ナノインデンターによるビッカース硬さ試験

ビッカース硬さ試験の概要

ビッカース硬さ試験(JIS Z 2244)は工業分野で幅広い材料に利用される硬さ試験です。四角錐の圧子で押し込み試験を行い、押し込みにより形成される圧痕(永久くぼみ)の表面積と試験力からビッカース硬さ試験を計算します。表面積は圧痕の対角線長さから算出します。従って、試験後の圧痕観察ならびに圧痕対角線長さの測長は必須になります。試料の硬さが均一である場合、試験力の大小によらずビッカース硬さは一定になります(硬さの相似則)。

図1) Vickers impression in a ceramic, ASTM

試験後の圧痕観察が必須ですが、同一の尺度で硬さの異なる試料の比較ができるため、様々な材料・幅広い分野で利用されています。しかし、小さな試験力では圧痕形状も小さくなり、対角線長さの測長は困難になる問題点もあります。例外則はあるものの、Z 2244では20μm以上の対角線長さを規定しています。

ナノインデンテーション硬さ試験の概要

ナノインデンターによる硬さ試験はISO 14577により規定されています。硬さの算出には試験力と接触投影面積を使用します。ビッカース硬さ試験とは異なり、面積計算に圧痕観察は不要です。面積は押し込み深さから計算します。試験力の除荷曲線にOliver-Pharrの解析法を用いる事により弾性変形を差し引いた、圧子と試料の接触深さが算出できます。そして、圧子の幾何学的な条件と接触深さから接触投影面積が計算できます。圧痕観察が不要で、より高精度・低試験力を使用できるので、ビッカース試験(マイクロビッカース)では困難な薄膜の評価にも対応可能です。

図2) 代表的な荷重変位曲線

ナノインデンテーション硬さのビッカース硬さへの変換

ナノインデンターで使用される三角錐のバーコビッチ圧子は、押し込み深さに対する接触面積がビッカース圧子と等価になるよう設計されています。そのため、ISO14577-1 Annex FではISO 14577で規定される硬さ(HIT)とビッカース硬さ(HV)の関係式が紹介されています。ただし、この方法で得られたHITをHVと関連づけることはできるが、HVに代用してはならない事が注意書きとして記されています。すなわち、換算値はあくまで参考程度とし、絶対値の議論は避けることがおすすめです。

計算上の変換は以下のように行います。

[手順1] 単位の変換

ビッカース硬さはkg/mm2、ナノインデンテーションはGPaで表現されます。これらの単位を変換します。硬さの値をXとしています。

[手順2] 面積の変換

ビッカース硬さは接触面積(圧子の表面積)を用い、ナノインデンテーションは接触投影面積(圧子の断面積)を用いています。面積の定義を換算します。

結果として以下の換算係数が求められます。

単純計算でいうと、ナノインデンテーション硬さが1GPaのとき、ビッカース硬さは94HV(kg/mm2)となります。

表1) ビッカースとナノインデンテーションの比較まとめ

ビッカース ナノインデンテーション
規格 JIS Z 2244、ISO 6507 JIS Z 2255、ISO 14577
圧子 ビッカース形四角圧子を常時使用 バーコビッチ形三角錐圧子を使用
(ビッカース形四角錐も使用可能)
定義

荷重と表面の接触面積の商として定義

荷重と投影接触面積の商として定義

方法

面積は光学的に対角線を測定して計算

荷重-変位データから面積を計算

単位 kgf/mm2 GPa (=109 N/m2)

試験概要

この事例紹介では、ISO 14577に記載された関係式を用いずにビッカース圧子を取り付けたナノインデンターにより深さ計測からビッカース硬さ(HV)を求める試験を紹介します。深さ計測によるナノインデンテーション法と圧痕対角長を計測する直接観察法を、同一の押し込み試験に対して実施し、その結果を比較します。試験結果の比較により、ナノインデンテーション法によるビッカース硬さ試験の妥当性・有効性を検討します。

① ナノインデンテーション法

試験力の除荷曲線にOliver-Pharrの解析法を用いて接触深さを算出し、接触深さから接触投影面積を算出します。

図3) 荷重変位曲線の例

試験力と接触投影面積からナノインデンテーション硬さ(HIT)を計算します。先程求めた定数をHITに掛けて換算ビッカース硬さ(HVc)を求めます。

HV=94.547×HIT

② 圧痕の直接観察法

光学顕微鏡ではなく、AFM(原子間力顕微鏡)と同様なピエゾスキャナーを用いて試験後の形状観察を実施します。試験力と測長した対角線長さからHVを算出します。

図4) 圧痕サイズの計測例

試験内容

  • サンプル:2相鋼 (2205 Dulpex)
  • 試験条件:
    • 試験力: 50mN (5.10gf)
    • 試験力到達時間:10秒
    • 試験力保持時間:10秒
    • 試験力除荷時間:10秒
    • 使用圧子:ビッカース圧子
    • 圧痕観察:ピエゾスキャナー使用(ナノインデンターのオプション機能を使用)
    • 試験点数:5点

※各押し込み試験に対して、ナノインデンテーション法と圧痕の直接観察法を用いてビッカース硬さを算出

試験結果

図5) 5点の試験結果画像

ピエゾスキャナーによる圧痕観察の結果。左上は対角長計測前の圧痕画像です。それ以外は対角線長さを計測したラインが表示されています。測定結果は下表の通りとなりました。

ナノインデンテーション法による試験結果

試験点 押込み深さht 接触深さhc 接触面積Ap HVc
[μm] [μm] [μm2] [kgf/mm2]
1 0.741 0.696 11.159 424.8
2 0.782 0.742 12.646 374.7
3 0.744 0.698 11.219 422.5
4 0.765 0.724 12.065 392.8
5 0.750 0.707 11.523 411.3

圧痕の直接観察法による試験結果

試験点 d1 d2 d HV
[μm] [μm] [μm] [kgf/mm2]
1 4.80 4.68 4.74 420.8
2 4.93 5.10 5.02 375.9
3 4.76 4.78 4.77 415.5
4 4.87 4.87 4.87 398.6
5 4.75 4.87 4.81 408.7

同じ押し込み試験に対して2つの方式で算出したビッカース硬さの差は、2%以下でした。そして、この差は両方式で得られた試験結果のバラツキよりも小さい結果でした。この結果から、ナノインデンテーション法により得られたビッカース硬さは、圧痕の直接観察から得られたビッカース硬さと同等といえます。そして、測定手段として有効なだけでなく以下の利点があります。

  • 圧痕の観察が不要 - 圧痕対角線の測長に起因する計測誤差なし。
  • サブミクロンの押し込み試験が可能 - 薄膜測定にも容易に対応。
  • 低試験力による試験が可能 - より高精度の試験荷重が利用可能。

なお、今回はビッカース圧子で実験を行いましたが、バーコビッチ圧子でも同様の試験が可能です。ビッカース圧子は曲率半径が保証されておらず(おおよそ200nm程度)、浅い押し込みには向かない場合があります。一方でバーコビッチ圧子は新品のもので先端曲率半径が20nm程度であり、より浅い押し込みが必要な場合はバーコビッチ圧子を用いて硬さを求め、変換を行います。

注意点

ナノインデンテーションではパイルアップ(押し込みによる圧痕周辺の盛り上がり)が考慮されていません。このようなサンプルでは接触が大きくなり、変形しづらくなるため硬さが高めに出ます。対角線の長さを計測するビッカースではパイルアップは計算に関係しませんが、ナノインデンテーションでは関連します。そのため、降伏しやすい金属など(パイルアップしやすい材料)では、換算係数94.547では高すぎることがしばしばあります。

図6) パイルアップの例

このような材料に対しては過去にコベルコ科研様と物質・材料研究機構様の研究により、換算係数は76.165程度であると報告されています[1]

参考

[1] こべるこにくす43.indb https://www.kobelcokaken.co.jp/tech_library/pdf/no43/d.pdf