自動運転時代の自動車のロバスト設計を支えるEMC試験環境
5Gの普及でより複雑化する電磁環境
自動運転技術の開発が進む中、その技術の中核を担う技術の一つが、5Gといわれる次世代無線通信規格です。5Gの普及によって引き起こされるEMCへの影響にはどんなものがあるでしょうか。
移動端末機器の普及により、私たちの身の回りの電磁障害環境は近年ますます複雑化しています。目には見えませんが、様々な周波数・強さの電波が、あちこちに飛び回っています。5Gには今まで使われてこなかった周波数帯、いわゆるサブ6GHz帯やミリ波帯も使用が予定されており、これにより電磁障害環境がより複雑化していくことになります。
車は現在、「100年に一度」の大転換期を迎えています。この転換には、主に3つの変化が含まれます。1つ目はエンジンから電池への動力源の転換です。2つ目はカーシェアなど車を所有しないで利用するスタイルの普及、そして3つ目は通信技術の進化によって実現可能性が高まっている自動運転です。この自動運転やつながる車(コネクテッドカー)を実現するための重要な技術の一つが5Gであり、その低遅延性や多数同時接続といった技術はインフラとして欠かせないものとなってくるでしょう。未来の自動車社会で、より高度な自動運転や完全な自動走行の実現が見込まれる中、自動車業界には、複雑化した電磁障害環境において、自動車がその妨害に耐え、誤動作により暴走することなく、確実かつ正確に動くようにするための安全性と信頼性がますます要求されます。
図1:自動運転のためのリモートセンシングシステム(イメージ)
複雑なマルチパス伝搬環境を作り出すリバブレーションチャンバー
このような環境の中で自動車の安全性と信頼性を確保するために何が必要となるのでしょうか。
より複雑になる電磁環境を意図的に作り出し、より過酷な試験を行うことで、ロバスト設計(外乱や誤差に対して製品の振る舞いがあまり変化せず、影響が小さくなるように設計するという設計思想)を行うことが今後ますます重要となります。このロバスト設計を支える試験方法として注目されているのが、リバブレーションチャンバーを使った方法です。様々なマルチパス伝播によってつくられる電磁障害環境を最も効率的に再現することができるため、より高い信頼性・安全性が求められる自動車、航空機、軍事機器、通信機器など、様々なアプリケーションで使われています。
リバブレーションチャンバーの仕組みと構造
最も身近なリバブレーションチャンバーといえば、電子レンジです。それは、周囲を金属で囲い(一部は内部を見るためにメッシュウィンドウ構造になっています)、ターンテーブルあるいは撹拌機を回転させて、食材に均一に周波数2.45GHzの電磁波を照射し、分子を震えさせることによりその摩擦熱で温めるという構造です。
EMC試験のリバブレーションチャンバーも、電子レンジと同様、全周囲を金属反射面に囲まれたシールドキャビティと呼ばれる空間に、一つあるいは二つの反射板撹拌機(チューナー)を搭載し、内部に設置された送信アンテナからのRF出力を、シールドキャビティ内に送ります。シールドキャビティ壁面と反射板撹拌機を操作することで、チャンバー内部のキャビティ境界条件(Cavity Boundary Condition)を変化させ、試験領域において統計的に等方で、電界的には均質なRFフィールド条件を作り出すことができます。
近年のリバブレーション統計理論の進展により、たった一点で測定された電界強度から任意位置の最大強度を予測することが可能になりました。ETS-Lindgren社のチューナーデザイン(撹拌機の設計)によって、モードチューニング(ステップ回転)、またはモードスタード(連続回転)の試験中に迅速な定着時間と最大スループットを提供することができます。
従来の試験方法との違いと試験規格
リバブレーションチャンバーを使った方法は、従来のRFイミュニティ試験方法と何が違うのでしょうか。そして、車両に対するイミュニティ試験規格は今後どのようになっていくのでしょうか。
電波暗室で行われる従来の試験方法は、国際標準化機構ISO11451-2にて規定されています。しかし、単一方向からの電界照射のため、基準点では規定の電界強度を得られますが、車体や金属筐体に遮られるため、車内では基準電界が照射されているとは限りません。また、照射電界偏波は水平および垂直に限定されています。送信アンテナが配置されていない車両の後方、上方向あるいは横方向からは照射されません。
一方、リバブレーションチャンバーによる試験では、送信アンテナから照射された電波は、シールドキャビティ表面で反射され、さらに撹拌機(チューナー)を回転させることにより、均一性領域(試験領域)では均一で等方的な電界を生成できます。電波暗室と比べ、実走行状態に近い環境でのより厳しいイミュニティ試験をすることが可能で、再現性が高いことも特徴です。電子レンジに例えれば、従来の試験方法は、単一方向からの照射であるため加熱にムラができてしまいますが、リバブレーションチャンバーの場合は、均一に照射されるためムラなく加熱されるというわけです。
リバブレーションチャンバーを採用しているイミュニティ試験規格には、国際電気標準会議のIEC61000-4-21や航空無線技術委員会のRTCA DO-160Gなどがあります。また、自動車部品に対する試験規格として、ISO11452-11や各自動車メーカーが部品サプライヤーに要求している規格もあります。ところが、車両に対するイミュニティ試験規格はこれまでありませんでした。しかし、リバブレーションチャンバーの試験方法の有効性が見直され、車両に対するイミュニティ試験規格を規定しているISO11451シリーズにおいても、将来、規格として策定されることがワーキンググループで採択されました。
まとめ
自動運転時代の到来に備え、自動車のより高度な安全性と信頼性を実現していくために、複雑な電磁障害環境を作り出すリバブレーションチャンバーが重要な役割を果たすことになるでしょう。
プロフィール
PROFILE
島田 一夫 氏
日本イーティーエス・リンドグレン株式会社
ソリューション開発部門 テクニカルディレクター
約30年に渡りEMC業務に携わり、電波吸収体開発や電波暗室の開発・設計を主業務として参りました。現在でも暗室シミュレーションと現場での実測結果との乖離を追求し、より高度なEMC試験ソリューション確立にむけて研究開発に従事しています。
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