技術資料

圧力条件でのリチウム電池へのEISテストの適用 -セルモジュール化時のセルSOCの検討-

I はじめに

近年、リチウムイオン電池は高い電力容量と安全性により、民生用電子機器、電気自動車系統用
蓄電池などの分野で広く使用されています。電池の高容量化に対する需要が高まるにつれて、
とりわけ車載電池においては、必要な容量を満たすためにより多くのセルを1つのモジュールに
組み込み使用しています。セルをモジュール化する際には、モジュール外装の強度や変形を考慮
するだけでなく、外装の拘束圧力が電池の性能や安全性に及ぼす影響も考慮する必要があり¹、
異なる荷重下でのリチウムイオン電池の性能を研究することは非常に重要です。電気化学インピーダンス分光法(EIS法)は、非破壊で電荷の電極内拡散、界面移動、溶液内拡散など、リチウムイオン電池の内部挙動や状態を解析することができます。
今回、Operandoセル膨張測定システムと電気化学測定装置を組み合わせて、いくつかのSOCにおいてインピーダンス値の圧力依存性を調べました。 これは電池の使用時とパッケージング時において明確な指標となる重要なデータとなります。

Operandoセル膨張測定

II 実験装置・測定方法

II.1 実験装置

Operandoセル膨張測定システムモデルSWE2110(図1(a))を使用し荷重特性を調査しました。

SWE2110機器の外観

図1.SWE2110機器の外観

II.2 サンプル、測定条件

■II.2.1 セル情報

測定したセルの情報は、表1の通りです。

表1

表1.測定したセルの情報


■II.2.2 測定条件

  • SOC調整:
    5つのセルを4.45Vまで1Cで定電流充電した後、カットオフ電流を0.05Cにして定電圧充電した。その後、0.2Cで1時間から5時間の間定電流放電し、SOCが0%、20%、40%、60%、80%のセルを得た。
  • 圧力調整:
    セルをSWE2110にセットし、ソフトウェアで荷重と荷重保持時間を設定した。荷重は100kg、200kg、400kg、600kg、800kg、1000kg(図2(a))で、対応する圧力はそれぞれ0.27MPa、0.54MPa、1.1MPa、1.6MPa、2.2MPa、2.7MPaである。荷重保持時間はレストの時間と
    EIS試験の時間を考慮して25分とした。
  • EIS 測定 :
    各圧力で20分間保持した後、EIS測定を行った。周波数範囲は10kHz~20mHzで交流振幅は5mVで行った。

    III 結果分析

    III.1 各SOCのナイキストプロットの荷重依存性

    各SOCのセルに対して与えた荷重は図2(a)の通りです。荷重に対して定常な状態になるよう20分間保持しました。
    荷重100kg~1000kgをかけた際のSOC5条件(0%~80%)のナイキストプロットは図2(b)~(f)の
    通りです。 例えば、SOC0% のセル (図 2(b))では、ナイキスト線図に2 個の半円が見られます。
    この容量性半円の帰属について、高周波領域の半円はSEI被膜生成時の挙動が影響しており、中周波および低周波領域の半円は電荷移動時の挙動が影響していると言われています³。荷重が上昇しても、高周波領域の変化はあまり見られませんが、低周波領域(<0.125Hz,拡大図部分)ではEIS測定の結果は明らかに右(高抵抗側)へシフトしています。これは荷重が大きくなると電荷移動過程や拡散過程が起こりにくくなることを示唆してします。
    低周波領域の荷重増大による高抵抗側へのシフトについて、図2(c)から(f)を見てみると、SOC値が0%から80%へ増加するにつれて、シフトする傾向が弱くなることが分かります。これはSOCが高いほど、セルの低周波領域のインピーダンスが圧力の影響を受けにくくなることを示唆しています。

    図2.荷重曲線とインピーダンス結果

    図 2.(a):加重曲線
    (b):SOC0%における異なる荷重(100kg、200kg、400kg、600kg、1000kg)下のインピーダンス結果
    (c):SOC20%、(d):SOC40%、(e):SOC60%、(f):SOC80%における異なる荷重下のインピーダンス結果

    III.2 ボード線図による加重依存な低周波領域の抵抗増大に関する実部虚部の検討

    加重依存な低周波領域の抵抗増大について、実部と虚部どちらに起因するか検討するため、SOC0%、40%、80%の測定結果について、実部、虚部各々のボード線図を図3(a)から(f)の通り確認しました。これら3 つのSOCセルのEIS試験の虚数部から、高周波数領域と低周波数領域共に、どの圧力下でも大きな変化がないことが分かります(図3(b)、(d)、(f))。
    一方で、EIS実数部の低周波領域は明確な変化が見られました(図3(a)、(c)、(e))。
    更に(図3(a)、(c)、(e))から、SOC値が増加するにつれて、低周波領域の実数部の増加傾向は低減することが分かりました。これはナイキストプロットから分析した以前の結果と一致しており、SOC値が高いほど低周波EIS値の実数部が圧力の影響を受けにくくなることを示しています。

    図3.各SOCのボード線図

    図 3.
    (a-b):周波数の関数としてのSOC:0%セルの実数部と虚数部
    (c-d):周波数の関数としてのSOC:40%セルの実数部と虚数部
    (e-f):周波数の関数としてのSOC:80%セルの実数部と虚数部

    III.3 等価回路解析

    図4(a)は、リチウムイオン電池で一般的に使用される Randles 型等価回路です。高周波でのインピーダンスの虚数部はCd成分が支配的であり、図3(b)、(d)、(f)において虚数部に荷重依存性がないことが示唆されます。荷重を加えた場合のリチウムイオン電池の物理的な状態を考えてみると、
    負極およびセパレータなどが圧縮され電極間の距離が近づくため、電解液抵抗が低減されると想定されます。これらの界面接触抵抗は、EISスペクトルの実軸切片から読み取れる高周波抵抗(RΩ)に含まれます。実際一般にわずかな荷重を加えるとバッテリー内の部材間の接触が良くなり抵抗が低減することが知られています。
    この実験では圧力が高く、どの外部圧力でも部品界面で良好な接触が得られました。そのため、RΩはさらに荷重を上げてもあまり変化しません。
    しかし、III.2から低周波領域におけるEISの実部は荷重の増加に伴い増加し、この現象は低SOCでより顕著でした。これを解析するため異なるSOC条件、荷重下のセルのインピーダンス結果をフィッティングしRct成分を比較しました(図4(c))。 荷重を100kgから1000kgまで変化させると、SOC0%のセルのRctは3.78mΩ増加しましたが、SOC80%セルのRctは1.34mΩしか増加しませんでした。このことからSOCが高いほど圧力の増加に伴うRctの増加は小さくなることがわかりました。この原因の一つの解釈としては、荷重により正極層や負極層が圧縮されて変形することで、電極合材の空隙率が減少することによるイオン輸送抵抗が増加し、粒子そのものが荷重により割れ抵抗増加につながっていることが考えられます。
    また、セルがSOC0%の場合、Graphiteの層間にリチウムイオンがほとんどインターカレーションしていないため、変形しやすくなります。この際、一定の荷重が加えられるとグラファイト層の
    層間距離が徐々に縮まり、層間の分子間力が増大し、Li⁺の電荷移動過程とその後の拡散およびインターカレーション過程に大きな影響を及ぼすことが知られています¹。これは低周波領域の拡散インピーダンスが大幅に増加する事とも一致します。
    反対にSOC80%の状態で測り負極は、完全に充電された状態に近くなり、層間にLi+が十分にある状態です。つまり、黒鉛層は荷重による収縮幅が小さくなります。これは大きな荷重をかけた際にSOCが高いほどRctの増加幅が小さくなったこととも一致します。
    このことから、セルに予圧を加える必要がある場合(例えばモジュールをパッケージ化する場合)、セルの初期SOC値が高いと予圧がセルのサイクル特性に大きな影響を与えないことが想定されます。

    図4.リチウムイオン電池のRandles等価回路、異なる荷重およびSOCの電荷移動抵抗Rctの変化

    図 4.
    (a):リチウムイオン電池のRandles等価回路
    (b):高周波域でのワールブルグインピーダンスを無視し簡略化した等価回路
    (c):異なる荷重を持つ異なるSOCセルの電荷移動抵抗Rctの変化

    IV 結論

    この資料では、Operandoセル膨張測定システム (SWE2110)を電気化学測定装置と組み合わせて
    使用し、さまざまな荷重下、SOC条件下でLCO/ GraphiteセルのEIS測定・分析を行いました。
    その結果、EIS 試験の虚数部は圧力の影響を受けないこと、すなわち、リチウムイオン電池の
    界面電気二重層容量は圧力にかかわらず安定であると言えます。
    一方で荷重を変化させた際のEIS試験の実数部については、高周波領域のEISの実数部は大きく変化しないものの、低周波領域は荷重の影響が大きく、特にSOCが低いほどRctが大きい方にシフト
    しました。これは荷重により正極層と負極層が圧縮されて変形し、電極層などの空隙率が減少することでイオン輸送抵抗が増加すること、さらなる荷重により粒子までもが壊れ最終的にはRctの増加につながると想定されます。
    また、高圧下では黒鉛電極内のGraphite層間距離が縮むことで、Graphite層間の分子間力が増加し、Li⁺の電荷移動過程とそれに続く拡散およびインターカレーション反応において抵抗が大きくなります。更にGraphiteからリチウムが脱離するにつれて(つまり、SOC値が小さくなる)、グラフェン層が圧縮されやすくなり、抵抗が大きくなります。
    よって、セルへ事前に大きな圧力を加える必要がある場合は、セルのサイクル効率に対する圧力の影響を最小限に抑えるために、高SOC状態のときに圧力を加える必要があると言えます。

    V 参考文献

    [1] H.M. Lu, H.F. Fang, X.M. He and L.Q. Xie,Effect of pressure on charge and discharge performance and expansion of ternary lithium battery. J. Power Technol. 41 (2017) 686-688.

    [2] W.X. Hu, Y.F. Peng, Y.M. Wei, Y. Yang,Application of Electrochemical Impedance Spectroscopy to Degradation and Aging Research of Lithium-Ion Batteries.. J. Phys. Chem. C 127 (2023) 4465-4495.

    [3] Q.C. Zhuang, Z. Yang, L. Zhang and Y.H. Cui, Research process on diagnosis of electrochemical impedance spectroscopy in lithium-ion batteries. Prog. Chem. 32 (2020) 761-791.

    [4] Allen J Budd, Larry R Faulkner, Electrochemical Methods-Principles and Applications [M], Second Edition, Chemical Industry Press, 2005.


    本内容はInitial energy science technology Ltd.の許諾を得て下記資料を一部改変し翻訳したものです。

    引用元:Application Of EIS Test To Lithium Battery On Pressure Condition

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