ISO14577で得られるパラメータ
ナノインデンテーション法の規格であるISO14577に準拠した押し込み試験により求められるパラメータについて解説します。
1. 試験概要
ナノインデンテーション法は、装置によって計測される物理量(荷重と押込み深さ)から、計算のみで硬度を評価する手法です。接触剛性(スチフネス: S )と接触深さ( hc )を求め、硬度・ヤング率を計算します。
装置の心臓部である押し込みヘッドは下図のような構造をしています。電磁コイルに流す電流量を制御することで、押し込み荷重(磁気力)を発生させます。圧子軸の動いた距離は静電容量のセンサーにより計測されます。圧子をサンプル上方から徐々に近接させ、サンプルの表面を認識します。サンプルに対し、荷重をかけた際にサンプルがどれだけ変位するか(圧子をどれだけ押し込みやすいか)を計測します。
ナノインデンターの心臓部
2. 押し込み試験の流れ
ナノインデンテーション法による硬度・ヤング率の測定は国際規格ISO14577計装化押し込み試験として標準化されています。この測定法はDr.Warren Oliverらにより提唱されたものが元になっています(JMR Vol.7, No.6, June 1992参照)。
圧子がサンプルに接した後は、下記のような流れで試験を行います。
A : 圧子とサンプルの接触点
B : 最大荷重到達点
C : 除荷開始点
D : ドリフト計測開始点
E : 試験終了点
上記のような流れで荷重を制御し、変位を計測すると下のグラフのような荷重変位曲線と呼ばれる曲線が得られます。ナノインデンテーション法ではこの荷重変位曲線を用いて各パラメータを計算していきます。
3. 硬度・ヤング率の測定
3.1. マルテンス硬さHM
マルテンス硬さ(以前の名称はユニバーサル硬さ)は試験荷重が印加された状態で測定される硬さで、荷重変位曲線から求められます。なるべく規定荷重に達した後の値を用いることが規定されています。マルテンス硬さには塑性および弾性変形の両方の成分が含まれます。
マルテンス硬さは試験荷重Pを圧子の侵入した表面積 As(h) で割った値で定義され、下式で求められます。単位はN/mm2です。
バーコビッチ圧子の場合、
で計算できます。
3.3. ナノインデンテーション硬さ
荷重変位曲線から求められたスチフネス S より、接触深さ( hc )は下式で計算されます。
ε : 圧子形状に関する定数
(バーコビッチ圧子は0.75)
ht : 計測される押し込み深さ
hc : 接触深さ(荷重を支える領域)
塑性変形分が圧子と接触し、弾性変形分は接触しないと考える。
接触射影面積 Ap は接触深さ hc から算出されます。
硬度 HIT は材料が耐える平均圧力です。
3.4. ヤング率
サンプルのヤング率 Es は複合ヤング率 Er から算出されます。
Ei : 圧子のヤング率,
νi : 圧子のポアソン比,
νs : サンプルのポアソン比
4. クリープ
一定の試験荷重が保持された状態で変位の増大率を計算することでクリープ量を求めることができます。時間に対する荷重と変位量のグラフは下記のようになります。
区間“b”および"d"における変位の変化率がクリープで、下式で計算されます。
h1 = 設定した試験荷重に達した時のくぼみ深さ
h2 = 設定した試験荷重をある時間保持していた後のくぼみ深さ
5. 弾性変形仕事率
押し込み試験によってサンプルにされた仕事に対し、どの程度塑性変形の仕事に消費されたかを求めます。サンプルにされた全仕事量Wtotal は
として表され、荷重変位曲線では下図の緑色の部分の面積となります。
もし、サンプルが完全塑性変形をする場合変位が全く戻りませんので青色の線のようになります。逆に、完全弾性変形である場合、変位が0に戻りますので赤色の線のようになります。多くの押し込み試験の場合、塑性変形と弾性変形の両方が含まれますので、それぞれの仕事の比率を求めることでサンプルが弾性変形しやすいかどうかを評価することができます。塑性変形として消費される仕事をWp(Work pastic)、弾性変形の仕事として解放される仕事をWe(Work elastic)とすれば、それぞれは荷重変位曲線の下図の部分で表されます。
ηITは弾性変形仕事率とよばれ、 1 (100%) に近いほど弾性変形しやすい材料と判断できます。