ナノインデンターによる生体材料やゲルの評価事例
はじめに
ゼラチンへの圧子接触画像
生体材料や液中の高分子材料といった軟質な材料は、筋肉や細胞の研究といった医学的な側面から圧力センサーなどの保護膜として用いるシリコーンゲルや溶液中のリチウムイオン電池のバインダーフィルムのような工業的な分野まで、非常に多くの場所で活用されています。こうした材料は粘性的な特性を持ち、その流動性やしなやかさをうまくコントロールすることで実用上の不具合を無くす取り組みがなされております。
従来バルク材料では、一般的にレオメーターやDMAなど装置で粘弾性特性評価が行われてきました。ただこれら装置ではある程度の量や大きさのサンプルサイズが必要となります。ナノインデンターはマイクロメートルオーダーのプローブを用いることで、実用上でのボリュームで試験を行うことが可能です。
このページでは従来インデンテーション装置では測定が難しかった、弾性率がkPaオーダーのサンプル特性評価事例を紹介します。
ナノインデンテーションにおける軟質材料試験時の問題点
ISO14577(計装化押し込み試験)で規格化されている準静的押し込み試験は、弾塑性体を対象としたモデルを使用しているため、ゲルやゼラチンのような軟質な材料の性質として一般的である粘弾性特性を示すものは評価モデルとして適していません。
またサンプルが柔らかくなればなるほど、圧子がサンプルに接触するときの表面検出の感度が求められます。この表面検出の感度が足りないと実際の押し込み位置よりも深い位置を表面と認識してしまい、弾性率が正しく計算されないなどの問題が生じます。
バイオマテリアルメソッドによる動的粘弾性試験
KLA社では以前よりOliverらが開発した連続剛性測定法を応用した、動的粘弾性試験(ProbeDMA®)を用いて高分子材料の粘弾性評価を行っています。従来の動的粘弾性試験ではMPaオーダー程度の高分子材料をターゲットとしていましたが、バイオマテリアルメソッドではゲルのようなkPaオーダーのより柔らかいサンプルの測定をターゲットにしています。
柔らかいサンプルを測定する上では、上述の通り、サンプルが柔らかくなればなるほど、サンプル表面の検出が困難になります。本メソッドでは圧子がサンプルに接触する前に装置自身のダンピング特性を取得することにより表面検出の感度を大幅に高めました。また装置自身のダンピング特性などを行うキャリブレーションを自動で行えるため、こうした非常に柔らかいサンプルも容易に測定できるようパッケージング化されています。
対応機種
原理
バイオマテリアルメソッドで測定するサンプルは固体的ではなく、液体的なサンプルであり、一般的には回転レオメーターで評価するサンプルが多いため、せん断弾性率(剛性率)の計算・測定を行うメソッドになっています。一般的なKelvin-Voigtモデルにおいて複素せん断弾性係数は以下の式で表されます。
ここでνはポアソン比であり、Dは接触面積です。
ゲルや生体材料の場合、水が主要成分であるため非圧縮性の値としてポアソン比はν=0.5を仮定しています。また接触面積はフラットパンチ圧子を用いることにより試験の過程で接触面積の変化なく、既知の値で一定です。また接触剛性に対する減衰度合いを特徴づける損失係数は次のように計算されます。
評価事例紹介
ゼラチンの測定
測定サンプルとサンプルセットの様子
10点測定した試験結果サンプルの試験結果になりますが、接触剛性 S の値はサンプル接触前と接触時の差分を表しており、わずか1N/mしか増えていない(固体的な材料の場合、5N/m以上は増加)ことがわかります。またDsωも0.15という非常に小さい減衰しかありません。 測定結果はtable.2の通りです。
直径約100umのフラットパンチ圧子を用いた結果は、せん断貯蔵弾性率G'は2.89±0.52kPa、せん断損失弾性率G”は0.71±0.36kPaという結果になりました。測定空間分解能は下がりますが、より大きい圧子を使用することでより安定したデータを取得することも可能です。このように柔らかいサンプルもバイオマテリアルメソッドでは容易に測定することができます
MEMS用シリコーンゲル
MEMSベースデバイスの応用例として、圧力センサは自動車・石油・エレクトロニクスおよび医療産業など広く使用されています6。 例えば自動車用圧力センサは、 -40℃~80℃の温度での良好な性能や振動・衝撃・湿気等の汚れに耐える必要があります。 こうした外乱の影響を避けるために、MEMSデバイス上に保護膜としてシリコーンゲルが良く用いられます。 今回、合格品と不合格品の2種類自動車用圧力センサの測定を実施しました。シリコーンゲル被膜の機械特性評価を下記Table.3の条件に基づき、バイオマテリアルメソッドにて評価しました。 合格品については4箇所をそれぞれ10点測定、不合格品については5か所をそれぞれ10点測定しました。 なお試験温度:23℃、湿度:41%で試験は行っています。測定した結果を図.1およびTable.4にまとめます。 合格品については平均貯蔵弾性率が4.6~7.0kPaの範囲にあり、マクロなDMA試験の5.2kPaとよく一致しております。 一方で不合格品は2.16 ~ 3.07kPaの範囲と比較的引く貯蔵弾性率を示します。 t検定を用いて、合格品と不合格品を比較すると、95%の信頼度レベルで異なっているという結論になりました。 なお合格品における測定位置4と不合格品における測定位置5におけるヤング率はその他の場所より40%前後高くでていますが、 これらの高弾性率箇所は押し込み位置が他とは大きく異なる場所であったt目、場所による値のばらつきもナノインデンターでは測定することができる可能性があります。
参考文献
- I.N. Sneddon, “The relation between and penetration in the axisymmetric Boussinesq problem for a punch of arbitrary profile,” International Journal of Engineering Science, vol. 3(1):47-57 (1965).
- W.C. Oliver and G.M. Pharr, “An improved technique for determining hardness and elastic modulus using load and displacement sensing indentation experiments,” Journal of Materials Research, vol.7(6):1564–1583 (1992).
- G.M. Pharr, W.C. Oliver and F.R. Brotzen, “On the generality of the relationship among contact stiffness, contact area, and elastic modulus during indentation,” Journal of Materials Research, vol. 7(3):613–617 (1992).
- J.L. Loubet, W.C. Oliver and B.N. Lucas, “Measurement of the loss tangent of low-density polyethylene with a nanoindentation technique,” Journal of Materials Research, vol. 15(05):1195–1198 (2000).
- E.G. Herbert, W.C. Oliver and A. Lumsdaine, “Measuring the constitutive behavior of viscoelastic solids in the time and frequency domain using flat punch nanoindentation,” Journal of Materials Research, vol. 24(3):626–637 (2009).
- Pressure Sensor Market Size, Share, & Trends Analysis Report By Product, By Type, Technology (Piezoresistive, Electromagnetic, Capacitive, Resonant Solid-state, Optical), by Application, by Region, and Segment Forecasts, 2020 – 2025. https://www.grandviewresearch.com/
この記事は下記のアプリケーションノートの要点を抜き出したものです。
さらに詳細をお知りになりたい方は下記の論文をご参考ください。
Complex Shear Modulus of Compliant Biomaterials
In Vitro Complex Shear Modulus of Bovine Muscle Tissue (Steak)
Measuring Viscoelastic Properties of Silicone Gel Coatings on MEMS-based Sensors