スポーツ、医療、そして自動運転車の未来まで
人の動きを測る「KGウエア」の開発
(掲載日:2019年8月29日)
普段、人が当たり前に行っている、歩いたり走ったりという人間の動作は、とても複雑な身体の動きによって成り立っています。その人間の動作を計測することは多くの技術的な課題や困難が伴います。ここでは人間の動作を測るために、東陽テクニカが生み出した新しい計測技術と社会との関わりをご紹介いたします。
学生の研究への協力から生まれた新しい計測技術
1980年代の後半、ある社員のもとに、母校の後輩である一人の学生から「スピードスケートを題材にして選手の動作を科学的に解析する研究に力を貸してほしい」と依頼がありました。依頼を受けた当社研究員の二上貴夫は上司に相談します。相談を受けた上司は当社が持つ計測技術が役に立てるのなら、と会社の所有する計測器や施設を使うことの許可を出し、研究への協力・支援が始まります。そして二上は身体にセンサーを取り付けて動作を測るための実用的な計測法を考案します。この時にセンサーを用いた動作計測の基礎が確立され、東陽テクニカはその後もこの計測技術についての研究を続けています。
そしてこの学生も無事に学位を取得し、スピードスケートにおけるスポーツ科学の分野で活躍を続けました。その学生とは、1998年の長野五輪でスピードスケート日本代表のコーチも務めた信州大学の結城匡啓(ゆうきまさひろ)教授です。結城教授とはこのことが縁で交流が続き、現在スピードスケートの小平奈緒選手(相澤病院)も参加されている結城教授の研究に、東陽テクニカも協力しています。
結城匡啓教授とスケートリンクでの計測風景
(左から結城教授、株式会社富士通コンピュータテクノロジーズの高橋氏、二上研究員)
被験者のスピードスケート小平奈緒選手
(左:二上研究員、右:小平奈緒選手(相澤病院))
2018年9月、第25回日本バイオメカニクス学会大会にて撮影
KGウエアの誕生
東陽テクニカは人の動作計測とは別に、情報処理学会で2004年からMEMS※1センサーを活用して情報処理をする技術を研究していました。そして2010年からはその成果をセンサーを用いた人の動作計測に応用する実験を始めます。この実験は結城教授の後輩である河合季信(かわいとしのぶ)筑波大学准教授らと共同で行われました。2013年、こうした積み重ねにより、センサーを人が身に着けて動作を計測する「KG※2ウエア」が誕生しました。これまでの動作計測はカメラで撮影した映像の中から人の動きを解析する手法や、身体にマーカーを装着してその動きを検知するモーションキャプチャの技術が用いられてきました。しかし、どちらも比較的狭い空間内での計測は行えるものの、歩いている人や運動中のスポーツ選手など被験者自身が大きく移動する環境での計測は難しいのが実状でした。KGウエアはこれらの弱点を克服する計測技術です。
※1:Micro Electro Mechanical Systemsの略。微小な電気機械システム。MEMSセンサーはMEMSを利用した、小型で機能が集積されたセンサー。
※2:Kinesio-Gravimetricの略で、Kinesiology(筋肉の運動学)とGravimetric(重力測定)とを組み合わせた造語。運動重心計測。KGウエアは3軸加速度センサーと3軸角速度センサーを搭載し、加速度や角速度、位置変化といった動作を記録。さらに専用の解析システムで記録したデータから重力の影響を取り除き、純粋な人の動きを抽出することができる。
KGウエアによるスピードスケート選手の計測
これまで述べたように、KGウエアはスポーツ科学での利用を目的に、最初にスピードスケート選手の動作計測を目指しました。被験者の身体に装着し、滑走時のセンサー座標の加速度と角速度を記録。そのデータと滑走を撮影した映像データを統合し、滑走動作を計測します。
KGウエアの内部構造
KGウエアは、被験者の加速度を検出するIMU※3、通信ユニット、SD書き込みユニット、トリガー検出ユニット、そして制御マイクロプロセッサから構成されます。計測時にはIMUで被験者の運動をリアルタイムに計測し、データをSDカードに蓄積します。
※3:Inertial Measurement Unitの略。慣性計測装置。
医療や自動運転車両開発への応用
人が二本の足で歩く時、脳と神経系の高度な情報処理が行われています。この二足歩行の動作を分析することで、脳神経系の障害を早期に発見できる可能性があります。また、日常的な体の動きが健康に与える影響などもわかるかもしれません。KGウエアを利用して人の動作を計測し、病気の治療・早期発見や健康の維持に役立てる支援活動を始めています。
KGウエアを使えば歩行速度ベクトルを計測することができます
Vxは歩行者の横方向の速度(揺れ)、同様にVy、Vzはそれぞれ縦方向、進行方向の速度
また、KGウエアは自動車を運転するドライバーの動作計測にも使用できます。近年研究・開発が進んでいる自動運転車ではステアリング操作が機械により自動で行われるため、ドライバーや同乗者の身体がどのように動き、それによって乗り心地をどう感じるかを測ることは、快適な車両の開発にとっても非常に重要な要素であると言えます。KGウエアやその計測手法は自動車の分野へも貢献することができるのです。
全く新しい動作計測装置「KGウエア」の開発は、東陽テクニカの計測に関するノウハウと一人の社員の斬新な発想からスタートしました。既成概念にとらわれることなく新しい技術に興味を持ち、オンリーワン・ナンバーワンの技術を追い求める東陽テクニカの企業風土が、社会に役立つ新技術の開発を支えています。