技術資料
物質移動律速における腐食電流測定
I- はじめに
EC-Lab®ソフトウェアでは、次のようないくつかの方法で腐食電流を測定することができます。
- Stern法(Tafel Fit)
- SternおよびGeary法
- VASP (VASP Fit)
- CASP (CASP Fit)
最初の2つの方法はアプリケーション・ノート#10([1])、後の2つの方法はアプリケーション・ノート#36([2])および#37([3])で説明されています。これらの方法は、定常状態の電流電位曲線が次のStern(またはWagner-Traud)の関係を満たす場合の一般的な腐食で使用されます。
本項では、腐食パラメータを算出するためのこれら4つの異なる方法が、金属の一般的な腐食(酸化剤の物質移動によって律速される)の場合に使用できることを示します。腐食パラメータの算出は、腐食反応を模擬したダミーセルを利用して行います。
II 物質移動限界による腐食
II.1 I vs Eの関係
腐食速度は、溶存酸素が存在する場合やカソード反応が非常に速い場合などは、物質移動によって律速されます([4])。そのような条件におけるI vs Eの関係は、式(1)でβcを無限大に近づけると得られます。
対応する曲線を図1に示します。
図1: 酸化剤の物質移動律速を伴う金属腐食における定常状態のI vs V及びlog|I| vs E曲線
II.2 ダミーセル
II.2.1 Mēszārosのダミーセル
既知の電流 vs 電位特性のモデルとしてダミーセルを使用することは、腐食パラメータの測定に使用される方法としては便利です。Mēszārosらは、陰極部プロセスが拡散によって律速される腐食電極用のダミーセルを提案しました([5])。このダミーセルの電気回路を図2に示します。
図2: Mēszārosのダミーセル[5]
図3のように、陰極プラトーは厳密な意味で水平ではありません。EC-Lab🄬ソフトウェアを用いたTafel Fitでは、βc ≈ 2 × 104(図4)(1)になっています。
図3: 定常状態のlog |I| vs E曲線(Mēszārosのダミーセルの場合)
図4: MēszārosのダミーセルのTafel Fit分析。βc ≈ 2 × 104
1 研究対象のシステム(ダミーセル)が電気回路的なものであっても、電気化学的パラメータが用いられます。
II.2.2 新しいダミーセル
少し複雑なBPダミーセルを図5に示します。 そのI vs E曲線では、陰極プラトーが正確に水平になっています(図6)。
腐食パラメータを算出するための方法を、BPダミーセルを用いて試してみます。図7にEC-Lab🄬ソフトウェアを用いたBPダミーセルでのTafel Fitの結果を示します。
図5: BPダミーセル
図6: BPダミーセルの定常状態でのlog |I| vs E曲線
図7: BPダミーセルのTafel Fit。
Icorr = 74.622μA、βa = 118.8mV、βc ≈ 1 x 1011mV。
III Stern法(Tafel fit)
log |I| vs EWEを示すグラフから、簡単なグラフ分析によって、Icorr、Ecorr、βa、およびβcの値を算出することができます。
Tafel fit(EC-Lab®のグラフ分析ツール)では、これらの値が自動的に算出されます(図6、図7)。パラメータIcorr、Ecorr、βa、およびβcの値については、図7を参照してください。
IV SternおよびGeary法
分極抵抗Rpの式は、次のように定義できます。
Iの代わりに式(1)の表現を使用すると、次のようになり、
酸化剤の物質移動律速の場合は次のようになります。
Rpの値は、マイクロ分極法(AN #10 ([1]))によって測定することができます。また、平衡電位でダミーセルのインピーダンスをプロットすれば、測定をより良く実施することができます(図8)。
図8のナイキスト線図は、Z Fit([6])を使用して近似できます。Icorrの値は、Tafel Fitによって以前得られたβaを使用して算出できます。
Rp = R1 = 624.4Ω、βa = 0.118Vの場合、式(5)を用いて、Icorr = 82.1μAと得られます。
図8: 平衡電位でBPダミーセルのナイキスト線図(ポイント)とRとCの並列回路(R1 = 624.4Ω、C1 = 0.455 × 10-6 F)の理論値(実践)
実験条件:δE=10mV、f=200mHz~500kHz
V VASP法
VASP法については、アプリケーション・ノート#36([3])を参照してください。VASP法の本質は、電位振幅の変化δEによる分極抵抗Rpの測定値の変化の算出にあります。Rpは、固定の周波数および十分に低い周波数において、電気化学的インピーダンス測定によって算出されます。抵抗降下が無視できる場合、Rpは次の関係式によって表せます。
ここで、ba = ln 10/βa、bc = ln 10/βcです。物質移動によって腐食が律速される場合は、βc → ∞ ⇒ bc → 0になり、次のようになります。
図9は、電位振幅がδEの場合のRpの経時変化を示しています。
振幅と共にRpが減分し、非線形挙動を示しています。また、最小振幅時点でRpが定数になる傾向があるようにも見えます。図10は、EC-Lab🄬ソフトウェアを用いて図9で示した曲線のパラメータ近似をして得られた結果です。[βc ]ボックスのチェックボックスがオフになっている点に注意してください。βc の値は、Tafel Fitによる算出に従い、1011mVに設定されています。腐食電流は、84.1μAです。
図9: BPダミーセルのVASPおよびVASP近似曲線。(f = 1Hz)
図10: [VASP fit]ウィンドウ
VI CASP法
CASPは、腐食パラメータを算出するための新しい方法です([4])。CASP法では、次のように振幅および周波数が定数の、正弦波の電位に従う電気化学的な非線形応答を分析します。
電流 vs 時間トレースの離散型フーリエ変換(DFT)を図11に示します(δE = 50mV、f = 1Hz)。
[3]に記載されている関係は、bc ≠ 0の場合にのみ有効です。[CASP]ウィンドウ(図12)で指定しているIcorr、ba、およびbcの値は、実際にはbc = 0であるため、間違っています。この場合、Icorr、ba、およびいくつかの関係については、後述のものも含め、[7]に記載されています。
式(9)および(10)と、図12のδI1、δI2、およびδI3の値を使用して、Icorr = 68.7μA、ba = 22.2V-1という値が得られました。
図11: BPダミーセルの電流応答のDFT(δE = 50mV、f = 1Hz)
図12: [CASP]ウィンドウ(δE = 50mV、f = 1Hz)
VII 結論
BPダミーセルを使用し、さまざまな方法で得られる腐食パラメータの値と、全パラメータの平均値と標準偏差を表Iに示します。標準偏差の小さな値は、腐食が酸化剤の物質移動律速の場合、それらの方法が互換性があることを示しています。
本項では、陰極の反応速度が酸化剤の物質移動律速の系に等価なダミーセルで模擬可能なことを示しました。また、BPダミーセルを使用すると、EC-Lab®で利用可能な方法を使用して腐食速度を算出できることも示しました。
Tafel Fit、Stern Geary、VASP、CASPを使用すると、酸化剤の物質移動律速の系でシステムの腐食速度を算出できます。
表I: 各方法で算出したパラメータ値のリスト
参考文献
[1] アプリケーション・ノート#10.酸性溶液中における鉄製電極の腐食電流の測定.
www.bio-logic.net/wp-content/uploads/20110224-Application-note-10.pdf
[2] アプリケーション・ノート#36.VASP: an innovative and exclusive technique for corrosion monitoring.
www.bio-logic.net/wp-content/uploads/20110609-Application-note-36.pdf
[3] アプリケーション・ノート#37.CASP: an new method for the determination of corrosion parameters.
www.bio-logic.net/wp-content/uploads/20111020-Application-note-37.pdf
[4] I. Epelboin, M. Keddam, and H. Takenouti.Use of impedance measurements for the determination of the instant rate of metal corrosion.
J. Appl.Electrochem., 2:71 – 79, 1972.
[5] L. M´esz´aros, G. M´esz´aros, and B. Lengyel.Application of harmonic analysis in the measuring technique of corrosion.
J. Electrochem.Soc., 141:2068, 1994.
[6] アプリケーション・ノート#14.Z Fit and equivalent electrical circuits.
www.bio-logic.net/wp-content/uploads/20101209-Application-note-14.pdf
[7] C. Montella, J.-P. Diard, and B. Le Gorrec.Exercices de cin ´ etique ´electrochimique.II.M´ethode d’imp´edance.Hermann, Paris, 2005.
Chlo´e Vincent,
Nicolas Murer, Ph.D.,
Bogdan Petrescu, Ph.D.,
Jean-Paul Diard, Pr.Hon.
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