペクトル(ナイキスト線図)
(fmin = 20mHz、fmax = 100kHz(測定点:51ポイント)、Ewe = 50mV、Va = 10mV)

定常状態へ移行中のドリフト補正の原理

ドリフト補正を定義する方法はいくつかあります[2,3,4-7]。本稿で示す方法は、フーリエ変換インピーダンス測定に基づきます。この方法は、離散的な電位フーリエ変換と電流フーリエ変換の計算から構成されます。フーリエスペクトルにおけるfmの隣接周波数fm-1とfm+1を用いて、以下の式で補正を行います。

式(1)

式(2)

この補正の原理を図6に示します。ドリフトがない場合、ReI(fm+1)、ReI(fm-1)、ImI(fm+1)およびImI(fm-1)は値がなく、ドリフト補正は行われません。

図6 ドリフト補正法の原理(フーリエスペクトルの実部)

図3の電気回路のドリフト補正の例を図7に示します。これらの測定値は、図5と同じ測定条件で測定されました。3つのスペクトルは重なっており、開回路で得られたスペクトルと一致しています。定常状態へ移行中にドリフト補正法を用いることで、電位ステップ印加を受けた電気回路におけるインピーダンス測定の測定時間を短縮できます。

図7

図7 図3のドリフト補正を行った3つのインピーダンススペクトル(ナイキスト線図)

IV. リチウムイオン電池の測定例

このドリフト補正は、1.35Ahのリチウムイオン電池にて適用されました。リチウムイオン電池の特性評価は、規定の電流および電圧による充電/放電および休止(開回路)状態を組み合わせて行います。添加された活物質から電極への拡散係数が低い(~10-12mol/㎠)ため、この緩和時間は非常に長くなる可能性があります。実際、図8はこの電池の印加電圧に対する応答電流と、平衡状態に達する間に必要な時間(~1時間00分)を示しています。

図8

図8 リチウムイオン電池の応答電流(Eoc = 3.09V)

ドリフト補正なしでの測定

ポテンショダイナミック(電圧掃引)モードで測定したリチウムイオン電池の2つのナイキスト線図を図9に示します。これらのナイキスト線図は、電位ステップ印加時に記録されました。測定時間は約1時間20分です。異なるサイクルに対応するこれらの2つのナイキスト千図は、主に低周波数領域で大きな違いを示しています(図9)。

図9

図9 ドリフト補正なしのリチウムイオン電池のナイキスト線図
(fmin = 5mHz、fmax = 10kHz(測定点:51ポイント)、ΔE = 3mV、Eocv = 3.09V)

ドリフト補正ありでの測定

ドリフト補正を行ったリチウムイオン電池のインピーダンス測定結果を図10に示します。低周波領域の拡大図に示すように、これら2つのナイキスト線図は非常に近い値を示しています。ドリフト補正により、電池インピーダンス測定にかかる時間を節約できます。

図10

図10 ドリフト補正ありのリチウムイオン電池のナイキスト線図(設定条件は図9に同じ)

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V. 結論

本稿で提案するドリフト補正法は、2つの正弦波周期の測定のみで非常に簡単に使用できます。この方法は、緩和時間が非常に長い測定系のインピーダンス測定に適しています。この方法は、補正に使用するフーリエスペクトルの点数を増やすことで改善できます。例えば、ベースラインを2次(またはそれ以上)の多項式関数でモデル化することも可能です。 多くの電気化学的測定系は時間的に安定ではありません。例えば、

  • 腐食反応が発生する電極
  • 充電または放電中の電気化学的発電機の電流制御インピーダンス測定

実際、測定系の非定常性により、得られたインピーダンススペクトルは理論値と比較してわずかにずれることがあります。

参考文献

1) Application Note #9 Linear vs. non-linear systems in impedance measurements (EIS linearity)
2) A. S. Mc Cormack, J. O. Flower, K. R. Godfrey, IEEE Trans. Instrum. Meas., 43 (1994) 232.
3) R. Pintelon, J. Schoukens, System Identification, IEEE Press, New York, USA (2001).
4) B. Petrescu, Thèse de l’Institut National Polytechnique de Grenoble et de l’Université
”Politehnica” de Bucarest (2002).
5) B. Petrescu, J.-P. Petit, J.-C. Poignet, Brevet français n°02/08897.
6) B. Petrescu, J.-P. Petit, J.-C. Poignet, US patent n°2006/0091892 A1.
7) B. Petrescu, J.-P. Diard, in : C. Gabrielli (Ed.), 20th forum on electrochemical impedance, Paris,
(2007) C219.

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