海底地形調査で貢献
第61次南極地域観測隊に参加
(掲載日:2020年9月30日)
あこがれの南極へ
――南極での活動お疲れ様でした。
ありがとうございます。無事に任務を果たすことができました。
――観測隊に参加することになった経緯を教えてください。
日本と南極を往復する観測船『しらせ』には音波を利用して海底の地形を調査する『マルチビーム測深器』(ソーナー)が搭載されています。これは東陽テクニカが納入したもので、私はその技術サポートを行うエンジニアです。南極は遠いですから、機器のトラブルがあった場合などに現地ですぐ対応できるよう、また、機器操作のエキスパートとして、南極観測センターから観測隊員への参加を頼まれたのがきっかけです。
氷を砕きながら進む観測船『しらせ』
マルチビーム測深器による海底地形調査
――南極は過酷な環境だと思いますが、参加することに不安などはなかったのでしょうか。
とんでもない、南極に行くのがずっと夢だったので、うれしいという気持ちしかありませんでした!昔見たテレビ番組がきっかけで南極に興味を持って、それからずっと南極に行ってみたくて、東陽テクニカの入社面接の時にも「南極に行きたい」と話したくらいなんですよ(笑)。だから二つ返事で引き受けました。実は10年ほど前にも同じような機会があったのですが、その時は事情があり参加できなくて。そんなこともあり、今回ついに念願がかないました。
海底地形調査の意義
――観測隊での担当任務を教えてください。
まず、私の主な任務は観測船『しらせ』に搭載されたマルチビーム測深器を操作しての海底地形調査と、技術的なトラブルに対するサポートです。私が参加した61次隊には「地球温暖化で南極の氷が融けることによる影響の解明」という大きなミッションがあります。南極の氷が融けると海水面が上昇し、世界中でさまざまな影響が出ると考えられています。その対策のためには、氷が融けるメカニズムやそれによって起こる影響を解明することが必要です。そのために61次隊の活動では、南極でも特に氷の流出が多いとされているトッテン氷河での、観測船『しらせ』を使った海洋観測と調査に重点が置かれました。トッテン氷河で氷の流出が多いのは、温水がたくさん流れ込んでいるためだといわれています。その温水の流れは海底の地形に大きな影響を受けます。マルチビーム測深器でトッテン氷河海域の海底地形を調査することは、氷が融けるメカニズムの解明にとって大きな意味があるのです。また、海域の水温や塩分、海流、氷の厚さなどを調査するのにはCTD※や観測ブイを利用します。これは海中に沈めたり海底に設置したり、それぞれに適したポイントというものがあります。トッテン氷河は前人未到の海域なので、海底地形がわかっていませんでした。地形がわからないと設置場所の決定を勘に頼らざるを得なくなり、どうしても調査の効率が悪くなってしまいます。今回の観測で得られた海底地形データは調査の効率と精度の向上に、とても役に立ったようです。マルチビーム測深器はこの他にも南極までの航路の海底地形調査や、海上保安庁が行っている海図作成のための測量にも利用されました。
※ Conductivity Temperature Depth profiler。深さに沿って海水温や塩分などの変化を調べることができる機器
トッテン氷河
観測ブイ設置の様子
『しらせ』船内での調査の様子
得られた海底地形データ
――昭和基地など、『しらせ』の船上以外でも活動されたのですか。
私の主な持ち場は『しらせ』ですが、陸の上、昭和基地周辺と野外観測でもそれぞれ1週間くらいずつ活動しました。その際、海上保安庁と国土地理院が行っている観測や作業のお手伝いをさせていただきました。観測隊では限られた人数で最大の成果を上げなくてはならないので、専門外のことでもみんなで協力し合って作業しています。だから皆さん色々なことをやっていましたね。先ほどのトッテン氷河での調査もそれぞれの専門に関係なく、みんなで協力し合いながら行ったんですよ。
第1夏隊宿舎(通称『1夏』)
雪上車に寝泊まりしての野外観測活動。外に出るのも命がけ
南極の自然が作り出す荘厳な景色に感動
――南極生活で特に思い出に残っていることはありますか。
全てが素晴らしい思い出ですが、強いて挙げるとすると、やはり雄大な自然でしょうか。特に『インステクレパネ』という地点での氷河の景色には感動しました。そこは氷河の表面から100メートルくらいの高さまで垂直に崖がそびえていて、上から石を投げても氷河表面に落ちて音がするまで8秒くらいかかるんですよ。まるで激流をそのまま固めたような氷河の表情や、対岸の氷床に沈む夕日の美しさなど、距離感もわからないほどスケールの大きな風景に、ただただ心を奪われました。
インステクレパネの崖上から対岸に沈む夕日を望む
氷に閉ざされたイメージの南極ですが、夏の間はこのような風景も
夜にはオーロラを見ることができることも
ペンギンのルッカリー
――逆に苦労したこと、大変だったことはありますか。
トイレですね(笑)。実は南極でのトイレの処理をどうするかは、南極条約に基づく『南極環境保護法』というもので厳しく決められています。昭和基地ではそのための設備が整っているのでまだマシなのですが、特に困るのが野外活動時です。基本は一斗缶を使うことになります。詳細はご想像にお任せします。
南極地域観測隊を経験してのこれから
――帰国されて、現在の心境はいかがですか。
まずは怪我や病気にも見舞われず、無事に任務を終えることができてほっとしています。やはり、日本は便利ですね。それを実感しています。しかし南極にいる間はずっと夢のような時間でした。長年の夢をかなえることができたうえ、多くの貴重な体験をすることができ、関係者の皆様への感謝の気持ちしかありません。
――観測隊での経験は、これからの仕事にどのように活かされそうですか。
南極での活動を通じて、多くの方との繋がりができました。特殊な環境での時間を共有したことで、強い信頼関係を築くことができたと思っています。これらの繋がりをきっかけにして、今後の仕事でもより多くの方と信頼関係を築き、さまざまなことにチャレンジしていけたらと思っています。