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第1回:飛行機開発におけるテストパイロットの役割
インタビュー
2024/05/15

空への希望を未来へ繋ぐ-伝説のテストパイロットが語る、エアモビリティのこれから(1/3)
第1回:飛行機開発におけるテストパイロットの役割

自動車が100年に一度の変革期であると同時に、自動車以外のモビリティにも多くの変化が起こり始めています。
その一つがエアモビリティです。2025年の万博で披露されることが話題となっている「空飛ぶクルマ」ことeVTOL*は、エアモビリティの変化の象徴とも言える存在です。「強力な電動モータ」「小型、軽量、高出力な電池」「姿勢制御のコンピュータとセンサシステム」「CFRPの構造材」などの要素技術が揃ったことで、これまで不可能だった電動の垂直離着陸が可能になりました。
有人機の場合飛べる機体が出来あがれば、次は誰かが飛ばさなければなりません。その初飛行という大役を担うのがテストパイロットです。
MRJ(三菱リージョナルジェット)の初飛行を成功させた伝説のテストパイロットであり、現在はeVTOL開発の支援のお仕事もしていらっしゃるAeroVXR合同会社 CEO安村様に、テストパイロットの仕事や航空機の型式証明、エアモビリティの未来についてお話を伺いました。映画トップガンの話も飛び出したインタビューを、全3回に分けてお届けします。
* eVTOL=electric Vertical Take-off and Landing aircraft、電動垂直離着陸機

インタビュアー
東陽テクニカ 理化学計測部 エアモビリティプロジェクト 二上貴夫、 名古屋支店 庄司菜穂子

飛行試験だけではない、「プロジェクト」テストパイロットの仕事

―MRJの初飛行は日本中で大きな注目を集め、私も当時テレビ報道で拝見しておりましたが、安村様の「飛行機が飛びたいと言っているようだった」という言葉がとても印象的でした。

安村氏:当時、飛行後の記者会見でインタビューがあると事前に聞いていたのですが、元々準備していた言葉ではなくて、その時に感じたことを話そうと思っておりました。
なぜ飛びたがっていると感じたかというと、これには布石があります。秋に初飛行したのですが、それに向けて春頃からずっと地上滑走試験をしておりました。
地上滑走試験というのは、飛行試験機を滑走路等で滑走させたり、離陸直前で取りやめるということなどを繰り返す試験です
初飛行直前には離陸できる推力で滑走を開始し、機首を上げては離陸してしまわないように直ぐに下げることを何度も繰り返しておりました。

やっと初飛行できたあの日、私自身も機体が浮き上がり問題なく飛びあがって嬉しかったという感情もあったのですが、飛行機があれだけ地上を走りまわらされ、離陸直前でやめることを繰り返して辛かっただろうなと思い、ああいう言葉になりました。本来飛行機は空を飛ぶためにあるので、地上ばっかり走らせ続けることはかわいそうでしたね。

―日本ではMRJの初飛行で「テストパイロット」の存在が脚光を浴びましたが、飛行機開発においてどのような役割を果たしているのかはあまり知られていないと思います。安村様の考える、テストパイロットの役割をお聞かせください。

安村氏:ほとんどの方はテストパイロットが飛行試験だけを担うものと想像しているのではないでしょうか。MRJの開発がなければ、初飛行の一大イベントはなかったはずで、テストパイロットが皆さんの前に出ることもなかったと思います。テストパイロットを知っていただく良い機会だったと考えます。

実はテストパイロットには2種類あります。飛行試験のみを担当するテストパイロットと開発全体に関わるプロジェクトテストパイロットです。MRJの開発初期は日本人4、5人のテストパイロットで進めていましたが、最終的にはアメリカで4機の試験機の型式認証試験をするために、テストパイロットが20人くらい必要でした。このため、飛行試験のみを行うテストパイロットをアメリカやカナダ、ヨーロッパなどの世界各国で採用して飛行試験を行いました。皆さんが一般的に知っているのはこの飛行試験の部分を担うテストパイロットだと思います。

それとは別にプロジェクトテストパイロットがいます。プロジェクトテストパイロットは飛行試験だけではなく、開発プロジェクトが始まってから認証が取れるまでの間、ずっと開発をサポートします。設計者がコックピットや操縦性の構想設計を作るのですが、設計がよりパイロットに優しいユーザーフレンドリーなものになるよう、開発の構想段階からパイロットの意見を反映しながら関わっていきます。

特徴・強み - AeroVXR合同会社|空への希望を未来へ繋ぐ-伝説のテストパイロットが語る、エアモビリティのこれから|モビリティテスティング|東陽テクニカ

航空機等開発の一般的な流れ 出典:特徴・強み - AeroVXR合同会社より

最初に座るコックピットはダンボール製

―プロジェクトテストパイロットは飛行機開発に「中の人」として関わっているのですね。

安村氏:設計のメインはもちろん設計グループが行っていますが、設計者と一体となって開発を進めています。
V&V(Verification & Validation:検証と妥当性確認、下図を参照)と言われる開発モデルで言えば、普通のテストパイロットは右上の最終成果である飛行試験で機体を評価します。一方、プロジェクトテストパイロットは左上の要求を固める段階から関わり、パイロットの意見を開発要求に取り入れることにより、最終試験で問題が発覚してしまい再度設計に立ち返ることを最小限に食い止めます。

例えばMRJではコックピットの設計をCADで行ってからダンボール等で再現し、プロジェクトテストパイロットが椅子に座りスイッチの位置を確認しました。
そこで「このスイッチは操縦席から遠い、使いづらい」などと伝えることで、構想設計の段階で変更します。ここではまだ具体的な設計要求を決める前段階のため、修正がしやすいのです。ダンボールを用いた評価を繰り返しコックピットのデザインを決めた後、次はダンボールから木材や金属に変更して実際の機体に近い状態を作って評価し、最後はディスプレイやスイッチなどの実物を使って評価しました。
これはV字の左側(バリデーション)で評価を繰り返しながら設計を固めていっているという段階を示します。

構想段階で機体の要求を検討しながら設計や評価を行って基本設計を固め、機体レベル、システムレベル、機器レベルへの設計と進んでいきます。
プロジェクトテストパイロットは機器単体レベルまでは関わらず、関わるのはシステムレベルまでですが、コックピットのシステムや、操縦系統のフライトコントロールの制御即モデルなどはプロジェクトテストパイロットがテストして、設計を固めていきます。

航空機等の設計に対する開発・安全性解析|空への希望を未来へ繋ぐ-伝説のテストパイロットが語る、エアモビリティのこれから|モビリティテスティング|東陽テクニカ

航空機等の設計に対する開発・安全性解析 出典:特徴・強み - AeroVXR合同会社より

―パイロットとしての経験値が豊富でないと、プロジェクトテストパイロットの仕事をするのは難しそうですね。

安村氏:プロジェクトテストパイロットはテストパイロットの中でも特に経験が必要です。開発をある程度経験したことがある人でないと難しいと思います。
バリデーションの段階で何回も設計を検証し、必要に応じて設計変更することで設計における問題を最小化し、ベリフィケーション(V字の右側)からの手戻りを減らします。
パイロットが関わることなく設計を進め、いざ実物が出来上がってから、飛行試験で操縦性の問題が見つかり構想段階からやり直し…などということはボーイングもエアバスもしていないです。

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「誰も飛行させたことの無い機体を一番最初に飛ばす」テストパイロットはパイオニア

―真新しい設計の場合、評価自体も難しいと思うのですが、どのように評価するのでしょうか?テストパイロットにはどのような能力が求められますか?

安村氏:テストパイロットが普通のパイロットと違うのは未知の機体でも正しい機体の評価ができるというところです。全くだれも乗ったことのない新しい乗り物、仮に空飛ぶ円盤だったとしても、操縦桿がなく指で動かすようなものだったとしても、それがパイロットにとって適切かどうか評価ができる能力があるのが、テストパイロットです。そうじゃないと新しい乗り物はできないですからね。

ではテストパイロットの能力を養うにはどうしたらよいかというと、少なくとも既存の機体を沢山操縦する経験が必要です。私はもともと航空自衛隊に23年間所属していて、戦闘機に乗っていました。その間にテストパイロットコースに入りました。テストパイロットコースでヘリコプターや大型機、輸送機、海上自衛隊や陸上自衛隊が保有する飛行機、ありとあらゆる既存の空の乗り物を操縦する経験をしました。

それぞれの乗り物には目的がありますよね。ヘリコプターには攻撃するヘリもあるし、人を乗せるものもありますし、旅客機や輸送機でも目的が違います。
それぞれ目的に応じた操縦桿の重さや機体の反応などがあるのです。様々な乗り物の操縦を経験することによって、未知の機体を開発したとしても、テストパイロットはその乗り物が、機敏に動くべきなのか、ゆっくりと動くべきなのか、また違う動きであるべきなのか、それぞれの目的によって『パイロットの操縦に応じた機体の動きがどうあるべき』なのか大体想像がつくようになります。この想像がつかないと、新しく設計した乗り物が『どうあるべきか』ということが判断できません。

今、世界各国でeVTOL(電動垂直離着陸機)という新しい乗り物を開発していますが、それに関わるテストパイロットは最新の技術や、eVTOLの情報を仕入れて勉強し、『機体の動きがどうあるべき』なのかを想像できる必要があります。

―安村様にとっての、テストパイロットという職業の魅力を教えてください。

安村氏:小さいころ、鳥が自由に飛んでいるのがうらやましかったです。私自身は大空を自由に飛べる飛行機に乗りたかったので、自衛隊に入隊し戦闘機を操縦する道を選びました。

また、世界で初めて音速を超えたチャック・イェーガーの伝記や、世界で初めて有人宇宙飛行を成功させたユーリィ・ガガーリンの伝記を読んで、彼らへの憧れからテストパイロットや宇宙飛行士になりたいと思うようになりました。人のやっていなかったことを成し遂げてみたかったし、人がまだ作っていないものを作ることに関わりたいという願望があったからです。

宇宙飛行士の夢はかないませんでしたが、自衛隊でテストパイロットになり、ずっと飛行機の開発に携わることができました。またMRJの開発時には私の年齢や経験がタイミングよくマッチして、プロジェクトに関わることも出来ました。

テストパイロットは誰も飛行させたことの無い機体を一番最初に飛ばすことができるやりがいのある仕事です。命がけですがパイオニアになれる、それが醍醐味でもあります。

インタビュー|空への希望を未来へ繋ぐ-伝説のテストパイロットが語る、エアモビリティのこれから|モビリティテスティング|東陽テクニカ

今回は安村様からテストパイロットが飛行機開発においてどのような役割を果たしているのか、とても貴重なお話を伺うことができました。次回はeVTOLと映画トップガンについてです。

空への希望を未来へ繋ぐ-伝説のテストパイロットが語る、エアモビリティのこれから
AeroVXR合同会社 CEO安村佳之様インタビュー(全3回)

プロフィール|空への希望を未来へ繋ぐ-伝説のテストパイロットが語る、エアモビリティのこれから|モビリティテスティング|東陽テクニカ

AeroVXR合同会社 CEO 安村佳之様 ご経歴
引用元: https://aerovxr.co.jp/staff/

防衛省航空自衛隊(23年)
F-1戦闘機操縦者として約7年間勤務。飛行試験操縦士課程卒業後、XT-4,XT-2,F-15等の各種飛行試験を担当。XF-2開発時には初期のFBWパイロットシミュレーション試験を担当。

三菱重工業㈱(14年)
F-15,F-2等の機能向上のための飛行試験及び定期修理後の社内飛行試験を担当。飛行試験エンジニアを育成するためにFTEC(Flight Test Engineering Course)を社内に設立し、200名以上の飛行試験エンジニアを育成。2006年よりMRJ(Space Jet)の初期開発に参画。

三菱航空機㈱(7年)
2013年より三菱航空機チーフテストパイロットを務める。2015年11月MRJの初飛行を機長として成功させる。2016年より約4年間、米国モーゼスレイクにて社内飛行試験及び型式証明飛行試験を担当。操縦検査の確認主任者資格を保有。

AeroVXR合同会社(約3年)
2021年4月、AeroVXR合同会社を立ち上げ代表/CEOに就任。空飛ぶ乗り物が身近となる未来を目指して、空飛ぶクルマ、ドローン、サブオービタルなどの研究開発と認証に関するコンサルティングを行う。2023年1月にはアジア初となるテストパイロットスクール(JTPS)を立ち上げた。

飛行経験
民間機:MRJ90, A320, MU300, MU2, BE200, BE400, C303, D228, PA24, BE76, SABRE60, C441,DHC1, SR22, GA8,NDN1,RV7
Military: F-2, F-1, F-15J, F-4EJ, F-16, T-1, T-2, T-2CCV, T-3, T-4, T-33, T-34, C-1,C-130,その他 合計:35機種 総飛行時間:約7,000時間

プロフィール
PROFILE

       

安村佳之

AeroVXR合同会社
CEO/テストパイロット

航空自衛隊、三菱重工業、三菱航空機で計35機種、約7,000時間の飛行を経験。
MRJの初飛行を機長として成功させた。
2021年、AeroVXRを設立。

関連ソリューション
SOLUTION

       

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様々な角度から安全なエアモビリティ開発を支援するための評価ソリューションを提案しております。

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