技術資料
Si/C負極セルの不可逆膨張と容量劣化の測定
I はじめに
EV開発の進展に伴い電池の高エネルギー密度化への要求が増大しています。黒鉛負極の理論容量が372mAh/gに対し、シリコンは理論容量4200mAh/gと10倍以上の理論容量と0.4Vという比較的低いリチウムインターカレーション電位のため、実用化を期待されています。他方、充放電に伴う体積膨張率が約300%もあるため、膨張抑制に向けた研究が行われています。 その一つとして、グラファイトとシリコンの複合材料などがよく検討されています。 本文章では、シリコン含有量の異なるSi/C系負極を用いたラミネートセルの膨張挙動と容量劣化の関係を調査しました。
II 実験装置と試験方法
■II.1
実験装置は、Operando セル膨張測定装置SWE2110(IEST)を用いました。
図1.SWE2110装置の外観
■II.2 セルの組成と充放電条件
セルの組成は表1、充放電条件プロセスは表2の通りです。負極のシリコン含有量は3wt.%と5wt.%の二水準で作製しました。
表1. セルの情報
表2. 充放電条件
III 結果と分析
■III.1 異なる割合のシリコン-カーボン系セルの膨張挙動の比較
Operandoセル膨張測定装置(SWE2110)を用いて一定荷重モード(荷重5.0kg)に設定し、シリコン含有量が3wt.%と5wt.%の各々のセルを用意し、II.2の条件で50サイクル充放電を行い充放電中の厚み変化を測定しました。充放電に伴う可逆的な膨張収縮、サイクルに伴う不可逆的な膨張はどちらのサンプルにも確認されたが、シリコン含有率が高い方が可逆的な膨張・不可逆的な膨張いずれも大きく見られました(図2)。1サイクル目と50サイクル目の完全放電時の厚みを比較したところ、シリコン含有量が3 wt.%のサンプルでは8.8%の厚み増加、5 wt.%のサンプルでは11.2%の厚み増加が見られました。これらの結果からどちらのサンプルでも副反応生成物などが蓄積され、その結果セルの総体積が継続的に増加したことが分かります。
一般にリチウムのインターカレーション過程では、シリコン粒子が大きく体積膨張することにより、活物質粒子の割れなどが伴うほか、粒子表面のSEI(Solid Electrolyte Interphase、固体電解質界面)被膜が破壊されてしまうと言われています。さらに、露出した新しいシリコン粒子表面が電解液と反応し、新しいSEI被膜がされます。SEI被膜の破断と再生が繰り返されると、多数の副反応生成物が蓄積され、セルの総容積が連続的に膨張するだけでなく、分極によりセルの内部抵抗が徐々に増大しセルの容量低下の一因となると言われています。[2, 3]。
図2. セル充電曲線と厚さ膨張曲線
さらに図3の結果から不可逆膨張量(※)を各々のサンプルで計算・比較したところ、35サイクル以前はシリコン含有量5wt%のものが3wt%のもの比べてわずかに大きい程度であったが、35サイクル以降はシリコン5 wt.%含有セルの厚み膨張が顕著に見られました。
このことからシリコン含有量の増加がサイクルを重ねた際のセルの劣化に大きな影響を及ぼすことが分かります。
※不可逆膨張とは、あるサイクルまでの充電に伴う体積膨張の和から、放電に伴う体積収縮の和を差し引いた値のことを表しています。
図3. シリコン含有量3wt.%と5wt.%のSi/C負極の不可逆膨張量と充放電サイクルの関係
■III.2 膨張厚さと容量の相関関係
不可逆膨張とセル容量の関係を調べるため、充電サイクルに対して厚み変化と容量維持率を出力しました(図4)。 サイクル数の増加に伴い、セルの厚みは初めは増加し、その後平坦化する傾向を示している一方で、容量保持率は減少していることが分かります。
図4. セルの厚みと容量維持率
上記の容量劣化と厚み変化が一致しないことについてより正確に見るために、1サイクルと50サイクルのdQ/dVについて解析しました。
サイクル後半の不可逆反応によって蓄積される副反応生成物が、シリコン-カーボンのセル分極、容量減衰、リチウムインターカレーション反応に与える影響を調べるため、シリコン濃度が3wt.%と5wt.%の2つのグループのシリコン-カーボンセルについて、充放電長期サイクル前後の差分容量曲線も比較分析しました。
その結果を図5(a)と(b)に示します。どちらのサンプルも1サイクル目(赤線)に比べて50サイクル後(黒線)の充電側のdQ/dVピークは高電位側にシフトしました。とりわけ50サイクル後のdQ/dV曲線のピーク強度とピーク面積は、3.72Vと3.81Vで顕著な低下を示しました。 これは、50サイクル後のこれら2つの電位での相転移反応が十分な電位に達しなかったことを示唆しており、その結果セル全体の容量が低下したと考えられます。 また、50サイクル後のdQ/dV曲線は、1サイクル目と比較して、微小なピークが少ないことが分かります。この結果から、いくつかの相転移反応がサイクルを重ねるたびに減少する傾向があり、サイクル終了時に観察される全体的な容量減少に影響していることが示唆されます。
図5. シリコン含有率(a)3wt.%,(b)5wt.%における1サイクル目(赤線)と50サイクル目(黒線)のdQ/dV曲線
実験結果から、シリコン系電極の容量劣化は、シリコン粒子の体積膨張から遅れて発生することが示されました。図6は、参考文献[4]に概説されているシリコン系電極の劣化の概念図です。主な影響は以下のように分類できます。
(1) 体積変化により粒子にクラックや割れが生じ、活物質の損失や電子伝導性能の低下を招く。
(2)粒子が露出した表面にSEI膜が形成されリチウムが失われる。
(3) SEI膜の増大により分極による電極インピーダンスが増大し、界面層の電子およびリチウムイオン輸送特性が悪化する。さらに、電極の体積膨張とSEI膜の連続的な発達は、電極の空隙率の変化をもたらし、その結果、電子とイオンの透過に影響を与える。
以上のことから、Si/C電極のサイクル性能を向上させるための戦略は、以下のように大別できます。
(1)シリコン粒子のサイズを小さくしたり、ナノ構造のシリコン電極を合成したりすることで、材料構造が放電後も元に戻るようにする。
(2)結晶性Li-Si合金の形成を避けるために、電位を制御する。
(3)自己修復性のある接着剤で活物質が十分に接着する。
図6. シリコン系電極の容量劣化のイメージ図
IV まとめ
本文書では、IESTが開発したOperandoセル膨張測定システム (SWE2110)を用いて、シリコン濃度が異なる2種類のSi/C負極の充放電サイクル試験におけるセル膨張を調べました。さらに、膨張と容量劣化の関係も明らかにしました。シリコン粒子の体積膨張は、固体電解質界面(SEI)膜の連続的な破断と再生をもたらすことが示唆されます。このプロセスは、相当量の電解液と活性リチウムを消費するだけでなく、セル内に相当数の副反応生成物を蓄積させます。その結果、セル全体の厚みが増す一方で、利用可能な容量は低下します。さらに、高シリコン系セルの体積膨張率と容量保持率は、低シリコン系セルよりも劣っており、高シリコン系セルの最適化と改良には、まだ大きな改善の余地があることを示しています。
V 参考文献
[1] M. Ashuri, Q.R. He and L.L. Shaw, Silicon as a potential anode material for Li-ion batteries: where size, geometry and structure matter. Nanoscale 8 (2016) 74–103.
[2] S. Chae, M. Ko, K. Kim, K. Ahn and J. Cho, Confronting issues of the practical implementation of Si anode in high-energy lithium-ion batteries. Joule 1 (2017) 47-60.
[3] X.H. Shen, R.J. Rui, Z.Y. Tian, D.P. Zhang, G.L. Cao and L. Shao, Development on silicon/carbon composite anode materials for lithium-ion battery. J. Chin. Cream. Soc. 45 (2017) 1530-1538.
[4] I. Choi, J.L. Min, S.M. Oh and J.J. Kim, Fading mechanisms of carbon-coated and disproportionated Si/SiOx negative electrode (Si/SiOx/C) in Li-ion secondary batteries: Dynamics and component analysis by TEM. Electrochim. Acta 85 (2012) 369-376.
本内容はInitial energy science technology Ltd.の許諾を得て下記資料を一部改変し翻訳したものです。
引用元: Analysis Silicon-carbon System Cells’ Cyclic Expansion and Capacity Decay
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