AD変換の基礎 / 第4回 測定レンジ
アナログ信号の入力をデジタル信号データへ変換する際には、AD変換器(Analog-to-Digital Converter)を使用します。通常、ひとつのAD変換器があらゆる信号レベルの入力を変換できるわけではなく、変換可能な信号レベルは、仕様の最大電圧(例えば、1.2Vなど)に制限されます。しかし、変換器側では、必ずしもその仕様に応じた電圧を出力しているわけではありません。そのような場合、入力信号の側が、測定“レンジ”に合致するように、増幅(もしくは減衰)されています。この測定レンジは、ユーザー自身が設定するか、もしくは、信号を取得するシステムが自動で適切なレンジを検出します。
信号のソフトクリッピングとハードクリッピング
信号取得の際には、入力信号の振幅が測定レンジ外になってしまうことが有り得ます。この様子をFigure1に示します。Müller-BBM製の信号処理ハードウェア(PAK-MKⅡ)では以下のように、信号レベルごとに処理を分けています。
- 信号レベルが測定レンジの0~100%:入力した信号は、最も良い精度で量子化されます。
特に問題はありません。 - 信号レベルが測定レンジの100~150%:入力した信号は、若干クリップされます。
まだ、信号を量子化する事はできていますが、線形性を保証することができなくなり、(レベルは小さいながら)高周波数領域に高調波歪みが発生します。 - 信号レベルが測定レンジの150%以上:入力した信号は強くクリップされます。
もはや信号は、デジタル化してもまったく異なった値になります。
システムは完全にオーバーロード状態にあり、取得した信号データは使用に適しません。
肝心なことは、測定レンジをユーザーが注意して選択しなければならないという事です。もし測定レンジが小さすぎた場合、PAKではオーバーロードメッセージが表示され、オーバーロードした部分の信号データにはマークが付きます。ただし、わずかなオーバーロードであれば、データ全体がまったく使えないというわけではなく、日常の分析業務の中ではそのようなデータを利用する事もあります。しかしながら、ハードクリッピングが生じたデータについては一連の測定をやり直す必要があるため、発生しないようにしましょう。
ランダムノート
通常、最初の測定を始める際には、オートレンジ機能を使用するとよいでしょう。テスト対象を最大出力で動作させて、オートレンジ機能を有効にします。このようにオートレンジ機能を利用する事で、測定対象に見合った測定レンジを設定することができます。測定対象に見合った測定レンジを設定する事で、ハードクリッピングはもちろん、ソフトクリッピングの発生も抑制することができます。
ICPタイプのセンサーには、しばしば、最大出力レンジが±5Vのセンサーがあり、これは、PAK-MKⅡフロントエンドの標準的な(最も利用される)入力レンジである±10Vとは異なります。このような場合には、PAK機器マネージャ機能を使用し、センサー単体のオーバーロード値を明記しておきます。このように設定しておくと、PAKの測定レンジが10Vに設定されていても、5Vを超える電圧が入力された場合には、対応するデータにオーバーロードのマークがつきます。
測定レンジ50%分の、いわゆるオーバーヘッドを適用するということは、名目上、入力レンジに対して完全な24bitの量子化を行わないということになります。それはつまり、“約1bit”の量子化精度を失い、LSB(PAK InfoLetter 「量子化」の項目を参照してください)が若干大きくなることを意味します。しかし、24ビットAD変換前に加わる他の多くの(アナログ)ノイズ成分と比べれば、これは許容できる仕様といえます。
こちらもあわせてお読みください。
- 第6回 シグマデルタ型ADコンバーター Part2
- 第5回 デルタシグマAD変換器
- 第4回 測定レンジ
- 第3回 量子化
- 第2回 オーバーサンプリングによるアンチエイリアシング
- 第1回 アンチエイリアシングフィルター