技術資料
大きな表面形状的特性を除去する間欠接触 (ic) SECM
I. はじめに
間欠接触(Intermittent Contact:以後ic)SECMはウォーリック大学によって開発された比較的最近の手法で、SECM測定の間にサンプルのトポグラフィ(表面形状の凹凸)を追跡することができます。[1] ic- SECMを使用すると、プローブからサンプルまでの距離を広い範囲で維持することができ、サンプルの勾配の影響を除去できるだけでなく、大きなトポグラフィ特性を持つサンプルを測定することにも役立ちます。M470はユーザがdc-およびac-SECM測定の両方でic手法を実行するのを可能にします。本稿の目的は、大きなトポグラフィ特性を持つサンプルの測定におけるic手法の使用を実証することです。これは以下の4つのサンプルを使用して実証されます。(1) 凹面サンプル、 (2) 凸面サンプル、(3) スチール溶接部、および (4) 20セント・ユーロ硬貨。
II. なぜic手法を使用するのか?
ic-SECMはUME(Ultra Micro Electrode)プローブがサンプルまでの一定距離を維持するのを可能にし、電気化学信号およびトポグラフィ信号が同時に測定できるようにします。従来のSECM測定では、プローブは実験の間を通して一定の高さに保たれ、サンプルの電気化学的特性とトポグラフィ特性が混じり合った電気化学信号が生じます。サンプルから一定の距離を保つことで、ic-SECMはお互いに影響を与えることなくトポグラフィ信号および電気化学信号を別々に測定することを可能にします。これは例えば理想的な均一な絶縁サンプルで実証することができます。等高SECM手法で測定した場合、トポグラフィが高い領域よりもトポグラフィが低い領域でより大きな電流が記録されます(図1a)。一方、ic-SECMを使用すると、プローブは測定中サンプルから一定の距離を保ち、全体に均一な電流が得られます(図1b)。
図1: (a) 等高SECMを使用して均一絶縁サンプルを測定すると、トポグラフィが高い領域では電流(黄色の矢印)は小さくなる。 (b) 等距離SECMを使用して均一絶縁サンプルを測定すると、電流は測定の間を通して均一になる。
ic-SECMでは、プローブはz軸方向の既知の高さおよび周波数で振動します。SECMプローブが表面に接近すると、この周波数は弱められ、制御機構として使用できます。ic-SECMは電気化学信号とトポグラフィ信号を分けるために開発されたさまざまなSECM手法の1つにすぎません。しかし、z軸方向の振動を使用して表面を制御しているので、サンプルが均一的に導電性また絶縁性を持たなくても、均一に導電性または絶縁性である必要がなく、より広いサンプル面積で使用できます。これは、表面形状の凹凸に大きな特徴や顕著な傾斜を持つサンプルの測定に非常に有利です。
ic-SECM手法の詳細は、ic-SECMチュートリアル[2]、AN#6, 11および13 [3-5]に記載されています。
III. 結果
大きなトポグラフィ特性を持つサンプルを測定するic手法の使用はさまざまなサンプルで実証されています。ic-dc-SECMは凸面および凹面サンプル、スチール溶接部の測定に使用され、ic-ac-SECMは20セント・ユーロ硬貨を測定するのに使用されました。Gwyddion(プローブ顕微鏡(AFMやSTM)のデータ解析を行うフリーの解析ソフト)で行われたデータ修正で2Dマップが作成されました。提示されたすべての3Dマップを作成するために3D-IsoPlotが使用されました。
III-1 – 凸面サンプル
図2: アルミニウム棒の凸面部位がic-SECMによって測定されました。矢印は測定に影響する表面の傷を指しています。
図2のアルミニウム棒の3.0mm x 2.85mmエリアが5 x 10-3 mol/L KI/ 0.1mol/L KCl溶液で測定されました。0.6 V vs SCEでバイアスをかけられた25μm Pt UMEが使用されました。プローブは415Hz、z軸方向に振動させました。制御点は元の振動の75%としました。得られたトポグラフィおよびdc電流2Dマップが図3に示されています。
図3aのマップに基づいて、プローブがサンプルのx軸に沿って移動するとトポグラフィに約0.3mmの変化が測定されました。トポグラフィのこのような変化によって、等高SECMを使用しているトポグラフィに特色づけられた電流が生じます。ic-SECMではサンプルの左側に低電流の帯があり、中心に低電流のスポットがあるのが見られますが、そのどちらもトポグラフィの影響とは関係がありません。dc電流測定の中心の低電流スポットはサンプル表面の暗い傷に関連づけることができますが、これはアルミニウム棒の残りの部分への正のフィードバックを減少させます。
図3: (a) ic-SECMを使用した凸面アルミニウム棒サンプルについて測定したdc電流応答。黄色の矢印は表面の傷に対応する低電流エリアを示す。 (b) 対応するトポグラフィ応答
III-2 – 凹面サンプル
図4: ic-SECMによって測定された凹面サンプル
図4の金属成形内部の5.0mm x 5.0mmエリアが0.65Vでバイアスをかけられた25μm Pt UMEを使用して0.01mol/L H2SO4で測定されました。この電位で、自由腐食サンプルからのFe2+はUME[6]によってFe3+に酸化することができます。415Hzのプローブ振動と80%の制御点が使用されました。
得られたトポグラフィ信号およびdc電流信号が図5に示されています。
図5: (a) 金属成形内部について測定したdc電流信号。(b) サンプルの凹面性質を示す、対応するトポグラフィ信号
図5aは測定されたエリアに0.5mmよりも大きいトポグラフィの変化が起こっていることを示します。トポグラフィ信号とdc電流信号を分けることで、サンプルの腐食を監視することが可能になります。dc電流マップは、腐食の最大レベルが測定されたエリアの右側にあることを示しています。
III-3 – スチール溶接部
オフロード大衆車のフロントサスペンションアームのスチール溶接が、図6に示される向きでM470に取り付けられました。両方のスチール板を含むように選択されたこのサンプルの4.0mm x 1.15mmエリアが0.1 mol/L NaCl溶液で測定されました。25μm Ptプローブが0.6V vs SCEでバイアスをかけられ、自由腐食サンプルの Fe2+ をFe3+に酸化しました。プローブは445Hzで振動し、75%の制御点が使用されました。
図6: ic-SECMによって測定されたスチール溶接部
図7: (a) ic-SECMによって測定されたスチール溶接のdc電流反応。対応するトポグラフィ信号が1.5mm以上の変化を示す
トポグラフィ応答および電気化学的応答は図7に示されています。1.69mmのトポグラフィ変化がスチール板の下から上までの間で測定されていることがわかります。対応する電気化学反応は、スチール板の水平端でFe2+の濃度が高くなっていることを示していますが、下のスチール板で最も強い反応になっています。両方のスチール板の反応の測定を等高SECMの一度の実験で行うのは不可能です。下のスチール板の上の、先端からサンプルまでの最低距離1.69 mmは、従来の等高SECM実験では両方の板を含む必要がありますが、バルク電気化学反応しか測定できません。
これは下のスチール板の腐食が検出されずに進むことを意味します。
III-4 – 20セント・ユーロ硬貨
図8: 示されている20セント・ユーロ硬貨はic-ac-SECMを使用して測定
図8の20セント・ユーロ硬貨の5.0mm x 5.0mmエリアは、水道水で、25μm Pt UMEを使用してic-ac-SECMで測定されました。SCE参考電極およびPtシート対電極が使用されました。0V vs OCP(開回路電位)のdcバイアス、100mVのacバイアス、および25kHzのac周波数が使用されました。さらに低い値を使用できるかもしれませんが、ここで使用されたacバイアスおよび周波数値は、プローブが絶縁体または導電体上にあるとはっきりと異なる反応を示すと以前の実験からわかっていたものです。得られた測定結果を図9に示します。
図9aのトポグラフィマップは、ユーロ硬貨の平らな面から見たヨーロッパの部分的な地図を明確に示しています。硬貨の傾きを考慮すると、100µm弱の地形変化が見られます。トポグラフィの3Dマップをインピーダンスの大きさから作成されたマップと比較すると、硬貨の隆起部分では概してインピーダンスが低くなっていても、これらの2つのマップは相関関係がないことがわかります。ただし、スカンジナビア半島ではインピーダンスが上昇しているなど、例外もあります。さらに、右上隅の縞模様の周囲には、コインの比較的平坦な部分と相関する、中程度のインピーダンスの領域が明確に存在することが分かります。硬貨表面上のインピーダンスに差異があるのは、銅、アルミニウム、錫、亜鉛合金[8]で構成されているコインが水に長時間さらされると変色するからです。
図9: (a)20セント・ユーロ硬貨についてic-ac-SECMで測定したインピーダンスの大きさ。(b)対応するトポグラフィ信号
VI. まとめ
ic-SECMは、大きなトポグラフィ特性を持つサンプルの電気化学的応答を解析するのに有利なものとして提示されました。M470では、軸の全範囲すなわち110mmにわたってic-SECMを使用することができます。従来の等高SECMまたはソフトスタイラスプローブSECMとは異なり、ic-SECMは電気化学信号およびトポグラフィ信号を分けた測定を可能にします。これは明確なトポグラフィ特性を持つ4つのサンプルを使用して実証されました。
参考文献
- K. McKelvey, M. A. Edwards, P. R. Un-win, Anal.Chem.82, 15 (2010) 6334- 6337
- ic-SECM Tutorial “ic-SECM introduction”
- Application Note #6 “The advantages of using intermittent contact (ic) for SECM and ac-SECM measurements: two examples in corrosion.”
- Application Note #11 “ Measurement of a nano-patterned gold sample by ic-ac- SECM”
- Application Note #13 “ Investigation of an interdigitated array electrode using ic-SECM”
- E. Völker, C. González Inchauspe, E. J. Calvo, Electrochem.Comm.8 (2006) 179-183
- H. Ha, H. Bindig, K. Williams, J.R.Scully, 220th ECS Meeting, 2011, Abstract #1797
製品情報
- Bio-Logic社電気化学測定システム
- ・ハードウェア
- ・EC-Lab
- ・トラブルシューティング
- ソフトウェア
- ・Zviewおよび東陽テクニカ製ソフトウェア
- 電気化学測定
- ・基礎電気化学
- ・インピーダンス
- ・バッテリー
- ・腐食
- ・その他
- 燃料電池
- ・燃料電池評価