技術資料
非水電解液中の電池電極材料の調査のためのac-SECM
I. はじめに
エネルギー貯蔵は、SECMの応用分野として関心が高まっている分野です。本稿では、この分野におけるSECMの活用例を具体的に紹介します。ac-SECMは、Sion Power社製の電池電極の電気化学的活性とトポグラフィ(表面形状)の調査に使用されました。この測定は、炭酸プロピレン(propylene carbonate:PC)中の過塩素酸テトラブチルアンモニウム(tetrabutylammonium perchlorate:TBA-ClO4)中で実施されました。
II. ac-SECM
dc-SECMとは異なり、ac-SECMは酸化還元メディエーターを使用したり電解質塩を加えたりする必要がありません。ac-SECMでは水道水での測定が可能ですが、dc-SECMでは不可能です。酸化還元メディエーターも塩も必要としないため、通常のSECMでは酸化還元メディエーターや電解質との有害な相互作用によって測定が困難な系にもac-SECMは使用できます。
さらに、ac-SECMの使用により、プローブの拡散律速領域で作業する必要がなくなります。ac-SECMではパラメータを慎重に制御する必要がありますが、サンプルの完全性を維持しながら表面の電気化学的特性を調査することができます。
従って、新しい複雑な系を調査する時、ac-SECMは有用な最初の測定ステップとなります。酸化還元メディエーターの必要がなくなると測定に含まれる変数の数が減少するからです。
ac-SECMでは、インピーダンス応答は表面の種類だけでなく他の要因によっても制御されます。プローブが絶縁体に近づくと、プローブの先端と試料の距離が短くなるにつれてインピーダンスが常に増加しますが、導体に近づくとインピーダンス応答は変化する可能性があります。
低導電性電解質または高周波数が使用される場合、先端ーサンプル距離が短くなるとインピーダンスが減少します。しかし、高導電性電解質または低周波数が使用される場合、先端ーサンプル距離が短くなるとインピーダンスが増加します。これは、ac-SECMでは実験セットアップを変更する必要がなく、測定周波数を慎重に制御すれば反応を変化させることができることを意味します。
典型的なac-SECM測定では、表面のac電流および補完インピーダンスの大きさの両方のマップが得られます。
これについての詳細はBio-Logicウェブサイトの参考文献[1]に記載されています。
III. 方法
Sion Power電池電極は蜜蝋を使用してPTFEブランクに固定されました。このサンプルには電気接続が行われませんでした。このサンプルはその後、0.1 M TBA-ClO4を含むPC溶液を満たしたµTriCellTMに装着されました。10μm Ptプローブが使用されました。
対極はPtシートで、参照電極はスクリーン印刷されたAg/AgCl電極でした。プローブと対極間には、0.1 V vs. Ag/AgClの直流バイアス、25 mVの交流バイアス、および100 kHzのバイアス周波数が印加されました。
Sion Power電極が、ステップサイズ5μmで、500μm x 500μmのエリアで測定されました。この測定は終了まで10時間33分かかりました。
IV. 結果
図1はSion Power電極のSEM測定の結果を示しています。この画像から、電極表面が明確な谷によって区切られた薄片で構成されていることがわかります。
これらの谷は数十ミクロン程度であるため、SECM測定では明瞭に観察できるはずです。
図1: Sion Power電極のSEM画像。
(a) は電極の上面、(b)は側面。異なる薄片間の谷が一目で分かります。
SECM 測定を実行する前に、図 2 に示すように、周波数スイープ実験を使用してプローブ先端のチップの特性を評価しました。これは100mV vs. OCPのdcバイアスおよび25mVのacバイアスをプローブおよび対極の間にかけて行いました。
図2: 0.1 M TBA-ClO4 を含むPC溶液中のPt プローブを、0.1 V vs. OCPのdc バイアスと 25 mVのacバイアスで測定したインピーダンスの大きさと周波数のプロット。
図3:Ptプローブを電極表面に近づけた際の典型的な結果を示します。先端と試料間の距離が短くなるにつれて、インピーダンスは減少し(a)、電流は増加します(b)。これは、表面が導電性であることを示しています。
さらに、この測定を行うことで、特定の周波数での予期されるインピーダンスの大きさを決定し、その後のアプローチ曲線やエリアスキャンと比較することが可能になります。本研究では、実験セットアップを可能な限りシンプルに保ち、酸化還元メディエーターとサンプルの相互作用によって生じる可能性のある問題を排除するために、ac-SECMを使用しました。
既述の通り、ac-SECMの使用する場合電解質の導電性および印加されるac周波数が重要です。PC 内の 0.1 M TBA-ClO4 は比較的導電率の低い電解質(2.8 mΩ-1・cm-1 [2] に対して、水性 0.1 M KCl3 の場合は 12.8 mΩ-1・cm-1)であるため、絶縁体と導体の両方に近づくとインピーダンスが増加すると予想されます。
しかし、プローブに高いac周波数を印加することでこの2つを区別することができます。適切な周波数を決定するために、印加周波数を1桁ずつ増加させ、プローブを導体に近づけた際にインピーダンスの減少が見られるまで調整しました。
この実験では、プローブに100 kHzのバイアスをかけると、電流とインピーダンスの大きさのマップが図4に示すように十分に大きくなりました。
交流電流が低い(高インピーダンス)広い領域と、交流電流が増加する(インピーダンスが低下する)小さな領域が境界を接しており、これがこの減少の原因となっています。電極に近づくと、図3に示すように、インピーダンスの振幅が減少することが確認されました。これは、サンプルが電子的に導電性であることを示しています。
図4: (a) 0.1M TBA-ClO4で測定されたSionサンプルのac電流の大きさ。(B) 補完インピーダンス大きさマップ
一連のアプローチ曲線から得た最終的なz位置を使用し、SECMのプローブの先端をSion Power電極表面の上に配置してac電気化学活性の撮像をすることができました。得られたac電流およびインピーダンスの大きさマップは図4に示されています。ac電流が小さくインピーダンスが高い広い領域が、ac電流が大きくインピーダンスが低い小さなエリアに縁取られているのを見ることができます。これらの領域は、図1のSEMの画像で示された薄片と谷の特徴に明確に類似しており、ac-SECMが系の特徴を解像できることを証明しています。
図5に示すように、エリアスキャンの断面を観察することで、谷と薄片の両方のサイズを測定することができます。これらの断面からは、谷は90µm、薄片は410µmであることがわかります。これは、SEM画像から決定された寸法とよく一致しています。
図5:ac-SECMエリアスキャンの断面から、電極の谷(a)と薄片(b)のサイズを測定できます。図4aの(a)はy = -65µm、(b)はy = -215µmに相当します。
SEM画像は、サンプルのトポグラフィ(表面形状)と電気化学活性を分離するのに役立ちます。谷の縁でac電流の増加が見られます。SEM画像(図1b)に基づくと、トポグラフィの隆起が電流増加の原因である可能性は低いと考えられます。谷部分の高さが急激に低下している点を除けば、
サンプルはほぼ完全に平坦であるはずです。これは、電流の増加がおそらく溝の端での電気化学活性の増加によるものであることを意味します。これは、露出面が1つから2つに増えることで局所的な活性が増加するエッジ効果によるものと考えられます。アプローチカーブによって、測定されたac電流はトポグラフィだけではなく電気化学活性の結果であるという考えがさらに裏付けられます。
SEM画像に基づくと、谷の深さは~60μmです。したがって、アプローチ曲線から判断すると、谷は電流の~16nAの減少、またはインピーダンスの~320kΩの増加と相関していると考えられます。ac-SECMでの実験結果は、どちらの場合よりも約1桁大きい値です。
この予想した結果と実験結果の相違は、測定された電流とインピーダンスが谷における活性の変化の結果であることを示しています。
V. 結論
ac-SECMを用いて、Sion Power社の電極を非水電解液中で画像化しました。ac周波数を慎重に選択することで、表面からの明確な応答を測定できます。 この電極は、平坦な表面に、視覚的に明らかな谷を形成しています。これらの谷は、サンプルから採取したインピーダンスマップと交流電流マップの両方で顕著に表れています。 SECMとSEMの測定結果を比較すると、谷の境界部にエッジ効果があり、谷の部分で電気化学的活性が変化することが示唆されています。 この実験を通して、電池関連システムの測定におけるSECMの多くの潜在的な応用の一つが明らかになりました。
参考文献
1. ac-SECMチュートリアル( ac-SECM101: An Introduction to Alternating Current-Scanning Electrochemical Microscopy - BioLogic Learning Center)
2.G. Moumouzias, G. Ritzoulis, Journal of Solution Chemistry 1996, 25, 1271-1280
3.Y. C. Wu, W. F. Koch, K. W. Pratt, Journal of Research of the National Institute of Standards and Technology 1991, 96, 191-201
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