スピーカ計測・評価技術 / 第2回
スピーカの表面振動と音の伝播

スピーカユニット表面、つまりダストキャップ、ダイヤフラム、サラウンドが振動することで、音が発生します。故にスピーカユニットの表面がどのように振動しているかが、音の広がりに大きな影響を与えます。その振動形状の測定方法、解析方法について、解説していきます。

  下記図1をご覧ください。スピーカに電気信号が加わり、図中“Motor”を通じて駆動力“Fcoil”が発生します。それによりスピーカ表面が振動しますが、スピーカの表面の任意点rcには、そのスピーカ形状に応じて、任意点それぞれに対し駆動力“F(rc)”が発生します。これによりスピーカの振動が空気の密度に粗密を発生させ、スピーカ直近(近接音場)での音圧P(rn)を発生させます。これが遠くまで伝わり(遠方音場)、我々の耳に音圧P(ra)となり、知覚されます。つまり電気信号を音に変換しているのは、ダストキャップ、ダイヤフラム、サラウンドが一体となっているスピーカ表面であり、その形状や性質によって発生する音の伝播の仕方が変わります。故に、スピーカ表面の振動特性を把握することは、音響機器の設計にとって非常に重要となります。

図1.電気信号から音の発生までの流れ

 スピーカの表面振動を測定するために、昔はストロボを使用した目視での観察が主流でしたので定性的な評価に留まっていましたが、近年のレーザ計測技術の発展に伴い、手軽に素早く定量的な測定ができるようになってきました。それにより、数値的な解析が可能になり、測定データからスピーカの表面振動から音の伝播の仕方を推定できるようになりました。それでは、表面振動からどのように音の伝播を計算するのかを解説していきます。

スピーカの表面振動測定

スピーカの表面振動測定は、図2のようにスピーカを回転させながら、1点1点測定していきます。(レーザセンサを動かし、全体を走査する手法もあります)

図2.スピーカ表面測定

スピーカの表面振動の測定で得られるデータは、測定点の位置情報=形状と各点の伝達関数です。ここでの伝達関数は入力した電圧によって生じた変位量をその入力電圧で割った値を周波数毎にプロットした下記のようなグラフになります。

図3.変位振幅の伝達関数

これは、低音用のスピーカであるウーファーの伝達関数で、振動系の共振周波数fsを100Hz以下(上図では50Hz)にもっています。この共振周波数をピークに12dB/オクターブ(周波数が2倍になるごとに12dB=0.25倍)変位が減少します。しかし、スピーカ表面の分割振動によって単調な現象とはならず、いくつかのピークを持つことになります。分割振動については、後に解説いたします。

 変位を微分することで、速度が得られます。振動板の面積と速度がわかれば、一定距離離れた任意観測点での音圧を算出することができます。つまり、変位振幅の伝達関数から、ある点が生む音圧を算出できますので、スピーカ表面の全点の伝達関数が得られれば、スピーカで生じた音が私達の耳にどれだけの音圧となり知覚されるのかを正確に予測できるはずです。しかし、本当にそうでしょうか。

図4.AALとSPL

 ここで、図4をご覧ください。赤線が前記した伝達関数から求めた観測点での音圧で、累積加速度(音圧)レベル:AALと呼びます。一方、青点線のSPLは観測点で実際に測定される音圧を表します。図にある通り、SPLは全周波数領域において、AALを下回っています。これは、SPLの方はスピーカ振動板から観測点までの距離による位相を考慮しているからです。位相を考慮するということは、波の干渉による打消しを考慮するということですので、それを考慮しないAALよりSPLの方が小さい値をとることになります。ではその波の干渉による打消しはどうして生じるのでしょうか。

スピーカの表面振動形状の音圧への影響

まずは、以下の振動アニメーションをご覧ください。

図5.100Hzのスピーカ表面の振動

図6.850Hzのスピーカの表面振動

 800Hzまでの低周波においては、スピーカ表面が一様に振動する“ピストン(剛体)モード”という振動形状になります。一方で、850Hzを超えるとスピーカのエッジ側(外側)とダストキャップ側(中心近傍)で振動の方向が逆になる振動形状“分割振動モード”となります。つまり、中心近傍はコイルと同相に、外側はコイルと逆相に振動することになりますので、音を打ち消し合ってしまいます。そのためSPLは低下します。これが、AALとSPLに差が生じる原因です。どの程度、音の打消し合うのかは、レイリー積分という手法を用いて算出していますが、詳細については本記事では割愛いたします。

先ほどまでは、スピーカ表面から発生した音圧が、ある観測点においてどの程度の音圧になるのかを計算してきましたが、それでは、スピーカ表面から発生した音圧は観測点が移動したとしても同じように聞こえるでしょうか。答えは“いいえ”です。下記、図7のように、スピーカと観測者の位置関係によって、周波数毎の聞こえ方が変化します。

図7.ある周波数における指向性

指向性が生じる原因もまたスピーカの分割振動の影響によるものです。分割振動は高周波領域で生じますので、ある方向でから観測すると-10dBほどその周波数が小さく聞こえるということもあります。そのため、ライブ会場や会議場等で多くの人に均一な音質を提供する必要のある際に使用するスピーカ(PA:Public Address用スピーカ)の場合は、複数の高周波用スピーカ(ツイータ)を搭載している場合があります。また、最近のホームオーディオ(スマートスピーカ等)でも、部屋の中心にスピーカを設置することが増えてきたため、1つのウーファーに対し、複数のツイータやフルレンジ(広い周波数領域をカバーするスピーカ)を搭載していることが増えてきました。

次回は、第1回で取り上げたT/Sパラメータの概念を、非線形領域つまりスピーカが大きく振幅しているときの性質を定量化する手法について、解説していきます。

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