ナノインデンテーションによるPVDコーティングの高温機械特性評価
はじめに
物理蒸着法(PVD)による硬質皮膜は、機械部品や摺動部の保護被膜として用いられます。この保護膜は部品の外観の改善だけでなく、潤滑性・硬さ・耐摩耗性・摩擦低減などの高機能化を目的として設計されます1。その中でも窒化ジルコニウム(ZrN)コーティングは高い耐熱性を有するという特徴も有するため、切削工業・自動車・航空宇宙・ハードディスクなど多くのアプリケーションで活用されています。
一般的にこれら硬質膜の損傷は耐摩耗性の低下や、基材の腐食、硬質膜と基材の界面におけるクラックを引き起こします2。そのため硬質膜の機械特性を評価することは非常に重要となります。ナノインデンテーション試験は簡便に硬さと耐摩耗性の相関を取ることが可能な試験手法です。
本文では温度変化によりZrNコーティングの機械的性質がどのように影響するかを検証します。
KLA社製InSEM HT
InSEM HTシステム
試験方法
- サンプル
- 鉄鋼材上のZrNコーティング(Advanced coating service社より購入)
- 膜厚:1~4um
- 温度仕様:~550℃
- コーティング硬さ:22GPa
- 試験装置
- InSEM® HTシステム
- ヘッド:InForce50アクチュエータ
- 圧子:ダイヤモンド製バーコビッチ(室温測定)、WC製バーコビッチ圧子(高温測定)
高温での測定に耐えられるように本実験ではWC製圧子を使用しました。
- 測定モード: 連続剛性測定法 、NanoBllitz3D
NanoBlitz3D測定点数:900点
測定結果
連続剛性測定法で室温におけるZrNコーティングの硬さは23GPaでした。次にNanoBlitz3Dの測定結果を検証するため室温において2種類の圧子材質で試験を行いました。その結果、ダイヤモンド圧子使用時の硬さは23GPa、WC圧子を使用した場合は22GPaとなり連続剛性測定法の結果とよく一致しました。
次に400℃および660℃で測定した硬さ・弾性率のマッピングデータとそのヒストグラムを示します。各ピクセル毎に1点毎のインデンテーションの結果となっており、各温度でそれぞれ900点の測定を実施しています。
表面粗さはコーティングの性能に影響をおよぼす重要な特性の一つです。具体的な例の一つとして、粗さは切削工具の摩擦に影響を与えます3。その他にも表面粗さは成膜プロセスや後処理において様々な影響を与える可能性があります。NanoBlitz3Dのマッピングデータは表面粗さにより値が大きくばらついているのを示唆しています。
また400℃および660℃における硬さは20GPaと16GPaとなり、耐用温度を超えると硬さがおおきく低下することがわかります。
400℃および660℃における弾性率・硬さのマッピングおよび硬さのヒストグラム
またナノインデンテーションから得られるH3/E2はコーティングの耐摩耗性を評価する上で、重要なパラメータの一つと言われています4。今回の結果から660℃において顕著な現象を示しており、高温での耐摩耗性の著しい低下を示唆しています。
ZrNコーティングのH3/E2の温度特性
結論
KLA社製InSEM HTはPVDコーティングの摩耗特性や表面のばらつきを簡便に評価することが可能な装置です。また圧子加熱機構や高速マッピングNanoBlitz3Dを用いることで高温においても安定したデータを取得することが可能です。参考文献
- https://acscoating.com/what-is-pvd-coating/
- B. Bhushan and B.K. Gupta, Handbook of Tribology: Materials, Coatings, and Surface Treatments; Krieger Publishing Company, Malabar, FL, USA, 1991.
- Md. Nizam Abd. Rahman, Philip Thomas Swanson, Mohd. Razali Muhamad, Paul Briskham, Abdul Syukor Mohamad Jaya and Abd Samad Hasan Basari, Journal of Applied Sciences Research, 8(1): 283-289, 2012.
- Lutz-Michael Berger, "Tribology of Thermally Sprayed Coatings in the Al2O3-Cr2O3-TiO2 System." In Thermal Sprayed Coatings and their Tribological Performances, edited by Manish Roy and J. Paulo Davim, pp. 227-267, IGI Global, 2015.
この記事は下記の論文の要点を抜き出したものです。さらに詳細をお知りになりたい方は下記の論文をご参考ください。
Nanoindentation of Physical Vaper Depostion Hard Coatings at Elevated Temperatures